2,327 / 2,808
青の帰還
しおりを挟む
5月第四週の月曜日。
俺が昼の休憩に出ようとした時、青から電話が来た。
「赤虎! 6月の初めに日本に帰ることにしたよ」
「お前、随分と待たせやがって!」
「ああ、悪かったな」
「こっちの準備は出来てるからな」
「何から何まで申し訳ない。戻ったら精算するからな」
「ああ」
4月の花見の時に青と久しぶりに話し、それから何度か打合せをしていた。
青の今後の生活についてだ。
また日本で喫茶店をやりたいと言うので、俺が用意させて欲しいと言った。
実際には、青が帰ってから喫茶店をやるだろうと思って、事前に基礎工事は終わらせていたし、上物も進めていた。
もう、内装の一部をやるだけになっている。
「病院の近くで、丁度いい土地があるんだよ」
「そうなのか! ああ、でもあの辺だと土地は高いだろう」
「大丈夫だ」
「おい、何言ってんだよ」
「お前からさ、1000万円預かってたじゃない」
「あれはお前に世話になった礼だよ!」
「あれをさ、うちの子どもが資産運用してさ」
「なんだって?」
「今、80億円くらいになってっから」
「おい!」
青が慌てているので笑った。
「ちょっと使わせてもらったからな」
「お前、おい!」
「ワハハハハハハ!」
「笑ってんじゃねぇ!」
「お前がいねぇからよ、店も俺が勝手に作らせてもらうかんな!」
「赤虎!」
青は事態が分かって驚いていた。
だが、結局俺に任せると言ってくれた。
「まあ、お前には世話になりっぱなしだな」
「遠慮すんな。どうせお前の金だ」
「いや、正直助かったよ。俺の金はほとんど旅行で消えちまったからな」
「お前、ほんとに長かったよなぁ」
「そうだな」
それだけ明穂さんとの思い出が大きかったのだ。
青は金などに、もう興味はなかった。
明穂さんだけだ。
数年がかりで、やっと青は何かを終えることが出来た。
既にいない明穂さんと二人きりで。
いないということと一緒ということを青の中で交差させながら。
俺は建物の外観と内装を話し、2階3階は住居にすると話した。
「おい、そんなに大きな家はいらないぞ」
「いいじゃねぇか」
「うーん」
まあ、使わなければいいだけだ。
「それとな、お前一人じゃ大変だろうからよ」
「おう」
「アンドロイドを入れるかんな」
「なんだ?」
青はさすがに海外にいても、御堂の劇的な政界への登場は知っていた。
それに、御堂が俺の親友であることも知っている。
「御堂の護衛に、ダフニスとクロエというアンドロイドがついているのを知っているか?」
「ああ、知ってるよ。あれは凄い技術だよなぁ」
「お前の喫茶店にも入れるから」
「なんだと!」
「カワイイ女性型な。JK風の美人にすっから」
「おい、赤虎! 何言ってんだよ!」
また青が慌てる。
「だって、お前のおっかいない顔じゃ、従業員は来ないだろ?」
「だからって、なんでアンドロイドなんか!」
「いいじゃんか。給料はいらないんだぞ?」
「本体が幾らすんだよ!」
「あー、タダ」
「どうして!」
「俺の研究所で作ってるかんな!」
「赤虎!」
詳しい話は帰ってからだと言った。
青もここで言い合っても仕方ないと思った。
あー、それじゃもう遅いんだぜぇ。
俺は好き勝手やった。
建築は事前にある程度進めていた。
青が喫茶店をやらなければ、別な人間にレストランでもやらせればいいと思っていた。
薄いベージュの大谷石で建物の外壁を覆った。
早乙女の家の塀と同じにし、だから2メートルの高さにLEDライトの溝を回した。
敷地に塀は作らないで、季節のいい時にはテラス席が作れるようにした。
南向きの建物で、目の前はうちの病院なので、直射日光は夏場にしか入らない。
その南側は大きなはめ殺しのガラス窓と、間に壁を設けている。
それほど広くはない。
客席部分で大体50平米。
天井高は4メートル半で高い。
北側に大きなカウンター席が10人分と、南側にテーブル席が4席。
東側に出窓があり、西側を入り口としている。
ドアはガラスの格子だ。
内装はベージュの蔦模様の壁紙で、床は幅が広めのフローリング。
天井は漆喰でダウンライトを通路部分に。
テーブルの上には暖色系のライト、カウンターにも暖色系のスポットライトを配した。
青はカウンターの中だが、後ろに広い棚を配置して、その気があれば酒も提供できるようにした。
カウンター内にはコーヒーの道具をあれこれとコンロと調理台。
カゲナウのでかい冷蔵庫に広い洗い場。
