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挿話: 金愚 Ⅳ

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 俺も時々、早乙女の家に寄って金愚の様子を見ていた。
 先日西条さんの見舞いに行き、金愚が早乙女の家で楽しそうにしていると話すと、喜んでいた。

 「そうですか。早乙女君たちにも話は聞いているんですが、本当にありがたい」
 「早乙女達も動物が好きですからね。ほら、うちのネコのロボも、早乙女達が大好きで」
 「ええ、そうでしたね!」
 「特に雪野さんのことがね。ああ、金愚も雪野さんに慣れて、毎日一緒に散歩に出かけてますよ」
 「そうなんですか! 雪野は細いから大変だろうけど」
 「いや、金愚は頭のいい犬ですからねぇ。ちゃんと楽しく散歩してます」
 「そうですか!」

 俺は手術の経過を聞き、問題ないことに安心した。

 「ゆっくり養生して下さいね。金愚のことは全然心配いりませんから」
 「わざわざありがとうございます。この御礼はまた」
 「いいですって! まあ、時間が合えばまた釣りに誘って下さい。あれは楽しかった」
 「はい、是非!」
 「親父との縁も聴かせてもらって。本当にありがたかった」
 「そんな、こちらこそ」

 しばらく他愛無い話をし、金愚のこともまた少し聞いた。

 「あいつは自分の運命を悟ってたようなんです」
 「どういうことです?」
 「種犬として、自分が役目をあまり果たせないことが分かっていたようで。そうなれば、殺されるということが」
 「そうなんですか?」

 俺にはよく分からない話だったが、闘犬に親しんできた西条さんならば、と思った。

 「だからうちに連れて来た時にはね。そりゃあ感謝されて。最初から私にも家族にも一切吼えることもなく。私がいれば、誰が手を伸ばしても大人しく撫でられてるんですよ。まあ、いきなり手を舐めたのは石神さんだけですけどね」
 「そうだったんですね」
 「餌もね、私が食べていいと言うまで待ってるんです。闘犬は本来は人間にも威張ってるものなんですけどね。金愚は違った。あいつは感謝を知っているんですよ」
 「ああ、確かに頭がいいですよね」

 俺がそう言うと、西条さんが嬉しそうに微笑んだ。

 「もちろん、他の犬や知らない人間は別です。人間を恐れることが無いのが闘犬です。だから私も嬉しかったんですよ」
 「西条さんの愛情ですね。ちゃんと金愚に伝わってたんだ」
 「ええ、そうなんです。あいつは大事な家族です。ただ、やはり闘犬なんで、うちの家族では扱いきれなくて」
 「なるほど。早乙女もバカみたいに優しいですからね」
 「そうなんですよ! あんなに優しい男は観たことがない! 雪野と一緒になってくれて本当に良かった。これで雪野も幸せです」
 「アハハハハハ! 早乙女は雪野さんにベタ惚れですからねぇ。俺なんかだったら鬱陶しいくらいなんですが、雪野さんも笑ってて」
 「そうですか! カワイイ子どもも出来たし。私も本当に嬉しいんです」
 「そうですか」

 西条さんが楽しそうに笑っていた。

 「全部石神さんのお陰ですよ」
 「え? 俺なんて全然」
 「聞いてますよ。早乙女君や雪野から。最初に早乙女君に仇を討たせてくれ」
 「あれは俺が巻き込んだだけですって」
 「それに雪野との結婚も、石神さんのお陰だと」
 「何言ってるんですか! 俺なんか何もしてないですよ。あの二人は出会った瞬間から相手を気に入ったんですって」

 西条さんが微笑んでいた。

 「早乙女君は、ちょっと女性関係に臆病というか、前に進めない男でした」
 「あー」
 「だから石神さんが後押しをしてくれた」
 「いや、俺なんか」
 「石神さんに全部もらったんだと、二人は話してくれてます」
 「こないだ雪野さんをホストクラブに誘いましたけどね」

 西条さんが大笑いした。

 「早乙女が泣くんで辞めましたけど。まあ、いい夫婦ですからね。自然と俺も構いたくなるだけです」
 「本当にありがとうございます」

 西条さんが頭を下げた。

 「じゃあ、そろそろ行きますね。金愚のことは心配いりませんし、ああ、西条さんの病状も、何かあったら俺が必ずなんとかしますし」
 「アハハハハハ!」

 病室を出た。
 早乙女に連絡し、金愚の様子を写真に撮って西条さんにお見せしろと言った。
 早乙女が「気が付かなかった!」と言い、早速写真を撮ると言った。
 
 まあ、金愚も「特殊」な環境で大変だろうが。
 でもみんな優しい連中なので、何とかなるだろう。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 早乙女さんや雪野さんと散歩に出ていると、時々ヘンな連中がいるのに気付いた。
 大抵遠くからわしたちを見ているだけだが、波動がとにかく良くない。
 なんだ、ありゃ?

