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詐欺の女 Ⅱ

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 8時にまた石神家へ行った。
 刑事さんという人が一緒に来てくれた。
 これで大丈夫だ。

 「うちの娘の顔に傷をつけておいて、それはもう傲慢な態度で」
 「まあ、石神さんのお嬢さんですからね」
 「御金持だからって、許せませんわ!」
 「まあまあ。とにかく参りましょう」

 刑事さんは笑顔で一緒に歩いた。
 チャイムを押すと、すぐに門が開いた。
 玄関が開き、また亜紀が出迎える。

 「よく来たな!」
 「来るわよ! あなた、覚悟しなさいよ!」
 「分かってるよ。まあ、上がれ。小山内さんもご苦労様です」
 「いいえ。じゃあお邪魔しますね」

 なんだ?
 この刑事を知っているのか?
 今度は2階に案内された。
 大柄の男が食事をしていた。
 なんだ、こいつは!

 顔が見たこと無いくらい美しい。
 そして精悍だ。
 40歳前後で、長身長に逞しい身体。
 芸能人だって、こんないい男はいない。

 この男が石神か。
 傍でコーヒーを飲んでいる男がいる。
 この男もなかなかいい顔だ。
 石神と同じで背が高くて逞しい。

 「ああ、早乙女さんもいらしたんですか」
 「小山内さん。ご苦労様です」

 二人は顔見知りらしい。
 ということは早乙女と言う男も警察官か?

 他には石神の子どもたちらしい4人がいる。
 亜紀が小山内と言う刑事にコーヒーを出した。
 私と娘には何も出ない。
 石神が、その間に食事を終え、同じくコーヒーが出た。

 「ああ、悪かったな。さて、それでどういうことなんだ?」
 「石神さん。この武内さんがね、お宅のロボさんに傷をつけられたと言うんです」
 「ロボが?」
 「ええ。一応写真を撮ったということで、今日はお持ちしました」

 「刑事さん! それは裁判の資料ですよ!」
 「いえ、そうはなりませんから」
 「でも!」

 私が言ってもダメだった。
 小山内はUSBメモリーを出し、亜紀がパソコンを持って来て繋いだ。

 画像は白いネコが映っている。
 そして娘が叫び、白いネコが去っていく。
 娘の顔のアップ。
 4筋の深い傷跡から血が流れている。

 「へぇー」
 「これ、解析しましたが、編集されていますね」
 「そうだろうなぁ」
 「刑事さん!」

 「武内さん。警察でちゃんと調べました。同時に撮ったとしたら、明るさが違うんですよ。それにデジタルの動画ですからね。繋げれば当然その痕跡は残るんです」
 「え?」
 「これは別な日に撮られたものを繋いでますよね?」
 「い、いいえ……」

 「裁判の証拠になります」
 「そ、そんな……」

 「先ほど、亜紀さんからあなたが昼間訪問した際の録画のデータを頂きました。武内好美! 脅迫、詐欺の現行犯、および傷害の容疑で逮捕する!」
 「え!」
 
 刑事が紙を出して私に見せた。

 「10月〇〇日午後8時12分! あなたには黙秘の権利、また弁護士を……」

 私は何が起きたか分からなかった。
 石神から慰謝料をもらうはずだったのに。
 どうしてこうなったのか。

 「武内、お前この方がどういう人か知らなかったとはいえ、あんな雑なやり方で本当に金を貰えると思ったのか?」
 「……」

 なんだか分からないが、あの白いネコが私を見て唸っている。

 「あのなぁ。このロボさんに本当に襲われたら、何も残ってないぞ?」
 「はい?」
 「まあ、知らなかったんだろうけどな」

 石神がネコを押さえ宥めていた。
 どういうことか、何も分からない。

 「つまらん茶番だったな」
 「まったくです。石神さん、お手数をお掛けしました」
 「この女の親権は剥奪できるか?」

 石神が思いも寄らないことを言った。

 「はい、裁判で自分の娘の顔にこんな傷を付けたことが立証されれば」
 「そうか。なあ、君は何と言う名前だ?」

 石神が優しい顔で娘に声を掛けた。

 「雛美です」

 「そうか。どれ、傷を見せてくれ」

 そう言うと、石神が雛美の包帯を解いた。

 「酷いことをするな。痛かっただろう?」
 「はい」
 「でも心配するな、俺が綺麗に治してやる」
 「ほんとですか!」
 「ああ。もう大丈夫だぞ」
 「はい!」

 雛美が喜んで笑った。

 「小山内さん。この子はうちの病院で取り敢えず保護するよ。手続きを頼んでもいいかな?」
 「はい! ありがとうございます!」
 「その後のことは、また相談しよう。雛美ちゃん、もう心配はいらないぞ」
 「ありがとうございます!」

