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挿話: 金愚 Ⅲ

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 とんでもない方が来た。
 なんだ、あの方は。
 全身が真っ赤な炎の柱に包まれている。
 あんな方は見たことが無いぞ。
 全ての上に君臨する方だ。
 わしなどが会っていいものかと思った。
 でも、とんでもなく優しい方だと分かった。
 わしなどに手を伸ばしてくれ、そっと優しく撫でてくれた。
 あまりにもいい匂いで、舐めずにはいられなかった。
 忠誠を誓いたくて仕方がなかった。
 嬉しかった。

 前から時々見ていた、飼い主よりも若い男は、肩に恐ろしいものを乗せている。
 最初から逆らう気は無かった。
 なんで、あんなの乗せてんの?
 
 とんでもない方がわしをどこかへ連れて行った。
 石神さんとおっしゃるらしい。
 もちろん、大人しく従った。
 しばらくすると、大きな家に着いた。
 臭いから、若い男の家だと分かる。
 若い男は早乙女さんだと分かった。
 どうしてここに連れて来られたのかは分からんが、わしにはどうしようもない。
 石神さんのなさることなので、逆らうつもりもない。

 石神さんがわしを降ろしてリードをつなげた。
 散歩だろうか?
 すぐに、こちらも前に会っている、早乙女さんの家族が来た。
 知っている臭いなので、俺も普通にしていた。
 優しい人間たちなのはよく知っている。
 そして、早乙女さんの連れの女も、肩に恐ろしい奴がいる。
 幼い娘の肩にも。
 なんでだろう?

 ただ、一番小さな者はもっと恐ろしい。
 こいつの肩には他の人間のような恐ろしい奴はいない。
 でも、もっとずっと恐ろしいのが一番小さな者だ。
 前に一度だけ会ったが、今はあの時よりも意識が随分とはっきりしている。
 石神さんには少し劣るが、相当な者だ。
 多分、わしが万一気に食わないことをすれば、一瞬で殺される。

 頭の中に響いて来た。

 《お前、美獣の主と私の家族に何かしたら承知しないからな》
 (それは、もちろんでございます!)
 《私はクルス。美獣の主をお助けするためにこの世に来た。忘れるな》
 (はい! けっして!)

 クルス様が少し微笑まれた。

 《まあ、よい。あまり脅えるな。短い間だろうが歓迎しよう》
 (あ、ありがとうございます!)

 驚いた。
 美獣とは石神さんのことだろう。
 私が脅えていることに、石神さんが気付かれた。
 優しく撫でられ「大丈夫だぞ」と言われ、嬉しかった。
 クルス様は短い間とおっしゃった。
 ならば、わしもここで大人しくしていよう。
 優しい人間たちであることは分かっている。
 
 石神さんに撫でられて少しホッとしていると、後から小さなネズミが来た。
 また頭の中に響いた。

 《おい、お前、俺がちっちゃいからって舐めたら承知しないぞ!》
 (え?)
 《今、俺のことをちっちゃいって思っただろう!》
 (はい、申し訳ありません)

 ネズミと思ったがとんでもないことに気付いた。
 どういうことかは分からないが、石神さんの臭いがする!

 《俺はな、石神様に御血を頂いた者だ! だからお前など一瞬で消せるんだからな!》
 (はい! 申し訳ございません!)

 本当にそのことが分かった。

 《まあ分かればいい。しばらくお前もここで暮らすようだからな。まあ、よろしくな!》
 (はい! よろしくお願いします!)

 その後で、アレらが来た。
 全然見たこともないものだったので、どう表現していいか分からない。
 チビらないようにするのが精一杯だった。
 チビったりなどしたら、きっとここにいる誰かに殺される。
 本当でそう思った。
 アレらは無いわー。

 わし、結構強かったんですけど。
 向かう所敵なしの大横綱でしたんですけど。
 すっかり自信が無くなった。
 なんなの、ここ。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 早乙女の家で金愚を飼い始め、1週間が経過した。
 金愚は大食いなので、俺が梅田精肉店に頼んで、二日おきに10キロの肉を配達してもらった。
 雪野さんが買い物に行くのは大変だ。

