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千石と石神家本家 Ⅱ

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 予定通りに千石が到着した。
 Sタイプの「タイガーファング」の飛行も問題なさそうだった。
 青嵐に簡単に状況を聞き、安心した。
 
 千石を虎白さんに紹介した。

 「虎白さん、千石仁生です」

 虎白さんが腕を組んで何か考えていた。

 「ああ、思いだした! 千石家のヘタレかぁ!」
 「虎白さん!」

 千石のことを知ってたのか。
 虎白さんの顔が変わっていた。
 不機嫌な時のものだ。

 「お前、親父たちの仇を取れずに逃げ回ってたんだよなぁ?」

 千石は頭を下げて応えた。

 「はい、その通りです!」
 「散々好き勝手しやがってよ。なんだ高虎のとこにいたのかよ」
 「はい。お世話になってます! 自分のような者を拾って頂きました!」
 
 「虎白さん、どうかその辺で」
 「バカヤロウ! こんな奴にうちの剣技を教えられっかよ!」
 「虎白さん!」
 
 千石は俺に頭を下げ、虎白さんにも頭を下げた。

 「石神さん、虎白さんの言う通りです。自分は散々逃げ回ってた人間です」
 「おい!」
 
 虎白さんに向いた。

 「その通りのクズです。ですが、これから石神さんのために命を使いたい」
 「お前なんかが高虎のためにかよ!」
 「はい。気に入らなければ、どうぞ俺を殺してください。ここで技を学べないのなら、俺なんかどこにもいらない人間ですから」
 「へぇー」
 「お願いします!」

 虎白さんは黙って千石を睨んでいた。

 「虎白さん。千石は吉原龍子が俺に教えてくれた人なんだ。こいつが一緒になれば、俺たちの力になるって」
 「吉原龍子か」
 「そうです。だから俺は千石を探した」

 虎白さんが突然大笑いした。

 「おい、高虎! こいつ死なせてもいいんだな?」
 「いや、生きてる方向でどうか!」
 「ヘッ! 知らねぇよ! 思い切りやるから覚悟しろ!」
 「よろしくお願いします!」

 千石が一層深く頭を下げた。
 もう俺が止められる状況ではない。
 俺も残ることにした。
 多分、命に係わることになる。

 ほんと、忙しいんだけどなー。 




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 真白という老婆が若い剣士に背負子で運ばれて来た。

 「おや、高虎もいたのかい」
 「こんにちはー」
 「ふん、大分強くなったようだね」
 「お陰様でー」
 「ふん!」

 なんで石神家は普通に話せる奴はいねぇのか。

 「真白、「無間」だ」
 「え、こないだの聖と同じじゃないか」

 どうやら、鍼の種類を話しているらしい。

 「そうだ。やってくれ」
 「聖ほど才能は無さそうだよ?」
 「分かってるよ。死んでもいいんだとよ」
 「あんたね、ほんとに死ぬよ」
 「いいんだよ。命を懸けるんだとよ」
 「分かったよ、いいんだね? あたしゃ知らないよ!」

 それ以上は遣り取りもなく、虎白さんも鍛錬に戻った。
 真白の婆さんは千石を裸にし、戸板に寝かせて全身に鍼を打って行った。
 非常に速い。
 迷いなく経絡に順番に正確に打ち込んで行く。
 相当な手練れだ。
 千石は途中から呻き始めた。
 
 「我慢おし! 聖はピクリともしなかったよ!」

 あいつなー、すげぇよなー。
 千石も必死に耐えた。
 鍼は神経を傷つけない。
 しかし、独特の「痛み」がある。
 その痛みは通常の施術では出ないが、鍼灸師が本気になると途轍もないものになる。
 今千石が味わっているのは、そういう痛みだ。
 人間の身体の恒常性を破壊し、相当な苦しみを生じさせる。

 1時間も施術は続き、千石は全身に膨大な汗を掻きながら耐えた。
 真白は千石の脈を取って、状態を確認した。

 「よし、出来たよ。虎白の所へ連れて行きな」
 「いや、こいつとても動けませんよ!」

 千石は荒い息をついて、今にも気を喪いそうだった。

 「行かないとあんたが的になるよ?」
 「!」

 俺は千石に怒鳴った。
 
 「千石! てめぇ、根性出せ!」
 「は、はい」

 千石が何とか立ち上がった。
 俺は肩を貸してやり、虎白さんの所へ連れて行った。
 千石の身体が、やけに熱かった。
 発熱している。
 俺の体感で、40度を超えていた。

 「虎白さん、終わりましたよ」
 「おし! じゃあ「虎地獄」だぁ!」

 虎白さんが数人に声を掛けて千石に刀を持たせた。
 千石の構えを見て、虎白さんが言った。

 「ああ、千石流は知ってんだな」
 「は、はい……」

 千石は今にも倒れそうだった。
 しかし、虎白さんも誰も気にしていない。

 「じゃあ、行くぞ!」

 虎白さんが千石に向かった。
 千石はほとんど動けない。
 千石の腹に刀身が入った。

 「虎白さん!」
 「まだまだぁ!」
 
 他の剣士も技を繰り出していく。
 千石の全身が斬られ、刺された。

 千石は倒れなかった。
 恐ろしい根性だ。
 あの発熱は、恐らくは体内の複数個所の炎症だ。
 それは恐らく相当な激痛を発しているはずだった。
 高熱で精神力も衰え、激痛で更に動けない。
 それでも千石は耐えていた。
 見るも無残だったが、少しは動いて応戦していた。

 2時間後、虎白さんが一旦終わると言った。
 その瞬間に千石が倒れ、俺は抱きかかえて広場の隅で「Ω」「オロチ」の粉末を飲ませた。

 「おい、大丈夫か?」
 「……」

 千石は返事も出来なかった。
 俺も経験があるので、今千石がどれほどの激痛に耐えているのかが分かる。
 粉末のお陰で全身から噴き出していた血が止まり、千石の息も多少は治まって来た。

 「もう少し手加減しってもらえるように、虎白さんに話すよ」
 「いや、石神さんがそれじゃ叱られるんじゃ」
 「何言ってんだよ。お前が大事なんだからな」
 「石神さん……」

 千石が微笑んだ。
 
 「石神さん。自分はこれまで逃げ続けて来ました。もう逃げないと決めました。だから大丈夫ですよ」
 「いや、大丈夫じゃねぇって。お前の身体はもう限界を超えてるぜ」
 「いいんです。これで死ぬのなら、それでいい。虎白さんがやらせてくれるんです。最後までやりますよ」
 「お前よ」

 虎白さんが叫んでいた。
 休憩は終わりのようだ。
 千石が立ち上がる。
 ふらついてはいるが、自分の足で歩いて行った。

 千石が決めているのならば仕方がない。
 俺は本当のギリギリまで見守ろう。
 いざとなれば「飛行」で千石を連れて逃げるつもりだった。
 千石を喪うわけには行かない。

 「おい、高虎も来い! 一緒に鍛えてやる!」
 「俺もですかー」

 千石、すまん。
 見守れねぇや。
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