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一番隊隊長 槙野 Ⅳ

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 「にーに! トラさんとやっと会えたよ!」

 花が笑っていた。
 病院の花のベッドの脇に、トラさんが立っていた。

 「トラさん!」
 「おう! 槙野、俺は医者になったんだ。花ちゃんのことはもう大丈夫だよ。俺に任せろ」
 「ほんとうっすか!」
 
 トラさんがニコニコ笑っていた。
 昔の、あのトラさんの笑顔だった。
 花もベッドで嬉しそうに笑っている。

 ああ、これで大丈夫だ。
 トラさんが来たら、もう大丈夫だ。
 花は助かる。
 良かった。
 俺はトラさんの足元に泣き崩れて泣いた。
 本当に良かった。





 暗い部屋で目が覚めた。
 自分が泣いていることに気付いた。

 「なんだ、夢か」

 でも、久し振りにトラさんが夢に出て来て、しかも花と一緒に笑っていた。

 「最高だな、ありゃよ」

 その時、全身に痛みが走った。
 痛みはどんどん強くなり、すぐに耐え難い激痛になっていった。
 ベッド脇のコールボタンを押す。
 薬の副作用という言葉が浮かび、怖くなった。
 身体が熱くなった。

 すぐにドアが開き、3人の人間が入って来る。
 まるで待機していたみたいに短い時間だった。
 白衣ではなく、革製の鎧のようなものを着込んでいる。
 まるで戦闘服だ。
 3人とは別に、入り口に背の高い男が腕を組んで立っていた。
 
 「全身が痛いんだ!」

 男たちは黙って俺に近づき、俺の寝間着を剥いて行った。
 俺は激痛に動けずにいた。

 「始まったな」
 「移すぞ」

 そう短い会話があり、俺をワイヤーロープで縛って行く。
 手足は金属製の拘束具で固定された。
 慣れた手つきだった。

 俺は頭が真っ白になりそうな痛みの中で、自分の腹を見た。
 長い剛毛に覆われていた。

 (なんだ!)

 首筋に注射器が入り、俺は意識を喪った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 12月第2週の火曜日。
 《「虎」の穴日本観測所》から連絡が入った。
 密かに日本全国に霊素観測レーダーを設置し、妖魔やライカンスロープの反応を捉えている。
 東京と大阪は特に強化し、その他も大都市ほど監視網は細かくなっている。

 「「虎」! 先ほど静岡市内でライカンスロープの反応がありました」
 「場所は特定出来るか?」
 「いいえ、結構な数の建物がありますので。だた、現在反応は移動中です」
 「なんだと?」
 「スピードから、車両のようです。東京方面へ向かっています」
 「警察に連絡し、Nシステムとの連動を依頼しろ。それと、無人機を飛ばして映像を確保しろ」
 「はい!」

 俺は早乙女に連絡した。

 「静岡の霊素観測レーダーがライカンスロープの反応を捉えた。現在、東京方面に移動中だ」 
 「分かった! 便利屋さんにも知らせておく」
 「こちらで無人機を飛ばした。そう掛からずに車両の特定も出来る」
 「映像が入ったら、こちらにも回してくれ」
 「ああ。ハンターに任せてもいいか?」
 「もちろんだ。念のため、磯良も待機させておく」
 
 便利屋の報告によっては、俺たちの出動もあり得る。
 俺は亜紀ちゃんに電話した。

 「静岡方面からライカンスロープが移動中だ。「アドヴェロス」のハンターに任せる予定だが、万一に備えておいてくれ」
 「わかりました!」

 急な事態だったが、ライカンスロープの出現自体は脅威では無かった。
 敵は霊素観測レーダーの存在をまだ知らないだろうから、堂々と移動している。
 しかし、気になるのは単体もしくは少数での移動だ。
 大規模な攻撃ではないことは確かだが、その目的が分からない。
 どこかへ単に移送する目的か、特殊な場所を襲うつもりか。
 都内に入れば便利屋がもっと詳細な情報を捉えるだろう。
 俺はその連絡を待った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「反応ロスト!」
 「どうしたんだ!」
 「分かりません! 急に霊素観測レーダーが標的を見失いました」
 「どういうことだ?」

