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ファイヤーバードの兄弟 Ⅳ

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 ある日、兄貴と深夜のドライブを楽しんでいると、兄貴が言った。

 「大麻が大分増えたよな?」
 「あ、ああ」

 俺も手伝ってはいるが、乗り気ではない。

 「買い手も増えてる。お前の高校にも回そうと思ってるからな」
 「え?」
 「ガキほど夢中になるもんよ。タバコ吸って粋がってる連中にマリファナを吸わせてみろよ、もう戻れないぜ」
 「兄貴、高校はまずいって」
 「大丈夫だよ。俺たちがケツモチしてるんだしな」
 「いや、だって「ルート20」の連中がいるぜ!」
 「ああ、あいつらか。あいつらには流さねぇ。赤虎がいるからなぁ」
 「でも……」
 「大丈夫だって! 上手くやるよ!」

 「兄貴……」

 そのうちに本当にうちの高校にマリファナが回り始めた。
 俺は関わらないで良かったが、兄貴の言った通り、不良連中が夢中になった。
 高校生の小遣いでは続けられない。
 だからヤンキー共は他の人間から金を奪い始めた。
 パン(シンナー)は身体を壊すことをみんな知っていた。
 それでも手を出す連中もいたが、マリファナは安全だった。
 だからみんな夢中になった。

 高校の中でカツアゲが横行し、じきに外で暴れるようになっていった。
 他校の生徒や中学生、また大人たちまで襲われるようになった。

 兄貴たちは大いに稼いだ。
 俺の家の庭では大々的に大麻を育て、それでは足りずに兄貴たちは外に畑を持った。
 育てても捌く方が上回り、兄貴たちは値を吊り上げて更に儲けた。




 そして、晴海組に目を付けられた。




 兄貴が2日間、帰って来なかった。
 ファイヤーバードは家にある。
 仕事に行ったはずだった。
 彼女と出掛けて、そういうことは前にもあった。
 でも、必ず俺には事前か途中に電話をくれた。
 何の連絡も無かった。

 そして兄貴の仲間の筒井さんが家に来た。

 「聡、大変だ!」
 「どうしたんですか!」
 「山内が晴海組に攫われた!」
 「えぇ!」
 「俺の所に晴海組の組員から連絡が来た。山内を押さえてるから、大麻と売り上げを全部持って来いって!」
 「兄貴は!」
 「分からない。まだ生きてるとは思う。でも、あいつらはそこそこでかい組だ。ヤバイことも平気でやる連中もいる」
 
 知っている。
 日本刀で滅多切りにするという平井組と並んでヤバい連中だった。
 その平井組は、石神が潰したと聞いたが。

 「筒井さん、どうするんですか!」
 「取り敢えず、全員から金を掻き集める。ここの大麻はいずれ取りに来ることになるだろうよ」
 「!」

 「晴海組には逆らえない。聡、お前はとにかく大人しくしていろ」
 「筒井さん!」

 俺は頭が真っ白になった。
 兄貴が殺されるかもしれない。
 警察に連絡するか。
 でも、そうすれば兄貴のやっていたこともバレる。
 俺はそれでも決心した。

 「筒井さん、警察に頼みましょう」
 「聡、それはダメだ!」
 「だって、兄貴が殺されるかもしれないんですよ!」
 「あのな、聡。警察が乗り込んで山内は助かるかもしれない。でもな、その後で必ず報復される」
 「!」
 「組員全員が捕まるわけじゃない。だったら、必ずやられる!」
 「そんな……」

 筒井さんは兄貴の部屋へ入り、隠していた金を持って行った。
 2000万円以上あった。

 「じゃあ、他の連中のとこも回って行くから」
 「兄貴をお願いします!」
 「ああ、出来るだけのことはするぜ」

 筒井さんは去って行った。
 俺はまだ考えていた。
 あの金を渡して、晴海組は兄貴を解放してくれるだろか。
 多分、大麻は晴海組が押さえるだろう。
 そして、兄貴たちに引き続き捌かせるつもりかもしれない。
 だったら、兄貴は助かる。
 酷いことになるだろうが、取り敢えず命は助かる。
 だったら……

 俺が必死に考えていると、岡が来た。

 「よう」
 「岡さん! 兄貴のことは聞いてますか!」
 「ああ、知ってるぜ」
 「だったら何しにここへ来たんですか!」
 
 岡が笑っていた。

 「ここの大麻はよ、俺が管理することになってるんだ」
 「え?」
 「山内は始末してもらう。今後は俺が仕切るからな。晴海組にはそういう話が通ってる」
 「岡さん!」
  
