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一江と怪談ライブ Ⅲ

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 「先生よ、人間は箸にも棒にも掛からねぇ奴ってのがいるんでさぁ」
 「ああ」
 「母ちゃんの腹の中に、大事なものを置いて来ちまった奴。そういう奴がね」
 「そうだね」
 
 Mさんが、乙松という男の話をした。

 「乙松は、とにかく何をやってもダメ。始終オドオドしやがって、何度教えても一つも覚えねぇ。ヤクザなんてのは最低の連中だけどよ、だからこそ厳しいとこもあるんだ。ダメな奴は徹底的にしごかれる。乙松はずっとそんなでしたね」
 「なるほど」

 しかし、Mさんは乙松を結構可愛がったと言っていた。
 まあ、その可愛がりは歪なものだったようだが。

 「他の連中は、後から入って来た奴まで乙松をバカにしてた。事務所の電話番すらまともに出来ねぇ奴だったから、小遣いもほとんどねぇ。組の事務所の隅っこで寝起きしてましたよ。だから俺が時々飯なんか喰わせてね」
 「そうですか」

 身体も小さく細い乙松は、組の中の最底辺だった。
 だから、Mさんが何をしようと、誰も文句は言わなかった。
 Mさんは笑って話していたが、結構虐めに近いことを楽しんでやっていたようだ。
 本人は、それも「可愛がる」という解釈だったが。

 そしてとんでもないことをした。

 「ちょっと気合を入れようと思いまして。背中に刺青を背負わせたんでさぁ」
 「ほう」
 
 Mさんがまた笑って話した。
 乙松そっくりの男の顔を彫り、頭が真っ二つに斧で割られている図案。
 脳みそが流れ出て、顔面は血だらけ。
 悪趣味の極みだ。

 「みんなで大笑いしましてね。ちょっとは根性出せって言われてました」

 乙松は声を掛けられて、ヘラヘラを笑っていたそうだ。

 「兄貴、ありがとう! なんてねぇ。俺は笑いを堪えるのに苦労しましたよ」

 酷い話だったが、これで終わりでは無かった。

 「まあ、あいつの運命ですけどね。あいつ、皮膚ガンになりまして」
 「え?」
 「安い彫師を使ったのが悪かったか。脳みその絵のあたりがね、でかく腫れ上がって、無残な有様に。病院に行く金もなくって、まあそのままおっ死にました」
 「!」

 金の無い乙松で、組にも貢献しなかった人間。
 もちろんMさんも何もしなかった。
 ろくな葬儀もしないで、「埋めた」とだけMさんは言った。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 バッァァァァン! バッァァァァン!

 またも大きな音がして、俺は話を中断した。
 同じく蝋燭が爆発した。
 今度は2本で、さっきよりも激しく飛び散った。
 観客が悲鳴を上げ、大騒ぎになる。

 ギルティさんがスタッフに言って、全部の蝋燭を消させた。

 「この話、危ないんじゃないですか!」

 会場の客が叫んだ。

 「いや! こんな凄い話は生涯に二度と聞けない! これは凄いですよ! みなさん、今日は本当に運がいい!」

 ギルティさんは、舞台裏から一人の老婆を連れて来た。

 「僕が信頼している、大変に霊力のある霊媒師の方です! 何かあっても絶対に大丈夫! みなさん、お帰りの前に除霊してもらいますから安心して下さい!」

 そう言うと、会場も徐々に大人しくなった。

 大丈夫かよ。

 俺はまた話を続けた。
 霊媒師が青い顔で震えているのが見えた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 Mさんの背中に皮膚ガンが出来たのは、その後だったらしい。
 最初はむず痒いと思っていたが、おできのようなものになり、どんどん大きくなって行った。
 病院で皮膚ガンと診断され、手術を受けることになった。
 しかし、突然、医師がうちの病院では出来ないと言って来た。

 「あったまに来てねぇ! 組の若い連中を連れて、その医者に問い詰めたんですよ。そうしたらねぇ」
 「何があったんですか?」

 「出来物が笑ったって。俺の背中を診察している時に、ニヤリと笑ったって言うんですよ。どうかしてますよね?」
 「まあね」

 マジもんだと思った。
 でも、俺はやるべきことをやるだけだ。
 オペの日程を決め、Mさんにも話した。

 「流石は先生だ。全然ビビってねぇな!」
 「アハハハハハ」

 しかし、その夜に異変が起きた。

 夜中に、病院の看護師から電話が来た。
 Mさんの病室で大変なことが起きていると。
 様子を説明させようとしたが、興奮状態で訳の分からないことを繰り返すだけだった。
 俺はとにかく病院へ向かった。

