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真冬の別荘 Gathering-Memory Ⅳ 御堂
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7月の下旬。
正巳さんは突然家に帰って来た御堂を見て驚いていた。
「正嗣、なんだ急に帰って来て?」
「ああ、親父、済まない。すぐに東京へ戻るんだ」
御堂は夏休みは家に帰れないと言っていた。
俺が重い病気に罹り、予断を許さない状況だったからだ。
正確には、俺は間もなく死ぬと言われていたが、そのことは黙っていた。
「親父、俺に和泉守国貞を貸してもらえないか?」
「なんだと?」
「頼むよ」
「どうしたんだ? あれはうちの家宝の刀剣だぞ!」
「分かっている。だからだよ。必要なんだ」
いつになく強い口調の御堂に、正巳さんはただならぬものを感じたと言う。
「だから何に使うんだ! それをわしに言え!」
「石神と一緒にいるためだ!」
「何を言ってるんだ?」
御堂はその場に膝をつき、正巳さんに頼んだ。
「頼むよ、親父! あれが必要なんだ!」
「おい、石神さんは今大変な病気で入院しているんだろう?」
「そうだ……」
「何で和泉守国貞が必要になるんだ?」
「……」
何も言わない御堂に、正巳さんは困った。
そしてはたと気付いた。
「お前、まさか石神さんに万一があったら後を追うつもりか!」
「頼む!」
「バカモノ! そんなことでお前に渡せるわけがあるか!」
「親父、頼む! 僕には石神が全てなんだ! 石神がいない世界なんて生きて行けない!」
「バカなことを言うな! お前は御堂家の跡継ぎぞ!」
「ダメだ! 石神が生きていれば僕はなんでもする! でも石神がいなくなったら、僕は……」
正巳さんは菊子さんに命じた。
「菊子! こいつをどこかに閉じ込めておけ。今は何を言っても通じん」
「はい」
いつもは温和で優しい御堂の中に、熱い炎があることを正巳さんは知っていた。
御堂が絶対と決めたことは必ずやり遂げる男であることを。
それは御堂家という武家の家系が持っている炎だった。
「正嗣、石神さんはいい方だ。わしも大好きだ。でも、どんなに好きでも、死んでいく人間の後を追ってどうする! 石神さんがそれをお前に望むと思うか!」
「親父、ダメなんだ。こればっかりはどうしたってダメなんだよ」
「頭を冷やせ!」
菊子さんが男手を呼びに行った。
その時、御堂は立ち上がって正巳さんの部屋へ駆け込んだ。
そして床の間にあった和泉守国貞を握った。
正巳さんもすぐに後を追い、御堂を叱った。
「それから手を離せ!」
「親父! 僕も御堂家の人間だ! 自分の不甲斐ない最期をどうやってけじめを付けるのか知っている!」
「何を言うか! いいから刀から手を離せ!」
「石神は助からない!」
「なんだと……」
正巳さんは一瞬言葉を喪った。
重い病気とは聞いていたが、まさかそこまでのこととは思ってもみなかった。
大きな身体で大食いで笑う俺が、こんな若さで死ぬとは。
「東大病院の医者たちが結集して、もう助けられないと言った。石神はもうすぐ死ぬんだ!」
「だから……お前……」
「親父、本当に済まない。僕は石神と一緒じゃなければダメなんだ」
「正嗣……思い直してくれ」
「済まない。これは持って行く。石神がいなくなったら、僕もすぐに後を追うよ」
御堂は悲し気に笑ったと言う。
そして誰にも御堂を止められないと分かった。
正巳さんは、今でもあの時の御堂の顔を忘れられないと言っていた。
御堂はすぐに家を出て、停めていたタクシーに乗り込んで去って行った。
正巳さんは御堂を喪うかもしれないことを知った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
御堂は意識を喪ったままの俺を毎日見舞っていた。
「石神、山中が手を尽くしてくれているよ」
御堂は俺を見てよくそう言っていた。
「あいつは行動派だよな。僕も驚いたよ。本当に凄い奴だ」
