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「Ω」の神 Ⅱ

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 「蓮花さん、最後の扉です」
 「はい」
 「大丈夫ですか?」
 「当然です」

 蓮花さんが緊張されているのが分かった。
 やはり苦手なのだ。
 疋田に扉を開くように言った。

 アンドロイドが扉周辺の「Ω」を離してくれている。
 蓮花さんと一緒に、飼育場へ入った。
 すぐに背後で扉が閉じられる。

 「「Ω」は全て室内にいます」

 疋田の声がインカムに聞こえた。
 逃げ出した個体は無い。
 餌場に向かった。

 半数の「Ω」がまだ餌場にいる。
 どうも、「Ω」の中で序列が出来上がっているようで、最初に「エグリゴリΩ」たちが食事をし、そこから順に序列の高い個体が済ませて行くようだった。
 そのことに気付いて、マーカーを幾つかの個体に付けて確認もした。
 「Ω」の社会が出来つつあった。
 蓮花さんも驚いておられたが、石神様がそういうことを予見していたと言っていた。
 
 「宗教を生み出したのだから、当然社会秩序が出来て行くだろう」

 石神様の先見の明に感動した。

 我々が進んで行くと、大きな個体の「Ω」が近付いて来た。
 蓮花さんがまた緊張する。
 しばらく私たちを見てから、餌場の方へ向いた。

 《キュッキュッ》

 餌場の「Ω」たちが一斉にこちらを向いて、整列した。

 《キュ!》
 《サッ!》

 全員が号令と共に右前足を高く上げる。
 以前に石神様に対して見せた敬礼のような仕草だ。
 我々のことを認識している。

 「あ、あなたち! 人間の子どもがここにいませんか!」
 
 蓮花さんが外部スピーカーで叫んだ。
 今は8万匹となった「Ω」たちは、何の反応も示さない。
 ただ、全ての「Ω」がこちらを向いている。

 「お願いです! もしも人間の子どもがいるのならば教えてください!」

 蓮花さんは叫びながら周辺を探した。
 量子コンピューター「ロータス」は、子どもの姿を見つけたらすぐに連絡を寄越すはずだ。
 
 餌場には無数の「Ω」がいたが、子どもの姿は見えない。
 「エグリゴリΩ」たちは巨大だが、他の「Ω」はそれほどのサイズではない。
 子どもが隠されるはずもない。
 それでも蓮花さんは1時間も捜し回った。
 最後に《祭壇》近くにいる「エグリゴリΩ」に話しかけたが、やはり反応は無かった。

 我々は飼育場を出た。





 入念な消毒の後で、蓮花さんが石神様にご報告された。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 3月最初の木曜日の夜。
 聖と電話で話していると、亜紀ちゃんが部屋に来た。

 「タカさん、蓮花さんからお電話ですが」
 「おう、分かった」

 聖との電話を切って、家の固定電話に出た。
 信じられない報告を受けた。

 「Ω」の飼育場で、人間の子どもの姿が確認されたと。
 しかし、蓮花と飼育場の責任者の増本が中へ入ったが、何も発見出来なかった。
 全ての映像を「ロータス」に確認させたが、増本たちが見た数秒の映像しか残っていない。
 子どもがどうやって飼育場へ入ったのかも、また飼育場からどうやって消えたのかも分からない。
 まだ飼育場にいる可能性もあるが、監視カメラは死角無く監視を続けている。
 それ以前に、飼育場への侵入方法すら想像も出来ない。
 紛れ込むことは不可能なのだ。

 「ならば……」

 俺は想像を超えたことだが、認めるしかなかった。

 「あそこで生まれたのだ」

 俺は明日の夜に蓮花研究所へ行くことにした。
 ベッドの上からロボが俺をジッと見ていた。

 「お前も行く?」
 「ニャウ!」

 行きたいらしい。

 リヴィングに降りて、先に飲み始めていた亜紀ちゃんと柳、双子に言った。

 「明日の夜から蓮花の所へ行くことになった」
 「え、そうなんですか?」
 「ちょっと向こうで問題が起きたらしくてな」
 「私たちも手伝いますか?」
 「いやいいよ。ああ、ロボは連れてくからな」
 「分かりましたー」