 今まで見たことの無い連中だが、まあ、早乙女さんの周りの方々を見ているのでビビることはない。
 でも、恐ろしい連中なのは分かる。
 わしでも敵わないだろう。
 早乙女さんも雪野さんも、気付いていない。
 まあ、肩にいらっしゃる方は分かっているようだ。
 あび方々は基本的に何もしないが。

 それにしても、やっぱりこの辺は変わってる。
 恐ろしく強いスズメたちがいる。
 縄張りを持っていて、他のスズメやカラスなんかが来ると、一斉に追い返している。
 スズメって、あんなに強い?

 それにネコがやたらと多い。
 先日会った白い大きなネコは「ロボさん」と言うらしいことを知った。
 何度かあの後もお会いしたが、優しい波動を投げかけてくれ、もう気絶することは無かった。
 石神さんのお陰だろう。
 どういうわけか、あの物凄いロボさんが石神さんをお好きなようだ。

 ロボさんがいらっしゃるから、この辺はネコが多いのだろうか。
 一匹、物凄いスピードで走るネコがいる。
 なんだ、あれ?

 ネコたちはヘンな連中を見つけると、ロボさんに知らせているようなのだが。
 
 


 ある日、いつものように朝食の後で雪野さんが散歩に連れ出してくれた。

 「金愚! お散歩に行きましょう!」
 「バウ!」

 わしは走って自分でリードを咥え、雪野さんに渡した。

 「ありがとうね!」

 雪野さんが頭を優しく撫でて、リードを巻いてくれる。
 庭に出て、門を潜り散歩に出掛けた。
 コースは時々違うが、大体30分も連れ出してくれる。
 
 (!)

 あの嫌な連中の気配に気付いた。
 雪野さんは何も感じていないようだった。
 いつも離れて見ているだけなのだが、今日は違った。
 グングンこっちへ近づいて来る。
 いけない。
 雪野さんが危ない。

 「金愚?」

 わしが動かないので雪野さんが声を掛けた。

 「どうしたの? 具合が悪いの?」

 雪野さんは優しい。
 だから、わしが雪野さんを逃がさんと。

 「バウ!」

 振り向いて雪野さんに逃げるように言った。
 リードを咥え、一気に引く。
 雪野さんの手からリードが外れた。

 「金愚!」

 わしは雪野さんから離れて、近づいて来るそいつに向かった。
 
 「バウ! バウ! ガゥゥ!」

 全力で吼えた。
 いきなり蹴られ、腹を抉られた。

 「金愚!」

 雪野さんが駆け寄って来る。
 わしは必死に立ち上がり、もう一度そいつに向かった。
 そいつは雪野さんに向いた。

 そして、そいつがいきなり死んだ。

 「金愚! しっかりして!」

 くずおれたわしを、雪野さんが抱きかかえた。
 ああ、わしの血が雪野さんの服を汚してしまう。

 「バウ」

 申し訳なく、一声吼えた。

 「金愚!」

 目を閉じて、自分が死ぬのを待った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 6月初旬の土曜日だった。
 朝食を終えて、双子と一緒にロボと遊んでいた。

 雪野さんから電話があった。

 「石神さん! 今、金愚が妖魔に襲われて!」
 「なんですって!」
 「石神さんのお宅の近くです!」
 「すぐに行きます! 雪野さんは無事なんですね?」
 「はい。モハメドさんが斃してくれたようです」
 「分かりました!」

 俺は双子を連れてすぐに向かった。

 100メートルほど向こうに、雪野さんが金愚を抱いている。
 俺が金愚を抱きかかえ、家に運んだ。
 ルーに、柳に言ってウッドデッキに「Ω」と「オロチ」の粉末、それ針と糸を用意するように言った。
 後ろから早乙女が追いかけて来る。