 岡が兄貴を売ったことが分かった。

 「山内の奴よ、喧嘩が強いからっていつも威張ってやがって。ザマァねぇぜ!」
 「あんた、兄貴を売ったのかよ!」
 「そうだよ。これでお前とも堂々と出来るようになったな!」

 岡が笑っていた。
 岡が俺に近づいて来た。
 俺は必死に逃げて、兄貴の部屋からキーを取り出した。
 岡が家に上がって来る。
 俺は消火器を岡に向けて噴射した。

 「テメェ!」

 岡が噴射した粉末を顔に浴びてうずくまった。
 その隙にファイヤーバードに乗り込んで家を出た。

 あいつしかいない。
 俺は迷わずに石神の家に向かった。

 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 俺の家に、山内が突然来た。
 兄貴のファイヤーバードに乗ってだ。
 無免許のはずだから、余程のことがあったのはすぐに分かった。

 「石神!」
 「どうしたんだよ?」
 「兄貴が晴海組に攫われた!」
 「なんだと?」

 山内は興奮している。
 何が起きたのか。
 山内を落ち着かせ、きちんと説明させた。
 山内の兄貴が大麻を育てて売っていたことを知った。
 まったくバカなことをしたものだ。
 ヤバいなんてものじゃない。
 最悪の展開だ。
 不良が吹き上がってやるにしても、絶対に手を出してはならないものだ。
 ああいうものの扱いはヤクザに決まっている。
 素人が手を出せば、どういうことになるのか。

 「それで晴海組に目を付けられたのか?」
 「いや、兄貴の仲間の岡が兄貴を売ったんだ! マリファナの販売を自分が任されることで、話を付けた!」
 「何だと……」

 仲間に裏切られたのか。
 憐れな奴らだった。
 所詮は絆の無い愚連隊だ。
 暴れて楽しいからくっついているだけの連中。
 その末路がこれか。
 これからこいつらはヤクザに報復され、一生しゃぶられればまだまし、ということだ。
 殺されても不思議はない。
 ヤクザのメンツを潰したのだ。

 「石神、一緒に晴海組に来てくれ」
 「何を言ってんだよ」
 「頼む! お前の力が必要だ!」
 「おい、バカを言うな! 相手はヤクザだぞ!」
 「お前なら!」
 「おい!」

 俺の仲間のためなら考える。
 でも山内の兄貴は何も関係が無い。
 俺がカチコむ義理は無い。

 「石神!」
 「何で俺がお前らの後始末をしなきゃならないんだよ!」
 「頼む! 何でもする! 金なら幾らでも払う!」
 「そういう問題じゃねぇ!」

 命懸けだ。

 「バカ! 警察に行けよ! 完全に犯罪事件じゃねぇか!」
 「警察に行っても、後で必ず報復されるよ」
 「それでも行け! 俺がどうこう出来る問題じゃねぇ!」
 「石神! 頼む!」

 山内がうちの庭で土下座した。
 俺のことは恨んでいるはずだった。
 その山内が、他の誰にも相談できずに、仇の俺の所へ来た。
 そして、俺はあの夜に俺と保奈美を見ていた山内の悲しい目を思い出した。

 「分かった、一緒に行ってやる。でも警察にも連絡するからな」
 「おい、それは!」
 「バカヤロウ! ヤクザ相手に俺たちが何が出来んだよ!」
 「お前は平井組を潰したって……」
 「あれは俺の仲間のためだ! お前たちは違うだろうが!」
 「石神……」

 山内が泣きそうな顔で俺を見ていた。

 「まあ、何とかしてやる。俺に任せろ」
 「石神!」




 自分でもバカなことを引き受けたのは分かっている。
 命懸けに間違いない。
 なんで、こんな奴のために。

 でも、保奈美を今も尚愛し続けている男だ。
 自分でも上手く納得はしていないが、放っておけないことだけは確かだった。
 山内は、全てを擲って俺を頼っている。
 保奈美を愛しているこの男がだ。

 そしてこいつには兄貴しかいないのが分かった。
 兄貴を助けるために、保奈美への愛も俺への憎しみも、自分の命さえ捧げようとしている。

 だったらしょうがねぇ。
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