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 「ギャハハハハハ! なんだ、これ!」
 「今時なぁ!」
 「ハズイ奴がいるな!」
 「お、出てくんぞ!」

 三菱ふそう スーパーグレード/ウィング・バン。
 アイボリーの塗装に、左側面に鮮やかな紅色の「保奈美 命」の文字。
 右側面には紅色の虎。
 高い運転席から、身長150センチほどの小柄な女が下りてきた。

 「「「「ギャハハハハハハハ!」」」」

 4人の男が女性を見て大笑いする。
 不快そうに男たちを睨む女性。

 「なんだ、お前ら?」
 「お前のトラックかよ」
 「そうだ。文句あるのか」
 「あるに決まってんだろう! なんだこのチビ女!」
 
 「俺よ、トラックからチビが下りてくると頭に来んだよな」
 「俺も!」
 
 「うせろ!」
 「あ?」

 男たちがボディの文字を冷やかす。

 「どんな男かと思ってたらよ、お前女じゃねぇか」
 「だからなんだよ」
 「レズ? 百合なの?」

 男たちは相手が小柄な女性だと見て、完全にバカにしていた。
 男の一人がパネルにハイキックをかました。

 「何すんだぁ!」

 もう一人が笑いながら女性を突き飛ばした。
 女性が後ろに倒される。

 「ゴラァ! 生意気なんだよ、てめぇ!」
 
 男たちが転がった女性を囲んだ。
 女性は怯まずに立ち上がり、運転席のドアを開けた。
 男の一人が後ろから肩を掴んだ瞬間、女性が振り向いて男の頭頂部に何かを振り下ろした。

 グシャ

 殴られた男が盛大に血を噴き上げて倒れた。

 「てめぇ!」
 
 「来い!」

 小柄な女性が獰猛に笑って、大きなモンキーレンチを肩に担いだ。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 11月の第3週の水曜日の晩。
 久しぶりに御堂と酒を飲んでいた。
 ホテルオークラの九兵衛の個室だ。
 御堂は九兵衛の食事が大好きだった。

 「やっと、「大規模テロ非常事態特別法」が国会を通りそうだよ」
 「随分と手間を掛けたな」
 「とんでもない。僕の方こそ石神を待たせてしまった」

 「大規模テロ非常事態特別法」、通称「虎の軍法」は、「業」の脅威に対する「虎」の軍の日本国における自由な行動を認める法案だった。
 度重なる「業」の攻撃に対し、「虎」の軍が何度も危機を救ってきたことに端を発している。
 そこから、より迅速に、大規模にテロ行為や攻撃に対応できるように、治外法権的な面も含めて「虎」の軍の自由行動を大幅に認める法案だった。
 野党はほとんどいないので自由党の独断ではあったが、何しろ米軍以上の日本国家以外の軍の自由を認める点に於いて、自由党内部でも意見が多数挙がった。
 最も意見が割れたのは、「虎」の軍の出動基準だった。
 誰が要請するのか、どのように判断するのか、その責任を誰が担うのか。
 御堂は最初から、その決定を「虎」の軍に一任すると言っていた。
 しかし、そうすれば「虎」の軍は日本国内で自由に戦闘行動を繰り広げ、極端に言えば軍事クーデターすら可能だ。
 反対に、もしも「虎」の軍が日本国の要請でしか動けないとなれば、必ず支障を来す。
 戦闘が始まってからでは、後手に回ってしまう。
 結局は、御堂の希望通り、「虎」の軍の判断に全面的に任せる法案となった。

 一つは、アメリカ合衆国が全面的に「虎」の軍の自由行動を認めたことと、ヨーロッパの多くの国でそれに追随したことで、日本国内でも「虎」の軍の自由行動が認められた。
 もう一つは南アフリカ共和国での軍事クーデターの実施だった。
 もう、世界で「虎」の軍の行動を止める国は存在しない。
 その事実が、日本国内で「虎」の軍の自由行動を認め、更には協力して守ってもらおうという機運に繋がった。

 「もう「虎」の軍を止めるものは無くなるよ」
 「ありがとうな」

 話題を変え、俺は家でのこと御堂に話し、また最近多くなった軍事行動の詳細を御堂に伝えた。
 
 「柳が「オロチストライク」を完成させてさ」
 「ああ」
 「密かに「オロチ大ストライク」を開発して、それも成功した」
 「うん」
 「でも、双子がまた秘密でより大規模な「オロチブレイカー」を開発しててなぁ。柳が大ショックだったよ」
 「アハハハハハ!」

 御堂が大笑いした。

 「まあ、柳はまだまだやるよ。あいつの根性には俺も驚くぜ」
 「澪に似たんだろう。一生懸命なところはね」
 「お前もそうだろう」
 「そんなことはないよ」

 俺は御堂がどれほどの努力家か知っている。
 それを決して他人には見せない人間なだけだ。
 新しい料理が運ばれてきて、一旦会話を中止する。
 テーブルに並べられ、店員が個室を出て行った。

