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一江 襲撃 Ⅱ

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 12月第3週の金曜日。
 年内最後のオペがあり、長時間に亘った。
 部長が忙しく、私と大森、斉木で主に長時間になるものや技術の必要なものを担った。
 私は帰りが遅くなったが、大森はまだもうちょっと掛かるようだ。
 来週、部長に報告するスケジュールや資料をまとめて、先に帰ることにした。
 どうせ今晩は大森がうちに来て一緒に飲むことになる。
 週末の二人の楽しみだ。

 虎ノ門駅からいつものように銀座線に乗った。
 丁度銀座線が来て、改札から近い一番前の車両に乗り込んだ。
 車内は夜の8時を過ぎているが、結構混んでいる。
 渋谷や表参道に向かう人間が多い。
 赤坂見附駅で半分くらいの人間が降りて行く。
 丸の内線、半蔵門線などへ乗り換えるターミナル駅だからだ。
 私はドア前の座席側に立った。
 次が青山一丁目。
 私が降りる駅だ。
 何なら職場から歩ける距離だ。
 まあ、やったことは一度もないが。
 銀座線が発車した。

 その少し後。
 突然車内の電灯が消えた。
 そして前方で硬いものを引っ掻くような物凄い音が響く。


 ギャリギャリギャリギャリ……


 車両が急に減速して止まった。
 何も捕まっていなかった私は、他の乗客と共に前方に投げ出された。
 幸い他の人間の身体がクッションになり、私に重なる人はいなかったので、怪我を負うことはなかった。
 最後に乗ったのでドア近くにいたことが幸いした。
 車両が完全に止まり、非常電源が灯った。
 昔の銀座線を一瞬思い出した。

 「うぅ……何が起きたの? 事故?」

 申し訳ないが他の人間が衝撃を吸収してくれたお陰で、多少の痛みや苦しさはあったが身体に骨折などの異常は無かった。
 もしも自分の上に他の人間が乗ってきたら危なかった。
 シートに座っていた人間も何人か床に投げ出されて呻いている。
 多分、大勢の人間が怪我を負っているだろう。


 ガシン、バリバリ……


 車両の前面からまた大きな音がして、そっちを見た。
 信じられないものを見た。
 巨大な蜘蛛のようなものが運転席を破壊し、車内に潜り込もうとしていた。
 運転席のガラスに血が飛び散っている。
 運転士のものだろう。

 私は緊急用のモバイル端末を鞄から出して押した。
 皇紀通信を利用したもので、どんな場所からでも連絡が飛ぶ。
 GPSで私の居場所も分かるはずだ。
 
 周囲でスマホを操作している人間がいたが、電波が通じていないことが分かった。
 他の乗客も蜘蛛の化け物に気付き、車内はパニックになった。
 鋼板を使った車両が紙を切り裂くように簡単に破られて行く。
 私は他の乗客と共に、後ろの車両へ走った。
 しかし元々身体が細く小さく、体力の無い私は突き飛ばされて転んでしまった。
 慌てていて気付かなかったが、気を喪っている乗客が何人か床に倒れていた。
 私はそばの意識の無い若い女性を抱き起そうとした。

 「一江陽子か?」

 振り返ると運転席との壁を破壊して、蜘蛛の化け物が半身を乗り出していた。
 さっきは分からなかったが、人間の背中に、巨大な蜘蛛の脚を背負っている姿が見えた。
 8本の脚は直径が80センチ以上あった。
 地下鉄の通電を破壊し、あの巨大な脚で走行する地下鉄の巨大な重量を支えて止めたのだろう。
 信じられない程にパワーのあるものだと分かった。
 それに、外見も今まで誰も見たこともないタイプだ。
 あのパワーと言い、相当強いライカンスロープと思われた。

 「お前、一江陽子だな?」

 人間の身体の部分は痩せた男のもので、頭髪はなくスキンヘッドだった。
 腰から下は太い尖った剛毛で覆われている。
 私は恐ろしくて震える身体を何とか気合を入れ、化け物に向いて言った。

 「佐藤タマモです!」
 「お前の外見の特徴は一江陽子のものだ。お前がこの電車に乗り込んだのは分かっている。まあ、これからこの電車に乗った人間は皆殺しにするがな」
 「佐藤タマモです!」
 
 私は咄嗟に部長が最高のオッパイの女優と言っていた名前を口にした。

 「殺す前に、お前に確認することがある」
 「……」
 「お前が石神たちの情報を渡すつもりならば、生かしておいてやる」
 「……」
 「どうするか今決めろ」

 化け物が私に近づいて来た。
 途中、倒れている人間の身体を破壊しながら。
 どうすることも出来なかった。
 逃げても、私の足ならば大した意味は無い。
 ならば決まっている。

 「殺しなよ! 部長を裏切るわけないだろう! この虫野郎!」
 「ならば死ね」

 私は覚悟を決めた。
 せめて、他の乗客が少しでも多く逃げ切れればと願った。
 抱き上げた女性の身体を必死に抱き締めた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 オペの終盤。
 後は切り開いた腹部の縫合を残すだけとなった時。
 突然、いつもポケットに入れているモバイル端末のエマージェンシー信号が鳴った。
 一瞬の躊躇も無かった。
 私のモバイル端末が鳴ったということは、一江の危機だ。
 斎藤を呼んだ。

 「おい!」

 あたしはその間も手術着を引き裂きながらオペ室の隅へ移動した。
 もうあたしは「非衛生」になったからだ。
 手術着の隙間からポケットのモバイル端末を掴んで出した。

 「大森先輩!」

 一緒にオペを担当していた第二執刀医の斎藤が叫んだ。
 オペ室であり得ないことだったからだ。

 「宣告! 以降第一執刀医に斎藤を任命する!」
 「大森先輩!」
 「縫合を頼むぞ!」
 「ちょっと待って下さいよ!」

 斎藤が叫んだが、あたしはすぐにオペ室を出て信号を確認した。

 「一江ぇ!」

 走って響子ちゃんの部屋の近くにある特別室へ駆け込んだ。
 そこに「Ωスーツ」がある。
 駆けながら下着まで毟り取って、「Ωスーツ」を着込んだ。
 一江が危険に晒されている。
 位置が「虎」GPSで示され、一江の状況は音声がリアルタイムで流れて来る。
 イヤフォンでそれを聞きながら飛んだ。

 銀座線の赤坂見附駅と青山一丁目駅との間。
 虎ノ門の改札を飛び越し、銀座線の線路に飛び込んだ。
 突然銀座線の運行が停止し、構内で多くの人間があたしの姿を見ていた。
 あたしは構わずに飛び、高速で移動する突風で倒れる人間もいた。
 
 「悪い! 急ぐんだ!」

 叫んだが、聞こえたかどうかも分からない。
 あたしは一江の救助へ向かった。
 状況は1秒を争うことが分かっていた。

 「一江ぇ! 今いくぞぉ!」
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