 観測員たちは機械を操作し、レーダーから消失したポイントを懸命に探した。
 反応から僅か3分ほどの出来事で、「虎」へ連絡した直後のことだった。

 「無人機が出ているはずだ」
 「どうしましょうか」
 「まず「虎」に確認だ」
 「はい!」

 マッハ120で飛来する無人機は、既に現着していた。
 しかし、対象の目標を探すことが出来ず、周囲を回りながら記録映像を撮り続けた。
 東京方面へ向かう車両で、霊素観測レーダーのデータと組み合わせ、該当可能性の車両を全て記録していく。
 「虎」からは引き続き観測を続けるように指示され、無人機は撮影後に引き返された。
 敵影のロストの原因が分からず、観測員たちも不安な中、観測を懸命に続けた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「やはりあったか」
 「はい。何らかの方法で妖魔反応を感知するシステムがあるようですね」
 「無人機が来たな」
 「発着場は必ず見つけます」
 「あと何度か繰り返せば、おのずと分かるだろう」
 「はい」

 2トントラックのパネルバン。
 荷室には特殊な機構があった。
 最初はあえて「虎」の軍に発見できるように、オープンにして進んだ。
 想定以上に早く無人機が飛んできたので、パネルの「機構」を立ち上げた。
 中にいるライカンスロープの反応を隠す機構だった。
 5体のライカンスロープは簡易ベッドに寝かせている。
 意識は無いはずだった。

 「どうやらステルス機構は万全のようだな」
 「はい。このまま東京へ向かいます」

 トラックは東名高速を疾走した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 早乙女と電話で話した。

 「レーダーが反応をロストした」
 「そうなのか!」
 「どうもきな臭いな。俺たちが釣り上げられた感じだ」
 「どういうことだ?」
 「ライカンスロープを察知するシステムを持ち、それがどのように連携し、どのように展開するのか。そういうことを知られた感じだよ」
 「なんだって!」
 「やられたな。敵はライカンスロープ反応を自在に隠せる機構を持っているようだ。便利屋がどう捉えるかだな」
 「分かった。何かあったら知らせる」
 「頼むぞ」

 敵の目論見の一部は分かった。
 俺たちのレーダー探知の有無と、その性能の一部を知られた。
 地方都市にも観測のシステムがあり、即座に偵察が行なわれるということだ。
 俺たちの攻撃手段の確認をしなかったのは、まだ「積荷」を喪いたくないためだ。
 今回は探査システムの有無が分かればいいのだろう。

 元の出発点も不明で、現在の車両の位置も不明だ。
 俺たちは誘き出され、間抜けな姿を晒しただけだった。

 「しかし、本当にレーダーシステムを観たかっただけなのか……」

 俺は、敵の狙いに不安を感じていた。
 俺の中の戦場の予感が、悲惨な未来を捉えていた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「はい、分かりました。それではよろしくお願いします」

 にーにがお世話になっているという研究機関の人から連絡が来た。
 にーにが治験という新薬の被験者になっていたことを初めて知った。
 治験を受けることが、私の病気を治すことの条件だったそうだ。
 にーにが無事に治験の仕事を終え、次に私を別な病院に移送する手続きに入るということだった。
 最新の治療法で、私の身体は治るらしい。
 にーにがもうすぐ迎えに来てくれる。
 静岡から向かっているそうだ。

 「そうだ、石神さんに連絡しておこう」

 私はにーにのことを心配してくれている石神さんに電話をした。

 「石神さんですか? 先ほどにーにの言ってた研究機関の人から電話が来ました」
 「そうなんですか」
 「ええ。治験が終わって、これからにーにが私を迎えに来てくれるそうです」
 「なんですって!」
 「え、石神さん?」

 石神さんが驚いて叫んだ。
 
 「ちょっと待っていて下さい。俺がすぐに向かいますから」
 「ええ、でも今静岡から向かっているそうですから、到着が何時になるのかは……」
 「静岡!」
 「はい、あの、なにか?」
 
 石神さんがまた何か驚いているようだった。

 「花さん! いいですか、絶対に俺が行くまでそこを動かないで下さいね」
 「は、はい」
 「絶対ですよ!」
 「分かりました」

 石神さんが先日お会いした時とは全然違う、激しい雰囲気でおっしゃった。
 どういうことかは分からなかったが、にーにや私に関して大事なことを考えていることは確かだ。
 私は寝間着を着替えて待った。




 ベッドに腰かけてから、自分が一体どちらを待っているのか分からなくなった。
 にーになのか、石神さんなのか。
 そしてどちらも、あまり良くないことのようで不安になった。
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