 「石神先生!」
 「どうしたんだよ?」
 「み、見て下さい!」

 Mさんは特別な個室に入っていた。
 ヤクザの幹部と他の患者を同室にするわけにもいかない。
 俺はMさんの病室へ向かった。
 途中で看護師が状況を話して行く。

 「ナースコールで呼び出されたんです!」
 「ああ」
 「お部屋へ行くと、花瓶やいろんなものが宙を舞ってまして」
 「なに?」
 「Mさんはベッドで頭を抱えて震えてまして」
 「おい、どういうことだ!」

 信じられない現象があったようだ。
 俺が部屋に入ると、花瓶が砕け散り、窓ガラスまで四散していた。
 ベッドが引っ繰り返り、Mさんがその向こうで両手で頭を抱えてうずくまっていた。
 他にもいろいろなものが床に散乱している。

 「Mさん! 大丈夫ですか!」
 「……」

 俺を見たが、恐怖のためか反応は無かった。
 俺は空いた病室へMさんを移し、鎮静剤を打って落ち着かせた。
 Mさんは間もなく眠った。
 ナースが心配そうに俺を見ていた。

 「石神先生、一体何が……」
 「分からんよ」

 



 翌朝、Mさんは目覚めたが、大きなショックを受けたままだった。
 あの強気のMさんの面影は無く、酷く脅えていた。

 「先生、乙松が喋るんです」
 「なんです?」
 「背中の乙松がね。許さないって」
 「どうか落ち着いて下さい」
 「ほら! また言った!」

 俺には何も聞こえなかった。
 恐怖で幻聴が聞こえるのかもしれない。

 「あいつ、俺を! なんで俺を!」

 あまりにも脅えるMさんの様子を見て、俺はオペの予定を早めることに決めた。
 腫瘍を摘出すれば、落ち着くだろう。

 しかし、その日の午後に、Mさんは心臓発作で亡くなった。
 ナースからの連絡で病室に着くと、もうこと切れていた。
 急いで蘇生措置を施したが、甦ることは無かった。
 頭頂が頭骨が見える程切れていた。
 苦しんで暴れた際に、ベッドから落ちて出来た傷ということになった。
 俺は背中の腫瘍を診るために、うつぶせにして浴衣を剥いだ。

 人面咀が俺を観ていた。
 小さな眼球があった。
 ニタリと笑い、再び目を閉じた。

 家族に連絡したが、遺体を引き取りに来たのは数人の組の人間だった。

 「厄ネタが」

 一人の男が吐き捨てるように呟いたのを聞いた。
 Mさんは組の人間にも見限られていたのだろう。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「ヒャァッハハハハハハハー!」

 男の甲高い笑い声が天井から聞こえた。
 そして、先ほど揺れていた照明器具がバキンと言う音と共に落ちて来た。
 幸い、下には客はいなかった。

 全員、言葉もなく息を呑んでいた。
 先程は女性が悲鳴を上げたが、今は誰もが蒼白になって黙り込んでいた。
 墓場の毛太郎などの怪談師たちも俺を目を丸くして見ていた。

 「えー、以上で終わりです。御傾聴、ありがとうございましたー」

 俺が挨拶しても、誰も反応しない。
 ギルティさんもソファに座ったまま硬直していた。

 「あー、やっぱつまんなかったですよね? こういうのって初めてなんですみませんでしたー」

 一江だけが笑顔で拍手してくれていたが、他の誰も反応しない。
 結構コワイ話をしたつもりだったが、反応が薄い。
 みんな黙り込んで俺を睨んでいる。

 「よし! もう一つの話を!」
 「ぶちょー!」

 一江が明るく笑って俺に手を振ってくれた。
 ギルティさんがさっき紹介した霊媒師が、真っ青な顔で部屋を走って出て行った。
 スタッフの男性が追いかけたが、見事な回し蹴りでぶっ飛ばし、そのまま逃げた。
 ギルティさんも他のスタッフたちも呆然とそれ観ていた。
 あのばあさん、すげぇな。

 「今度はもうちょっとコワイ奴を!」
 
 「もうやめてぇー!」

 観客の女性の声が小さく聞こえた。

 「あ、あの、石神先生。もうきょうは……」

 ギルティさんが俺に半笑いで話し掛けて来たが、俺はギルティさんのためにちゃんと観客を怖がらせたかった。

 「次は大丈夫です! 鉄板です!」
 「いえ、そうじゃなくて……」

 俺は明るく笑って語り出した。
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