 「石神! 金愚は!」
 「大丈夫だ。見た所腹を割かれているが、内臓は大丈夫そうだ。俺が縫合する」
 「たのむ、石神!」
 
 ウッドデッキで柳と亜紀ちゃんが待っていた。

 「煮沸消毒しました!」
 「おう!」

 テーブルもアルコール消毒されている。
 金愚を寝かせ、水に溶かした「Ω」と「オロチ」の粉末を飲ませる。
 脈が途端に安定した。

 素早く毛を剃って、アルコールで消毒し、縫合した。
 内臓がはみ出そうになっていたが、幸い太い動脈は破れていない。
 内臓にも内出血があるかもしれないが、「Ω」と「オロチ」を飲ませたので大丈夫だろう。
 土佐犬は皮が分厚い。
 そのお陰で衝撃も和らぎ、内臓を守ったのだろう。
 金愚は麻酔もなしで、まったく暴れなかった。
 大した奴だ。

 俺が包帯を巻き、毛布を敷いて寝かせた。
 ずっと俺の顔を見ていた。

 「おい、助かったぞ」
 「バウ」

 金愚が額を撫でていた俺の手を舐めた。





 「石神、何が起きたんだ?」

 ウッドデッキにコーヒーを運ばせ、みんなで飲んだ。
 早乙女が俺に聞いて来た。

 「一緒に散歩をしていたんです。そうしたら突然金愚が唸りだして」
 「そうですか」
 「私には見えなかったんですが、妖魔が襲って来たようです。金愚を蹴った時に初めて見えました」
 「雪野さんを襲った時に、モハメドの分体が殺したんでしょう」
 「でも、どうして金愚は!」

 雪野さんが戸惑っている。

 「雪野さんを護ろうとしたんですよ」
 「え、でも私にはモハメドさんの分体が!」
 「ええ。しかしそれは金愚には分からない。ああ、金愚も、雪野さんの方にモハメドの分体がいることは感じていたでしょうけどね」
 「だったら、どうして!」
 「金愚には分からないんですよ。モハメドの分体がどうして雪野さんの肩にいるのか。守ろうとしているなんて分からない」
 「!」

 雪野さんが泣き出しそうになった。

 「それに、あの妖魔に勝てるかも分からない。だから自分がやられている間に、雪野さんを逃がそうとしたんでしょう」
 「そんな! 金愚!」

 雪野さんが金愚に駆け寄って頭を抱いた。
 泣いていた。

 「石神、金愚は雪野さんを護ったんだね」
 「そうだろう。大した奴だぜ」
 「そうだな」
 「感謝を知っている。大事な者を守ることを知っている」
 「ああ」

 双子が雪野さんを宥めながら、金愚に「手かざし」をした。
 金愚の身体から、あのシュワシュワという音が聴こえた。
 もう大丈夫だろう。

 「念のために落ち着いたら動物病院へ連れて行けよ。レントゲンと血液検査をな。ああ、庭で遊んでて、ということにしておけ」
 「ああ、分かった」
 「そうだ、お前の家には金愚を乗せる車がねぇなぁ。柳、悪いけどアルファードを出してやってくれよ」
 「分かりました!」

 早乙女が午後の動物病院を予約した。
 うちで一緒に昼食を食べさせ、柳が連れて行った。

 検査の結果、何の問題もないことが分かった。
 縫合の技術を褒められたそうだ。
 どうでもいい。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 もう最期かと思っていたが、石神さんが助けて下さった。
 あれほど痛んでいた傷が、またたくまに塞がったのに驚いた。
 何かわしに飲ませてくれてからだ。
 それに、石神さんのところで綺麗な双子の方々が何かをして下さったのもわかった。
 
 柳さんという方が、車でわしをどこかへ運んで下さった。
 何かされたが、よく分からない。

 早乙女さんと雪野さんがわしを抱き締めて喜んでくれた。
 わしも嬉しかった。

 ただ。

 柳さんについているお方。
 あのお方もクルスさんと一緒でおっかなかった。

 この辺って、どうしておっかない方ばっかなの?

 もうしばらく早乙女さんのお宅でお世話になり、やっと西条さんの家に戻してもらえた。
 ホッとしたよー!

 前よりも早乙女さんたちが来るようになった。
 いつもわしを抱き締めて撫でて行ってくれる。

 ちょっと怖かったが、思い返せば早乙女さんのお宅も良かった。
 わしは幸せもんじゃ。
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