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獅子丸の親友 Ⅱ

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 「アドヴェロス」の建物を出て、ヒロユキが俺に言った。

 「獅子丸さん。川瀬さんのことを話しても良かったんですか?」
 「ああ。これからは早乙女さんたちにお世話になるんだ。隠し事は良くない」
 「でも、友達じゃないですか」
 「だからだよ。川瀬が道を踏み外したのなら、元に戻してやりたい」
 「なるほど!」

 ヒロユキは単純に喜んだ。
 でも、俺は実は複雑だった。
 川瀬が「デミウルゴス」に手を出していたことは知っている。
 その時は、それがどういうドラッグかはもちろん知らなかった。
 川瀬は肉体がとんでもなく強化されると聞いて、そのドラッグに手を出した。
 俺はもちろん止めたが、あいつは強くなることで他人の意見など聞き入れない。
 親友の俺であってもだ。

 でも、どんなことをしてもあの時に止めるべきだったことが分かった。
 早乙女さんから、あのドラッグの恐ろしさを聞いて、深く後悔した。

 「川瀬はまだ間に合うかな」
 「ああ、あのドラッグですか」
 「何とか助けてやりたいよ」
 「そうっすね」

 他の仲間たちも同様にうなずいている。

 「俺たちで探してみましょうよ」
 「そうだよな」
 「川瀬さん、渋谷が好きですから。きっとまだいますって」
 「ああ、探そう」

 悩んでいてもしょうがない。
 今は動いてみよう。
 俺はいい仲間を持っている。
 これからはこいつらと一緒に、真っ当に生きてみよう。

 「飯でも食いに行くか!」
 「「「「はい!」」」」

 トヨタのヴェルファイアに乗って、渋谷へ向かった。




 その日から、俺たちは手分けして川瀬の行方を捜した。
 「バイパー」の連中に当たり、何か知っていることは無いか聞いて回った。 
 
 「もう、1か月くらい連絡してないっすよ。バイバーも終わりかな」
 「そんなこと言うなよ。今まで楽しくやって来たじゃないか」
 「そうなんですけどね。でも、川瀬さん、まるで人が変わっちゃって」
 「そうらしいな」
 
 川瀬の下でサブリーダーだった三木に会っていた。
 三木も最近は渋谷に近づかず、やっと見つけた。

 「前から、そりゃ乱暴な人でしたけどね。でも俺ら仲間には滅多なことじゃ手を挙げなかった。それなのに、「デミウルゴス」なんか飲み始めて、どんどん変わっちゃって」
 「そうだってな。他の連中は「デミウルゴス」は使ってないのか?」
 「あれ、ヤバいですよ。普通のドラッグならともかく、噂じゃ人間じゃなくなるって」
 「ああ」

 新種のドラッグに手を出す人間はほとんどいない。
 みんな、噂を掴んでから恐る恐るだ。
 ある程度広まってから、一気に増える。
 クラブや飲み屋で配られるようになる。
 何でも最初に飛びつくのは、相当なジャンキーだけだ。
 川瀬もドラッグには手を出さない人間だったはずだ。
 だが、「肉体強化」という点で、我慢が出来なかったのだろう。

 「他の連中も、川瀬さんにはもう愛想を尽かしてますよ。ああ、久美はどうなのかな」
 「久美って、川瀬のイロか?」
 「ええ。ちょっと頭の弱い女ですからね。殴られたって川瀬さんから離れないかも」
 「久美の居場所って分かるか?」

 三木はスマホの連絡先を教えてくれた。

 「北新宿のマンションに住んでますよ」
 「そうか!」

 マンションの住所も教えてもらった。
 俺は礼を言って、そこへ向かった。




 北新宿のマンションはすぐに分かった。
 古い9階建てのマンションだ。
 エレベーターは無く、8階の久美の部屋まで階段で上がる。
 恐らく、上の階ほど家賃は安いのだろう。
 ワンフロアに20ほども部屋のある、大きなマンションだ。

 8階に着いてから、部屋番号を探してインターホンを押した。

 「はーい」

 久美が部屋にいた。
 ドアが開く。
 小柄な久美が顔を出した。
 化粧っ毛のない、髪もボサボサだ。
 昼なのに、まだ寝間着を着ていた。

 「俺だよ、獅子丸だ」

 久美とは何度も会っている。
 俺のことも知っている。
 小さな久美のことを、川瀬は可愛がっていた。

 「獅子丸さん!」
 「ちょっと川瀬を探しているんだ。何か知らないか?」
 「え、キーチャンを?」
 「ああ、最近全然連絡が取れなくてさ」
 「キーチャンはうちにいるけど?」
 「そうなのか!」

 俺は思わず大声で川瀬を呼んだ。

 「川瀬! 俺だ! 獅子丸だよ!」

 奥から重々しい足音が聞こえた。
 暗い玄関に、川瀬の大きなシルエットが見えた。

 「久美! 何で話した!」
 「あ! で、でも、あの獅子丸さんだよ?」
 「バカヤロウ!」

 久美が外へ吹っ飛んで来た。
 蹴り出されたのだろう。

 「川瀬!」
 「獅子丸! 何で来やがった!」
 「お前のことが心配で来たんだよ!」
 
 川瀬が姿を見せた。
 顔がどす黒く、全身が一層太くなっていた。
 服から見える手もまた黒かった。

 「川瀬、お前どうしたんだ!」
 「うるせぇよ。ああ、もうダメか」
 「何言ってんだ?」
 「久美、中へ入れ」
 「うん!」

 久美が痛めたのか腰を押さえながら嬉しそうに笑った。
 玄関へ入って行く。

 「獅子丸、また後で来てくれ」
 「あ、ああ」
 「俺はやることがある」
 「分かったよ。じゃあ、夜にでもまた来るからな」
 「それでいい」

 俺は川瀬が生きていることに安心していた。
 姿は少し変わっていたが、川瀬はまた俺と会うと言ってくれた。
 人間の意識を残しているように見えた。
 それが嬉しかった。





 早乙女さんに、川瀬を見つけたことを連絡した。

 「なんだと! 一人で会いに行ったのか!」
 「はい」
 「バカな! 無事か!」
 「ええ、少し話をしました」
 「すぐにハンターと行く! 君はマンションから出ていろ!」
 「はい? ああ、夜にまた会う約束をしたんです」
 「なんだって? おい、川瀬は一人なんだろうな?」
 「ああ、彼女と一緒ですよ。前からよく……」

 「すぐに行く! 獅子丸は絶対に部屋に近づくな!」
 「は、はい!」

 早乙女さんが慌てていた。
 俺は何が起きているのか分かっていなかった。

 そのことを、後に激しく後悔することになった。
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