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院長夫妻と別荘 Ⅷ

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 夕飯は鰻にしている。
 子どもたちは別途、自由にバーベキューをする。
 亜紀ちゃんと柳が大量の鰻を買って来ている。
 生きている鰻なので、捌くところからだ。
 皇紀が作った台で、俺が次々と捌いて行く。
 鰻の捌き用の包丁を買ったので、以前よりも早く出来るようになった。
 亜紀ちゃんが取りに来てどんどん焼いて、双子がタレを作り、終わると皇紀と一緒に運びと蒸しをする。
 柳は肝吸いとハマグリの吸い物を作っていく。
 捌き終わった俺も、亜紀ちゃんとどんどん焼いて行く。
 そのうちに蒸しの終わったものもまた焼きに入る。
 手の空いた子どもたちが漬物を切り、また自分たちのバーベキューの食材をカットしていく。
 一瞬も停滞のない俺たちの動きに、静子さんが感心していた。

 「みんな凄いのね」
 「「「「「「はい!」」」」」」

 院長が笑っていた。
 六花は響子とロボとまた映画を観ている。
 『300』だ。
 
 5時半に夕飯が出来て、みんなで食べる。

 「石神、これはまた美味いなぁ」
 「今度、静岡に食べに行きましょうよ」
 「おお、いいな!」
 「日本で一番美味い鰻の店があるんです」
 「そうなのかぁ」

 静子さんも楽しみだと言っていた。
 少し運動をしたせいか、お二人は食欲があった。
 鰻重の他に白焼きも召し上がる。

 「みんな、いつも美味い物を食べられていいね」
 「「「「「はい!」」」」」

 「俺は静子さんの御飯がいいですけどね」
 「あら、嬉しいわ」

 本心だ。
 お二人が食べ終え、子どもたちは饗宴の最中なので俺がお茶を煎れた。

 「美味しかったわ、石神さん」
 「それは良かった。お二人に喜んでもらえて嬉しいです」
 「もう、こんなにお料理が得意なら、うちでも手伝ってもらいたかったわ」
 「いやぁ、俺は静子さんの料理が大好きなんで」
 「もう! ウフフフフ」

 静子さんも冗談だ。
 いつだって、俺のために美味い食事を作って下さった。
 それが大変だなんて、少しも思わない方だ。

 夕飯を終えて、お二人を花火に誘った。
 響子も一緒にやる。

 「花火なんざ、本当に何十年ぶりかな」
 「本当ですね」

 「たまにはいいでしょう」
 「ああ、綺麗なものだな」
 「ほんとうに」

 響子が青い花火を夢中でやっている。
 俺が後ろから肩を抱いてやると、嬉しそうに振り向いた。
 またどこからともなく一羽のオナガアゲハが飛んで来て、俺たちの前を舞った。
 響子と顔を見合わせて微笑んだ。

 院長と静子さんに風呂を勧めると、静子さんが言った。

 「お二人で行ってらしてください」
 
 俺は院長と一緒に風呂に入った。
 院長の背中を流す。

 「あー、静子さんと一緒に入りたかったなー」
 「ばかもの!」

 院長の髪も洗った。

 「ほんとに増えましたね!」
 「お前もそう思うかよ!」

 院長が喜んだ。
 洗い終えると、さっさと湯船に入る。
 俺は苦笑して自分で洗って入った。

 「おい、さっきの蝶はなんだ?」
 「え?」
 
 突然院長が言うので驚いた。
 オナガアゲハのことだろう。

 「不思議な蝶だった。お前のことをずっと見ていたようだ」
 「そうなんですか」
 「波動がな。美しい緑色で、お前に視線を送っていたよ」
 「……」

 「おい、泣いているのか!」

 俺はモモとの思い出を院長に話した。
 うちの病院で入院していた加納明子のことも話した。

 「ああ、あの事件か」

 院長ももちろん知っている。
 公式の、ヤクザに襲われた身元不明の女性ということだけだが。

 「加納明子はモモでした。北海道の恐ろしい殺人マシーンを育てる施設に入れられて。大変な苦労をしたようですが、俺を殺す命令に逆らって死んだんです」
 「そうだったのか!」

 院長が真相を知って驚いていた。
 あの当時は俺の秘密を暴こうとしないで、黙っていてくれたのだ。

 「モモが言ってました。いつか俺に会えると信じて地獄を耐えていたんだと。青い花火をモモに見せてやりたかった。モモを救ってやりたかった」
 
 院長が俺の肩に手を置いた。

 「石神、お前の人生はどうしてそんなに辛いんだ」
 「みんなそうですよ。うちの子どもたちだって。院長だってそうでしょう」
 「……」

 院長は答えなかった。
 もちろん、そうなのだ。
 最愛のお兄さんを喪い、家族を一遍に喪い、そして自分の子どもを喪ってしまった。

 「前にもね。響子が青い花火を見つけて、あのオナガアゲハが飛んで来たんです。夜なのにね」
 「そうだったか」
 「響子が夢で、モモらしい女の子と一緒に花火をして遊んだそうですよ。それで、モモがもういいんだって言ったのだと」
 「そうか……」

 院長が目を閉じていた。

 「でも、また来てくれた。そして院長が俺を見ていると言ってくれた」
 「いや、俺は……」

 「ありがとうございます」
 「いや……」

 院長と風呂を上がり、静子さんが双子と一緒に入りに行った。
 俺は院長に「紅オイシーズ」のシャーベットを少し出した。

 「おい、石神」
 「はい」
 「お前と一緒にいると美味い物が喰えるし楽しいことばかりだな!」
 「はい!」

 片づけを終えて亜紀ちゃんと柳も風呂へ行った。
 響子と六花も一緒に行く。

 「吹雪のオチンチンは綺麗にしろよ!」
 「まかせて!」

 響子がやる気になっていた。
 まあ、いいけど。 
 院長が嫌そうな顔をした。
 俺は笑った。
 下品でどうしようもない俺を見て欲しかった。
 院長のような人から見れば、俺なんてそんなものだ。
 静子さんが双子と風呂から上がって来た。

 「おい、お前ら《ポワール・デ・ロワ》のメロンを静子さんにお出ししろ! お前らも喰っていいぞ」
 「「やったぁー!」」

 院長と静子さんが顔を見合わせている。
 双子がすぐにフリーザーからメロンを出して3人分を切った。
 一人6分の1だ。
 静子さんには少し多いかもしれない。
 このソルベは、それ以上に切ってはいけないと俺が厳命している。

 「これね! 和田商事さんから贈ってもらってるの!」
 「物凄く美味しいんだよ!」
 「私たちも滅多に食べれないの!」
 「この大きさまでなの。ごめんなさい!」

 双子が興奮して次々に話しかけている。
 静子さんがスプーンで掬って口に入れた。

 「あら! 本当に美味しい!」
 「「ね!」」

 双子がニコニコして食べる。

 「おい、石神、俺にも」
 「さっき院長は別なの食べちゃいましたからね。これ以上は胃を冷やしますから」
 「おい!」

 静子さんが笑って自分のスプーンで掬ったものを院長に向けた。
 院長が口に入れて、「美味いな!」と叫んだ。

 「あのー、うちの子どもたちの教育に悪いんでー」

 お二人が顔を見合わせて笑った。
 俺と双子も大笑いした。
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