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院長夫妻と蓮花研究所 Ⅴ
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宴会が大盛況で終わり、解散した。
俺と蓮花、ジェシカ、六花、うちの子どもたちでもう少し飲んだ。
静子さんは先に休まれたが、珍しく院長が俺たちに付き合った。
響子と吹雪はロボと寝ている。
「石神様、みんなとても喜んでおりました」
「蓮花の芸が良かったからな!」
みんなが拍手する。
「いいえ、石神様がいらして下さったからですよ」
「トラトラちゃんも見せたしな!」
「はい!」
亜紀ちゃんが言う。
「蓮花さん! トラトラちゃんは「花岡」の秘奥義なんですよ!」
「そんなんじゃねぇ!」
俺以外に出来ねぇ。
あ、カエルの人が……
「もしかしたらよ、怒貪虎さんも人に戻れるのかな?」
「「あぁ!」」
双子が叫ぶ。
「まあ、それはねぇか。虎白さんも「人間を辞めた」って言ってたしな」
「「そっかぁー」」
「人間になってても、コワイんだろうなぁ」
ルーがニコニコして俺を見て言う。
「タカさん、怒貪虎さんには逆らえないもんね」
「ああ。虎白さんたちとかもな」
「他には?」
「小島将軍と橘弥生か」
みんなが爆笑した。
「この世に、親父よりコワイ人がいるなんて、子どもの頃には想像もしてなかったぜ」
院長が笑って言った。
「もう一人いたよな?」
「はい?」
「えー! 文学ちゃん、誰?」
ルーが突っ込む。
「ほら、石神。野々井看護師長」
「アァー!」
思い出した。
亜紀ちゃんが喰いつく。
「誰ですか?」
「石神がうちの病院に来た頃にいた、看護師長だよ。真面目で厳しい人でな」
「そうなんですか!」
「石神は散々叱られてたな」
「真面目な人でしたよね?」
「そうだったな。あんな人は滅多に出会えない」
「そうですね」
俺と院長だけで話しているので、亜紀ちゃんが俺の肩を叩きに来た。
「なんだ?」
「話して下さい!」
「おい!」
みんなが拍手をする。
「石神、話してやれよ」
「しょうがないですね」
俺は語り出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が蓼科文学に誘われて、今の港区の病院に来た頃。
どこの病院でもそうだが、まだ経験の浅い医師は全然偉いものではなく、上の医師からはもちろん看護師たちからもどやされる。
医師だから偉いわけではないのだ。
特にうちの病院はその傾向が強く、看護師はみんな使命感が高く医師の失敗や怠惰を平然と非難する伝統があった。
それは今もそうだ。
院長も俺も、その伝統を大切にしたいと思っている。
俺は蓼科文学第一外科部長の下に配属されたが、蓼科部長から他の部課への出向をさせられた。
様々な外科はもちろん、俺が前の病院で配属されていた小児科や内科、その他の専門部課も経験させられた。
俺も経験の無い部課だったので、どこでも最初は何も出来ず、先輩(オーベン)や上司の医師たち、また看護師たちに散々怒鳴られた。
その上、夜間の当直を目一杯入れられ、夜勤明けや休日は他の病院への出向。
全然休む時間がなく、毎日ヘトヘトだった。
よく昼食を食堂で食べ終わって少し眠ろうとして、そのまま寝入ってしまうこともあった。
その頃から厨房長だった岩波さんがよく俺を起こしてくれた。
しかし、その前によだれを流しながら眠っている俺を、背中を思い切り叩いて起こす人がいた。
それが当時の看護師長だった野々井さんだった。
「石神先生! 何をしているんですか!」
「あ、すみません」
「あなたという人は! ここではみんな真剣に働いているんですよ!」
「はい! すみませんでした!」