俺は微動だにしない。
酸素マスクが規則正しく白くなることで、まだ生きていることを御堂に告げていた。
「御堂君」
後ろから声を掛けられ、振り向いた。
栞だった。
「また来ていたのね」
「ああ。花岡さんも」
「奈津江も後から来るわ。あの子毎日花を持って来るの。だから私、持って来るものが無くて」
「僕もそうだよ。奈津江さんは本当に辛いだろうね」
「うん」
二人とも、俺のために奈津江がすることを邪魔しないようにしていた。
だから花は奈津江が常に用意していた。
栞が窓辺に置いてあった布の細い包に気付いた。
「あれ、それは」
「ああ、僕の荷物だよ。石神の見舞いじゃないんだ」
「ちょっと、それ日本刀だよね?」
「え、ああ」
栞は家の知識で、それが日本刀の刀袋であることを見抜いた。
「御堂君のものなの?」
「うん」
「御堂君、まさかあなた!」
栞は即座に全てを悟った。
御堂にもそれが伝わった。
「花岡さん。僕は石神がいないとダメなんだ」
「何を言ってるの!」
「何故なんだろうね。でも、もうそう決まってしまった。僕には他に考えられないんだ」
「ダメよ! あなたは御堂家の跡継ぎなんでしょう!」
「うん、親父にも言われたよ。でもね、僕と石神はそういうことを乗り越えてしまったんだ」
「何を言ってるのよ! 石神君が万一死んだって、それは……」
栞は御堂の笑顔を見てしまった。
人間が描ける微笑みでは無かった。
まるで全てを悟った仏のような、誰もが抗えなく納得するしかない微笑みだった。
「御堂君、やめて、どうか……」
「花岡さん、ごめんね。今までどうもありがとう」
「やめてよ! 私、どうすればいいのよ!」
「奈津江さんを支えてあげて。奈津江さんが一番辛いはずだから」
「何よ! それを私にやらせて、あなたは……」
「本当にごめんなさい」
その後、奈津江が部屋に入って来て御堂は帰った。
俺との時間を奈津江に譲ったのだ。
そういう優しい男だった。
そして、俺と永遠に一緒にいたいと思う男だった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
奈津江が死に、俺は奇跡的に回復した。
御堂が俺を見舞いに来て、俺の回復を知り大泣きした。
あの温和で冷静な男が、周囲が驚くほどの大泣きだった。
その後、栞から奈津江の死を聞いた。
「なんてことだぁー!」
御堂は絶叫し、今度は狂ったように泣き叫んだ。
奈津江が何をしたのか、御堂も知った。
御堂は奈津江に喚くように謝った。
自分が何も出来ないと諦めていた時に、奈津江だけは諦めていなかった。
俺を必ず救うということしか考えていなかった。
御堂は俺から最愛の奈津江を喪わせてしまったと思っていた。
御堂は人生最大の後悔を味わった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺はようやく退院し、大学に復帰した。
9月の初旬のことだ。
山中の無茶な滝行を知り、俺は大きなショックを受けた。
また奈津江のことがまだ何も整理できず、俺は生ける死者のような日々のままだった。
死にたいと思った。
それを御堂や山中、栞が必死に止めようとした。
俺も、奈津江の心を知り、死にたくても死ぬわけには行かなかった。
地獄の日々だった。
御堂のマンションに久し振りに寄った。
御堂が俺の心を察して誘ってくれた。
俺を一人にさせたくなかったのだろう。
部屋の片隅に置かれた見慣れないものを見つけた。
御堂の部屋のものは全て知っている。
「おい、なんだありゃ?」
「ああ、見るかい?」
御堂が優しく微笑んで布を解いて見せてくれた。
一目で名刀だと分かった。
「凄いな!」
「うちの家宝なんだ。和泉守国貞だよ」
「え? なんでそんな大事なものがここにあるんだよ?」
「ああ、なんでもない。ちょっと実家から持って来ただけだよ」
「なんだ?」
俺はしばらく和泉守国貞を見せてもらっていた。
御堂がコーヒーを淹れて来てくれた。
御堂に断って、鞘から抜いてみた。
美しい刃紋と地肌だった。