 俺は何が起きたのかを子どもたちには話さなかった。
 子どもたちも問い質さない。
 蓮花研究所では高度な機密事項が多いためだ。
 必要があれば、俺が話すが、そうでなければ機密なのだと分かっている。

 俺は一江と行った怪談ライブの話をし、双子が失神した。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 家に一度帰って、シボレー・コルベットに乗って蓮花研究所へ向かった。
 ロボは助手席で興奮している。
 蓮花に会えることが嬉しいのだ。
 
 シボレー・コルベットの中は殆どロボ用品で一杯になった。
 古伊万里の皿とトイレ、おもちゃ。
 俺は下着の替えくらいだ。

 家を7時に出て、9時前に蓮花研究所へ着いた。
 蓮花とミユキたちが出迎えてくれた。

 「石神様! お忙しいところを」
 「いいよ。必要があればいつだって来るさ」
 
 蓮花が俺たちを食堂へ案内した。
 ロボは食べているが、俺はまだ食事をしていない。
 
 鮎の炭火焼き。
 牛カツレツ。
 ホタテの炊き込みご飯(シソと刻みネギ乗せ)。
 マグロとハマチの御造り。
 その他器。
 椀は俺の好物のハマグリだった。

 ロボはハマグリとホタテの刺身を貰って、喜んで食べた。

 「遅い時間ですが、後程映像をご覧ください」
 「ああ、お前たちも遅い時間まで悪いな」
 「とんでもございません」

 ジェシカ、飼育場の責任者の増本と、映像に気付いた疋田が作戦室で待っている。
 俺は手早く食事を済ませ、作戦室へ向かった。
 ティーグフにみんなで乗る。
 ロボも一緒だ。

 作戦室で、ジェシカ、増本、疋田を交えて映像を確認する。
 確かに人間の子どもが餌場に立っていた。
 全裸だった。
 真上からの映像だったが、身長は恐らく120センチほどの男児に見える。
 7歳前後か。
 髪が長く、身体の線は細い。
 「Ω」の中にいて、まっすぐに立っている。

 「映像を解析し、男児と思われます」
 「そうか」
 
 表情は見えない。

 「他の監視カメラには映っていないんだな?」
 「はい。餌場を横から捉えるカメラもあるのですが、そこには何も」
 「そのカメラの映像をもう一度解析しろ。ロータス!」

 《はい、石神様》
 
 量子コンピューターの「ロータス」が応答した。

 「聞こえたな。すぐにやってくれ。考え得る限りのフィルターをかけ、解析しろ。スペクトル分析もな」
 《かしこまりました》

 2秒後、「ロータス」が報告して来た。

 《赤外線フィルターをかけた映像に、何か映り込んでいました》

 「ロータス」が俺たちが見ているスクリーンに投影した。
 黒い靄のようなものが立ち上っている。

 《解析の結果、天井から映された存在の位置に合致しました》
 「分かった、ご苦労」
 《いつなんなりと》

 「石神様!」
 「こういう場合は決めつけるな。様々な可能性を考えろ」
 「はい! 申し訳ございません!」
 
 やはり映っていた。
 しかし、人間ではない存在と分かった。

 「明日は俺も中へ入る」
 「「「はい!」」」
 「石神様、わたくしも御一緒します」
 「大丈夫か?」
 「はい!」

 増本が自分が今度は入ると言ったが、俺は蓮花を連れて行くことにした。
 以前に俺たち二人で入っているからだ。
 俺の勘でしかないが、「Ω」たちは蓮花に他の人間以上の親しみを持っている。
 ハーの危機に蓮花が飼育場に入り、「エグリゴリΩ」の翅を貰っている。
 そういうことも考えていた。

 まあ、深く考えても仕方が無い。
 俺はロボを連れて部屋へ入り、ぐっすりと眠った
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