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一番隊隊長 槙野 Ⅲ

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 「にーに!」

 花は俺の顔を見ると、いつだって嬉しそうに喜んで笑った。
 お袋は花を生んで数年で死に、親父も3年前に死んだ。
 花が21歳の歳だった。
 もう、その頃には入院していて、花は親父の葬儀にも出られなかった。
 花はそんな自分を不甲斐ないと嘆いて泣いた。

 花が生まれたと聞いた時、最初は戸惑った。
 親父とお袋は、俺に恥ずかしそうにしていた。
 でも、花の顔を見て、俺には太陽のように見えた。
 目を閉じて俺の指を握る花が、この世で最も大切なものだと分かった。

 「カワイイな!」

 親父とお袋も喜んでいた。
 喧嘩三昧で明け暮れていた俺は、唯一尊敬する人に花が生まれたことを話した。

 「そうか! おめでとう!」
 「はい! なんか、すげぇカワイイんですよ!」
 「アハハハハハ!」

 その人は笑って良かったなと言ってくれた。
 トラさん。

 喧嘩の強さもべらぼうで、1年の時から中学を締めている方。
 生意気な俺はトラさんに挑んで簡単に負けた。
 全然相手にならなかった。
 
 「お前、根性あるな」
 「え?」
 「まっすぐに向かって来やがる。そんな奴は少ないよ」
 「そうです?」
 「ああ。みんな何か狙って来るもんだ。お前は真直ぐだな」
 「そうですか!」
 「いつでも挑戦して来いよ。お前の喧嘩は気持ちがいいぜ」
 「ありがとうございます!」

 二度と挑戦することは無かった。
 ただ、トラさんのために戦いたかった。
 トラさんは忙しい(特に女相手が尋常じゃねぇ)のに、俺のために時間を作ってくれ、俺に勉強なんかも教えてくれた。
 物凄い量の問題集も貸してくれ、俺にガンガンやればいいんだと言った。
 その通りにしたら、学年でトップになった。
 トラさんが進学校に行ったので、俺も同じ高校に入った。
 トラさんが滅茶苦茶喜んでくれた。

 「花ちゃんは幾つになった?」
 「はい、3歳です」
 「今度見せてくれよ」
 「え、でも」
 「あんだよ?」
 「トラさんの女にはまだ早いっていうか」

 頭を殴られた。

 「お前! 俺のことを何だと思ってやがる!」
 「え? 淫獣?」
 「ばかやろう!」

 また殴られた。
 仕方なく家に呼んで花を見せた。
 花はトラさんを一目で気に入り、トラさんにベッタリだった。
 流石のお人だと思った。

 「おう、可愛い子だな!」
 「トラさん……」

 やっぱあんましトラさんには会わせないようにした。

 



 高校でトラさんは井上さんの「ルート20」に入っていた。
 だから俺もすぐに加わった。
 トラさんは一年生の時から特攻隊長だった。
 佐藤さんという先輩の話を聞き、俺はトラさんはやっぱスゲェと思った。
 鬼愚奈巣に殺された佐藤さんのために、トラさんは命懸けで戦った。

 特攻隊の入隊の儀式。
 俺は久し振りにトラさんに挑んだ。
 呆気なく負けたが、また気持ちのいい負けっぷりだった。

 「おし! 合格!」

 30分も遣り合っていた。
 そのことで、他のメンバーから賞賛された。

 「トラ相手にあそこまで持った奴は他に一人しかいねぇ!」
 「へぇ、誰です?」

 トラさんに抱き着いてタオルで汗を拭いている人がいた。
 八木保奈美さん。
 本当に綺麗な人だった。

 「あいつだよ。30分以上トラに向かってって、最後は気絶して終わった。スゲェ奴だ」
 「ほんとですね!」

 俺よりも身長は低く細い。
 とんでもない根性だ。

 「トラは、女相手にも手加減しねぇ」
 「はい」
 「保奈美はボロボロになっても向かってった」
 「すげぇですね」
 「愛してるからな、トラをよ」
 「ワハハハハハハ!」

 トラさんは、俺を一番隊の隊長にしてくれた。
 誰からも文句は出なかった。
 トラさんをみんなが尊敬していた。


 


 母親な死んで、俺は幼い妹の世話で、時々「ルート20」の集会に遅れたり出られなかったりした。
 土曜の夜8時からの集会だったが、花に夕飯を喰わせ風呂に入れたりしていると、遅れることがあった。
 また花がよく熱を出して、そういう時には行けなかった。
 特攻隊一番隊の隊長の責任は大きい。
 八番隊まである特攻隊の中でも、最も戦闘力の高い人間の集まりが一番隊だった。
 トラさんの刀だ。
 その隊長の俺が度々遅刻し、欠席することで、幹部の方々から批判が上がった。
 幹部会に呼ばれた。