調理器具もいいものを揃えた。
続きで倉庫部分。
北側にトイレと上に続く階段。
階段には扉を付けている。
青のプライベートの2,3階に続くからだ。
東側の外壁に、蔦を絡ませた。
昔の「般若」と同じ配置だ。
青は喜ぶだろうか。
その顔を思い浮かべながら、俺は図面を引いた。
カウンターはメイプルの一枚板にし、そこの椅子は少し高めだ。
テーブル席はクッション性のある椅子に白の丸テーブル。
東側のテーブルだけはソファにした。
恐らく、閉店後に青がそこに座る。
明穂さんのシクラメンを出窓に置くからだ。
そんなことを想像しながら、自然に笑いが込み上げて来た。
「しかし、あいつ、まだ喫茶店をやりたいだなんてなあ」
それも明穂さんとの思い出のためなのだろうが。
そして、青が見つけた生き甲斐でもある。
青の喫茶店には、多くの常連が通っていた。
青と明穂さんを知っている人が多かったが、その後もあの小さな喫茶店に新たに通う人間もいた。
青はいいマスターだった。
優しく、そして出しゃばらない。
女子高生の常連までいた。
雨の日に店の前をずぶ濡れで歩いているのを、青が呼び止めて店に入れた。
ドライヤーとタオルを渡し、コーヒーを飲ませた。
他に客も無く、他愛ない話をしたそうだ。
服が渇いたところで、ビニール傘を渡した。
それ以来、週に一度は通うようになった。
青のことが好きだったようだ。
もちろん青にはその気はなく、女子高生も喫茶店に通うだけだったが。
青が戻れば、昔の常連も通ってくれるだろうか。
多分、そうだろう。
俺はそれが楽しみだった。
俺が昼の休憩に出ようとした時、青から電話が来た。
「赤虎! 6月の初めに日本に帰ることにしたよ」
「お前、随分と待たせやがって!」
「ああ、悪かったな」
「こっちの準備は出来てるからな」
「何から何まで申し訳ない。戻ったら精算するからな」
「ああ」
4月の花見の時に青と久しぶりに話し、それから何度か打合せをしていた。
青の今後の生活についてだ。
また日本で喫茶店をやりたいと言うので、俺が用意させて欲しいと言った。
実際には、青が帰ってから喫茶店をやるだろうと思って、事前に基礎工事は終わらせていたし、上物も進めていた。
もう、内装の一部をやるだけになっている。
「病院の近くで、丁度いい土地があるんだよ」
「そうなのか! ああ、でもあの辺だと土地は高いだろう」
「大丈夫だ」
「おい、何言ってんだよ」
「お前からさ、1000万円預かってたじゃない」
「あれはお前に世話になった礼だよ!」
「あれをさ、うちの子どもが資産運用してさ」
「なんだって?」
「今、80億円くらいになってっから」
「おい!」
青が慌てているので笑った。
「ちょっと使わせてもらったからな」
「お前、おい!」
「ワハハハハハハ!」
「笑ってんじゃねぇ!」
「お前がいねぇからよ、店も俺が勝手に作らせてもらうかんな!」
「赤虎!」
青は事態が分かって驚いていた。
だが、結局俺に任せると言ってくれた。
「まあ、お前には世話になりっぱなしだな」
「遠慮すんな。どうせお前の金だ」
「いや、正直助かったよ。俺の金はほとんど旅行で消えちまったからな」
「お前、ほんとに長かったよなぁ」
「そうだな」
それだけ明穂さんとの思い出が大きかったのだ。
青は金などに、もう興味はなかった。
明穂さんだけだ。
数年がかりで、やっと青は何かを終えることが出来た。
既にいない明穂さんと二人きりで。
いないということと一緒ということを青の中で交差させながら。
俺は建物の外観と内装を話し、2階3階は住居にすると話した。
「おい、そんなに大きな家はいらないぞ」
「いいじゃねぇか」
「うーん」
まあ、使わなければいいだけだ。
「それとな、お前一人じゃ大変だろうからよ」
「おう」
「アンドロイドを入れるかんな」
「なんだ?」
青はさすがに海外にいても、御堂の劇的な政界への登場は知っていた。
それに、御堂が俺の親友であることも知っている。
「御堂の護衛に、ダフニスとクロエというアンドロイドがついているのを知っているか?」
「ああ、知ってるよ。あれは凄い技術だよなぁ」
「お前の喫茶店にも入れるから」
「なんだと!」
「カワイイ女性型な。JK風の美人にすっから」
「おい、赤虎! 何言ってんだよ!」
また青が慌てる。
「だって、お前のおっかいない顔じゃ、従業員は来ないだろ?」
「だからって、なんでアンドロイドなんか!」
「いいじゃんか。給料はいらないんだぞ?」
