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『おはようジャンキー』

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 最近、夢中になって読んでいる本がある。
 エンターテインメントの本で、ギャグというか物凄く面白い。

 最初は書店でタイトルが面白そうで手に取った。

 『おはようジャンキー』

 雪乙女という作家の作品だ。
 帯にあらすじがある。

 《覚せい剤中毒者の石上虎男が巻き起こす抱腹絶倒の事件の数々。笑死にご注意下さい》

 俺の名前に似た主人公だ。
 他の海外文学や専門書などと一緒に購入した。

 家に帰って早速読み始めると、本当に面白い。
 覚せい剤中毒者の主人公が、その幻覚のために大事件を巻き起こして行く。
 数年前に別れた恋人と重なった幻覚を見た女性を追い掛けていく。
 その女性は連続殺人鬼で、殺人快楽症だった。
 自分をストーカーしていく主人公を殺してしまおうとするが、ジャンキー特有のぶっとんだ思考で思いも寄らぬ展開になって行く。
 警察のことや覚せい剤中毒者のことが相当詳しく、リアリティもあった。

 ジャンキーの主人公が優しく可愛らしい性格で、非常に魅力的だ。
 たちまち読み終わり、ネットで調べてみると、他にも作品があるらしい。

 『ジャンキーの子守歌』
 『ジャンキーは荒野をゆく』
 『ジャンキーと子犬』
 『ジャンキー チキンレース』
 『ジャンキー in NY』
 『走れ、ジャンキー!』

 どうやら、ジャンキーの主人公石上虎男のシリーズ連作のようだった。
 すぐに取り寄せて、楽しんだ。





 「あれ、何読んでるんですか?」

 俺の部屋の掃除に来た亜紀ちゃんが、ベッド脇の本を見つけた。
 
 「わぁ! 凄いタイトルですね」
 「ああ、ちょっと見掛けて読んだら面白かったんだよ」
 「そうなんですかー」

 俺はあらすじを話してやった。

 「亜紀ちゃんも読んでみるか?」
 「是非!」

 第一作の『ジャンキーの子守歌』を貸した。
 大はまりした。

 「あれ、面白いですね!」
 「そうだろ!」
 「カワイイ性格で、タカさんに似てますね!」
 「そうかな?」
 「モデルですか!」
 「ワハハハハハハハ!」

 俺はジャンキーじゃねぇ。
 でも、二人でジャンキー・シリーズの話題で盛り上がった。
 柳に亜紀ちゃんが話して、1冊読んだが「もういいです」と言った。
 相変わらずノリが悪いが、無理して読むものではない。




 4月29日。
 早乙女達がうちに遊びに来た。
 久し振りに夕飯をごちそうする。
 木村の息子が東京大学に入学したので、お祝いを贈った。
 そうしたらお返しに、ウニと伊勢海老を沢山送られてしまった。

 まあ、都内のマンションを買ってやったのが悪かったか。
 俺も調子に乗り過ぎた。

 いつものように3時のお茶から呼んだ。

 「石神、今日もごちそうになるね」
 「ああ、一杯食べてってくれよな」

 今日はアンリ・シャルパンティエのフルーツのタルトだ。
 ナイフとフォークで食べる。
 早乙女達が楽しそうに食べ、怜花と久留守にも与えていく。

 お茶を終えて、ソファで寛いでもらった。

 「あ、悪いな」
 
 亜紀ちゃんがさっきまで読んでいた『おはようジャンキー』が置いてあった。

 「亜紀ちゃん! 置きっぱなしだぞ!」
 「あ、すいません!」

 すぐに亜紀ちゃんが取りに来る。
 雪野さんの顔色が悪かった。
 ブルブルと震えている。

 「雪野さん、体調が悪いんですか?」

 思わず聞いてしまい、早乙女が慌てた。

 「え、雪野さん、どうしたんですか!」
 「……」

 汗を流し始めた。
 顔色が一層青くなる。

 「い、いいえ」
 「雪野さん!」
 「まあ、落ち着けよ。少し横になりますか」
 「いえ、大丈夫です」

 雪野さんが言うので、しばらく様子を見ることにした。
 俺が断って脈をみたが、動悸が早く乱れている。
 またベッドに横になりましょうと言ったが、大丈夫だと言われた。

 気を紛らすために、さっきの本の話をした。

 「いや、さっきの『おはようジャンキー』ってさ、偶然書店で見かけて読んでみたら、もう面白くってさ」
 「そうなのか」
 「主人公がさ、石上虎男って言うんだよ! 俺の名前に似てるよな!」
 「ああ、そうだな」
 