 ろくに育てもしなかったが、雛美の喜んだ態度は頭に来た。

 「夕飯は?」
 「食べてません。大体お昼だけですから」
 「そうなのか!」

 石神は立ち上がって、すぐにキッチンに入った。
 手際よく何かを作っている。
 ステーキと付け合わせが出て来た。
 亜紀がスープを作った。

 「悪いな、もうご飯が無いんだ。パンで我慢してくれな」
 「美味しそう!」

 雛美が嬉しそうに笑った。
 がっつくように食べ始める。

 「おい、お前も喰ってけよ」
 「!」

 私の前にも同じ皿が出た。

 「小山内さん、ちょっと待ってくれな」
 「構いませんよ!」

 食事は美味かった。
 こんなに美味いものは久しぶりだった。

 食事を終え、私は刑事に連れられて行った。
 門の外にパトカーが停まっていて、そこに入れられた。
 最初から私は逮捕される流れだったことが分かった。

 「本来は手錠をはめるんだけどな。娘さんの前だ。石神さんが辞めてくれと言った」
 「そうなんですか」
 「バカなことをしたな」
 「はい」

 自然に涙がこぼれた。
 
 「泣くようなことをした自分を反省しろ」
 「はい。申し訳ありませんでした」

 雛美が嬉しそうに笑っていた。
 自分には見せたことが無い笑顔だった。
 
 「私、本当にバカでした」
 「そうだな」
 
 まだ雛美が幼い頃、あんな笑顔で笑っていた気がする。
 どうして忘れてしまっていたのか。

 自分ばかりが不幸なつもりでいた。
 何もかも、自分のせいだと、今やっと分かった。





 実害は無かったとのことで、石神さんからの告訴は取り下げられた。
 でも私は自分が許せなかった。
 娘の雛美の顔を傷つけてしまった。

 執行猶予付きで、2年の実刑判決となった。
 
 裁判を終え、数か月ぶりに娘に再会出来た。

 「雛美! 顔の傷!」
 「うん! 石神先生が治してくれたよ!」
 「そうなの!」

 裁判の争点は雛美の養育権だった。
 犯罪のために娘の顔を傷つけた私には、娘を育てる権利は無いと言われた。
 仕方が無い。
 でもそれも、どういうわけか児童相談所の監察付きで、親権が戻された。

 石神さんも雛美と一緒にいた。

 「栃木でよ、知り合いのグループが今いろいろと人手不足なんだ。そっちへ行ってみないか?」
 「え?」
 「実は雛美は、そこの「暁園」ってところで預かってたんだよ。な?」
 「はい! 楽しかったです!」
 「雛美も慣れた土地だ。お前も一緒にそこで暮らしちゃどうだよ?」
 「石神さん!」
 「大きなレストランバーがあるんだ。そこのウェイトレスでもいいし、ああ、バギーカーの運転なんかもあるぜ」
 「本当ですか」
 「向こうに話は通してある。雛美と暮らせる家も用意出来るぞ」
 
 私は大泣きしてしまった。
 
 「雛美、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ……」
 「お母さん、もういいんだよ。また一緒に暮らそう!」
 「うん。本当にごめんね! もう絶対に雛美を悲しませないから!」
 「うん!」

 私は栃木に行き、「紅六花」グループの仕事を頂いた。
 「虎酔花」というレストランバーで働くようになった。
 最初は戸惑っていたが、みんな優しい人たちで、すぐに仕事に慣れた。
 いつか石神さんの恩返しがしたい。
 雛美といつもそう話している。
 それが、私たちの夢だ。
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