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獅子丸の親友 Ⅲ

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 早乙女さんから川瀬のいる部屋には絶対に近づくなと言われた。
 でも、俺は待っていることが出来なかった。
 何か、物凄く悪いことが起きる。
 その予感で一杯になっていた。

 マンションの階段を駆け上がり、久美の部屋へ行く。
 インターホンを押しながら、片手でドアを叩いた。

 「おい! 開けてくれ! 頼む! 開けてくれ!」

 周囲に響くほど、ドアを叩いた。
 離れた部屋のドアが開いて、住人が何事かと俺を見る。
 俺はドアノブを回した。

 「!」

 ドアは開いた。
 すぐに部屋の中へ入る。
 土足のままだ。

 「川瀬! 久美!」

 玄関の短い廊下の向こうのドアを開いた。

 「おい! 川瀬!」

 でかい鬼がいた。
 それが川瀬であることはすぐに分かった。

 「何やってんだぁ!」

 川瀬は久美の背中の後ろにいた。
 大きな口から、大量のよだれが流れている。
 何をしようとしているのかが分かった。

 「やめろ! 久美! こっちへ来い!」

 久美は泣き顔で微笑んだ。

 「獅子丸ちゃん、いいの」
 「こっちへ来い!」
 「キーチャンね、ずっと我慢してたんだ。私はいいよって言ったのに」
 「何言ってんだ!」

 その「我慢」が何なのか分かる。

 「私ってバカだからさ。こんなことしかキーチャンのために出来ないし」
 「バカなことを言うな! こっちへ来い!」

 「いいんだって。キーチャン、ほんとうに私なんかのために我慢してたんだよ。頭がおかしくなるくらい」
 「おい!」

 「こんなバカでチビの私なのにさ。キーチャン、ずっと私を大事にしてくれてたんだ。だからもういいの」
 「何言ってんだよ! 久美!」

 「キーチャン、もういいよ。私を食べて」
 「グミ……」

 口が変わったせいか、言葉がおかしかった。
 川瀬は口を大きく開いた。

 「川瀬! やめろ!」

 俺は飛び出したが、川瀬が久美の頭を口の中に入れて顎を閉じた。
 久美の頭が半分無くなった。

 「川瀬ぇー!」

 俺が突き飛ばしても、川瀬は倒れなかった。
 強靭な足腰が、俺の渾身の力を防いでいる。
 久美の身体は川瀬に抱えられ、痙攣していた。
 
 それは苦しがっているのではなく、歓喜に喜んでいるかのようにも見えた。
 
 川瀬が口を外すと、久美の顔の上半分が無くなっていた。
 大量の血が床に零れた。

 「アァ、ヤッドラグニナッダ」

 川瀬だったモノがそう言った。

 「ヂヂバル、ジャアヤロウガ」
 「川瀬……」

 俺は鬼に突き飛ばされ、玄関のドアを破壊しながらぶっ飛んだ。
 背中に物凄い衝撃があった。
 鬼がゆっくりと出て来る。
 俺もメタモルフォーゼした。
 
 鬼の身体が膨らんで行く。
 さっきは俺と同じくらいの身長だったが、みるみる3メートルを超えた。

 「獅子丸! こっちへ降りて来い!」

 下から俺を呼ぶ声が聞こえた。
 でかい装甲車がマンションの敷地に入っていて、早乙女さんの他に二人の姿が見える。
 俺は一瞬鬼を見て、廊下から一気に下へ飛び降りた。
 鬼が背後で同様に飛び降りたのを感じた。

 着地した俺の足元が数メートルへこんだ。
 
 「早乙女さん! 川瀬が来ます!」
 「早霧! 斬れ!」
 「おう!」

 俺の傍に美しい女性が走って来た。
 両腕が人間のものではない。
 女性は俺を守るように背後に回った。
 数人の隊員がマンションの中へ走って行く。
 手に、見たことも無い剣のような武器を抱えていた。

 「逃げるな!」

 早霧と呼ばれた人が、剣を抜いて薙いだ。
 川瀬は途中の階の廊下の壁に掴まり、方向転換していた。
 凄まじいスピードで飛び、そのまま走って逃げた。
 早霧さんの攻撃か、川瀬が一瞬掴まった廊下の壁が大破した。 