その時、俺は刀から伝わって来る何かを感じた気がした。
「おい、御堂」
「ああ、なんだい? 美しい刀だろう」
「お前、これを使うつもりだったのか!」
「石神……」
俺は鞘に戻し、御堂に返した。
「御堂、お前!」
御堂は微笑んだままだった。
「お前、本当にふざけんなよ!」
「石神」
「お前、俺が死んだら自分も死ぬつもりだったのか!」
「そうだよ」
御堂はあっさりと認めた。
「御堂!」
俺は御堂の胸倉を掴んだ。
御堂は微笑みを湛えたままだった。
「奈津江さんも、山中も、僕も同じだよ」
「お前! 何言ってやがる!」
御堂が今度は悲しそうな顔をした。
「奈津江さんには敵わなかったけどね。僕は諦めたけど、あの人はそうじゃなかった」
「御堂……」
「奈津江さんは本当に立派な人だ。石神のことを心底から愛していた」
「御堂、やめてくれ」
俺は御堂から手を離し、床にうずくまった。
耐えられない言葉だった。
「石神、今度こそ誓うよ」
「……」
「僕はお前のために何でもする。今度こそ僕がお前を助けるから」
「お前、何言ってんだよ」
「次は僕の番だ、石神」
「辞めてくれ!」
御堂も床に膝を付き、俺の両肩に御堂の手が乗った。
「石神、忘れないでくれ」
「……」
「お前だけなんだ。お前のために、この命を使いたいんだ」
「御堂……」
泣き崩れた俺を、御堂はずっと肩に手を置いて待ってくれた。
「御堂、俺も同じだぞ」
「石神」
「お前や山中のために何でもする。俺の人生はそうだ」
「石神」
「奈津江は喪ってしまった。奈津江こそが俺の……」
「分かっているよ、石神。でも奈津江さんもそうだったんだよ」
「奈津江……」
俺はずっと泣いていた。
御堂の手が俺に温もり以上の何かを伝えてくれた。
俺たちの青春の終焉だった。
未来の夢が潰え、俺たちは新しい人生に踏み出すしか無かった。
そうじゃない道を歩みたかったのに、それは喪われてしまった。
喪ったことで、俺の中の奈津江への愛が爆発するように拡がってしまった。
俺は俺でありたかったのに、俺でないものにならなければならなかった。
そうすることしか出来なかった。
それが無性に悲しかった。
正巳さんは突然家に帰って来た御堂を見て驚いていた。
「正嗣、なんだ急に帰って来て?」
「ああ、親父、済まない。すぐに東京へ戻るんだ」
御堂は夏休みは家に帰れないと言っていた。
俺が重い病気に罹り、予断を許さない状況だったからだ。
正確には、俺は間もなく死ぬと言われていたが、そのことは黙っていた。
「親父、俺に和泉守国貞を貸してもらえないか?」
「なんだと?」
「頼むよ」
「どうしたんだ? あれはうちの家宝の刀剣だぞ!」
「分かっている。だからだよ。必要なんだ」
いつになく強い口調の御堂に、正巳さんはただならぬものを感じたと言う。
「だから何に使うんだ! それをわしに言え!」
「石神と一緒にいるためだ!」
「何を言ってるんだ?」
御堂はその場に膝をつき、正巳さんに頼んだ。
「頼むよ、親父! あれが必要なんだ!」
「おい、石神さんは今大変な病気で入院しているんだろう?」
「そうだ……」
「何で和泉守国貞が必要になるんだ?」
「……」
何も言わない御堂に、正巳さんは困った。
そしてはたと気付いた。
「お前、まさか石神さんに万一があったら後を追うつもりか!」
「頼む!」
「バカモノ! そんなことでお前に渡せるわけがあるか!」
「親父、頼む! 僕には石神が全てなんだ! 石神がいない世界なんて生きて行けない!」
「バカなことを言うな! お前は御堂家の跡継ぎぞ!」
「ダメだ! 石神が生きていれば僕はなんでもする! でも石神がいなくなったら、僕は……」
正巳さんは菊子さんに命じた。
「菊子! こいつをどこかに閉じ込めておけ。今は何を言っても通じん」
「はい」
いつもは温和で優しい御堂の中に、熱い炎があることを正巳さんは知っていた。
御堂が絶対と決めたことは必ずやり遂げる男であることを。
それは御堂家という武家の家系が持っている炎だった。
「正嗣、石神さんはいい方だ。わしも大好きだ。でも、どんなに好きでも、死んでいく人間の後を追ってどうする! 石神さんがそれをお前に望むと思うか!」
「親父、ダメなんだ。こればっかりはどうしたってダメなんだよ」
「頭を冷やせ!」
菊子さんが男手を呼びに行った。
その時、御堂は立ち上がって正巳さんの部屋へ駆け込んだ。
そして床の間にあった和泉守国貞を握った。
正巳さんもすぐに後を追い、御堂を叱った。
「それから手を離せ!」
「親父! 僕も御堂家の人間だ! 自分の不甲斐ない最期をどうやってけじめを付けるのか知っている!」
「何を言うか! いいから刀から手を離せ!」
「石神は助からない!」
「なんだと……」
正巳さんは一瞬言葉を喪った。
重い病気とは聞いていたが、まさかそこまでのこととは思ってもみなかった。
大きな身体で大食いで笑う俺が、こんな若さで死ぬとは。
「東大病院の医者たちが結集して、もう助けられないと言った。石神はもうすぐ死ぬんだ!」
「だから……お前……」
「親父、本当に済まない。僕は石神と一緒じゃなければダメなんだ」
「正嗣……思い直してくれ」
「済まない。これは持って行く。石神がいなくなったら、僕もすぐに後を追うよ」
御堂は悲し気に笑ったと言う。
そして誰にも御堂を止められないと分かった。
正巳さんは、今でもあの時の御堂の顔を忘れられないと言っていた。
御堂はすぐに家を出て、停めていたタクシーに乗り込んで去って行った。
正巳さんは御堂を喪うかもしれないことを知った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
御堂は意識を喪ったままの俺を毎日見舞っていた。
「石神、山中が手を尽くしてくれているよ」
御堂は俺を見てよくそう言っていた。
「あいつは行動派だよな。僕も驚いたよ。本当に凄い奴だ」
俺は微動だにしない。
酸素マスクが規則正しく白くなることで、まだ生きていることを御堂に告げていた。
「御堂君」
後ろから声を掛けられ、振り向いた。
栞だった。
「また来ていたのね」
「ああ。花岡さんも」
「奈津江も後から来るわ。あの子毎日花を持って来るの。だから私、持って来るものが無くて」
「僕もそうだよ。奈津江さんは本当に辛いだろうね」
「うん」
二人とも、俺のために奈津江がすることを邪魔しないようにしていた。
だから花は奈津江が常に用意していた。
栞が窓辺に置いてあった布の細い包に気付いた。
「あれ、それは」
「ああ、僕の荷物だよ。石神の見舞いじゃないんだ」
「ちょっと、それ日本刀だよね?」
「え、ああ」
栞は家の知識で、それが日本刀の刀袋であることを見抜いた。
「御堂君のものなの?」
「うん」
「御堂君、まさかあなた!」
栞は即座に全てを悟った。
御堂にもそれが伝わった。
「花岡さん。僕は石神がいないとダメなんだ」
「何を言ってるの!」
「何故なんだろうね。でも、もうそう決まってしまった。僕には他に考えられないんだ」
「ダメよ! あなたは御堂家の跡継ぎなんでしょう!」
「うん、親父にも言われたよ。でもね、僕と石神はそういうことを乗り越えてしまったんだ」
「何を言ってるのよ! 石神君が万一死んだって、それは……」
栞は御堂の笑顔を見てしまった。
人間が描ける微笑みでは無かった。
まるで全てを悟った仏のような、誰もが抗えなく納得するしかない微笑みだった。
「御堂君、やめて、どうか……」
「花岡さん、ごめんね。今までどうもありがとう」
「やめてよ! 私、どうすればいいのよ!」
「奈津江さんを支えてあげて。奈津江さんが一番辛いはずだから」
「何よ! それを私にやらせて、あなたは……」
「本当にごめんなさい」
その後、奈津江が部屋に入って来て御堂は帰った。
俺との時間を奈津江に譲ったのだ。
そういう優しい男だった。
そして、俺と永遠に一緒にいたいと思う男だった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
奈津江が死に、俺は奇跡的に回復した。
御堂が俺を見舞いに来て、俺の回復を知り大泣きした。
