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怜花ちゃん、石神家へ

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 少し遡る8月下旬の木曜日。
 夕方に病院の俺へ早乙女から連絡が来た。

 「石神、仕事中に済まない」
 「いやいいよ。今日はもうそろそろ帰るし」
 「そうか! 実はな……」

 親戚で不幸があり、急いで雪野さんと出掛けなければならないらしい。
 それで田舎の家だそうで、二人はそこに泊めてもらうが、怜花までは連れて行けないそうだ。

 「ホテルなども全くない土地でな。石神なら託児所とか知っているんじゃないかと思って」
 「なんだ、それならうちで預かるよ」
 「え!」
 「なんだよ。散々ロボを預かってもらってるじゃないか。遠慮するなって」
 「でも、悪いよ」
 「おい、何言ってんだよ、親友」
 「石神!」

 電話の向こうで早乙女が泣きだしたのが分かった。
 相変わらず感情のままならない奴だ。
 以前はあんなにクールだったのに。
 雪野さんが電話を替わった。

 「石神さん、今久遠さんに聞きましたが」
 「ああ、遠慮なくうちに預けて下さいよ。俺は明日も仕事ですが、子どもたちはまだ夏休みでずっと家にいますから。皇紀はヒキコモリだし」
 「ウフフフ。じゃあ、本当にお願いしてもよろしいですか?」
 「任せて下さい」

 そういうことになった。




 6時過ぎに家に帰ると、すぐに早乙女達が来た。

 「石神! 本当にありがとう!」
 
 早乙女がまた涙ぐんだ。

 「明日の朝に出発するんだけど」
 「分かった。じゃあ連れて来てくれよ」
 「うん、本当に助かる! 石神の家なら安心だ」
 「そんなこと。心配しないで行って来い」

 本当はラン・スー・ミキもいるのだが、彼女らはバカでかい邸宅の維持で結構忙しい。
 ちゃんと怜花の面倒は見るのだが、早乙女達は誰かが常に傍にいてくれた方が安心だ。
 早乙女達が帰り、子どもたちを集めた。

 「明日から日曜日まで怜花を預かるからな」
 「「「「「はい!」」」」」

 「えーと、何か予定がある奴はいるか?」

 「タカさん、私たち、土曜日から「人生研究会」の丹沢キャンプが」
 「あー、そうだったな」
 
 双子が子ども同士で丹沢でキャンプすると聞いていた。
 主に「花岡」の鍛錬と勉強会をするはずだ。
 時々行っているし、勉強会は結構本格的なものだ。
 実際に政治家や官僚を招いての講演会などを開いている。
 今後政治や行政、司法など各分野で活躍する人材育成をしている。
 どうなることやら。

 「タカさん、僕もまたフィリピンへ行くんですが」
 「そうだったなー」

 皇紀はフィリピンの「虎」の軍基地の建設の視察に行く。
 もう防衛システムを配置出来るほどに進んでいるのだ。

 「風俗行くなよ!」
 「はい!」

 まあ、行ってもいいけど。

 「亜紀ちゃんと柳はどうだ?」
 「大丈夫ですよー」
 「私もいます」

 「じゃあ、土日は俺たちでな」
 「「はい!」」

 そういう感じだった。




 金曜の朝に早乙女達が来て、怜花を預けて行った。
 着替えも持って来る。

 「食事は分かってるから安心してくれ」

 もうすぐ2歳になる。
 
 「いろいろすみません。では行って来ます」
 「石神、本当にありがとう」
 「おう!」

 俺も病院へ行った。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「怜花ちゃん、じゃあ何して遊ぼうか?」
 
