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千石と石神家本家

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 翌朝、俺が発着場に行くと、既に石神さんが手配された「タイガーファング」のSタイプが離陸の準備を終えていた。
 要するに、降下作戦でのテスト飛行を兼ねてのことだ。
 流石は石神さんと思う。
 全ての指示が合理的だ。

 そして、これほど即座に行動に移り実行する速度は、他の組織には無い。
 特に多くの軍隊では検討と承認に多くの人間が関わり、決定までに時間が掛かり、更に実行までは遠くなる。
 恐らく石神さんは、僅かな遅延で成し遂げられなかった経験があるのだろう。
 それは恐らく、石神さんの中で大きな疵となっているのだろう。
 俺にはよく分かる。
 あと一歩という所で喪ってしまったものがあるのだ。

 俺は「タイガーファング」に乗り込んだ。
 超一流のパイロットとして有名な青嵐さんが操縦してくれた。

 「あなたのような方に送っていただけるなんて」
 「いいえ! 千石さんのことはよく耳にしています。千石さんのお陰でソルジャーの技が大いに進んでいて、石神様が大変喜ばれていると」
 「そんなことは。自分の方こそ惨めに死んでいく所を救っていただいたんです」
 
 青嵐さんが嬉しそうな顔をした。

 「石神様が喜ばれるのがよく分かりました。今日はよろしくお願いします」
 「こちらこそ」

 すぐに「タイガーファング」が飛び立ち、機内のスクリーンに地上の景色が映った。
 どんどん遠ざかって行く地上。
 そして映像は前方の景色に切り替わった。
 雲を突き抜け、上空が青から暗くなって行き、星のまたたく景色に変わっていく。
 成層圏に出たのだ。
 Gはほとんど感じなかった。
 プラズマの技術だそうだが、想像もつかない。





 俺は、若い頃のことを思い出していた。
 まだ父親や門下生たちが生きていた頃だ。
 俺は「見稽古」の才能を見出され、あちこちの流派の道場に派遣されるようになっていた。
 全てが快く引き受けてくれるわけではなく、時には道場破りのようなこともさせられた、
 そういう場合でも、俺は負けることはほとんどなく、相手の技を引き出しながら、新たな闘技を身に着けて行った。
 もうどこに行っても大丈夫だろうと、自分の中で慢心が生まれた頃、父から言われた。

 「仁生。この日本には途轍もない家が幾つかある」
 「はい」
 「花岡は闘技の間違いなく最高峰だ。うちがどれほど努力しても届かん」
 「それほどの家があるのですか!」
 「いつか、お前を連れて行きたいと思ってはいるがな。他に道間家はあやかしを使う、我らとはまったく違う家だ。道間家とは揉めるな、厄介なことになる」
 「分かりました」
 「他にも刀技の葛葉家、暗殺拳の病葉衆、それと一子相伝の神宮寺家などがある」
 「一子相伝というのは、どのような闘技なのでしょうか」
 「詳しくは分からん。だが、恐ろしく強い拳法だと聞いている」
 「そうですか」

 父が姿勢を正して俺に言った。

 「もう一つ、石神家だ。いいか、この家とだけは絶対に揉めるな。関わってもいかん」
 「どういうことですか?」
 「間違いなく、日本最強の家だ。花岡家も石神家には及ばない」
 「え! それでしたら、何とか頼んで」
 「駄目だ! あの家だけは絶対に関わってはいかん」
 「それほどですか!」
 「狂信者の集まりだ。この時代になって、今でも剣術を修練している。年がら年中な」
 「剣術ですか」
 「そうだ。しかし銃砲よりも強い。明治日本が欧州に植民地化されなかったのは、石神家がいたからだと言われている」
 「!」
 「もしも関わって、少しでも機嫌を損ねったらもう終わりだ。あの家に逆らって生き残ることは出来ない」
 
 父が大真面目な顔で俺に念を押した。
 千石流もそこそこ知られた拳法の家になっていた。
 しかし、他に遙かに上の家があることが分かった。
 俺も忘れたことは無い。
 その俺が、石神家に教えを請いに行く時が来るなど。
 自分の運命の楽しさに驚き、そして笑みが浮かんできた。
 まさか、俺が石神家の当主の石神さんと関わるようになるとは。





 機体が前傾し、水平飛行に変わった。
 
 「あと2分で到着します。今度は垂直降下をするので、結構なGを感じると思います」
 「分かりました」

 操縦席から青嵐さんの声が聞こえた。
 そして2分後、機体が下を向いた。
 今度はGを感じる。
 垂直降下で、テストも兼ねて相当な速度で地上に向かっている。
 しかし、耐えられないものでは全く無い。
 地上で減速した瞬間が多少身体に響いたが、問題ない。

 「到着です」

 ほんの4分程度の飛行だった。
 アラスカから日本まで、この間に来てしまったのだ。
 「虎」の軍の技術の高さを実感した。

 地上に降りると、どうやら山の頂上付近らしかった。
 大勢の袴姿の男たちが集まっていた。
 機体から降りると、声を掛けられた。

 「千石!」
 
 石神さんが笑顔で迎えてくれた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 アラスカでターナー少将たちと話し合い、すぐに石神家へ連絡した。
 千石に石神家の刀技を伝授してもらうためだ。

 「こないだの聖と同じ感じでいいのか?」

 虎白さんは即座に受け入れてくれた。

 「いいえ。あそこまで仕上げなくても結構です。時間が取れないので、三日で出来るだけお願いします」
 「三日ぁ?」
 「はい」
 「うーん。聖ほどの才能だって一か月掛かったんだぞ」
 「聖とは違いますが、技の吸収は結構な才能のある奴ですよ」
 「そうかよ。まあ出来るだけやってやんよ」
 「お願いします!」
 「おい、お前も来い」
 「いや、俺は他にやることが……」
 「あ?」

 虎白さんが機嫌の悪そうな声を出した。
 
 「ああ! 俺、当主ですもんね! もちろん行きます!」
 「おう!」 

 ほんと、俺忙しいんだが。
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