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千石と少女 Ⅱ

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 サーシャは俺のスケジュールに合わせて「ほんとの虎の穴」のディナーの日程を決めてくれた。
 俺は久し振りにスーツを着てネクタイも締めた。
 サーシャとヴァシリーサさんもいい服を着て来る。
 店の前で待ち合わせをし、三人で中へ入った。

 元々は「ほんとの虎の穴」の中でもいい部屋でのディナーだったらしいが、石神さんがサーシャだったので、本当の特別室、石神ファミリー限定のVIPルームでの招待になったそうだ。
 サーシャは俺を驚かせるために、そのことを黙っていた。
 もちろん俺も入ったこともないし、驚いた。

 サーシャが優勝の招待状を見せると、「ほんとの虎の穴」の総支配人の雑賀さんが自ら出向いてくれた。

 「お待ちしておりました。石神様から最高のおもてなしをするように言いつかっております」
 「宜しくお願いします!」

 サーシャが明るく言い、自分とヴァシリーサさん、そして俺を紹介した。

 「わざわざありがとうございます。わたくしはここの総支配人を務めております雑賀と申します。今日はわたくしがご案内しますので、宜しくお願いいたします」

 丁寧な口調だが、優しい人柄が知れる人物だった。
 流石に石神さんが選んだ方だ。
 「ほんとの虎の穴」の中心にある、50平米ほどの部屋へ案内される。
 雑賀さんが巨大なマホガニーの扉を開けて、俺たちを案内してくれた。
 部屋の中心にテーブルがあり、今日は他に何もない。
 本当に俺たちだけをもてなすために用意されていた。

 また驚いたことに、ロシア語も堪能で、ヴァシリーサさんに遠慮なく申し付けて欲しいと言っていた。

 「これから、ロシアからのお客様も多くなると聞いています。拙い話し方で申し訳ありませんが」
 
 ヴァシリーサさんが喜んでいた。

 料理はサーシャもヴァシリーサさんも高級なものは知らなかったので、お任せにしていた。
 フレンチのフルコースのようだったが、これまで食べたことが無いくらい美味かった。
 最初に出て来たオマールエビのジュレから三人で大感動し、日本の伊勢海老のテルミドールは圧巻だった。
 子牛のシャリアピンステーキは柔らかい上にジューシーで、キノコのリゾットも絶品だった。
 パンも最高で、キャビア入りのバターをつけると、もうそれだけで満足しそうなほどに美味かった。
 サーシャもヴァシリーサさんも大喜びだ。

 また、ヴァシリーサさんと俺はワインを頼み、それも雑賀さんにお任せした。
 シャンパンが出て来たので不思議に思ったが、一口飲むと呆然とするくらいに美味かった。

 「石神様から、クロダンボネを出すように言われておりました」
 「クロダンボネ?」
 「はい。石神様がお好きなシャンパンでございます」
 「なるほど!」

 どういうものか知らなかったが、本当に美味かった。
 料理が一段と美味しく感じた。

 デザートの好みを聞かれたが、それもお任せにした。
 雑賀さんのお勧めは間違いないと三人で話した。
 雑賀さんが微笑んで、ライムのシャーベットを持って来た。
 ライムに蜂蜜が混ぜられており、また絶品に美味かった。

 「サーシャ、今日は本当にありがとう。こんなに美味い料理は食べたことが無い」
 「本当ですよね! 夢みたいです!」
 「石神さんのお陰ね」

 ヴァシリーサさんも嬉しそうに笑っていた。
 雑賀さんが、良ければカクテルをと言いに来た。
 俺とヴァシリーサさんは喜んでお願いし、サーシャはコーヒーをと言った。

 「サーシャ様、宜しければアルコールの無いカクテルもございますが」
 「本当ですか! 是非お願いします!」
 「かしこまりました」

 もちろんカクテルもお任せにし、三人で感動しながら飲んだ。
 つまみにエスカルゴとサザエのガーリック焼きが出て来て、それもまた絶品に美味かった。
 最後に本当の口直しに、エスプレッソが出た。

 途中で雑賀さんは俺たちに石神さんとの話を幾つか語ってくれた。
 そういうことも、雑賀さんの最高のもてなしなのだと分かった。

 「石神様とは、ホテルのバーラウンジで最初にお会いしました。親友の方とご一緒で、楽しく話されていました」
 「そうなんですか」
 「その親友の方がご家族のことを話され、石神様はそのお話をもっとと仰っていました」
 
 俺たちはその情景を思い浮かべていた。

 「その御親友の方と奥様は交通事故で亡くなられたそうです」
 「え!」
 「その御子様だちが、亜紀様、皇紀様、瑠璃様、玻璃様です」
 「石神さんのお子さんたち!」
 「はい。御親友の方に、石神様が約束されていたのです。もしものことがあったら、自分の家族を頼むと」
 「……」

 「石神様はその約束を果たされました。私は石神様に誘われ、すぐにどこまでもお供しようと思いました」

 雑賀さんの人生の話だった。
 俺たちは感動して聞いていた。




 三人で大満足して雑賀さんにお礼を言い、店を出た。

 「サーシャが優勝してくれたお陰ね!」
 「違うわ。全部石神さんのお陰!」
 「そうね」

 ヴァシリーサさんが笑った。
 食事中に、毎日二人が寝る前に石神さんの写真に祈りを捧げていると聞いた。
 最高の二人に会えた。

 「こんなに最高の食事だと、どんなお礼をしていいのか分からないよ」
 「そんな! 一緒に食事をして下さっただけで。それに元々私たちを助けて下さった御礼ですもの」
 「いやいや、あんなことはとても。何がいいかなぁ」

 サーシャは「じゃあお友達になって下さい」と言った。

 「もちろんだ! でもこんなに美味しい食事は何としても何かお返ししたいよ」
 「ゆっくり考えて下さい!」
 「ああ、そうだな!」

 サーシャが電動移送車の窓から手を振っていた。
 俺は見送りながら、最高の友達を持てたことを喜んでいた。

 俺はアラスカに来て、東雲さん以外の友達を持てた。
 本当に嬉しい夜になった。
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