「さっさと食器を片付けて! 仕事に戻って下さい!」
「いや、あの。まだ休憩時間が……」
「黙りなさい! 他の先生方はみんな休み時間も勉強されてますよ!」
「は、はい!」
俺もやってるんだけどなー。
体力の限界なんだけどなー。
もちろんそんなことは言わずに、すぐに移動した。
少しでも寝ないと身体がもたない。
だから入院病棟の自動販売機前のソファでまた眠る。
「イテテテテテェ!」
突然耳を掴まれて立たされた。
「石神先生!」
野々井看護師長だった。
「あなたという人はぁ!」
頬をはたかれて、第一外科部へ連れていかれる。
「蓼科部長! さぼって寝ていたんです。この人、大分たるんでますよ!」
「そうか! いや手数をかけた」
「いいえ! 宜しくお願いします!」
「おう!」
死んじゃうよー。
そんなことがよくあった。
大体俺がこっそり休んでいるとどこからともなく野々井看護師長が現われ、俺を見つけて殴り、どやされた。
そういうことだったので、俺は野々井看護師長から目を付けられ、すれ違うといつもコワイ顔で睨まれていた。
二年くらいはそんな感じだった。
ある日、日勤を終えて4時間後から当直勤務という時。
俺はカルテなどの書類を保管している倉庫で横になって眠っていた。
そこが最も人が来ない場所で、来るのは書類を持って来るように命じられる若いナースばかりだ。
俺は彼女らと仲良くし、俺が休んでいても黙っていてもらうようにしていた。
そうでもしないと身体がもたない。
真剣に、短時間でも休むようにしなければ、という切実な状況にあった。
その日は特に相当疲労が溜まっており、俺はすのこの上で熟睡していた。
誰かが大騒ぎで俺を揺すっていて、目を覚ました。
「石神先生! 一体どうしてこんな!」
「あ、すみません」
「あなたはどうして! こんなことをするなら、私に相談してくれれば!」
「はい?」
野々井看護師長だった。
俺の大きな身体を抱き起して、涙を流している。
なんだ?
「何も死のうとしなくてもいいじゃないの!」
「えぇ!」
「あなたという人は!」
「ちょ、ちょっとぉー!」
俺は自分で起きようとして気付いた。
俺の左手首から血が流れている。
見ると、すのこに血が付いている。
熟睡しているうちに、すのこの割れた部分で手首を傷つけてしまったようだ。
「あ! これは違うんです!」
「え?」
「寝てて引っ掻いただけで! ほら、傷は大丈夫でしょ!」
俺は慌てて手首を見せた。
ちょっと出血はあったようだが、俺の身体は傷の治りが異常に早い。
太い動脈を切ったわけでもなく、もう血は止まって傷もうっすらと膜をはっている。
「あら?」
「誤解ですってぇー!」
「じゃあ、何してたの?」
「え、だから、あの、ちょっと休憩を」
「なんでこんなところで」
「えーと、ゆっくり休めるから」
「食堂とかは?」
「あそこで寝てるといつも野々井看護師長が引っぱたいて起こしに来るじゃないですかぁ!」
「!」
野々井看護師長が一瞬驚き、そして大笑いした。
「ああ、そうだったわね。あなたがだらしなく寝ているからね。あそこは食事をする場所だから」
「だからですよ!」
「ここもね! 休憩所ではありません!」
「はい!」
また野々井看護師長が大笑いし、俺も笑った。
野々井看護師長は俺を処置室へ連れて行き、洗浄と消毒をし、丁寧に木の破片が無いか見たうえで絆創膏を貼ってくれた。
自分でやると言ったが、最後までそうやってくれた。
「前にね、蓼科部長に御相談に行ったの」
「なんのです?」
「あなたのことよ! いつもあちこちでさぼって休んでいるってね」
「さぼってないですよ!」
また野々井看護師長が笑った。
「ええ、よく聞きました。蓼科部長があなたのことを期待しているのだと。だから寝る間も与えずに鍛えているって。あなたの仕事ぶりを聞いたわ」