 亜紀ちゃんが聞きつけてこっちに来た。

 「タカさんに貸してもらって私も読んだんですよ! 本当に面白くて一気に読みました!」
 「な!」
 「主人公が、なんとなくタカさんに似てるんですよ!」
 「俺もジャンキーだしな!」
 「アハハハハハ!」

 早乙女が苦笑いしている。
 警察官としては微妙なブラックユーモアだろう。

 「あ、あの……」

 雪野さんが何かしゃべり掛け、一層顔が青くなっているのに気付いた。

 「雪野さん! やっぱりちょっと休みましょう!」
 「あ、あの……」
 「石神の言う通りにしよう。大分調子が悪そうだよ?」
 「あ、あの……」

 雪野さんが辛そうな顔をしていた。
 早乙女に言って、寝かせようとした。

 「ご、ごめんなさい!」
 「「「?」」」

 突然謝った。

 「石神さん! ごめんなさい! あれ、私が書いたんです!」
 「「「!!!」」」

 え?

 「ちょっと思いついて。そうしたらストーリーがどんどん湧いて来て!」
 「いや、あの、雪野さん?」
 「ネットの小説サイトに半分冗談で出したら、それが結構評価されてしまって」
 「はい?」
 「すぐに出版社の方にお声を掛けて頂いて。それが嬉しくって」
 「雪野さん?」
 「出版されたら、ちょっと人気も出て。ついシリーズで7作も」

 なんだ?

 「あの! 久遠さんには話そうと思ってたんです! でも、あの、内容があんななので、ちょっと言いにくく……」
 「あれ、雪野さんの作品なんですか?」
 「はい。石神さんをモデルに……すいませんでした!」
 「いや、それはいいんですが」
 「やっぱりタカさんがモデルじゃないですか!」

 亜紀ちゃんの頭を引っぱたく。
 みんなで驚いた。
 大人しく、清楚な雪野さんが覚せい剤中毒者の主人公の小説とは。

 「雪野さん、俺は全然気にしてませんし、楽しませてもらってますし」
 「石神さん!」

 雪野さんが泣き出した。
 怜花が驚いて雪野さんに抱き着く。
 早乙女もどう慰めていいのか、動揺している。

 雪野さんは泣きながら話してくれた。
 元々は早乙女の仕事を手伝うために、「デミウルゴス」の関連で麻薬のことを調べて行ったのだと。
 覚せい剤中毒者の手記なども読み、ある日突然に主人公のストーリーが思い浮かんだと。
 自分で想像していることが楽しくなり、小説投稿サイトに書き始めて、ということだった。
 でも、内容が内容のため、早乙女にも打ち明けられなかった。
 警察官の妻が覚醒剤中毒者が活躍する小説を書いているなんて。
 しかも、主人公の名前と性格を俺に似せてしまったことも。

 早乙女が、優しく笑って言った。 

 「なんだ、雪野さん。俺に話してくれればよかったのに」
 「でも、あんな小説……」
 「いいじゃないですか。石神も楽しんでるようですし」
 「すいません! 久遠さん! 石神さん!」

 俺も笑って言った。

 「そういえば、作家の名前は「雪乙女」ですね」
 「は、はい」
 「気付かなかったなぁ!」

 みんなで笑った。





 「よし! 一江に連絡して、広めてもらいますよ!」
 「いえ! それは困ります!」
 「ベストセラーですね!」
 「石神さん!」

 早乙女が自分も読むと言った。
 雪野さんは必死に止めていた。
 
 しかし、早乙女はもちろん読み、その後ジャンキー・シリーズが大ヒットし、『おはようジャンキー』が直木賞候補にも挙がった。
 落選したが。
 ヤマトテレビがドラマ化の打診をしたが、それは雪野さんが断った。

 俺が会うたびに「シャブ中の石上です!」と言うと、雪野さんは困った顔をしていたが、一ヶ月後には笑うようになった。
 早乙女も楽しく雪野さんの小説を読み、小説は人気が出たためコミカライズした。
 猪鹿コウモリに話すと、是非自分に描かせて欲しいと言われ、そちらも大ヒットした。

 やがてハリウッドでアメリカ人を主人公とした映画化が決定した。





 「夫婦共に作家さんですね!」

 俺が言うと雪野さんが笑って言った。

 「はい!」

 しかし、覚せい剤中毒者のモデルが俺なのかよ……
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