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シャドウ 誘拐

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 3月の第2週の金曜日。
 蓮花から電話が来た。
 病院の俺に連絡してくるのは、余程のことだ。
 この間、「Ω」の騒ぎがあったばかりだが、何か事件が起きたか。
 俺は昼食を取っていた。
 

 「何かあったか?」
 「シャドウさんが行方不明です!」
 「なんだと!」

 予想外のことで、俺も驚いた。
 蓮花がいつものようにシャドウへこれから行く旨を連絡して出かけたところ、小屋にシャドウがいなかったそうだ。

 「いつも、麓でわたくしを待っていて下さるんです!」

 俺も知っている。
 無線機を与えてから、二人で連絡を取り合ってのことだ。
 蓮花が泣き声で訴えている。
 相当なショックを受けているらしい。

 「霊素観測レーダーはどうなんだ?」
 「はい。「ロータス」に再確認させたところ、何も異常はありませんでした。通常のレーダーや、結界にも反応は」
 「今、捜索しているか?」
 「デュールゲリエを20体出しています。周辺の山を捜索させています」
 「それほど難所のある山でもないし、シャドウも歩き慣れている場所だ。事故ではないと思うが」
 「ではやはり、敵襲でしょうか!」
 「落ち着け。とにかく、今は周辺の全部の映像を再度確認しろ。侵入して来た車両、人間を全て洗い出せ」
 「はい!」
 「特にシャドウを運搬出来るバンやトラックなどだ。敵は霊素観測レーダーを遮断する技術を持っている。油断するな」
 「はい、かしこまりました!」
 「すぐにそちらへ行く。情報をまとめておけ」
 「はい、必ず!」

 蓮花がようやく立ち直った。
 今、やるべきことを認識した。
 泣いている場合ではない。

 俺は概要を聞いて、シャドウが拉致されたと考えた。
 殺害目的ではない。
 シャドウは機密扱いだったが、敵は何らかの手段で、その存在を知った。
 シャドウには利用価値がある。
 俺の血を取り込んでいるからだ。
 シャドウを研究すれば、俺について様々なことが分かるかもしれない。

 だが、シャドウは強い。
 「虎」の軍の中でも、確実に上位の実力者だ。
 俺の血を持っているためだ。
 そのシャドウを拉致することは、並大抵のことではない。
 それに、もう一つ。
 俺は今回の事件について、考えを巡らせていた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 蓮花さんを迎えに行くために小屋を出た。
 まだ雪の残る場所もあり、蓮花さんの自動走行車も危険がある。
 外に出た瞬間に感じた。
 悪い気配を持つ者たちが向かっている。
 多分、蓮花さんと自分を捕えようとする連中だ。
 私には、ごく自然にそういうことが感じられた。

 なぜ?

 それを考える前に、身体が動いていた。
 もうあと5分もすれば蓮花さんが到着する。
 その前に決着をつけなければ。
 道に止まった車の外に、男たちが4人出ていた。
 車は白いボックスワゴンタイプのものだったが、車名は知らない。
 恐らく蓮花さんか私を運ぶためのものだろう。
 私は躊躇なく「槍雷」を車に放とうとした。
 その瞬間、身体が動けなくなった。

 (なんだ!)

 男たちが私に気付き、近づいてきた。
 地面に横たわったまま、身体は動かなかった。

 「気味が悪いな」
 「まったくだ。タンムーズ様、捕らえました」

 何も返事は無かったが、私は車の中に入れられ、拘束具を締められた。
 私の身体のサイズに合わせたものだった。

 (良かった。蓮花さんが狙われたのではなかった)

 車の中にいた異様な者が、私の頭に手を置き、私は意識を喪った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が「飛行」で蓮花の研究所に行くと、白衣の蓮花が玄関から駆け出て来た。
 いつもの着物姿ではない。
 蓮花の焦りを感ずる。
 ミユキや前鬼、後鬼、そしてジェシカが遅れて駆けてくる。
 蓮花は俺に抱き着いて泣いていた。

 「落ち着け。すぐに動くぞ」
 
 蓮花は泣き声のままうなずいた。
 すぐにティーグフで作戦室へ移動する。
 事件発生から30分が経過している。
 蓮花を隣に座らせ、肩を抱いてやった。
 ジェシカやミユキたちは何も出来ずにおろおろしている。
 こんなに感情を乱した蓮花は初めてだろう。

 作戦室で、俺は捜査の進捗を聞いた。
 不安で我を失っている蓮花に替わり、ジェシカが映像を操作した。
 蓮花の行動範囲は念入りな監視カメラなどのシステムがある。
 だから、シャドウが攫われた時の映像もあるはずだったが、何故か何も映っていなかった。
 蓮花を迎えに、シャドウは小屋から麓まで降りて来ていたはずだ。
 その姿が見えない。

 「小屋からどこまで追える?」
 「麓周辺までです。ですが、道路に出る少し前から、シャドウさんの姿は見えません」
 「光学迷彩か。ロータス! シャドウは道路まで出たはずなんだ。お前は解析出来ないか?」
 《はい、お待ちください》
 
 3秒後、ロータスから興味深い報告があった。

 《1時間前に30キロ付近で、白いワンボックスカーが見つかりました。しかし、その後の足取りが確認出来ませんでした。トヨタのノアです》
 「移動速度から、シャドウに関わる可能性はあるんだな?」
 《はい》
 「シャドウを拉致したとして、その後の映像は見つかったか?」
 《ナンバーと車体の色が変わっていますが、同じノアの車両が現在ここから30キロ付近を遠ざかっています。国道18号線を藤岡方面へ移動中》
 「その足取りは終えるか?」
 《予測ルートへデュールゲリエか無人機を飛ばせば。間に合うと思います》

 「よし! すぐに無人機を飛ばせ。その後続で離れた位置からデュールゲリエを3体追わせろ!」
 「はい、すぐに!」

 全員の顔が明るくなった。
 蓮花が涙を流しながら俺に縋っている。

 「蓮花、必ずシャドウを見つけるぞ。必ずだ」
 「はい!」

 俺たちは動き出した。
 俺の勘は、最初にロータスが見つけたトヨタのノアだと告げていた。
 ナンバーの交換はもちろん、何らかの特殊な塗装をしていたのかもしれない。
 どのように霊素観測レーダーやその他の監視装置をかわしたのかはまだ分からない。
 しかし、今ならば後を追える。

 俺は「Ωコンバットスーツ」に着替えて備えた。
 間もなく無人機がノアを捉えたと報告を受けた。
 無人機からの映像がディスプレイに投影された。
 赤外線のセンサーを使ったが、内部は分からない。
 しかし、そのことが俺に確信させた。
 そこまでの技術を使っているのは、計画的にシャドウを攫った連中だろう。

 「行くぞ」
 
 俺は「虎王」を腰に差して飛んだ。
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