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誰かに背負われて

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 石神と一緒に花さんの見舞いに行き、獅子丸のゴールドの驚愕の事実が分かった日。
 獅子丸のことは一安心出来て良かったのだが、俺は花さんを見舞う石神の姿が脳裏から離れなかった。
 家に帰って雪野さんの顔を見た瞬間に涙が流れた。

 「どうしたんですか!」
 「ああ、ごめんね。今日、石神と一緒に花さんの見舞いに行ったんだ」
 「はい、何かあったんですか?」

 雪野さんが心配して俺をソファに座らせ、紅茶を淹れてくれた。
 ミルクと砂糖が多めで、安心する味だった。
 雪野さんが俺の隣に座る。

 「花さんのことは知っているよね?」
 「ええ、槙野さんという石神さんの大事な方の妹さんで」
 
 雪野さんには「アドヴェロス」の機密事項も話している。
 今も嘱託の形で、雪野さんも「アドヴェロス」のメンバーになっているためだ。
 俺の家は「アドヴェロス」の本部とは別な重要な拠点の一つになっている。
 雪野さんは主に量子コンピューター「ぴーぽん」を使って、データ解析をしてもらっている。
 「アドヴェロス」にもそれなりの高速コンピューターを入れているが、「ぴーぽん」とは性能が段違いだ。
 比較することすら出来ない。
 また強固な防衛システムがあり、「虎」の軍のガードも硬い早乙女家で、本格的なデータ解析をしている。
 そして「ぴーぽん」は蓮花研究所の「ロータス」ともデータのやり取りが出来る。
 その管理者が雪野さんというわけだ。

 「花さんは、もう食事もあまり摂れなくなっているそうなんだ」
 「そうなんですか。可愛そうに」
 「うん。だからね、石神が毎回スープを作って持って行っているんだよ」
 「石神さんは、本当に優しいですよね」
 「そうなんだ。あいつも忙しいはずなのにね。それでね、石神がスプーンで花さんの口元に持っていって飲ませてたんだよ」
 「まあ……」

 俺は思い出して、また泣いてしまった。

 「俺はね……それを見て、石神の優しさが本当に……ああ、言葉に出来ないよ。でもね、あいつの優しさが……」

 雪野さんが優しく俺を横から抱き締めてくれた。

 「分かりますよ。石神さんは本当に優しい方ですから」
 「うん、そうなんだ……」

 俺にも上手く言葉に出来なかった。
 でも、雪野さんが分かってくれた。

 「元気を出して下さい。あなたにはあなたの役目があります」
 「ああ、そうだね」

 俺は紅茶を飲む間、石神が見事な花を活けたことなどを話した。

 「雪野さん、俺に活花を教えてくれないかな」
 「あなたがなさるのですか?」
 「うん。石神には及ばないけどね。でも、少しでも自分が出来ることを増やしていきたいんだ」
 「石神さんに言われたんですか?」
 「うん!」

 雪野さんが微笑んで、少しずつやりましょうと言ってくれた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「トラさん!」
 「よう!」
 「毎日すみません」
 「今週も楽しい花当番だからな!」
 「エヘヘヘヘヘ」

 夜の7時を過ぎていた。
 仕事の帰りだからだ。

 「今日は梅のスープにしたぞ」
 「はい! 楽しみです!」

 花の顔はまたやつれを増していた。
 よく眠れないだろうことが分かった。
 鎮痛剤を使い始めている。
 俺はいつものように、花にスープを飲ませた。

 「美味しい!」
 「そうか!」

 でも、花は小さなスプーンで5杯も飲むと、それ以上飲めなかった。

 「すいません、折角の美味しいスープだったのに」
 「いや、それだけ飲めれば十分だよ。俺も嬉しいや」
 「ウフフフフ」

 花にまた話をし、そろそろと思っていたところ、花が俺に頼んで来た。

 「トラさんって、ギターが上手いんですよね?」
 「それほどでもないけどな。でも、今でもよく弾いてるよ」
 「にーにが言ってたのを思い出したんです!」
 「ああ、そうか」

