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ファイヤーバードの兄弟 Ⅴ

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 俺は山内を落ち着かせるために、家に入れた。
 生憎、うちは貧乏で水しか出せねぇ。
 コップに水道水を注いで山内に呑ませた。
 山内は一気に飲んで息を整えた。
 ここまで相当緊張し、混乱しながら来たのだろう。

 大麻の話を詳しく聞いた。
 もう半年以上も続けていたらしい。
 山内も多少関わっていたようだ。
 そして裏切った岡という男の話を聞いた。
 山内が俺に打ち明けた。

 「俺は岡に何度も犯されたんだ」
 「!」

 気位の高い山内にとって、それがどういうことなのかが分かった。
 こいつは地獄を見ている。

 「尻に何度も。写真を撮られ、兄貴にも話せなかった」
 「お前……」
 「あいつだけは絶対に許さない」
 「……」

 山内の苦しみを知った。
 どれほど辛い思いをして来たことか。
 兄貴に頼れないことは、こいつにとってどうしようもない「無理」なことなのだ。
 甘い奴と言えばそれだけだが、俺には山内の兄貴に対する思いの深さを感じた。
 さぞ、山内は兄貴に可愛がられて来たのだろう。
 だから兄貴が全てになった。
 俺は山内に、大麻がいかにヤバいものなのかを話した。

 「警察に捕まるとかという以上の問題だ。シャブにしろ何にしろ、ああいうものはヤクザが取り仕切るものなんだよ」
 「あ、ああ」
 「それを素人がやってみろ。必ず報復されるに決まっている」

 俺は以前に潰したチームから聞いたことで、別なチームがアンパン(シンナー)を流していたのをヤクザに知られ、とんでもないことになった話をした。

 「全員が100万ずつ用意させられた。出来なかった奴らは親の貯金だの家の権利書まで奪われた。リーダーだった奴は連れ出されて帰って来なかった」
 「!」
 「ほとんどの連中がそんな大金は用意出来なかったよ。だから家の貯金が狙われた。最初からそうだったんだろうよ」
 「そんな……」
 「自分の子どもが貯金を下ろしたんだ。親も訴えられない」
 「でも、中には」
 
 俺は山内を見て言った。

 「無理だよ。ヤクザに脅されたことを聞いた親もいるだろうけどな。親だってヤクザ相手に何かしようとは思わねぇ」
 「……」

 山内は今回のことの大きさを実感した。

 「じゃあ、兄貴は……」
 「分からねぇ。だけど諦めるな」
 「うん!」

 俺は、もう警察の力を借りなければ兄貴を助けられないと話した。
 兄貴は実刑を喰らうだろうが、命は助けられると。
 山内も納得した。




 

 俺は電話で刑事の佐野さんに連絡した。
 運よく佐野さんは署内にいて、俺の話を聞いてくれた。
 山内たちが大麻を育てて売りさばいていたこと。
 それを晴海組が目を付けて、山内の兄貴を攫ったこと。
 山内の兄貴の仲間の岡が裏切って、晴海組に取り入ったこと。

 「これから山内と一緒に晴海組に行きます」
 「待てトラ! お前らが行ってどうなるもんじゃない!」
 「分かってますが、とにかく山内の兄貴を取り返さないと」
 「俺たちに任せろ!」
 「いや、フダ(裁判所の発行する逮捕状)が無ければ、佐野さんたちは中へも入れないでしょう」
 「何とかする!」
 「俺が騒ぎを起こしますよ。そうしたら入って来て下さい」
 「トラ! バカを言うな!」
 「それしかないです。もしかしたら山内の兄貴はヤバい状態かもしれない! もう2日も帰ってないんですよ!」
 「……」

 電話の向こうで佐野さんが悩んでいることが分かる。
 俺以外の人間であれば、佐野さんは絶対にやらせない。
 警察の仕事だからだ。
 でも、俺と佐野さんには特別な絆があった。

 「佐野さん! お願いします!」

 「このバカ! いいか、俺たちが到着するまで中に入るなよな!」
 「分かりました。すぐに向かいますので、準備をお願いします」

 「事務所に入ったらすぐに逃げろよ! お前はいつも無茶し過ぎだぁ!」
 「アハハハハハハハ! 分かってますよ!」
 「いや、絶対ぇ分かってねぇ!」
 「宜しくお願いします!」