 「トラ! 一番隊の隊長の槙野を変えろ!」

 井上さんが周りの批判から、トラさんに命じた。

 「出来ません!」
 「なんだと!」
 「トラ! 井上さんに逆らうのかよ!」
 「すいません! 一番隊の隊長は槙野に決めてるんです!」
 「その槙野がダラけてるからだろうがぁ!」
 「槙野はダラけてません!」
 「あんだとぉ!」

 俺は床に正座し、トラさんが他の幹部の方々から責められていた。

 「槙野は病気がちな妹を抱えてます!」
 「あ? それがどうかしたのかよ!」
 「俺たち! 大事な仲間のために頑張りますよね!」
 「なんだよ!」
 「槙野は妹のために何でもする奴ですよ! そんな奴が俺たちのために働かないわけがない!」
 「おい、トラ!」
 
 トラさんは怯まなかった。
 先輩もいる幹部の方々の前で、堂々と俺を庇った。

 「こいつがいなくて一番隊やチームがどうかなったとします」
 「とんでもねぇよな」
 「そうしたら、槙野は絶対に仇を討ちます! 俺は槙野をそう信頼してる!」
 「おい!」

 「槙野のお袋さんはこないだ亡くなった。だから槙野しか妹の面倒を看る奴はいないんです」
 「それは別な話だろう。「ルート20」にとっちゃ一番隊の……」
 「槙野しかいねぇ! こいつの真直ぐな心が俺たちを支えるんだ! こいつ以外に一番隊を任せられる奴はいねぇ!」

 俺は泣いていた。
 トラさんは本気で俺を信頼し、俺を庇ってくれている。
 そのことが嬉しかった。
 井上さんが笑っていた。

 「おい、トラ以上に特攻隊を率いる奴はいるか?」

 幹部の方々が黙っていた。

 「そうだよな! だったらトラを信じよう! 槙野! お前根性を見せろ! トラの期待に応えろ!」
 「はい!」

 俺は泣きながら土下座した。

 「槙野、これからも妹を優先でな。お前にはそれが一番大事なことだよ」
 「トラさん!」

 俺は大泣きした。
 幹部の方々も来て、俺の肩を叩いていった。
 みなさん、頑張れと言ってくれた。

 俺は最高の人に憧れることが出来た。
 最高のチームに入れてもらっていた。
 そのことを忘れたことは無い。


 


 花が小学校に上がり、俺も「ルート20」を抜けた。
 でも、俺はあの伝説のチームを忘れたことは無い。
 俺の青春であり、俺の誇りだ。

 高校を卒業し、俺は都内のバイク便の会社に入社出来た。
 好きなバイクを一日中乗り回せる。
 給料も結構良かった。
 
 だが、花が高校に入学し、体調が優れないことが多くなった。
 少し歩いただけで息切れがし、運動も出来なかった。
 俺が病院へ検査に連れて行き、花が重い病気に罹っていることを知った。
 肺の手術をした。
 でも、肺に出来た腫瘍は心臓を侵して行った。
 高校を中退し、家で静養させた。
 医者からは様子を観ようと言われた。
 心臓の病気で、経過によっては良くないことになると言われた。

 花には心臓の病気だとだけ伝えた。

 「ゆっくりしていれば問題ないらしいよ」
 「そうなんだ」
 「まあ、しばらく大人しくしてな。段々良くなるってさ」
 「そう! にーにがそう言うなら大人しくしてる!」
 「ああ」

 家事も俺がやった。
 花は自分でやりたがったが、療養のためだと断った。





 花の病気は不安だったが、家に帰ると花が明るく笑って迎えてくれた。
 社長さんに病気の妹がいると言うと、仕事の時間を調整してくれた。
 花と一緒に夕飯を食べ、いろいろな話をした。
 花は特に俺の「ルート20」での話を聞きたがった。
 同じ話を何度もしたが、花は毎回喜んだ。
 トラさんの話が特に好きだった。
 会いたいと言っていたが、生憎俺もトラさんの居場所を知らなかった。
 それに、トラさんは卒業と同時に、アメリカで傭兵になったと聞いた。
 探しようもなかった。

 昔のチームの仲間にもトラさんのことを尋ねたが、誰も知らなかった。
 トラさんが尊敬していた総長の井上さんも御存知なかった。

 「いつか会いたいね!」
 「そうだよな。本当にな」
 「うん! にーにが一番好きな人だもんね!」
 「おうよ!」

 花が「トラさん」と言って笑う顔が好きだった。
 いつか会いたいと本当に思っていた。
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