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《デモノイド》戦 Ⅸ 葛葉

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 「鏑木はやったか」

 テラスでG28を構えている鏑木の無事な姿を見て、ホッとした。
 あいつはハンターの中では近接戦闘に最も弱い。
 今回の作戦で、一番不安な奴だった。
 しかしあいつは自分で戦略を組み立てて、見事に成功させやがった。
 大した奴だ。

 「なかなかやるじゃねぇか」

 ほくそ笑んで、目の前の俺の敵、スラヴァに向いた。
 長い金髪をたなびかせて、笑っている。
 俺には気持ち悪いとしか映らないが、女にモテるだろう。

 「おい、ゴリラ女が死んだぞ」
 「何を言う。俺たちがお前たちに負けるわけはない」
 
 その直後、絶叫が響いた。
 早霧と戦っていたセリョーガのものだ。
 スラヴァは信じられないという顔で、そちらを見た。
 
 「セリョーガ!」

 俺はその隙を逃さずにスラヴァに迫り、拳を叩き込む。
 スラヴァが反応したが、受けた左手が爆散する。

 「!」
 
 スラヴァの目が大きく見開かれ、信じられないと言う顔をした。
 そして俺と距離を取ろうとした。
 俺は追い縋って、連続して左右の拳をスラヴァに叩き込んだ。
 今度は微妙にかわされてはいるが、スラヴァに触れた部分は破砕していく。

 「貴様!」
 
 スラヴァは足元が滑るので動きが悪い。
 俺は幾度もスラヴァの身体に拳を叩きつけた。
 肉が爆ぜて行く。
 スラヴァが苦しそうな顔になって行く。

 それが、急に思い切り動いた。
 当然地面のグリースとパチンコ玉に足を取られ、派手に転んで滑って行く。
 やはり只者ではない。
 俺との距離を稼ぐために、強引に滑走したのだ。

 「この野郎!」

 俺はすぐにスラヴァが何をしようとしたのかを察した。

 「させるかぁ!」

 スラヴァはメタモルフォーゼしようとしている。
 これまでは俺たちを舐めて掛かっていたが、仲間が殺されて本気になっている。
 敷地の中で、他に磯良と愛鈴が戦っているはずだが、姿は見えない。
 個別に撃破するために、建物の陰になっているのだろう。
 スラヴァは一気に50メートル離れた。
 追撃するが、間に合わず、激しい熱気が溢れて来た。
 周囲に水蒸気が満ちる。

 「チィッ!」

 今度は逆に俺が距離を取った。
 水蒸気が晴れ、メタモルフォーゼを終えたスラヴァが立っていた。
 
 「もう終わりだ。お前たちは一人も助からない」
 「……」
 「セリョーガをやった奴もすぐに殺す。「業」様にもう顔向けできない」
 「なんだと?」
 「俺たちはお前たちなど敵では無かった。軽く捻ってやるつもりだった。セリョーガは油断して殺された。「業」様はもう、俺たちへの信頼を失われるだろう」
 「何言ってんだ?」
 「まあいい。俺一人でお前たちを殺せば、少しは認めていただけるだろう」

 スラヴァは、ワイヤーを束ね、鉄骨を組み上げたような姿だ。
 体長は元の身体と同じ190センチ程だ。
 妖魔の中でも「ワイヤータイプ」と呼ばれる者は、上位の存在であり、「虎」の軍の精鋭にしか斃せない者たちだ。
 ライカンスロープにはこれまで「ワイヤータイプ」は現われなかった。
 それは人間との融合が難しかったからなのだろう。
 しかし、目の前にするこの5人組は、恐らく「ワイヤータイプ」との融合に成功したに違いない。

 俺はスラヴァに向かって構えた。

 「無駄だ。お前の技はもう通じない」
 
 俺はスラヴァに向かって獰猛な笑いを見せてやった。

 「お前がメタモルフォーゼして強くなったんならよ」
 「なんだ?」
 「どうして俺らが届かないって決めつけるんだよ?」
 「お前、何を言っている?」

 表情は動かないが、スラヴァは笑っているようだった。

 「俺たちは本気を出してねぇんだ」
 「フン」

 スラヴァが動き出そうとしたその時、銃撃を受けた。

 「!」

 驚いている。
 俺は即座に「月光臨」に入った。
 自分の中に輝く満月を思い浮かべ、それと一体化する。
 スラヴァは動く初動を銃撃で止められて、行動できないでいる。
 鏑木の神懸かり的な射撃センスだ。
 スラヴァにとっては、人間が小石を当てられている程度のことだろう。
 しかし、それによって一歩も動けず何も出来ないでいる。
 「機」を押さえられているのだ。
 武道の極限を極めた人間は、相手の初動を指で押さえるだけで止めることが出来る。
 鏑木は、それを射撃で実現している。
 まったく舌を巻く高度な技術だ。
 これほど強大な敵にも通用している。

 俺は満月と一体化し、俺の体中に満月が満ちて行く。
 人間の個を超えた巨大な力と流れが身体を迸って行く。

 スラヴァが鏑木の射撃に慣れて行ったのが分かる。
 もうこれ以上はスラヴァを止められないだろう。
 しかし、俺も満ちた。

 スラヴァがやっと一歩を踏み出す。
 俺も一歩を踏み出し、スラヴァと間合いが重なった。
 互いに拳を突き出す。


 《無量光砲》

 
 ぶつかった拳がスラヴァの右腕を消滅させ、そのまま胸を消失させた。
 黒い霧のようなものがスラヴァの後ろへ拡がっていく。
 スラヴァの肩から上が地面に転がった。

 「な、なにが……」

 最後の一呼吸でスラヴァが喋った。

 「お前は負けたんだよ」
 「……」

 まだ意識があるのか、スラヴァは俺を睨んでいた。

 「俺の勝ちだ。呆気なかったな」
 「……」
 
 スラヴァは苦悶に顔を歪め、徐々に崩壊し、塵となって行った。
 俺も地面に大の字に転がった。

 「効いて良かったぜ」

 笑いが込み上げて来る。
 テラスを見ると、鏑木がライフルを振り上げていた。
 俺も右手を振ってやった。
 インカムに鏑木の声が来た。

 「葛葉さん、やりましたね!」
 「ああ、お前のお陰だ」
 「いいえ! スゴイ技でしたよ」
 「そうか」
 「感動しました!」
 「俺もお前の射撃には感動したよ」
 「そうですか?」
 「ああ、最高の仲間だ」
 「アハハハハハ!」

 最大奥義だ。
 「アドヴェロス」の他の誰にも見せたことはねぇ。
 タメに時間が掛かるのと、一発撃てばしばらく動けない。
 鏑木が間に合って良かった。
 あいつがいなければ、負けたかもしれない。

 これで三体をやった。
 離れた場所で、俺と同じく早霧が寝転がっている。
 情けねぇ。
 




 残るは磯良と愛鈴だ。
 あいつらが負けるわけはねぇ。
 だから少し、休ませろ。
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