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《オペレーション・ティアドロップ》

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 1月の下旬。
 俺たちはロシアに飛んだ。

 最初に石神さんは俺を石神家本家に5日間行かせるつもりだった。
 だが、俺の仕上がりを見て、それを3日に縮めた。
 その代わりに俺に今回作戦に参加するソルジャーたちに、「石神家本家」の剣技を習得させる任務に就かせた。
 妖魔にも有効な石神家本家の剣技は、きっと作戦の成功率と安全性を高める。

 サーシャや他の同行のロシア人を交えて、戦闘訓練もした。
 もちろん現地での行動を明確にするためのものだ。
 遺体の捜索の方法、発見した場合の処置、慰霊碑の場所とそのための工法などだ。
 やることは沢山あったが、それぞれが真剣に取り組んで行った。

 4カ所の目標には、それぞれ亜紀さん、ルーさん、ハーさん、そしてセイントが作戦指揮官ととなる。
 石神さんは全体の統括であり、不測の事態に対応する。

 俺はサーシャと共にケペルヴェエムに近い山中の村に同行する。
 亜紀さんの部隊だ。
 Sタイプ「タイガーファング」に乗り込んだ。
 亜紀さんが話し掛けて来た。
 
 「千石さん、宜しくお願いします」
 「こちらこそ」
 「サーシャちゃん、久し振り」
 「はい! 今回は本当にありがとうございます!」
 「いいのよ。この《オペレーション・ティアドロップ》は、千石さんの発案で実現したのよ」
 「はい! 千石さん、ありがとうございます!」
 「違うよ。これは俺自身のための作戦でもあるんだ」
 「え?」

 「俺はこれまで「業」を恐れて逃げ回っていた人生だったんだ。でも、東雲さんが俺を救ってくれ、石神さんが俺に道を示してくれた」
 「はい」
 「そしてサーシャのお陰で、俺は本当に「業」と戦う自分になれたんだ」
 「あの、よく分かりませんが」

 俺は笑ってサーシャの頭を撫でた。

 「俺はね、成し遂げられずに無駄に死ぬことを恐れていたんだよ」
 「はい、それは悲しいことですよね」
 「うん。でも違った。石神さんは、前に向かって行けばそれでいいのだと教えてくれた」
 「え?」

 「君のお父さんは、ロシアの軍隊に向かって何をしたのか、俺に教えてくれたね」
 「はい。父はトラックに乗って……」
 「そういうことだった。お父さんの勇気が、結果的に君たちを逃がすことに繋がった。でもね、もしもそれが出来なかったとしても、君のお父さんの勇気は最高だ。俺はそう思う」
 「は、はい!」
 「咄嗟に、自分が出来ることをやった。君のお父さんは英雄だ」
 「はい! ありがとうございます!」

 「タイガーファング」はもう作戦地域の上空に到着した。
 亜紀さんが叫んだ。

 「みなさん! 突入しますよー!」

 全員が雄叫びを挙げた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 今回の作戦地域は、どこもシベリア周辺であり、結構近いと言えば近い。
 ロシア軍の誘拐部隊に攫われた人たちは多いのだろうが、移送作戦で救出できたのは、シベリアに私たちが作った「収容所」に比較的近かった人たちだけだ。
 だから《オペレーション・ティアドロップ》も、自然に近い地域となった。
 だけど、作戦の性質上、個々の村で行動出来る時間は短い。
 「業」が気付いて手を出して来る可能性があるからだ。
 それが本格的な戦闘に耐え得るほどの戦力を投入出来ない。
 だから少数精鋭で、短時間で離脱する必要がある。
 そのための、私たちの出番だ。

 亜紀ちゃん、私、ハー、そして聖。
 「虎」の軍の最大戦力を投入している。
 タカさんは全体を観測しながら、敵が来た場合にその地域に向かう。
 
 今回の作戦は、私たちにとってデメリットだらけだった。
 最悪の展開は、「業」が大規模な妖魔軍を投入して来た場合で、その時にはタカさんが間に合わずに誰かが死ぬ可能性もある。
 それに、極秘に開発していたSタイプの「タイガーファング」の性能を敵に知られてしまう。
 成層圏から突入する、レーダーにギリギリまで感知されないこの機体は、本当に敵を急襲する作戦で運用されるはずだった。
 それが、この作戦で敵に知られ、対処は難しいだろうが何らかの防備を進ませてしまうかもしれない。

