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石神家 ハイスクール仁義 Ⅴ

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 ゴングと共に俺たちはリングの中央に出て、榊が軽くジャブを打って来た。
 その動きとタイミングを見て、俺は榊がとんでもないボクサーであることが分かった。
 高校生、アマチュアの技量ではない。
 闘い方はまだ分からないが、プロとして十分通用する奴だ。

 俺は少し身体を揺らしてジャブを回避する。
 榊の顔が嬉しそうになった。
 最初に軽いジャブで俺の力量を試したのだろう。
 いきなりダウンさせるつもりではなく、ある程度俺にも戦わせてくれるつもりなのだ。
 こいつも優しい奴なのかもしれない。

 榊は徐々に足も使い出し、本気のジャブを放つ。
 本当に鋭い。
 高校生でこのジャブをかわせる奴はいないだろう。
 つまり、榊は相手を自由に翻弄出来る奴ということだ。

 俺もジャブに合わせて足とスウェイを使いながら回避する。
 俺には榊の初動の「機」が見えているので、そういう回避が出来る。
 榊が更に本気になる。
 左のジャブだけでなく、右も使い出す。
 ステップも本格的になって行く。
  
 しかし俺には当たらない。

 「お前、ボクシングは初めてじゃないな」
 「初めてだよ。こんなものなんだな」

 俺が挑発すると、榊の顔が変わった。
 一瞬後ろに下がった上で、瞬時に踏み込んで来た。
 榊の身体が左右に分かれる。

 「!」

 俺は下がらずに前に出た。
 プレッシャーで判断し、右の榊にブロウを撃ち込む。
 榊もまさか踏み込んで来るとは思っておらず、ガードし、左の残像が消えた。

 「かわしたか!」
 「ふん!」

 榊が驚いている。
 俺も顔には一切出さないが驚いていた。
 とんでもない技量だ。
 榊の年齢を考えるに、あり得ないものだった。
 これだけの技だ。
 当然これまでにかわされたことは無いのだろう。

 こいつ、殺気を分裂させることが出来やがる。
 しかも敵に残像に感じるほどに濃厚にだ。
 戦場でも、そんなことが出来る奴は少ない。
 俺も聖も出来ない。
 まあ、別に斃せないわけではない。

 俺も打ち出した。
 榊のガードの上からガンガン打って行く。
 榊の顔が徐々に苦痛に歪んでくる。
 榊の戦い方は、とんでもない技はあっても、所詮はスポーツ試合のものだ。
 アマチュアの選手などは、綺麗な戦い方をする。
 きちんとガードをし、敵のガードの空いた部分を攻撃する。
 そしてカウンターを狙いたがる。
 しかし、実戦の戦いは違う。
 相手のガードの上からぶち込み、ガードを崩しながら無理矢理隙をこじ開ける。

 俺の強引な強打に榊のガードが下がった。
 俺は榊の額に強烈なストレートを撃ち込んだ。
 通常は額は硬い骨なので大したダメージにはならない。
 でも、俺のパワーで撃てばまったく別だ。
 榊が吹っ飛び、リングを転がって行く。

 「榊! 無様だぞ!」

 身体の大きな白ランの男が立ち上がって叫んでいた。
 隣で久我が腕を組んで座って見ている。
 レフリーが俺をコーナーに下がらせ、カウントを取り始めた。
 やけに遅い。
 部団連盟の人間なのだ。
 カウントを取りながらも、まさか榊がダウンを奪われるとは思っていなかった動揺が隠せない。
 榊は頭を振りながら立ち上がった。
 榊の肩から首周りの巨大な筋肉が衝撃を吸収したにせよ、身体が吹っ飛ぶほどの衝撃だ。
 ダメージは残っている。
 俺も前に出て、レフリーが続行させる。

 榊の目つきが変わっていた。
 
 「榊! 構わないぞ!」

 先ほどの大男が叫んだ。
 次の瞬間、今度は榊の身体が4体に分かれた。
 しかもプレッシャーは二つあった。
 俺が後ろに飛びのくと、4体が追って来る。
 殺気の分裂は分かる。
 しかし実際の攻撃主体が2つあるのはおかしい。
 俺は躊躇しなかった。

 《轟雷》

 俺の右手から電光の塊が放たれ拡がって四体の榊にぶつかった。
 3体の榊が掻き消え、残った榊がぶっ飛んでロープに撥ね飛ばされてリング外に落ちて行った。
 会場が静まり返り、うちの子どもたちの歓声が上がった。

 「やったぁー!」

 俺はそちらを向いて手を振った。
 他の全生徒は静まり返っている。
 まさか榊がやられるとは思ってもいなかったのだろう。
 リングの下で榊が抱きかかえられ、そのうちに担架で運ばれていった。
 あれは俺のために用意されていたのだろうか。

 「おい、ジャンボ」

 先ほど叫んでいたでかい男に向かって言った。
 
 「これで終わりでいいんだよな?」
 「……」

 何も言わずに俺を睨んでいた。

 「おい、お前上がって来いよ」
 「!」
 
 物凄い形相で前に出ようとした大男を久我が止めた。

 「郷間、よせ。試合は終わりだ」

 大男・郷間が止まった。

 「おい」
 「撤収だ」
 「あんだと、このネクラ野郎!」

 俺が久我に逆らったので、会場が騒がしくなる。
 部団連盟の久我は相当な実力者らしい。
 
 「今日は終わりだ」
 「他愛ねぇな!」

 俺が笑って言うと、会場の幾つかで拍手が湧いた。
 恐らく不良グループの連中で、部団連盟とは敵対しているのだろう。
 郷間と呼ばれた男が久我と一緒に歩いて行った。
 髪の長い白ランの女生徒が来た。
 先ほども部団連盟の建物で見た、幹部の一人だ。
 長い明るい茶髪の美しい女生徒だった。

 「猫神君。いい試合だったよ!」
 「おい、そんなこと言っていいのか?」

 俺が苦笑して聞くと、女生徒も笑った。

 「だって本当にいい試合だったもん! 榊も凄い男だけど、猫神君はもっと凄いね!」
 「そうかよ」

 女が微笑んで言った。

 「私の名前はマンロウ千鶴。オーストラリア人のハーフなの」
 「猫神高虎だ」
 
 お互いに自己紹介した。

 「ねえ、さっきの光の塊はなんなの?」
 「さー」
 「ふーん」

 千鶴はそれ以上聞かなかった。
 しかしそれはおかしい。
 異常なことが起きたのに、それを大して異常だとも思っていないかのようだった。
 まあ、榊の分裂攻撃も相当なものだが。

 「まだいろいろあるだろうから気を付けてね。でもアーチェリー部は猫神君には手を出さないわ」
 「そうか。ありがとうな」
 「剣道部の島津一剣には特に気を付けて」
 「島津?」
 「それとさっきの応援団の郷間」
 「あのジャンボ(でかぶつ)か?」

 千鶴が楽しそうに笑った。

 「猫神君には本当に大したことがないかもね」
 「コワイよー」
 「ウフフフ、じゃあ、また。今日は本当に楽しかった」
 「おう!」

 俺はリングを降りて、ボクシング部に着替えに行った。
 部員たちがいたが、俺を見て睨むか俯いていた。
 俺は勝手に更衣室を借りて着替えて出た。

 「榊は強かったぜ」

 そう言うと、部員の何人かが顔を上げた。

 「あれほど練り上げた人間は少ない。大したもんだ。じゃあな」

 副部長の今村が走って行ってドアを開けてくれた。
 俺は礼を言って出て行った。
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