 「ああ、石神、ちょっと話しておきたいことがあるんだ」
 「なんだ?」
 「うちの運送会社なんだけど」
 「ああ、御堂運輸か?」

 御堂グループの運輸部門の会社であり、既存の多くの運送会社を統合して作った。

 「うん。こないだね、御殿場の食堂で暴力事件を起こしてしまって」
 「そうなのか」

 御殿場の、トラック野郎たちがよく使う国道沿いの食堂がある。
 値段が手ごろで、しかも非常に美味く量も多いので評判の高く人気のある店だ。
 それに、24時間営業で、深夜も走り続ける運送業の人間には重宝されている。
 当然、大型トラックが停められる広い駐車場も多い。

 「運送の人間は荒っぽいのも多いからね」
 「ああ、元は別な会社だったのを御堂グループに引き込んだんだろう?」
 「そうなんだ。恥ずかしながら、僕も実態を詳しくは把握していないんだ」
 「まあ、それは仕方がないだろう」

 運送業は産業の根幹を為す事業なので、御堂グループでは初期から積極的に運送業者を引き入れてきた。
 大きな会社が中核になっていたが、小さな運送業者も多数参入させた関係で、中には質の良くない所もあるのだろう。
 「御堂運輸」という会社組織に統合・編入しているが、今後は再編成が必要ということが明らかになった。
 御堂が言うには、これまでも小さなトラブルは多発していたらしい。
 荷の遅れや破損、中には紛失もあった。
 会社組織としての、一貫したポリシーが浸透していない。
 運送業は個人経営も多く、そうした業者が玉石混交状態になっている。

 「被害者の方は、女性のトラック運転手なんだ」
 「そうなのか」

 女性で大型トラックを運転する人間も中にはいるが、相当な根性だ。
 男社会に決まっている運送業で、最前線で女性が働くのは大変だ。
 これまでも、嫌な目に遭ったことは沢山あるだろうと想像した。

 「酷い状況だったんだよ。眼底骨折と頬骨にもひびが入っている」
 「本気で女の顔を殴ったということか」
 
 まあ、俺もやるが。

 「うん。肋骨も何か所か折れてて、それとお腹も蹴られて、小腸と胃に内出血もあった。4人がかりでやったんだ」
 「酷ぇな!」

 御堂がうなずく。

 「相手の男たちは全員捕まってるのか?」
 「うん」
 「逃げなかったのか」

 御堂が間をおいて俺を見た。

 「いや、それがね。一人は脳挫傷で」
 「え?」
 「もう一人は脊髄損傷、他の二人は肋骨や手足の骨が何本も折れてて動けなかったんだ」
 「なんだって?」
 「その女性が、大きなモンキーレンチでやったらしいよ」
 「おい、すげぇ奴だな!」

 御堂が薄く笑った。
 御堂も感心しているらしい。
 本当に、相当な根性だ。
 俺も笑った。

 「切っ掛けは、その女性のトラックに書かれている文字をバカにしたそうなんだ」
 「へぇ」
 「降りて来た女性を囲んでさ。一人がトラックのパネルを蹴ったらしいよ。そうしたら、女性が怒ってね。男たちが女性を突き飛ばして、女性がモンキーレンチを持ち出して喧嘩になった」
 「そうなのか」

 御堂が笑った。

 「でも、4人がかりでなんてとんでもないよ。僕も見舞いに行って謝ったんだ」
 「おい、お前がわざわざ行ったのかよ」

 御堂は相当に忙しい。
 自分のグループの不祥事とはいえ、わざわざ総帥の御堂自身が行ったとは。
 こいつの誠実さは半端じゃない。

 「それで、石神の病院で治療をして欲しいんだ」
 「もちろんいいよ。絶対に後遺症が出ないようにするよ」
 「頼む。本当に申し訳なくて」
 「腕のいい鍼灸師も呼ぼう。病院じゃ手が出ない症状も緩和するからな」
 「助かるよ。石神の病院なら安心だ」
 「ああ、任せろ」

 俺は早速移送の手続きをすると言った。

 「その人、ああ、その被害者の女性は美住茜(みすみ あかね)さんと言うんだけど……」


 「ニャンダトォオオオーーー!」


 「おい、石神?」

 でかい声で叫んだのを聞いて店の人が来たので、俺が手を振って謝った。
 驚いたなんてものじゃなかった。

 「じゃあ、4人がバカにしたっていうのは「保奈美 命」って文字かぁ!」
 「あ、ああ、確かそうだ! あの人を知ってるのか!」
 「茜だったかぁ!」

 御堂が何が何だか分からずに俺を見ていた。
 俺は大笑いし、俺と茜、保奈美との関係を話した。
 俺が暴走族「ルート20」で保奈美と付き合い、俺たちの妹分のような女が茜だと言った。
 御堂も驚き、そして大笑いした。

 「茜は「R20運送」だろ?」
 「ああ、その会社の人だと聞いたよ。そういえば、石神のチームの名前からだったのか」
 「茜はなかなかバイクの中免が取れなくてさ、ずっと保奈美にもらったモンキーに乗ってたんだ」
 「そうなんだ」
 「井上さんに再会して、茜が大型を取ったって聞いてよ! バイクかと思ったらトラックの大型だったのな」
 「アハハハハハハ!」

 俺は懐かしく、保奈美と茜の思い出を御堂に話した。
 御堂が嬉しそうに聞いてくれた。
 
 俺たちはまた笑い、不思議な縁に喜んだ。





 翌日に俺が茜に連絡すると、茜が大泣きした。
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