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一番隊隊長 槙野 Ⅱ
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「槙野健司さんですね」
「はい、宜しくお願いします!」
JOT(日本臓器移植ネットワーク)に当たり、他の民間の類似の団体も探した。
ある民間の臓器移植コーディネイトの団体から、心臓移植の可能性のある病院を紹介された。
早速そこへ行った。
白衣を着た医師が、話をしてくれた。
「妹さんの状態はよく分かりました。しかし、一般には心臓移植は非常に難しいのです」
「はい、それはもう分かっています! でも、何とかしなければ!」
「御気持ちはよく分かりますよ。それで一つの提案があるのですが」
「どんなことですか!」
アメリカの医療団体だと説明された。
そこでは、治験に承諾すれば、優先的に心臓移植を手配してもらえるのだと。
「本当ですか!」
「はい。大手の製薬メーカーが運営する団体で、そこの新薬の治験を受けてもらえれば、向こうのネットワークから優先的にドナーを回してもらえます」
「アメリカは臓器移植が盛んですよね!」
「よく御存知で。その通りです。日本の比ではありません。必ず妹さんは助かりますよ」
「ありがとうございます!」
俺は二つ返事で引き受け、すぐに用意された書類にサインをしていった。
「来週から、約1か月間の治験があります。それで宜しいですか?」
「はい、構いません」
「今回の治験は、肝臓病の薬のようです。副作用は恐らくありませんが、100%保証するものではありません」
「はい、分かりました」
「もちろん、何らかの副作用が万一出た場合には、全面的に費用を負担して治療いたしますので」
「はい!」
丁寧な説明と応対で、俺も安心した。
会社には1か月の休職を申し出たが、社長が有給扱いにしてくれると言ってくれた。
もう俺の有給は妹の入院でほとんど使い切ってしまっていたのだが、特別に計らってくれ、有難かった。
花の手術や渡航の費用は、治験の費用と差し引きにしてくれるらしい。
俺も貯金があまりないので、助かる。
もうダメかと思い始めていたが、本当に良い所を見つけることが出来た。
借金など何でもないが、とにかく花が助かる。
それで十分だ。
治験には何も持って行く必要が無いと言われた。
下着の替えすらいらないらしい。
逆に、携帯電話などは持ち込めないそうだ。
極秘の内容であるため、治験の期間は外部と連絡は出来ない。
花には心配いらないと連絡し、俺は出掛けて行った。
治験の場所は静岡の小さなホテルだった。
その場所も誰にも伝えてはならないと言われていた。
駅から送迎のバスが待っていて、同じ治験を受ける人間だろう5人と一緒に乗り込んだ。
2時間も乗って、ホテルに着いた。
白衣を着た人たちに出迎えられ、食堂で食事を頂いた。
食事の後で番号札を渡され、治験の説明を受けた。
別に難しいことはなく、毎朝朝食後に注射を打たれ、幾つかの薬を飲み、その後で検査を受ける。
午前中で全部終わり、あとは自由にしていていいそうだ。
食事は三食出て、部屋にはテレビやゲーム機などもある。
雑誌や漫画などもたくさんあった。
外出は流石に禁止で、酒も飲めない。
自動販売機は無料で、酒でなければ自由に飲んでいいそうだ。
治験を受けるのは、今バスで一緒だった5人。
お互いに自由に話すのも良いらしい。
自己紹介をし、下は19歳で、俺が一番年上だった。
全員男性で、治験を何度か経験している人がいた。
いつもこのようにのんびりしてお金が貰えるのだと教えてくれた。
「今まで副作用とかは無いですよ。検査で完璧に見ていてくれますしね」
「そうなんですか」
「これまで無かったけど、万一副作用の兆候が出たら、そこで治験は終了です。もちろん、お金は全額もらえます」
「へぇ、じゃあ安全なんですね」
「そうですよ!」
35歳というその経験者は、今回の肝臓の薬はどういうものだと思うと幾つかの薬品の名前を挙げていた。
本当に詳しい人らしい。
それに俺と年齢が近く、他は10代と20代だったので、俺に親し気に話してくれた。
近藤さんというその人は、話し好きな明るい人だった。
その日は検査を少しした程度で、そのままみんな自室にこもった。
夕飯でまた一緒になり、互いにいろいろ話して仲良くなった。
これから1か月も一緒にいるのだ。
近藤さんが俺の部屋を訪ねて来た。
「槙野さん、ホテルの出口が全部施錠されてました」
「え?」
「まあ、外出は禁止なので不思議ではないのですが、僕が開けようとしたら警備の人が来て」
「そうなんですか」
「結構厳重ですね。これは相当規模の大きな製薬ですよ」
「はぁ」
少し話して、近藤さんは出て行った。
よくは分からないが、まあ1か月の辛抱だ。
俺はその後の花の渡航や、自分もついていくことになるだろうと考えていた。
会社は多分続けて休まなければならない。
でも、花が治るのならば、どうでもいい。