 「ちきしょう!」

 早乙女さんが誰かと電話で話していた。

 「便利屋さんが掴んでる! 「ファブニール」に乗れ! 獅子丸もだ!」
 「はい!」

 俺たちは装甲車に乗り込んだ。
 運転は、先日面接してくれた成瀬さんだった。

 「獅子丸、俺はお前に表で待っていろと言ったよな?」

 早乙女さんが怖い顔で俺に言った。

 「すみません。親友とその彼女が心配で」
 「ばかやろう! お前、死ぬところだったんだぞ!」
 
 怒鳴られた。
 この人は俺のことを本当に心配してくれている。
 だけど……

 「親友だったんです! 久美もいい奴だったんです! だから俺は!」

 早乙女さんが俺を睨んでいる。
 早霧さんと俺を守ろうとしてくれた女性は、笑って俺を見ていた。

 「早乙女さん、こいつはまだ「アドヴェロス」じゃないですよ」
 「なんだと!」
 「だから早乙女さんの命令に従う義務はねぇ。そうでしょう?」
 「早霧、お前何を言ってるんだ!」
 
 「友を命懸けで守ろうって奴だ。俺は好きですね、こいつが」
 「私もです。ああ、私は愛鈴っていうの、よろしくね!」
 「お前ら!」

 早乙女さんが苦笑いしながら、俺に言った。

 「実を言えば俺もそうだよ。流石は石神が紹介して来る奴だ」
 「早乙女さんは本当に石神さんがお好きですよね」
 「そりゃそうだよ!」

 みんなが笑っていた。
 運転している成瀬さんも笑っている。

 「でもな! 今後は絶対に危険なことをするな! 俺がダメだと言ったら従ってくれ」
 「分かりました」
 
 早乙女さんから、さっきの詳しい話をするように言われた。
 俺は久美のマンションでのことを最初から話した。

 「早乙女さんに止められましたが、嫌な予感がして」
 「ああ」

 早乙女さんには分かっていたのだろうか。

 「久美は、川瀬がずっと「我慢」をしていたのだと言っていました」
 「なんだと? 脳髄を食べたくなる欲望を抑えていたのか!」
 「え、はい。久美は食べてもいいんだと何度も言っていたそうですが」
 「信じられん。「デミウルゴス」の末期症状を自分で抑えていたとは……」
 「あの、それって?」

 早乙女さんが説明してくれた。

 「「デミウルゴス」が人間の中に妖魔を埋めこむものだと話したよな?」
 「はい」
 「それが効果の無い人間もいる。まあ、続けていれば分からないけどな」
 「はい」

 「でも、一度妖魔化、俺たちはライカンスロープ現象と呼んでいるが、人間ではないものへの変身が始まれば、欲望が耐え難くなる」
 「それって……」
 「「デミウルゴス」でライカンスロープ現象が始まれば、定期的に人間の脳髄を喰いたくなるんだ。それは絶対に抑えられない」
 「そんな!」
 「川瀬の姿を観た。あれは末期の全身のライカンスロープ現象だ。ああなっては、既に何度も人間の脳髄を喰らっているはずなんだ。そうでなければ今度は自分の精神が耐えられない。結局狂って手当たり次第に誰かを襲うようになる」
 「川瀬は久美を襲わなかったんですよ!」
 「どれだけの期間なのか。でも君にライカンスロープ現象の話を聞いて、それは多分2か月前だよね? 今までの記録ではあり得ない」
 「……」

 「相当苦しんでいただろう。それでも必死に耐えていた。まあ、最後は結局こうなってしまったけどな」
 「川瀬……」

 久美が最期に微笑んでいた。
 川瀬が苦しんでいることに、久美は辛かったのだろう。
 自分の命を捧げてでも、川瀬に楽になって欲しかったのか。

 「久美は川瀬に喰われると知っていながら、喜んでいたんです」
 「そうか」
 
 早乙女さんたちが沈痛な顔をしていた。

 「この車はどこへ向かっているんですか?」
 「渋谷方面らしいな。川瀬が立ち寄りそうな場所は分かるか?」
 「よく行っていた店はありますが」
 「まあ、便利屋さんに追われているんだ。じきに分かるだろう」
 「そうですか……」

 しかし、その10分後。
 川瀬を見失ったという連絡を早乙女さんが受けた。

 「完全体から戻れる奴だったか」

 早乙女さんが呟いた。
 俺たちは、渋谷へそのまま向かった。
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