 最初のうちは俺も気になって様子を聞いていたが、万事順調なようで、金愚は大人しく、徐々に家にも慣れたようだ。
 毎日夜に早乙女が散歩に連れて行き、雪野さんも一緒に歩いた。
 そのうちに、昼間は雪野さんが金愚を散歩に連れ出すようになった。
 夜に帰ると、時々金愚を散歩に連れ出している早乙女と会った。

 「金愚ぅー!」

 俺が手を振って呼ぶと、金愚が嬉しそうに全力で走って来る。
 毎回早乙女が引っ張られて転ぶので面白かった。

 土曜日に、ロボと散歩していて、金愚を連れた雪野さんと会った。
 ロボは後ろの方で仲間のノラネコとなんかしていた。
 俺は雪野さんを見掛けたので、先に歩いて行って声を掛けた。

 「石神さん!」
 「おはようございます。金愚の散歩ですか」
 「ええ、カワイイんですよ!」
 「そうですか」

 俺はしゃがんで金愚の頭を撫で、顔をいじってやった。
 金愚が喜んで尾を振っている。
 すぐに腹を見せるので、腹も撫でてやる。

 「あら、やっぱり石神さんは特別ですのね」
 「いやぁ、本当にカワイイ犬ですね」
 「ウフフフフ」

 ロボが後ろから駆けて来た。

 「ロボ、金愚だ」

 ロボが金愚を見詰めた。
 金愚が気絶した。

 「金愚!」
 「ああ、ロボはダメかぁ」
 「あの、石神さん!」
 「ロボ、起こしてやってくれ」
 「にゃ」

 俺は雪野さんの前に立って、見えないようにした。

 プス

 金愚が目を覚ました。
 ロボを見て脅えていた。

 「じゃあ、すぐに離れますね。ロボ、行こう!」
 「にゃ」

 ロボは雪野さんの脚にまとわりついてから、俺と一緒に離れた。
 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 早乙女さんたちの家は快適だった。
 早乙女さんも雪野さんも本当に優しい。
 エサは毎日でかくて美味い肉をくれる。
 住処はいつも清潔にしてくれる。
 それに頭や身体を撫でてくれる。
 一緒に遊んでくれる。
 散歩だって毎日楽しい。
 怜花ちゃんも優しいし楽しいし、よく一緒に遊ぶ。
 クルスさんはちょっとおっかないけど、それでも雪野さんと一緒にわしを撫でてくれる。
 「柱」の方々も、見掛けると優しい波動をくれるので、ちょっと怖くなくなってきた。
 ハムさんも、時々遊びに来てくれる。
 みなさんの肩にいる方はおっかないけど、別に怖がらせるようなことはしないでくれる。
 夜中にハムさんと一緒に来ることも多い。
 ランさんたちも優しい。
 俺は慣れて来ると、みなさんが優しく、ここが結構居心地がいい場所だと思えるようになってきた。


 しかし…… 
 

 早乙女さんたちの肩のお方もクルスさんも「柱」さんたちもとんでもねぇ怖さだったけど、ありゃ、いったいナンダ?
 あんなモノがこの世にいるなんて……
 一瞬たりとも、逆らう気なんて起きなかった。
 もう死ぬだけだと思った。
 だから気絶した。

 ネコだとチラっとでも思った自分が許せない。
 遠目で臭いもネコに似ていたのだが。

 あれはとんでもねぇ。
 クルスさんだって、あれには到底及ばない。
 「柱」の方々のずっと上だ。
 
 よく、雪野さんはあれに普通にしてられるもんだ。
 よっぽど器がでかいのか。
 石神さんは分かる。
 あの方は、とんでもねぇ。

 ショックで死んだかと思った。
 でも生きてるぞー。
 それに、なんか気持ちいいそー。
 なんなんだ? 
 ちょっと、あのネコの方を脅えなくなった。
 何かされたんだろう。
 クルスさんたちのように、何か話しかけられたわけではないが。

 でも、やっぱおっかねぇー。
 わし、早く帰りたい。
 なんでとんでもねぇ方々ばっかなの?
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