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いずみ Ⅱ

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 いずみから事情を聞いた。
 とんでもない奴が、いずみたちを騙したようだ。

 「ラクルートからの注文って、確認はしたのかな?」
 「はい、母が掛かって来た電話番号を控えていて、先週の金曜日にそこへお電話して確認してました」
 「今日も同じ番号だったんだね?」
 「はい。だからまさか騙されていたなんて」

 どうもおかしい。
 ナンバーディスプレイで残っている番号で遣り取りしていたのだ。
 確かにラクルートの総務部の番号ではあるようだ。

 とにかく、いずみの店が大変なことになっている。

 「分かった、じゃあ俺に任せろ」
 「え?」
 「うちの病院の人間に声を掛けてみるよ。他にもいろいろ伝手もあるしな」
 「え!」
 
 いずみは呆然としていた。

 「とにかく、ここでちょっと待っててくれ。今、病院の上の人間の許可を取って来るから」
 「石神さん!」
 「まかせろ!」

 俺は笑っていずみの頭を撫でた。




 院長に話を通し、病院のスタッフに和菓子の注文を取る許可を得た。
 本来は無茶な話なのだが、事情を知って院長も同情してくれた。

 「分かった。まあ、あんまり仕事に支障が出ないようにな」
 「ありがとうございます!」

 俺は広報課に連絡し、「緑翠」が詐欺に遭って小学生のいずみが外に売りに出ているのだと話した。
 馴染みの広報課の人間が是非なんとかすると言って、協力を申し出てくれた。
 すぐにラインで回し、注文をまとめてくれると言ってくれた。
 文面は任せた。

 「君たち、バレンタインデーを忘れるな!」
 「アハハハハハハハ!」

 ありがたい。

 俺は部に戻って、一江や他の部下たちにも話した。
 全員注文してくれる。
 広報課から内線が来た。

 「石神部長のオススメって入れていいですか?」
 「もちろんだぁ! あそこの店は最高だからな!」
 「はい!」

 俺は一江に断って、一旦外へ出た。
 いずみが待っている場所へ行く。

 「おい、話はついたぞ! いずみはお店に戻って待ってろ」
 「え?」
 「これから大量に買いに行くからな! ああ、運搬はうちの連中にやらせるから、番重を一時的に貸してもらえるかな?」
 「はい、それはもう」
 「じゃあ、一緒にお店に行こう」
 「え、石神さん!」
 「行くぞー!」

 俺はいずみが下げていた番重を取り上げ、台車に積んだ。
 首に回していた紐の跡が、くっきりといずみに付いていた。
 俺が片手で台車を押して、いずみの首を撫でながら店に行った。

 「こんにちはー!」
 「石神先生!」

 店は開いていたが、ご主人も奥さんも途方に暮れて茶席の椅子に座っていた。
 いずみが興奮して二人に事情を話す。

 「え! 石神先生の所で?」
 「ええ、今注文をまとめてますんで、結構な量は捌けるかと」
 「そんな! どうしてうちの店のために!」

 「いずみさんが頑張ってましたからね。ついお力になりたくって」
 「石神先生!」

 三人とも泣いていた。
 
 俺は一旦外へ出て、早乙女に電話した。
 管轄も部署も違うが、早乙女に「緑翠」が詐欺にあった件を話し、所轄の警察署に連絡して欲しいと言った。
 早乙女から声を掛けてもらった方が、動きが早いと思った。

 「分かった! すぐに手配するよ!」
 「悪いな、こんな用件で」
 「何を言う! 石神、お前は最高だ!」
 「なんだよ!」

 15分後に麻布警察署から刑事が来て、事情を聞き出した。
 やはり早乙女は早い。
 俺も立ち会った。
 30分後にうちの病院の広報課から連絡が来て、5000個全部の注文をまとめたと言われた。
 流石だ。

 「いずみ! うちの病院で5000個買うからな!」
 「え!」
 「今、何人かで取りに来るから。ああ、番重は今日中に返すからな」
 「石神さん!」

 いずみも、ご主人も奥さんも大泣きした。
 奥から従業員の人たちも出て来て、一緒に喜んだ。

 「それとさ、他にも食べたいって人間がいて、今何があるかな?」
 「え!」
 「「緑翠」さんのって美味しいじゃない。あるだけ貰いたいんだけど」
 「あ、あの!」

 ご主人と奥さんが大泣きし、いずみが泣きながら今用意出来るものを調べた。

 「すいません。今日は大口の注文があったので、他にはあまり」
 「いいよ、あるだけでいい」
 「ありがとうございます!」

 本当に数は無かったが、大きな紙袋で3つに分けてもらった。
 広報課や他の部署の人間が、ワゴンタクシーで来た。
 俺も手伝って、番重を積んだ。

 刑事さんたちが、店の人から事情を聞いたらしく、拍手して見送ってくれた。
 急なことだったので俺が支払いを建て替えた。
 割引をすると言うのを丁寧に断った。

 「老舗は滅多なことじゃ安売りしちゃいかんですよ」
 「石神先生!」
 「じゃあ、また買いに来ますからね」
 「「「ありがとうございました!」」」

 全員に頭を下げられ、俺は病院へ戻った。
 病院ではみんなが喜んで「桜舞」を食べて美味しいと言っていた。
 白のこしあんをうすい皮で包み、上にピンクの桜の花弁が舞っている上生菓子だ。
 本当に上品で美味い味わいだった。
 響子と六花も嬉しそうに食べていた。
 吹雪も笑顔で半分食べた。

 「緑翠」の味を知り、その後も多くの人間が「緑翠」に通うようになった。

 「なんか、以前の「プレミアム・フィナンシェ」を思い出しますね」
 
 六花が笑顔で言った。

 「格が違うよ! 「緑翠」のものは本物で深遠なんだ」
 「そうですね!」

 



 その後、ラクルートの総務部の社員の悪戯であったことが判明した。
 電話の記録により、ラクルートから「緑翠」に連絡があったことは確実だった。
 初めは注文の証拠はないと言い張っていたラクルートだったが、御堂グループから圧力を掛けてもらい、徹底的に内部調査をした結果だ。

 総務部の男が主犯だったが、他に二人の男も犯行を知っていたことが分かった。
 いずみに店先での喫煙を注意された腹いせだった。

 主犯の男が代金を弁済し、「緑翠」の御主人は告訴を取り下げたそうだ。
 
 「確かに大変な思いをしましたが、ある方に救って頂きましたので」

 そう言っていたと、後に親しい刑事さんから伺った。
 そしてご主人がわざわざラクルートに連絡し、三人に重い処罰が降らないようにと頼み込んだと聞いた。
 その結果、主犯の男は1ヶ月の停職と半年の減給処分。
 他の二人は減給と始末書と決まった。
 そっちは御堂グループから聞いた。
 恐ろしく軽い処分だ。

 あの後、いずみが俺にお礼だと和菓子を持って来た。

 「石神さんへの感謝の気持ちを込めて、新しい和菓子を父が作ったんです」
 「へぇー、そうなのか!」

 見せてもらった。
 こしあんと栗あんを交互にして寒天で包んだ美しい上生菓子だった。
 表面の寒天が輝いている。

 「「虎好(ここう)」って名前です!」
 「へぇ」
 「高虎さんにちなみました!」
 「えぇ!」
 「石神さん! 大好きです!」
 「ワハハハハハハハ!」

 10個もいただき、響子と六花、鷹に渡し、うちの子どもたちにも配った。
 大好評で、俺も美味いと感じた。

 その年の和菓子コンクールで金賞ももらったそうだ。
 やはり「緑翠」は最高だ。
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