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「般若」オープン計画 Ⅴ

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 「般若」のホームページのことが決まり、俺が次にヤマトテレビの話をした。

 「週明けには連絡が行くはずだ。もう大体の方針は固まっているからな」
 「赤虎、お前ヤマトテレビにも伝手があったんだな」
 「あ、ああ。まあ、一応大株主っていうか、傘下っていうか」
 「なんだ?」

 俺は簡単に、御堂の衆議院選での顛末を話した。
 青と涼ちゃんが驚く。

 「一度はスポンサーの各企業とかから総スカンを喰らってなぁ。株価は毎日ストップ安でよ。だから双子がガンガン買い集めて、うちが経営陣を総入れ替えして俺たちのものにしたの」
 「「!」」
 「まあ、そういうことでさ。割と自由に出来るんだよ」
 「赤虎、お前……」
 「……」

 青と涼ちゃんが呆然としていた。
 俺は構わずに話を続けた。

 「それでな、お前の店の紹介はさっきのホームページの内容でほぼ大丈夫だろう。ああ、刺青の話はどうすっかなー」
 「それも入れてくれ」
 「まあそうだな。ホームページに載せるんだもんな。正直に行くかぁ。それと店の外観や料理の映像。ああ、誰か感じのいいキャスターとかに食レポしてもらうか」
 「あ、ああ」

 青は段々と落ち着いて来た。

 「そうだ、カスミと涼ちゃんの制服ってどうすんだ?」
 「え、エプロンを掛ければいいかと」
 「そうは行かんだろう。まあ、急いで用意すっかぁ。ルー、ハー!」
 「「任せて!」」

 双子が返事をし、青が不思議そうな顔をした。

 「おい、どうするんだ?」
 「ああ、こいつら「RUH=HER」のオーナーだからな。服飾は任せてくれよ」

 「マスター! ちょ、超有名なブランドのお店ですよ!」
 「そうなのかよ!」

 涼ちゃんが驚き、双子がニコニコして言った。

 「すぐに用意するね!」
 「カスミさんと涼ちゃん、後で採寸させてね!」
 「え!」

 涼ちゃんが驚く。

 「涼ちゃんもテレビに出るんだからさ。制服があった方がいいだろう?」
 「えぇ! 私も出るんですかぁ!」
 「当たり前だろう。「般若」の大事なスタッフなんだからさ」
 「そうなんですかぁ!」
 
 今は驚いているが、どうにかなるだろう。
 基本的に肝が据わっている子だ。

 「それよりも、青。お前がテレビで語る内容だな」
 「ああ」

 事前にインタビューの内容は教えてもらって、答えを俺と一緒に用意する。
 中でも重要なのは、店に押し寄せる人間に対することだ。

 「ローマ教皇の談話も入れてな、そこからの話だ」
 「でも、ローマ教皇庁に許可がいるだろう?」
 「そこは任せろ、何とかする」
 「ああ、頼むな」
 「それから長崎の犬浦聖堂教会が流しているお前の店の評判だ」
 「ああ」
 「好意でやってくれたことだから否定は出来ないよな。だからお前は連日押し寄せて来る人たちを見て困惑していると」
 「その通りだからな」
 「お前は「般若」をどういう店にしたいのか語れよ。その上でしばらくは予約制を敷かなければならないことと、でも、お前が本当はどう思っているのかということだ」
 「ああ、分かってる」

 それを語ってどうなるのかは分からない。
 「般若」に来たいと思っている人間は全国にいるだろう。
 その気持ちは有難いことだし、変えることも出来ない。
 何しろローマ教皇が絶賛し、そして自ら実際に足を運んだ場所なのだ。
 だが、その人たちの心の中に、青の心が入ってくれればと思う。
 どうなるのかは全く分からないが、その心を入れることはやりたいと考えていた。

 テレビの方の大体の打ち合わせも終わった。
 カスミと涼ちゃんは採寸のために双子に連れて行かれ、その後で亜紀ちゃんに誘われて部屋を観るのだろう。
 柳も一緒に付いて行き、ロボも何か楽しそうなのでそっちへ行った。

 青と二人になった。

 「赤虎、また世話になった」
 「いいって」

 青がグラスに注いだワイルドターキーをやっと口へ持って行った。
 酒は出したが、やはり青は一口も飲まなかった。

 「美味いな」
 「俺が好きな酒なんだ。聖と飲むときはいつもこれだよ」
 「あいつか」
 
 青も懐かしく思い出しているようだった。

 「どうだよ、ちょっとは落ち着いて来たか?」
 「ああ。お前のお陰でな。カスミがとにかく凄いからなぁ。あいつがいなかったらと思うと怖くなるぜ」
 「そうだな」
 「涼ちゃんも頑張ってくれる。一生懸命に店のことを考えてくれてるよ」
 「いい子だよな」
 