「本体が幾らすんだよ!」
「あー、タダ」
「どうして!」
「俺の研究所で作ってるかんな!」
「赤虎!」
詳しい話は帰ってからだと言った。
青もここで言い合っても仕方ないと思った。
あー、それじゃもう遅いんだぜぇ。
俺は好き勝手やった。
建築は事前にある程度進めていた。
青が喫茶店をやらなければ、別な人間にレストランでもやらせればいいと思っていた。
薄いベージュの大谷石で建物の外壁を覆った。
早乙女の家の塀と同じにし、だから2メートルの高さにLEDライトの溝を回した。
敷地に塀は作らないで、季節のいい時にはテラス席が作れるようにした。
南向きの建物で、目の前はうちの病院なので、直射日光は夏場にしか入らない。
その南側は大きなはめ殺しのガラス窓と、間に壁を設けている。
それほど広くはない。
客席部分で大体50平米。
天井高は4メートル半で高い。
北側に大きなカウンター席が10人分と、南側にテーブル席が4席。
東側に出窓があり、西側を入り口としている。
ドアはガラスの格子だ。
内装はベージュの蔦模様の壁紙で、床は幅が広めのフローリング。
天井は漆喰でダウンライトを通路部分に。
テーブルの上には暖色系のライト、カウンターにも暖色系のスポットライトを配した。
青はカウンターの中だが、後ろに広い棚を配置して、その気があれば酒も提供できるようにした。
カウンター内にはコーヒーの道具をあれこれとコンロと調理台。
カゲナウのでかい冷蔵庫に広い洗い場。
調理器具もいいものを揃えた。
続きで倉庫部分。
北側にトイレと上に続く階段。
階段には扉を付けている。
青のプライベートの2,3階に続くからだ。
東側の外壁に、蔦を絡ませた。
昔の「般若」と同じ配置だ。
青は喜ぶだろうか。
その顔を思い浮かべながら、俺は図面を引いた。
カウンターはメイプルの一枚板にし、そこの椅子は少し高めだ。
テーブル席はクッション性のある椅子に白の丸テーブル。
東側のテーブルだけはソファにした。
恐らく、閉店後に青がそこに座る。
明穂さんのシクラメンを出窓に置くからだ。
そんなことを想像しながら、自然に笑いが込み上げて来た。
「しかし、あいつ、まだ喫茶店をやりたいだなんてなあ」
それも明穂さんとの思い出のためなのだろうが。
そして、青が見つけた生き甲斐でもある。
青の喫茶店には、多くの常連が通っていた。
青と明穂さんを知っている人が多かったが、その後もあの小さな喫茶店に新たに通う人間もいた。
青はいいマスターだった。
優しく、そして出しゃばらない。
女子高生の常連までいた。
雨の日に店の前をずぶ濡れで歩いているのを、青が呼び止めて店に入れた。
ドライヤーとタオルを渡し、コーヒーを飲ませた。
他に客も無く、他愛ない話をしたそうだ。
服が渇いたところで、ビニール傘を渡した。
それ以来、週に一度は通うようになった。
青のことが好きだったようだ。
もちろん青にはその気はなく、女子高生も喫茶店に通うだけだったが。
青が戻れば、昔の常連も通ってくれるだろうか。
多分、そうだろう。
俺はそれが楽しみだった。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、
ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、
私のおにいちゃんは↓
泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。
ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」
俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。
何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。
わかることと言えばただひとつ。
それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。
毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。
そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。
これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる