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虚しき復讐

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 「石神、医療法人愛徳会塩見グループが母体になっていたことが分かった」

 槙野の死の3日後。
 早乙女が俺の家に報告に来た。
 この短期間で掴んだにしては、組織の深い所まで達していた。
 早乙女が俺のために、懸命に動いてくれたことが分かる。

 「小規模な団体だな」
 「ああ。元々は塩見病院という地元の総合病院が医療法人になったのが20年前だ。その後、どうやら理事長の塩見から別な人間に実質の経営権が移っている」
 「「業」の手か」
 「そう思う。詳しいことは今も調査中だが、2年前にそれまで関りの無かった人間が理事長に就任している」
 「他に分院とかはあるのか?」
 「新しい理事が就任してから、全国に展開している。すべて「アドヴェロス」で立ち入り調査していくつもりだ」

 俺が早乙女を睨むと、早乙女が震え上がった。
 俺の威圧の怒気に触れた。

 「まだやってねぇのか」
 「待て、石神! すぐにやるから!」
 「いい、俺がやる」

 早乙女はあくまでも警察組織の人間だ。
 立ち入り調査にしてもその他の調査にしても、裁判所などの既定の手続きが必要になる。
 そのためにどうしても時間が掛かる。
 静岡の塩見病院は全て取り押さえた。
 「アドヴェロス」の権限で、全員が留置されている。
 新しい理事長は完全なフロントのダミーだった。
 指示を出している人間はまだ判明していない。

 護衛と思われるライカンスロープは、ルーとハーが捕らえた。
 分院の存在が後から分かったわけだが、どういう規模や目的かはまだ分からない。
 しかし全国に展開しているとすれば、槙野がやられたと同様の方法で被験者を集めていると思われる。

 早乙女たちも十二分に速い動きでやってくれてはいるが、もう槙野を連れた連中を拘束している以上、時間を掛ければどんどん逃げていく。
 俺は一人たりとも逃がすつもりは無かった。

 「「虎」の軍を動かす。一斉に攫うからな」
 「おい、無茶をするな! 分院には無関係の人間もいるかもしれない」
 「構わねぇ。取敢えず全員を拘束してから調べる」
 「石神、それは横暴な権力だ! お前は……」

 「ウルセェェー!」

 俺が怒鳴り、早乙女が目を閉じて首を竦めた。
 それでも俺から目を離さないのは相当な根性だ。
 それに、心底俺を心配しているだろうことも分かる。

 「俺は槙野をこんな目に遭わせた連中を皆殺しにすると誓ったぁ! 誰にも邪魔はさせねぇ!」
 「石神! 落ち着け!」

 俺の怒気を感知したか、双子が地下室に駆け下りてきた。
 俺が二人を睨んで言った。

 「おい! これから全国の拠点を襲うぞ! ルー! アラスカからソルジャーを500人送らせろ!」
 「タカさん! どうしたの!」
 「俺に逆らうってか」
 「タカさん! 落ち着いて!」
 「石神、どうか冷静になってくれ!」

 ハーが自然に早乙女の前に移動した。
 モハメドが早乙女を守っているが、俺の攻撃は防がない可能性があるからだ。
 俺は荒れ狂う感情を何とかしなければと思った。
 一旦喋り出すと、俺の想像以上に自制が効かない。

 俺は深呼吸をし、早乙女が調べた全国の分院を同時襲撃すると話した。

 「恐らく、騙して連れ込んで妖魔化する施設だ。本部が襲われた以上、こいつらは逃げる可能性がある」
 「でも、もう逃げてるんじゃ」
 「本部は稼働を偽装している。まだしばらくは潰れたことはバレない」
 
 「タカさん! ソルジャーを呼べば日本中が大混乱になるよ! もっと穏便に動かないと!」
 「もういい! 俺が呼ぶ!」
 「タカさん!」

 ハーが内線していた。
 すぐに亜紀ちゃんと柳が駆け込んで来た。
 亜紀ちゃんが俺を抱き締める。

 「離せ!」
 「タカさん、どうか落ち着いて!」
 「槙野の仇を討つんだぁ!」

 全員が顔を伏せた。
 亜紀ちゃんは俺を抱き締めながら泣いた。

 「槙野をあんな目に遭わせやがって! 絶対に許さん!」
 「タカさん……」

 早乙女が立ち上がって俺に近づいてきた。
 早乙女も泣いていた。
 俺の本気の威圧を浴びたくせに、早乙女は俺を止めようと必死だった。

 「石神、すまない! 俺が不甲斐ないばかりに! お前がこんなに悲しんで怒り狂っているのに、俺は全然駄目だ!」

 頭を下げた早乙女の足元に、涙が落ちて溜まって行く。

 「俺が絶対にあいつらを逃がさない。一人たりとも必ず逃がさない!」
 「もういいよ、俺がやるって」
 「待っていてくれ、石神! お前がその怒りで動けば、日本は無茶苦茶になる! 折角日本中が「虎」の軍に好意的になっているのに、それが崩れてしまう!」
 「どうでもいい。槙野の仇を討つんだぁ!」
 「石神! どうか思い留まってくれ!」

 早乙女が叫び、亜紀ちゃんが一層強い力で俺に抱き着いた。

 「石神さん! 私が行きます!」
 
 柳が厳しい顔で俺に言った。

 「私なら、まだ他の人間に知られていないはずです。私が派手に動いても、「虎」の軍には影響がないですよ! あ! 「業」の仕業だってすれば……」
 「バカヤロウ! お前には任せられねぇ!」
 「私、やりますよ! 絶対にやりますから!」
 「私もやります! タカさん!」

 柳と亜紀ちゃんが泣きながら叫んだ。
 俺の中で、熱く滾ったマグマが熱を下げた。
 俺は身体の力を抜き、亜紀ちゃんの頭を撫でて身体を離した。
 みんな泣いていた。

 「悪かったよ。少し落ち着いた。本当に済まない」
 「石神!」
 「早乙女、済まなかった。お前は必死にやってくれてるのにな。俺が熱くなり過ぎた。申し訳ない!」

 早乙女に頭を下げた。

 「石神……」
 「お前らも悪かったな。でもどうしても許せないんだ。槙野の無念も、残された花さんの寂しさもな」
 「タカさん……」
 「でも、お前らの言う通りだ。ルー!」
 「はい!」
 「さっき言った通り、アラスカから応援を呼んでくれ。デュールゲリエを500体だ」
 「はい!」

 今度は逆らわない。
 俺が多少落ち着いたことが分かったのだろう。
 
 「蓮花さんのとこじゃ駄目ですか?」
 「アラスカの指揮系統システムの整ったプラトーン部隊だ。5人編成で、同時攻撃を行なう」
 「分かりました!」
 「全体の指揮官が全作戦を統括する。ルーとハーはその監視だ」
 「「はい!」」

 「敵は研究者、護衛のライカンスロープ、事務員などその場にいた全て、そして被験者だ。ライカンスロープと被験者はデュールゲリエの監視付きのパネルバンで移送する。その他は通常の車両でいいだろう」
 「手配します!」
 「ライカンスロープは抵抗が激しければ殺しても構わん」
 「はい!」

 「石神、どこへ移送するんだ?」
 「被験者以外は静岡の塩見病院でいいだろう」
 「あそこに?」
 「タマに全員の記憶を探らせる。尋問はすぐに終わるさ」
 「そうか。「アドヴェロス」はどうすればいい?」
 「ひとまずは待機だ。状況がどう動くのか分からん。その時には応援を頼む」
 「分かった!」

 俺が全員を見渡した。

 「決行は明日だ! 急げ!」





 無茶な作戦だったが、ルーとハーが頑張った。
 御堂がジャングル・マスターに依頼し、今回の作戦が「業」の全国の拠点を急襲するという情報を操作することになった。
 蓮花とジェシカにも協力してもらい、アラスカから受け取ったデュールゲリエの武装などを調整した。
 今回はライカンスロープが相手になるので、それほど重火器の戦力は必要ない。
 むしろ40か所に及ぶ拠点からの移送が問題だった。
 ライカンスロープと分けての移送は現実的ではなかった。
 結局、研究者たちと同じ車両を使うことにする。
 万一ライカンスロープやメタモルフォーゼを起こした被験者が暴れれば、死傷者も出るだろう。
 どうでもいい。
 地元の警察の車両を使うことになった。
 一応拘束具はこちらで用意した。
 早乙女が各所に連絡してくれた。
 「アドヴェロス」の隊員も各拠点に数名ずつついてもらった。
 拠点の資料やデータの回収を「アドヴェロス」に任せる。

 12月第3週の水曜日未明。
 全国40か所で同時に拠点を襲撃した。
 被験者がいた所は3か所のみで、どこもまだ1週間も経っていない。
 元に戻せるかどうかはまだ分からないが。
 被験者たちは、蓮花研究所へ送る。
 研究者110名、事務員28名、警備のライカンスロープ58体。
 ライカンスロープの半数は抵抗したので殺した。
 捕えた者は拘束し、研究者たちと同じ護送バスで移動した。

 午後には大半の移送が終わり、九州や北海道など遠方の拠点からも、夕方には完了した。
 同時に「アドヴェロス」の隊員からも連絡が入り、組織の大体の全貌が分かった。
 広間に集め、タマに記憶を探らせ、組織の詳細を調べさせた。
 そして俺が直接尋問した。
 
 「代表者は塩見ではないのか?」
 「塩見はもう殺されています。一族の全てが「ボルーチ・バロータ」の人間によって」

 やはりロシアのマフィア「ボルーチ・バロータ」だった。

 「お前たちはいつこの組織に入ったのだ」
 「半数は元から医療法人の人間です」
 「医者なのに、こんなことに手を貸したか」
 「仕方なかったんです。殺されるか協力するかと迫られて」
 「塩見は協力しなかったんだな」
 「はい。それで家族を目の前で殺され、最後には自分も」

 山下という塩見の下で働いていた男は、その光景を見て逆らうことが出来なかったと言った。
 今回拉致して来た連中以外の協力者も分かった。
 槙野が誘導された、民間の臓器移植団体にも関わった人間がいた。
 そいつらもすぐに「アドヴェロス」に連絡して確保した。
 事務員たちも事情は知っていた。
 
 俺は全員の前でライカンスロープを殺し、蓮花研究所へ送った。

 「お前らは研究材料にもならねぇ」

 俺が言うと、全員が震え上がった。
 出口で振り向いて、右手を振った。
 全員が赤い霧となって消えた。
 ドアを閉めて部屋を出た。

 早乙女が玄関の外で待っていた。
 成瀬も一緒だった。

 「後から捕らえた奴らを頼むぞ」
 「分かった、任せてくれ」
 「一人も生かしておくなよ」
 「分かっている」

 俺は早乙女の肩を叩いて去った。





 槙野、こんなことしてもしょうがねぇんだけどな。
 でも、これしか俺には出来ない。
 花さんも長くはない。
 それもどうしようもねぇ。





 この1か月後に花も逝った。
 
 この世で最も美しい兄妹がいなくなった。
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