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ファイヤーバードの兄弟 Ⅵ

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 組員たちは両手を上げ、大人しく手錠を掛けられていく。
 佐野さんが救急車を手配していた。
 到着した救急隊員を中へ入れ、山内の兄貴を担架で運んで行った。
 山内は半狂乱で兄貴に呼び掛けていたが、意識は無かった。

 ビルの中の30人程いた全員が拘束され、連行されて行った。
 銃刀法違反と拉致監禁、暴行傷害。
 1階の部屋には監視カメラがあり、俺たちの一部始終が録画されていた。
 俺は佐野さんのお陰で正当防衛と解釈された。
 それほどの怪我人が出なかったこともある。
 まあ、銃で腹を撃ったのだが、ちゃんと突き飛ばされた衝撃で、ということにしてもらった。
 もちろん説教され、取り調べも兼ねて一晩いつもの留置場へ入れられた。
 署長が鰻をとってくれ、佐野さんがカツ丼を追加してくれた。
 
 「まあ、トラのお陰ででかい組を潰せた」
 「そうですか」
 「それに、大麻もな。俺たちも麻取も探っていたが、どこの組織か掴んで無かったんだ」
 「そうですか」
 
 警察も蔓延していく大麻の出所を追っていた。
 山内の兄貴たちは偽名を使って、更に間に何人かのプッシャー(販売人)を挟んで巧妙に売り捌いていた。
 山内の証言で、一挙に大元まで挙げられることになった。
 山内の兄貴の愚連隊が捕まって行った。

 だが、山内の兄貴を助けるために金を持って行った筒井という奴と岡の行方が分からなかった。

 「多分、筒井は高飛びしたんだろうよ」
 「なんてこった……」

 筒井は山内の兄貴を助けるつもりなど、最初から無かったのだ。
 まあ、金を渡してもタダで済むわけも無かった。
 逃げ出した気持ちは分かる。
 最初からあいつらは仲間でも何でも無かったのだ。
 あいつらの中で、絆は山内とその兄貴の間だけだった。
 でも、岡はどうしているのか。

 「お前の友達の山内は今取り調べを受けてる」
 「はい」
 「まあ、未成年でもあるし、兄に強制されてたんだろう」
 「はぁ」

 佐野さんが笑っていた。

 「お前の友達はろくでもない連中ばかりだな」
 「あいつとは親しくは無いんですよ」

 佐野さんが驚いた顔をした。

 「じゃあ何でトラは一緒にカチ込んだんだよ?」
 「まー、いろいろありまして」
 「なんだ?」
 「昔、あいつの惚れた女を取っちゃって」
 「なに?」
 「悪いことしたなーって」
 「お前なぁ。そんなことで命張ったのかよ?」
 「うーん。ああいう展開じゃないつもりだったんですけどー」

 お茶を持って来てくれた佳苗さんが大笑いしていた。

 「トラちゃん、サイコーね!」
 「そうですかね!」
 「このバカ!」

 頭に拳骨を喰らった。
 そして佐野さんも大笑いしていた。





 山内の兄貴は酷い状態だった。
 一命は取り留めたが、両目を抉り出され、背骨を折られて下半身不随になった。
 打撲も多く、内臓も損傷していた。
 ボクシングをやっていた両手は腱を切られ、動かせなくなった。
 晴海組の組員の話では、山内の兄貴の仲間たちの前で殺して見せるつもりだったようだ。
 そうやって、自分たちに逆らえないようにすると。
 それまでは何とか生かして置かれたようだ。
 山内がすぐに向かった判断は正しかった。
 まあ、連中が本当に集まったかどうかは分からんが。
 まったく酷い話だった。

 その3日後。
 山林で二人の遺体が見つかった。
 互いに争った形跡があった。
 筒井と岡だった。
 恐らく、山内の兄貴から奪った金で揉めたのだろう。
 二人とも、何か所もナイフを刺され、失血死だったそうだ。
 本当にバカな連中だった。
 血に塗れた鞄が見つかり、2000万円がそのまま入っていた。

 裁判で山内は無罪となり、山内の兄貴と愚連隊の連中は実刑判決を受けた。
 山内の兄貴は療養期間で刑期を終えるらしい。
 晴海組の連中もそれぞれに実刑判決を喰らい、晴海組は解散した。

 陰惨な事件が終わった。





 取り調べを終えた山内が、俺の家に来た。
 
 「石神、本当にありがとう」
 「いや、いいって」

 山内は穏やかな顔をしていた。
 もう暗い影は見えない。

 「兄貴は大変なことになったな」
 「ああ。でもしょうがない。俺が一生面倒を見て行くよ」
 「そうか」
 「石神のお陰で命は助かったんだ。本当に感謝している」
 
 山内が微笑んで言った。

 「石神」
 「なんだよ?」
 「お前は最高だ」
 「何言ってんだ?」
 「中学の時、俺に手を出すなって言ってくれただろう?」
 「あれは当然だ。けじめは付けたんだ。まして他の連中がお前に何かしていいわけはない」
 「嬉しかったんだ」
 「え?」

 山内が俺を見ていた。

 「お前だけだったからな。俺を守ってくれたのか」
 「だから当たり前だって」
 「それとな」
 「ああ」
 
 山内が下を向いた。

 「あの日さ。兄貴とファイヤーバードで初めてドライブした日」
 「ああ、相模湖でのことか?」
 「うん。あの時も石神が俺たちを守ってくれた」
 「いや、あれは……」

 また山内が顔を上げて微笑んだ。

 「本当はさ。兄貴が飛び出したんだから、酷い事になるのは分かってたんだ。何しろ「ルート20」のパレードに突っ込んだんだからな」
 「まあ、そうだな」
 「でも、お前が止めてくれただろう?」
 「お前が乗ってたからな」
 「どうしてだよ! 兄貴と俺はお前に酷い事をしようとたんだぞ!」
 「だから俺もやり過ぎたんだよ。その詫びだ」
 
 「石神!」

 山内が泣き出した。

 「それによ」
 「……」

 「あのファイヤーバード、カッコ良かったよ。兄貴とお前が乗っててさ。物凄くカッコ良かった。俺には兄弟がいねぇ。だからちょっと羨ましかったな。あんな風に兄弟でカッコイイ車に乗ってドライブなんてよ。それに感動した」

 「石神……」

 山内はあのファイヤーバードは母親に頼んで買い取ったと言った。
 兄貴たちが稼いだ金は、全部国に没収されるそうだ。
 ファイヤーバードもそうなるはずだったが、買い取ることが出来た。

 「あの車は俺と兄貴の大事な車だ。だからさ」
 「そうか」
 「免許を取ったら、兄貴を乗せて走るつもりだ」
 「いいな、それ!」
 「そうかな」
 「最高だぜ!」

 山内がやっと笑った。
 いい笑顔だった。





 高校を卒業する時、山内がまたうちに来た。
 公務員試験に受かり、地元の役所で働くそうだ。

 「そうか、おめでとう」
 「ありがとう。石神、本当に世話になった」
 「何でもねぇよ」

 俺たちは笑って別れた。
 山内は、免許を取ってあのファイヤーバードに乗って来ていた。
 山内が笑って手を振りながら走って行った。

 本当にカッコイイ車だと思った。
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