「そうなんです?」
「毎日の日勤と続けて夜勤。夜勤明けはまた別な病院に出向して休日もだそうね」
「そうなんですよー!」
「本当に寝る間がないのね」
「その通りです!」
「頑張っているのね」
優しい笑顔で俺に言った。
「まあ、蓼科部長が俺を誘ってくれましたからね。あの人が俺の人生を救ってくれたんです。どこまでも付いて行きますよ」
「そうなの」
「外科医としても超一流です。俺も頑張らなきゃ」
「そうなのね」
「はい!」
そう言えば、最近は野々井看護師長から怒鳴られることも少なくなった。
俺の事情を知ってくれたからか。
「でもね」
「はい」
「あんな場所で寝てたらみんな驚くでしょう!」
「はい!」
「もう、しょうがないわね」
また優しく微笑んだ。
その後、倉庫部分の一部屋が空き部屋になり、そこに簡易ベッドが置かれるようになった。
野々井看護師長がそこへ俺を案内した。
「ここは誰も入らないようにしたから」
「え?」
「内側から鍵を掛けなさい」
「!」
俺のためにわざわざ部屋を整理して下さったようだった。
「ありがとうございます!」
「誤解していたわ。あなたは必死に病院のため、患者さんのために頑張っているのね」
「いえ、俺なんかまだまだ」
「これからも頑張ってね」
「野々井看護師長……」
「じゃあね」
俺は堪らずに謝った。
「野々井看護師長」
「なあに?」
「すみません! 陰で「鉄の野々井」なんてあだ名をつけてしまって!」
「なんですって?」
「これからは「薔薇の野々井看護師長」って訂正しときます!」
「あなた!」
「すみませんでしたぁ!」
野々井看護師長が大笑いした。
「いいわよ、「鉄の野々井」で」
「いや、似合いませんから!」
「あなたが付けたんでしょう!」
「すみませんでしたぁ!」
二人で笑った。
その後、俺は「鉄の野々井」ではなく「薔薇の野々井看護師長」だとナースたちに言って回った。
「鉄の野々井」は無くなったが、「薔薇の野々井看護師長」は定着しなかった。
俺と蓮花、ジェシカ、六花、うちの子どもたちでもう少し飲んだ。
静子さんは先に休まれたが、珍しく院長が俺たちに付き合った。
響子と吹雪はロボと寝ている。
「石神様、みんなとても喜んでおりました」
「蓮花の芸が良かったからな!」
みんなが拍手する。
「いいえ、石神様がいらして下さったからですよ」
「トラトラちゃんも見せたしな!」
「はい!」
亜紀ちゃんが言う。
「蓮花さん! トラトラちゃんは「花岡」の秘奥義なんですよ!」
「そんなんじゃねぇ!」
俺以外に出来ねぇ。
あ、カエルの人が……
「もしかしたらよ、怒貪虎さんも人に戻れるのかな?」
「「あぁ!」」
双子が叫ぶ。
「まあ、それはねぇか。虎白さんも「人間を辞めた」って言ってたしな」
「「そっかぁー」」
「人間になってても、コワイんだろうなぁ」
ルーがニコニコして俺を見て言う。
「タカさん、怒貪虎さんには逆らえないもんね」
「ああ。虎白さんたちとかもな」
「他には?」
「小島将軍と橘弥生か」
みんなが爆笑した。
「この世に、親父よりコワイ人がいるなんて、子どもの頃には想像もしてなかったぜ」
院長が笑って言った。
「もう一人いたよな?」
「はい?」
「えー! 文学ちゃん、誰?」
ルーが突っ込む。
「ほら、石神。野々井看護師長」
「アァー!」
思い出した。
亜紀ちゃんが喰いつく。
「誰ですか?」
「石神がうちの病院に来た頃にいた、看護師長だよ。真面目で厳しい人でな」
「そうなんですか!」
「石神は散々叱られてたな」
「真面目な人でしたよね?」
「そうだったな。あんな人は滅多に出会えない」
「そうですね」
俺と院長だけで話しているので、亜紀ちゃんが俺の肩を叩きに来た。