 何度か槙野にギターを弾いて聴かせたことがあった。
 クラシックはそれほど興味を示さなかったが、小椋佳の曲を弾き語りすると、夢中になって聴いていた。

 「にーにがトラさんが歌ってくれた小椋佳が大好きになって。レコードを買って、よく二人で聴いてたんです」
 「そうだったのかよ」
 「でもね、にーにはトラさんの歌の方が100倍いいんだって言ってました」
 「アハハハハハハハ」
 「トラさん、今度聴かせてくれませんか?」
 「ああ、いいよ。じゃあ、明日はギターを持って来よう」
 「ほんとに!」
 「楽しい花当番だからな!」
 「アハハハハハハハ!」

 


 翌日、俺は約束通りギターを持って花の病室へ行った。
 特別室は防音性も高いが、一応担当医とナースセンターに断って許可を得た。

 花がギターを抱えて入って来た俺を見て喜んだ。

 「ほんとに弾いてくれるんですね!」
 「おう!」

 スープを少し飲ませ、俺は小椋佳の曲を弾いた。

 『揺れるまなざし』
 『心の襞』
 『私の悲しみには』

 俺の記憶で、槙野が特に好きだと言っていた曲だ。

 「ほんとだー! トラさんの歌が一番いい!」
 「そうか」

 俺が礼に花の頭を撫でると、花が嬉しそうに笑った。
 俺はもう一曲弾いて歌った。

 『誰かに背負われて』

 ♪ 誰かに背負われて もう一度夢見たい 悲しい想い忘れ もう一度夢見たい ♪

 歌い終わると、花が静かに泣いていた。
 
 「にーに……」

 小さく呟いた。

 「じゃあ、今日はもう眠れよ」
 「はい、トラさん、ありがとうございました」
 「また明日な」
 「はい」

 槙野はよく花を背負っていただろう。
 幼い頃ももちろんだが、病気になってからもきっと。
 花はいつも喜んでいただろう。
 槙野の大きな背中で笑っていただろう。





 その翌日、俺は花の容態の変調を聞いて急いで病院へ向かった。
 花はまだ意識があり、俺を認めて微笑んだ。
 そして、また槙野の妹になりたいと言って意識を喪った。


 俺は眠る花の脇で、毎晩ギターを弾いて歌った。
 一度早乙女が来て、立ったまま声を押し殺して泣いた。
 
 1月の中旬に、花は逝った。
 奇跡的に、苦しむことがなく、安らかに微笑むような顔をしていた。

 葬儀で献花の時、早乙女が感極まって泣いた。
 花の棺に何度も謝って、周囲を困惑させた。
 俺が宥めて隅の椅子に座らせた。
 早乙女はずっと泣いていた。





 花の葬儀が終わっての週末。
 早乙女がうちに来た。
 随分とやつれていた。

 御堂が協力してくれた、全国の医療機関の調査報告をまとめてきた。
 短期間で膨大な量があっただろうが、早乙女はきちんとした仕事をしてくれた。

 「雪野さんも一生懸命にやってくれたんだ」
 「そうか」

 幾つもの怪しい場所があり、一斉検挙をすると言っていた。

 「もう、二度と槙野さんや花さんのような犠牲者は出さない」
 「頼むぞ」
 「ああ、任せてくれ!」

 早乙女が目に涙を浮かべて言った。

 「それと、石神も悲しませない!」
 「おい」
 「それも、俺に任せてくれ!」
 「ばかやろう、俺のことはいいんだよ」
 「石神!」

 早乙女がやっぱり泣いてしまった。
 どこまでも純粋で優しい男だ。

 「おい、こんなにやってもらったんじゃ、是非礼をしないとな」
 「石神?」
 「今晩は、家族みんな連れて来いよ。俺が美味い物をご馳走するからさ」
 「石神!」

 早乙女の肩を叩いた。

 「ほら、ちょっと帰って寝て来い!」
 「あ、ああ、分かった!」

 



 早乙女が笑って帰って行った。
 あいつの泣き顔なんて冗談じゃねぇ。

 でも、きっとこれから先も、あいつは何度も泣くのだろう。
 それでも俺たちは前に進まなければならない。

 今は、少しでも……

 俺は槙野に背負われて笑っている花の顔を思い浮かべた。
 槙野ならば、必ず花を迎えに行っただろう。
 そして花を背負ってやったに違いない。

 俺はその光景を脳裏に描きながら、子どもたちと早乙女たちに何を喰わせようか相談した。
 みんな喜んで案を出し合った。
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