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道間家 墓参と宴

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 あれほどの巨大な落雷を喰らいながら、石神家の剣士たちは全員何の異常も無かった。
 でたらめに頑丈な人たちだ。
 結局「剣の舞」の意味も何も分からず、虎白さんたちは帰ると言った。
 だから俺が頼んだ。

 「あの、良かったら親父の墓を参ってくれませんか?」
 「ああ、そう言えばここに建てたんだったな」

 虎白さんが何とも言えない顔をしていた。
 顔を歪め、懐かしく、悲しく、悔しく、嬉しい。
 様々な思いが交錯しているのだろう。
 親父を知っている剣士たちも、同じような複雑な顔をしていた。

 五平所が墓参の準備をしてくれ、他の道間家の人間がマイクロバスや車を用意してくれた。
 みんなで道間家の菩提寺に向かう。
 俺は虎白さんとロールスロイスのクラウドⅢに乗った。
 麗星も来ると言ったが、産後の肥立ちに専念しろと断った。
 双子と天狼だけ連れて来る。
 俺が天狼を膝の上に乗せた。
 天狼は正面から俺に抱き着いて甘えた。

 「虎白さん、今日はありがとうございました」
 「いや、迷惑かけちまったな」
 「そんなことは」

 虎白さんが薄く笑っていた。

 「俺たちはこんなだよ。でも、これからも宜しくな」
 「こちらこそ」

 全員、道間家で着物を借りている。
 ずぶ濡れの剣士たちの着物は、今頃道間家で何とかしてくれているだろう。

 「虎影の墓参りも初めてだな」
 「はい」
 「どうにもよ、来られなかったよ」
 「そうですか」
 「お前が兄貴の一部を手に入れてくれたんだよな」
 「はい。髪の毛と、身体のほんの少しですけどね」
 「頑張ったな」

 虎白さんが珍しく微笑んで俺の頭を撫でてくれた。
 まるで、子どもを褒めるかのように。

 「娘の亜紀ちゃんが頑張ってくれたんですよ。心臓を斬られたのに、親父と戦ってくれた」
 「そうか」
 「俺はダメでしたよ。どうしたって、親父を殺せなかった」
 「そうか」
 「親父を苦しませているのは分かっていたのに」
 
 虎白さんが俺の頭に手を置いて言った。

 「俺にも無理だったろうよ」
 「え?」
 「兄貴は斬れねぇよ。神でも仏でも斬る自信はあるんだけどな」
 「……」

 虎白さんは、俺ではなく遠い景色を見て、そう言った。
 




 寺に着き、運転して来た道間家の人間は駐車場に残り、俺たちだけで墓参りに向かった。
 急に来たのに、墓は綺麗になっていた。
 花も瑞々しく、毎日誰かが世話をしてくれていることが分かった。
 それを見て虎白さんが言った。

 「なんだ、随分と兄貴は大事にされてるんだな」
 「そうですね」

 虎白さんが綺麗な墓石に水を注ぎ、丁寧に拭った。
 他の剣士たちもそれぞれに布で磨いて行く。
 俺も花を入れ替えて、線香の準備をした。
 虎白さんに断って、般若心経を唱える。
 全員が唱和した。

 「親父、虎白さんたち石神家の剣士が来てくれたよ」

 俺が墓に話しかけると、俺の横で虎白さんが叫んだ。

 「アニキィーーーー!」

 墓石に抱き着き、号泣した。
 後ろで剣士たちも泣いていた。
 虎白さんは一言叫んだだけで、そのまま泣いていた。
 他の剣士たちも、何も言わなかった。
 幼い天狼が、黙ってその様子を見ていた。
 天狼の目にも涙が光った。
 双子も号泣だった。

 30分もそのままでいた。
 虎白さんが立ち上がり、涙を拭った。

 「よし、帰るか」

 剣士たちが墓に一礼し、歩き始めた。
 どれだけの心の中の会話があったのかは分からない。
 でも、虎白さんたちは、各々に語り合ったのだろう。
 俺にはそれが分かった。

 道間家に戻り、祝宴をと言う五平所たちを断り、虎白さんたちは帰って行った。

 「高虎、しっかりやれよ」
 「はい! これからもお願いします」
 「おう、任せろ!」

 「天狼、早く大きくなれ」
 「はい!」

 虎白さんが優しい笑顔で天狼の頭を撫でた。

 「嬢ちゃんたちもまたな!」
 「「はい!」」

 双子が駆け寄って、虎白さんの頬にキスをした。
 双子の最高の愛情表現だ。
 虎白さんが嬉しそうに笑った。

 「タイガーファング」が夕暮れの中を飛び立って行った。





 道間家で「奈々」誕生の祝宴が開かれた。
 天狼の時と同様に、道間家の関連者が大勢集まる。
 俺が中心になって、祝い事を受けて行った。
 途中で麗星が奈々を連れて来て、盛大に祝われた。
 俺がまた命名の書を書かされ、披露した。

 「おい、どんどん喰えよな」
 「「うん!」」

 双子は遠慮なく食べている。
 料理が後から後から運ばれ、双子が狂喜している。
 助産婦さんもいらして、俺が挨拶に行った。

 「今回は火傷はないですよね?」
 「いいえ、しっかりと!」

 そう言って、パンツの裾を捲ってふくらはぎを見せてくれた。
 「リヒテンベルク図形」があった。
 両足にあるらしい。

 「二度もこのようなことがあるとは。最高に幸せです」
 「そうですか」

 二人で笑った。
 
 宴が盛り上がっている中で、少し席を外した。
 五平所に断って、麗星と奈々を見に行く。
 天狼の時とは違い、結界の中に俺が入っても良いそうだ。
 部屋へ入ると、麗星が奈々に授乳していた。

 「なんだ、もう母乳が出るのか」
 「はい。先ほどの落雷を見てから」
 「そうか。じゃあ、あれは良かったんだな」
 「ええ、少々驚きましたが」
 「俺もだよ!」

 二人で笑った。

 「ちょっと目論見が外れたな」
 「はい?」
 「お前は、次も男の子が欲しいと言ってたじゃないか」
 「まあ! 覚えていて下さったのですか!」
 「そりゃな。でも、女の子もいいな」
 「はい!」

 麗星は喪った二人の兄を欲していた。
 そして三人目が女の子であれば、自分の幸福だった時代を再現できるのではないかと思っていただろう。
 それは俺たちがどうにか出来ることではない。
 
 「あなた様との子であれば、いかようにも」
 「そうか」
 「この子にはこの子の人生があります」
 「そうだな」

 満腹し、奈々が乳房から口を話した。
 軽くげっぷをする。
 麗星が奈々を俺に預け、胸を戻した。

 「次はどっちでしょうかね?」

 麗星が笑顔で言った。

 「分からないよ。双子かもしれないしな」
 「ああ! その発想はございませんでした!」
 「そうかよ」
 「楽しみでございますね!」
 「そうだな!」

 二人で笑った。





 次の世代が生まれて行く。
 俺たちは、精一杯、この時代を良くして渡してやりたい。
 
 奈々が満足そうに眠っている。
 麗星が優しくそっと、奈々の小さな紅い唇にキスをした。





 さわれ夜闌けて眠る時、
 薔薇色の、天の御国の閾から
 小さな天使は顕れて、
 母さんと、しずかに呼んで喜んだ!……
 母も亦微笑みかえせば……小天使、やがて空へと辷り出で、
 雪の翼で舞いながら、母のそばまでやって来て
 その脣に、天使の脣をつけました……
 (アルチュール・ランボー『天使と子供』(中原中也訳))
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