 それでもタカさんは実行した。
 サーシャさんの一粒の涙(Teardrop)のために。
 私たちの戦いはそれだ。
 誰かの涙のために戦うのだ。
 そして、必ず勝つ。




 「タイガーファング」が垂直飛行に移った。
 もうすぐに地上に到着する。

 「霊素レーダー、感度を最大に!」
 「はい!」
 「着陸と当時に、慰霊碑の設置を! セドフさん、指示をお願いします!」
 「はい!」

 私と同行したロシア人のセドフさんが緊張している。
 村を襲われた時には、酷い状況だったようだ。
 周囲の森を空爆で焼かれ、みんな逃げ場を失った。
 セドフさんは、父親から村で唯一の消防服を着せられ、逃がされた。
 たった一人の救助者になった。
 恐らく、村人たちは全員連れ去られただろう。
 でも、セドフさんの父親は銃を持ち出したそうだ。
 ならば、戦闘で死んだ人間もいるだろう。
 セドフさんは、彼らのために、この作戦に参加した。

 「タイガーファング」が急いで着陸地点を探した。
 垂直離着陸が出来る機体だが、それなりの広い場所が必要になる。
 Sタイプは兵員や車両の運搬も担う強襲作戦の機体なので、結構大きい。
 村の周囲の樹木が焼けており、そこを更に「虚震花」で整地して着陸した。

 私が村までの道を遺体などに注意しながら切り拓いた。
 主に「螺旋花」と「槍雷」だ。
 デュールゲリエも協力してくれる。
 慰霊碑を積んだ車両が一緒に着いて来る。
 ソルジャーは周囲を警戒しながら、遺体があれば回収しようとしている。

 「あぁ!」

 セドフさんが叫んだ。
 村は半分が破壊されていたが、残っている建物もある。
 きっと様々な思いがセドフさんの中で駆け巡っているのだろう。
 だが、作戦の時間は短い。

 「セドフさん! 慰霊碑はどこに!」
 「は、はい!」

 セドフさんはすぐに自分を取り戻し、村の広場の端を示した。

 「あそこに! あそこで毎年祭の祭壇を作ってました!」
 「分かった!」

 作業員たちが急いで慰霊碑を建てるための基礎工事を始める。
 重機は無いので、「花岡」を使っての作業だ。
 手順は訓練しているので、遅滞は無い。
 作業をデュールゲリエに警備させ、私とソルジャーたちは村の中と周辺の遺体を探した。

 幾つかの家屋の中で、白骨化している遺体があった。
 それと、多分ロシア軍に歯向かった人間たちの遺体も、外にそのまま残っていた。
 丁寧に回収袋に入れて、慰霊碑の脇に運んだ。
 作業員が慰霊碑の前に大きな穴を掘って行く。
 猟銃を握った遺体を見て、セドフさんが号泣した。
 きっと、自分を逃がしてくれたお父さんなのだろう。
 作業員たちも泣きながら作業を進めた。

 20分で全ての作業を完了し、全員で慰霊碑の前で黙祷を捧げた。
 それしか出来ない。

 「全員! 戻るよ!」

 「タイガーファング」に戻ってアラスカへ帰還した。
 セドフさんは泣いていたが、私の手を握って言った。

 「これで、ようやく親父たちは浮かばれます」
 「そうだね」

 「みなさんのお陰です」
 「セドフさんたちも仲間だからね。出来るだけのことはするよ」
 「ありがとうございます!」

 またセドフさんは泣いた。
 お父さんが最期まで握っていた猟銃と、遺髪を持っていた。
 この作戦の成果だ。

 それは他のどんな大規模な作戦の成功よりも、貴いもののように見えた。
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