「なんだ?」
「話して下さい!」
「おい!」
みんなが拍手をする。
「石神、話してやれよ」
「しょうがないですね」
俺は語り出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が蓼科文学に誘われて、今の港区の病院に来た頃。
どこの病院でもそうだが、まだ経験の浅い医師は全然偉いものではなく、上の医師からはもちろん看護師たちからもどやされる。
医師だから偉いわけではないのだ。
特にうちの病院はその傾向が強く、看護師はみんな使命感が高く医師の失敗や怠惰を平然と非難する伝統があった。
それは今もそうだ。
院長も俺も、その伝統を大切にしたいと思っている。
俺は蓼科文学第一外科部長の下に配属されたが、蓼科部長から他の部課への出向をさせられた。
様々な外科はもちろん、俺が前の病院で配属されていた小児科や内科、その他の専門部課も経験させられた。
俺も経験の無い部課だったので、どこでも最初は何も出来ず、先輩(オーベン)や上司の医師たち、また看護師たちに散々怒鳴られた。
その上、夜間の当直を目一杯入れられ、夜勤明けや休日は他の病院への出向。
全然休む時間がなく、毎日ヘトヘトだった。
よく昼食を食堂で食べ終わって少し眠ろうとして、そのまま寝入ってしまうこともあった。
その頃から厨房長だった岩波さんがよく俺を起こしてくれた。
しかし、その前によだれを流しながら眠っている俺を、背中を思い切り叩いて起こす人がいた。
それが当時の看護師長だった野々井さんだった。
「石神先生! 何をしているんですか!」
「あ、すみません」
「あなたという人は! ここではみんな真剣に働いているんですよ!」
「はい! すみませんでした!」
「さっさと食器を片付けて! 仕事に戻って下さい!」
「いや、あの。まだ休憩時間が……」
「黙りなさい! 他の先生方はみんな休み時間も勉強されてますよ!」
「は、はい!」
俺もやってるんだけどなー。
体力の限界なんだけどなー。
もちろんそんなことは言わずに、すぐに移動した。
少しでも寝ないと身体がもたない。
だから入院病棟の自動販売機前のソファでまた眠る。
「イテテテテテェ!」
突然耳を掴まれて立たされた。
「石神先生!」
野々井看護師長だった。
「あなたという人はぁ!」
頬をはたかれて、第一外科部へ連れていかれる。
「蓼科部長! さぼって寝ていたんです。この人、大分たるんでますよ!」
「そうか! いや手数をかけた」
「いいえ! 宜しくお願いします!」
「おう!」
死んじゃうよー。
そんなことがよくあった。
大体俺がこっそり休んでいるとどこからともなく野々井看護師長が現われ、俺を見つけて殴り、どやされた。
そういうことだったので、俺は野々井看護師長から目を付けられ、すれ違うといつもコワイ顔で睨まれていた。
二年くらいはそんな感じだった。
ある日、日勤を終えて4時間後から当直勤務という時。
俺はカルテなどの書類を保管している倉庫で横になって眠っていた。
そこが最も人が来ない場所で、来るのは書類を持って来るように命じられる若いナースばかりだ。
俺は彼女らと仲良くし、俺が休んでいても黙っていてもらうようにしていた。
そうでもしないと身体がもたない。
真剣に、短時間でも休むようにしなければ、という切実な状況にあった。
その日は特に相当疲労が溜まっており、俺はすのこの上で熟睡していた。
誰かが大騒ぎで俺を揺すっていて、目を覚ました。
「石神先生! 一体どうしてこんな!」
「あ、すみません」
「あなたはどうして! こんなことをするなら、私に相談してくれれば!」
「はい?」
野々井看護師長だった。
俺の大きな身体を抱き起して、涙を流している。
なんだ?