あの温和で冷静な男が、周囲が驚くほどの大泣きだった。
その後、栞から奈津江の死を聞いた。
「なんてことだぁー!」
御堂は絶叫し、今度は狂ったように泣き叫んだ。
奈津江が何をしたのか、御堂も知った。
御堂は奈津江に喚くように謝った。
自分が何も出来ないと諦めていた時に、奈津江だけは諦めていなかった。
俺を必ず救うということしか考えていなかった。
御堂は俺から最愛の奈津江を喪わせてしまったと思っていた。
御堂は人生最大の後悔を味わった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺はようやく退院し、大学に復帰した。
9月の初旬のことだ。
山中の無茶な滝行を知り、俺は大きなショックを受けた。
また奈津江のことがまだ何も整理できず、俺は生ける死者のような日々のままだった。
死にたいと思った。
それを御堂や山中、栞が必死に止めようとした。
俺も、奈津江の心を知り、死にたくても死ぬわけには行かなかった。
地獄の日々だった。
御堂のマンションに久し振りに寄った。
御堂が俺の心を察して誘ってくれた。
俺を一人にさせたくなかったのだろう。
部屋の片隅に置かれた見慣れないものを見つけた。
御堂の部屋のものは全て知っている。
「おい、なんだありゃ?」
「ああ、見るかい?」
御堂が優しく微笑んで布を解いて見せてくれた。
一目で名刀だと分かった。
「凄いな!」
「うちの家宝なんだ。和泉守国貞だよ」
「え? なんでそんな大事なものがここにあるんだよ?」
「ああ、なんでもない。ちょっと実家から持って来ただけだよ」
「なんだ?」
俺はしばらく和泉守国貞を見せてもらっていた。
御堂がコーヒーを淹れて来てくれた。
御堂に断って、鞘から抜いてみた。
美しい刃紋と地肌だった。
その時、俺は刀から伝わって来る何かを感じた気がした。
「おい、御堂」
「ああ、なんだい? 美しい刀だろう」
「お前、これを使うつもりだったのか!」
「石神……」
俺は鞘に戻し、御堂に返した。
「御堂、お前!」
御堂は微笑んだままだった。
「お前、本当にふざけんなよ!」
「石神」
「お前、俺が死んだら自分も死ぬつもりだったのか!」
「そうだよ」
御堂はあっさりと認めた。
「御堂!」
俺は御堂の胸倉を掴んだ。
御堂は微笑みを湛えたままだった。
「奈津江さんも、山中も、僕も同じだよ」
「お前! 何言ってやがる!」
御堂が今度は悲しそうな顔をした。
「奈津江さんには敵わなかったけどね。僕は諦めたけど、あの人はそうじゃなかった」
「御堂……」
「奈津江さんは本当に立派な人だ。石神のことを心底から愛していた」
「御堂、やめてくれ」
俺は御堂から手を離し、床にうずくまった。
耐えられない言葉だった。
「石神、今度こそ誓うよ」
「……」
「僕はお前のために何でもする。今度こそ僕がお前を助けるから」
「お前、何言ってんだよ」
「次は僕の番だ、石神」
「辞めてくれ!」
御堂も床に膝を付き、俺の両肩に御堂の手が乗った。
「石神、忘れないでくれ」
「……」
「お前だけなんだ。お前のために、この命を使いたいんだ」
「御堂……」
泣き崩れた俺を、御堂はずっと肩に手を置いて待ってくれた。
「御堂、俺も同じだぞ」
「石神」
「お前や山中のために何でもする。俺の人生はそうだ」
「石神」
「奈津江は喪ってしまった。奈津江こそが俺の……」
「分かっているよ、石神。でも奈津江さんもそうだったんだよ」
「奈津江……」
俺はずっと泣いていた。
御堂の手が俺に温もり以上の何かを伝えてくれた。
俺たちの青春の終焉だった。
未来の夢が潰え、俺たちは新しい人生に踏み出すしか無かった。
そうじゃない道を歩みたかったのに、それは喪われてしまった。
喪ったことで、俺の中の奈津江への愛が爆発するように拡がってしまった。
俺は俺でありたかったのに、俺でないものにならなければならなかった。
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