社長にはお世話になっているので申し訳ないが、話せば分かってくれるだろう。
俺は安心したせいか、久し振りにぐっすりと眠った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三週間が過ぎ、俺も他の治験者ものんびりと過ごしていた。
食事は毎回美味しく、欲しい物は大抵手に入り、漫画に飽きた俺は、昔トラさんに借りたモーリアックの『テレーズ・デスケルウ』を読み始めた。
そういうものも、言えばすぐに手に入った。
起床時刻は決まっていたが、就寝時刻は自由だった。
だからゲームを一晩中やっている人間もいる。
午後には好きに寝れるので、支障は無いようだ。
アダルトDVDなどもあった。
近藤さんは、普通は自慰行為は禁じられるので、珍しいと言って喜んでいた。
俺は『テレーズ・デスケルウ』を夢中で読んだ。
昔は分からなかったが、今読み返すと、トラさんが言っていたことがよく分かった。
「槙野、これは神を喪った現代社会の物語なんだよ」
「そうなんっすか」
「神に従うことが昔の人間の幸福だった。でも現代は自分で考えるようになった」
「はぁ」
「だから、自分の好き嫌いで物事を判断するってな。そうなりゃ人間関係は終わりよ」
「なるほど」
当時は全然分からなかったが、トラさんが言う自分の考えが不幸を招くということが良く分かった。
俺たちは神を喪ったのだ。
「槙野、だけどな、今だって自分以外のものを大事にする奴は幸せになれるよ」
「そうなんですか!」
「自分が大事なら「好き嫌い」しかねぇ。でも、お前には花ちゃんがいるだろ?」
「はい!」
「花ちゃんを大事にしろよ。そうすりゃ、お前の人生は完成だ」
「はい!」
本当にトラさんの言う通りだった。
俺は花のために生きて来た。
そうしたら、俺は毎日が幸せだった。
トラさんはやっぱり最高だ。
「花……」
無性に花に会いたかった。
病気でやつれてしまった花。
もう少し待っていてくれ。
俺が必ず助けるから。
その夜、花がトラさんと一緒にいて笑っている夢を見た。
最高の夢だった。
そして翌朝、俺は変貌した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
槙野の行方は杳として知れなかった。
探偵事務所を使い、早乙女にも頼んで警察に協力してもらった。
槙野があちこちの臓器移植の団体を訪ねていたことは分かった。
相当な労力を払っていた。
妹の花のために必死だったのだろう。
槙野が花や会社の社長さんに言っていた「一ヶ月」になろうとしていた。
俺は槙野を見つけた。
見つけたくはなかった。
「はい、宜しくお願いします!」
JOT(日本臓器移植ネットワーク)に当たり、他の民間の類似の団体も探した。
ある民間の臓器移植コーディネイトの団体から、心臓移植の可能性のある病院を紹介された。
早速そこへ行った。
白衣を着た医師が、話をしてくれた。
「妹さんの状態はよく分かりました。しかし、一般には心臓移植は非常に難しいのです」
「はい、それはもう分かっています! でも、何とかしなければ!」
「御気持ちはよく分かりますよ。それで一つの提案があるのですが」
「どんなことですか!」
アメリカの医療団体だと説明された。
そこでは、治験に承諾すれば、優先的に心臓移植を手配してもらえるのだと。
「本当ですか!」
「はい。大手の製薬メーカーが運営する団体で、そこの新薬の治験を受けてもらえれば、向こうのネットワークから優先的にドナーを回してもらえます」
「アメリカは臓器移植が盛んですよね!」
「よく御存知で。その通りです。日本の比ではありません。必ず妹さんは助かりますよ」
「ありがとうございます!」
俺は二つ返事で引き受け、すぐに用意された書類にサインをしていった。
「来週から、約1か月間の治験があります。それで宜しいですか?」
「はい、構いません」
「今回の治験は、肝臓病の薬のようです。副作用は恐らくありませんが、100%保証するものではありません」
「はい、分かりました」
「もちろん、何らかの副作用が万一出た場合には、全面的に費用を負担して治療いたしますので」
「はい!」
丁寧な説明と応対で、俺も安心した。
会社には1か月の休職を申し出たが、社長が有給扱いにしてくれると言ってくれた。
もう俺の有給は妹の入院でほとんど使い切ってしまっていたのだが、特別に計らってくれ、有難かった。
花の手術や渡航の費用は、治験の費用と差し引きにしてくれるらしい。
俺も貯金があまりないので、助かる。
もうダメかと思い始めていたが、本当に良い所を見つけることが出来た。
借金など何でもないが、とにかく花が助かる。
それで十分だ。
治験には何も持って行く必要が無いと言われた。
下着の替えすらいらないらしい。
逆に、携帯電話などは持ち込めないそうだ。
極秘の内容であるため、治験の期間は外部と連絡は出来ない。
花には心配いらないと連絡し、俺は出掛けて行った。
治験の場所は静岡の小さなホテルだった。
その場所も誰にも伝えてはならないと言われていた。