 青が酒を飲みながら俺に聞いて来た。

 「ところでよ。カスミはどうしてあんなに若いんだ?」
 「ああ、それか。お前に話したかったんだが、ローマ教皇が来たりあの騒ぎだったりで話す機会が無かったな」
 「なんだ?」

 俺は明穂さんとのことを話した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 明穂さんが入院し、数週間が経った頃だった。
 青が帰り、俺は遅くなったオペの帰りに明穂さんの病室へ顔を出した。
 9時くらいで、まだ明穂さんは起きているはずだ。

 「こんにちは」

 ノックをして、声を掛けた。
 明穂さんはいつものようにラジオを聴いていた。
 俺に気付いてラジオを消して微笑んだ。
 温かそうな薄いグリーンのガウンを羽織っている。
 青が明穂さんの入院と共に買って来たものだ。
 寒くなる季節に、明穂さんのために。
 自分がもう温めてやれないから。

 「ああ、石神さん! 今お帰りですか?」
 「ええ、ちょっとまた顔を出したくなって」
 「ありがとうございます」

 明穂さんが微笑んだ。
 椅子を勧められたので、少し座って話した。
 毎回そうだが、青の話ばかりだ。
 
 「青児さんには何も残してあげられなくって」
 「そんなことはないですよ。青はもう十分に明穂さんにしてもらってる」
 「一番は、子どもを生んであげられなかったこと……」

 明穂さんの一番の心残りであることは分かっている。
 しかしガンに冒された明穂さんが子どもを生むわけにはいかなかった。
 
 「どっちが良かったですか?」
 「え?」
 「ほら、男の子と女の子」
 「ああ!」
 
 俺が明穂さんが重くならないように話題を導いた。
 明穂さんは明るく笑った。

 「女の子ですね」
 「え、どうして?」
 「男の子だと、青児さんと喧嘩しそうで」
 「そうか!」
 
 明穂さんがまた笑った。

 「私がいればいいんですけど。二人になったらきっと喧嘩ですよ」
 「そうですね」
 「だから女の子がいいです」
 「なるほどね!」

 他愛無い夢でしかない。
 それも絶対に実現できない夢。
 だが、どうして夢を見てはいけないことがあろうか。
 
 「名前は?」
 「そうですね。「霞」なんてどうでしょうか?」
 「ああ、いいですね! 綺麗な名前だ!」
 「そうですか! 369の『霞』という曲が好きでしてね。歌詞も良くって、子どもの名前に付けたいって思っていたんです!」
 「本当にいい名前ですよ」

 明穂さんもやはり子どもが欲しかったのだ。
 俺はその心を思って辛かった。
 明穂さんの楽しそうに語る顔が戻った。

 「青児さんには黙っていて下さいね」
 「ええ、あいつ泣いちゃいますからね」
 「フフフ」

 思わず語ってしまったのだろう。
 本当に青のことを思う心が、つい。

 「今日は遅いんでまた明日。あんまり夜更かししてはいけませんよ?」
 「はい、すいません」

 明穂さんは笑って見送ってくれた。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 


 青が顔をしかめて泣いていた。
 
 「もしもよ、お前と明穂さんに子どもが生まれてたら、中学生くらいかな。でもそれじゃ働けないからよ、JKにした」
 「赤虎……」
 
 採寸を終えたか、カスミだけが戻って来た。
 涼ちゃんは亜紀ちゃんに連れられただろう。

 「マスター、戻りました」

 青が立ち上がってカスミを抱き締めた。

 「あの、マスター?」
 「……」
 「どうなさったんですか?」

 カスミは微笑んで青に抱き締められていた。

 「カスミ、俺はお前を幸せにする」
 「え?」
 「必ず幸せにする」
 「はい! 私もマスターを幸せにしますよー!」
 「俺はもう十分だ」
 「何言ってんですか!」
 「俺は、お前が来てくれたから、もう十分に幸せだ」
 「もう! 今日のマスターはちょっとおかしいですね」
 「そうだな」

 カスミも青の腰に手を回した。

 「もっと幸せにしますから」
 「そうか」
 「期待してて下さい!」
 「ああ」

 
 


 青が笑っていた。
 目に涙を光らせながら、青は笑っていた。
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