「何も死のうとしなくてもいいじゃないの!」
「えぇ!」
「あなたという人は!」
「ちょ、ちょっとぉー!」
俺は自分で起きようとして気付いた。
俺の左手首から血が流れている。
見ると、すのこに血が付いている。
熟睡しているうちに、すのこの割れた部分で手首を傷つけてしまったようだ。
「あ! これは違うんです!」
「え?」
「寝てて引っ掻いただけで! ほら、傷は大丈夫でしょ!」
俺は慌てて手首を見せた。
ちょっと出血はあったようだが、俺の身体は傷の治りが異常に早い。
太い動脈を切ったわけでもなく、もう血は止まって傷もうっすらと膜をはっている。
「あら?」
「誤解ですってぇー!」
「じゃあ、何してたの?」
「え、だから、あの、ちょっと休憩を」
「なんでこんなところで」
「えーと、ゆっくり休めるから」
「食堂とかは?」
「あそこで寝てるといつも野々井看護師長が引っぱたいて起こしに来るじゃないですかぁ!」
「!」
野々井看護師長が一瞬驚き、そして大笑いした。
「ああ、そうだったわね。あなたがだらしなく寝ているからね。あそこは食事をする場所だから」
「だからですよ!」
「ここもね! 休憩所ではありません!」
「はい!」
また野々井看護師長が大笑いし、俺も笑った。
野々井看護師長は俺を処置室へ連れて行き、洗浄と消毒をし、丁寧に木の破片が無いか見たうえで絆創膏を貼ってくれた。
自分でやると言ったが、最後までそうやってくれた。
「前にね、蓼科部長に御相談に行ったの」
「なんのです?」
「あなたのことよ! いつもあちこちでさぼって休んでいるってね」
「さぼってないですよ!」
また野々井看護師長が笑った。
「ええ、よく聞きました。蓼科部長があなたのことを期待しているのだと。だから寝る間も与えずに鍛えているって。あなたの仕事ぶりを聞いたわ」
「そうなんです?」
「毎日の日勤と続けて夜勤。夜勤明けはまた別な病院に出向して休日もだそうね」
「そうなんですよー!」
「本当に寝る間がないのね」
「その通りです!」
「頑張っているのね」
優しい笑顔で俺に言った。
「まあ、蓼科部長が俺を誘ってくれましたからね。あの人が俺の人生を救ってくれたんです。どこまでも付いて行きますよ」
「そうなの」
「外科医としても超一流です。俺も頑張らなきゃ」
「そうなのね」
「はい!」
そう言えば、最近は野々井看護師長から怒鳴られることも少なくなった。
俺の事情を知ってくれたからか。
「でもね」
「はい」
「あんな場所で寝てたらみんな驚くでしょう!」
「はい!」
「もう、しょうがないわね」
また優しく微笑んだ。
その後、倉庫部分の一部屋が空き部屋になり、そこに簡易ベッドが置かれるようになった。
野々井看護師長がそこへ俺を案内した。
「ここは誰も入らないようにしたから」
「え?」
「内側から鍵を掛けなさい」
「!」
俺のためにわざわざ部屋を整理して下さったようだった。
「ありがとうございます!」
「誤解していたわ。あなたは必死に病院のため、患者さんのために頑張っているのね」
「いえ、俺なんかまだまだ」
「これからも頑張ってね」
「野々井看護師長……」
「じゃあね」
俺は堪らずに謝った。
「野々井看護師長」
「なあに?」
「すみません! 陰で「鉄の野々井」なんてあだ名をつけてしまって!」
「なんですって?」
「これからは「薔薇の野々井看護師長」って訂正しときます!」
「あなた!」
「すみませんでしたぁ!」
野々井看護師長が大笑いした。
「いいわよ、「鉄の野々井」で」
「いや、似合いませんから!」
「あなたが付けたんでしょう!」
「すみませんでしたぁ!」
二人で笑った。
その後、俺は「鉄の野々井」ではなく「薔薇の野々井看護師長」だとナースたちに言って回った。
「鉄の野々井」は無くなったが、「薔薇の野々井看護師長」は定着しなかった。
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