駅から送迎のバスが待っていて、同じ治験を受ける人間だろう5人と一緒に乗り込んだ。
2時間も乗って、ホテルに着いた。
白衣を着た人たちに出迎えられ、食堂で食事を頂いた。
食事の後で番号札を渡され、治験の説明を受けた。
別に難しいことはなく、毎朝朝食後に注射を打たれ、幾つかの薬を飲み、その後で検査を受ける。
午前中で全部終わり、あとは自由にしていていいそうだ。
食事は三食出て、部屋にはテレビやゲーム機などもある。
雑誌や漫画などもたくさんあった。
外出は流石に禁止で、酒も飲めない。
自動販売機は無料で、酒でなければ自由に飲んでいいそうだ。
治験を受けるのは、今バスで一緒だった5人。
お互いに自由に話すのも良いらしい。
自己紹介をし、下は19歳で、俺が一番年上だった。
全員男性で、治験を何度か経験している人がいた。
いつもこのようにのんびりしてお金が貰えるのだと教えてくれた。
「今まで副作用とかは無いですよ。検査で完璧に見ていてくれますしね」
「そうなんですか」
「これまで無かったけど、万一副作用の兆候が出たら、そこで治験は終了です。もちろん、お金は全額もらえます」
「へぇ、じゃあ安全なんですね」
「そうですよ!」
35歳というその経験者は、今回の肝臓の薬はどういうものだと思うと幾つかの薬品の名前を挙げていた。
本当に詳しい人らしい。
それに俺と年齢が近く、他は10代と20代だったので、俺に親し気に話してくれた。
近藤さんというその人は、話し好きな明るい人だった。
その日は検査を少しした程度で、そのままみんな自室にこもった。
夕飯でまた一緒になり、互いにいろいろ話して仲良くなった。
これから1か月も一緒にいるのだ。
近藤さんが俺の部屋を訪ねて来た。
「槙野さん、ホテルの出口が全部施錠されてました」
「え?」
「まあ、外出は禁止なので不思議ではないのですが、僕が開けようとしたら警備の人が来て」
「そうなんですか」
「結構厳重ですね。これは相当規模の大きな製薬ですよ」
「はぁ」
少し話して、近藤さんは出て行った。
よくは分からないが、まあ1か月の辛抱だ。
俺はその後の花の渡航や、自分もついていくことになるだろうと考えていた。
会社は多分続けて休まなければならない。
でも、花が治るのならば、どうでもいい。
社長にはお世話になっているので申し訳ないが、話せば分かってくれるだろう。
俺は安心したせいか、久し振りにぐっすりと眠った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三週間が過ぎ、俺も他の治験者ものんびりと過ごしていた。
食事は毎回美味しく、欲しい物は大抵手に入り、漫画に飽きた俺は、昔トラさんに借りたモーリアックの『テレーズ・デスケルウ』を読み始めた。
そういうものも、言えばすぐに手に入った。
起床時刻は決まっていたが、就寝時刻は自由だった。
だからゲームを一晩中やっている人間もいる。
午後には好きに寝れるので、支障は無いようだ。
アダルトDVDなどもあった。
近藤さんは、普通は自慰行為は禁じられるので、珍しいと言って喜んでいた。
俺は『テレーズ・デスケルウ』を夢中で読んだ。
昔は分からなかったが、今読み返すと、トラさんが言っていたことがよく分かった。
「槙野、これは神を喪った現代社会の物語なんだよ」
「そうなんっすか」
「神に従うことが昔の人間の幸福だった。でも現代は自分で考えるようになった」
「はぁ」
「だから、自分の好き嫌いで物事を判断するってな。そうなりゃ人間関係は終わりよ」
「なるほど」
当時は全然分からなかったが、トラさんが言う自分の考えが不幸を招くということが良く分かった。
俺たちは神を喪ったのだ。
「槙野、だけどな、今だって自分以外のものを大事にする奴は幸せになれるよ」
「そうなんですか!」
「自分が大事なら「好き嫌い」しかねぇ。でも、お前には花ちゃんがいるだろ?」
「はい!」
「花ちゃんを大事にしろよ。そうすりゃ、お前の人生は完成だ」
「はい!」
本当にトラさんの言う通りだった。
俺は花のために生きて来た。
そうしたら、俺は毎日が幸せだった。
トラさんはやっぱり最高だ。
「花……」
無性に花に会いたかった。
病気でやつれてしまった花。
もう少し待っていてくれ。
俺が必ず助けるから。
その夜、花がトラさんと一緒にいて笑っている夢を見た。
最高の夢だった。
そして翌朝、俺は変貌した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
槙野の行方は杳として知れなかった。
探偵事務所を使い、早乙女にも頼んで警察に協力してもらった。
槙野があちこちの臓器移植の団体を訪ねていたことは分かった。
相当な労力を払っていた。
妹の花のために必死だったのだろう。
槙野が花や会社の社長さんに言っていた「一ヶ月」になろうとしていた。
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