 俺は電話を切った。
 山内が脇でで聞いていた。

 「山内、すぐに行くぞ」
 「あ、ああ!」
 
 俺はRZを出した。

 「おい、これに一緒に乗ってけよ」
 「そっちはお前の兄貴を乗せる。ヤバかったら兄貴だけ助けてすぐに逃げるからな」
 「わ、分かった」

 ヤバいに決まっている。
 山内には言わなかったが、兄貴は既に殺されているかもしれない。
 2日も閉じ込めて、何をしていると言うのか。
 ヤキを入れるなら、もう十分すぎる時間が経っている。
 何かを吐かせる必要もない。
 ガキがやっていることだ。
 すぐに全部が把握出来るはずだった。


 


 20分後、俺たちは晴海組のビルに着いた。
 県道沿いにある、5階建ての建物だ。
 少し離れた場所にバイクと車を停めて、ビルに歩いて行った。
 佐野さんたちも間もなく来るはずだ。
 
 突然、山内がビルに飛び出して行った。

 「バカ! まだだ!」
 「兄貴ぃー!」

 大声で叫び、ドアを叩いた。
 スチール製で、金網が入った曇りガラスのあるドアだった。
 山内は叩きながら、脇のインターホンも同時に押しまくった。
 ビルから男が出て来た。

 「なんだ、ガキ共!」
 「兄貴ぃー!」
 「おい!」

 もう躊躇っている時間は無い。
 俺は男を押しのけ、中へ駆け込んだ。
 1階の事務所には幾つかのデスクとソファセットがあった。
 5人程男たちがいる。
 
 「山内の兄貴を出せ!」
 「なんだテメェは!」

 俺は答えずに勝手に探し始めた。
 当然組員が止めに来る。
 
 乱闘になった。
 山内を背中に回して、俺が組員の相手をした。
 木刀を握った奴が、俺の頭部に振り下ろす。
 俺は左手で軌道を変え、そいつの顔面に渾身のブローを入れた。
 デスクを乗り越えて吹っ飛んで行く。

 上の部屋からどんどん組員が降りて来た。
 チャカを持っている奴がいた。

 「こいつ! 赤虎だぞ!」
 「ぶっ殺せぇ!」

 もうどうしようもない。
 やるだけだ。

 後頭部をぶん殴って意識を喪わせた組員を楯にして、チャカを持った奴に駆け寄った。
 流石に撃てない。
 組員の肩越しに俺を狙った腕を持ち、思い切りへし折った。

 「グッェェー!」 

 チャカを奪い、日本刀を持った奴に向けた。
 相手は硬直する。
 もちろん、俺は撃たない。
 脅して山内の兄貴の居場所を聞くつもりだった。

 「おい、待て! 赤虎!」
 「え?」

 後ろから蹴られて前にのめった。
 引き金を引いてしまった。

 バン

 日本刀の奴が腹を押さえてうずくまった。

 「ちょっとぉー! 撃つ気はなかったんですよー!」
 「赤虎ぁ!」

 チャカを山内に投げた。

 「襲われたら撃てぇ!」
 「うん!」

 もう知らねぇ。
 俺は襲い掛かって来る連中を必死に潰して行った。

 外が騒がしくなった。
 佐野さんたちが来たことが分かった。
 銃声で外に知らせようとした。

 「山内! 撃て!」
 「お、おう!」

 山内が適当に組員に向けて発砲した。
 俺は慌てて言った。

 「おい、バカ! 人は撃つんじゃねぇ!」
 「え?」

 幸い当たらなかったようだ。
 銃声を聞いて、佐野さんたちが突入して来た。
 俺は山内から銃を奪って投げ捨てた。

 「トラぁ!」
 「佐野さん!」

 20人もの警官が入って来て、組員を確保していく。
 俺は山内を連れて上の階へ急いだ。
 エレベーターは無いので、階段を駆け上がって行く。

 「トラ! 待て!」
 「早く来て下さい!」
 「バカ!」

 文句を言いながらも、佐野さんが警官を連れて一緒に来る。
 2階のドアを開けると、5人の組員たちが立っていた。
 床のコンクリートが剥き出しになっていて、裸の男が転がっていた。
 意識は無いように見えた。
 
 「兄貴!」

 山内が見つけて駆け寄った。
 山内の兄貴で、山内が抱き起すと顔面が血まみれだった。
 死んではいないようだが、瀕死の状態であることが分かった。
 酷い拷問を受けていた。
 山内は泣きながら何度も大声で呼び掛けていた。
 俺は山内の兄貴の両眼が潰されているのが分かった。





 山内がその時気付いていたかどうかは分からない。
 俺は他にも酷い事をされただろうと思った。
 金欲しさに気軽に始めたのだろうが、その代償はあまりにも大きかった。
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