 私が怜花ちゃんを抱き上げて階段を上がった。

 「お花あそび!」
 「ん?」

 なんだろう。
 取り敢えずリヴィングの椅子に座らせて、どんな遊びなのか聞いた。

 「おかあさんがね、いっぱいお花をかいてくれるの」
 「そうなんだ!」
 
 分かった。
 花の絵を描いて、いろいろお話をするのだろう。
 優しい雪野さんらしい遊びだ。
 私は双子にスケッチブックを借り、花の絵を描いた。
 ひまわりだ。

 「これなーんだ?」
 「え、わかんない」
 「ひまわりだよー!」
 「ふーん」

 怜花ちゃんの反応が鈍い。
 双子が覗きに来た。

 「亜紀ちゃん、絵がヘタだよね」
 「人に見せていいもんじゃないよね」
 「ひどいよー!」

 ルーとハーが絵を描いた。
 花壇にあるガウラとクレオメだ。
 但し、うちの双子の花壇のものだ。

 「きれいー!」
 「これはね、ガウラっていうお花なんだよ」
 「そうなんだ!」
 「こっちはね、クレオメ。ほんとはもっとちっちゃくてピンクのお花なんだけどね。うちのは七色なんだよ!」
 「そうなの!」
 「ちょっと見にいこっか!」
 「うん!」

 双子がニコニコしている怜花ちゃんを抱いて庭に連れてった。
 あー、ああやって遊ばせるのね。
 ヒマなので唐揚げを作って食べた。

 昼食はそうめんだ。
 うちはいろんな薬味が出る。
 ステーキもある。
 みんなでワイワイと食べた。
 大勢で食べるのが珍しかったか、怜花ちゃんも喜んで食べていた。
 私がお世話しながら食べさせた。
 そろそろそうめんが少なくなったので、次のを茹でにキッチンへ行った。

 「ギャァァァ!」

 怜花ちゃんが大泣きしている。
 慌てて近寄ると、私が食べていた赤トウガラシ唐揚げを口にいれていた。
 辛かったのだろう。

 「すぐペッして!」
 
 背中をさすって口の中のものを吐き出させた。
 水を飲ませた。
 ゴクゴク飲んだ。
 相当辛かったのだろう。

 「大丈夫?」
 「うん」

 食事の後で、怜花ちゃんがお腹が痛いと言った。
 トイレに連れて行くと、酷い下痢だった。
 
 「怜花ちゃん!」

 慌てて病院のタカさんに電話した。
 赤トウガラシ唐揚げを口に入れてしまったことを話した。

 「でもすぐに吐き出したんだろう?」
 「はい!」
 「その後は?」
 「すぐに水を飲ませました!」
 「おい、氷水じゃないだろうな?」
 「え?」

 確かに氷水だった。
 暑いので、みんなそうだった。

 「小さな子どもは、冷たいものはダメなんだよ」
 「あ!」
 「それで腹が冷えて下痢になったんだな」
 「すいませんでした!」
 
 タカさんは大したことはないだろうと言った。
 温かいスープを飲ませて寝かせるように言われた。

 「下痢が続くようなら、止瀉薬を分包の4分の1だけ飲ませろ。ぬるま湯でな」
 「はい!」
 「一応、寝ている間は傍にいてやれよ」
 「分かりました!」

 タカさんに、経口補水液を飲ませてから寝かせるように言われた。
 指示通りにして、怜花ちゃんを私のベッドで寝かせた。

 「ごめんね、私がヘンなもの飲ませちゃったから」
 「ううん! もうへいきだよ!」
 「そう、ちょっと眠ってね」
 「うん」

 島原の子守唄を歌ってあげた。

 「知らないうた」
 「そう? 私のお母さんがよく歌ってくれたんだ」
 「そうなの」
 
 怜花ちゃんが目を閉じて聴いていた。
 そのうちに眠った。

 あー、いろいろ失敗しちゃったなー。
 怜花ちゃん、ごめんね。

 優しい寝顔の怜花ちゃんの髪を撫でた。
 怜花ちゃんが一層優しい顔で微笑んだ。

 私も一緒に寝ようと、隣に横になった。
 


 危うく寝がえりで怜花ちゃんを潰しそうになった。
 右ひじが思い切り怜花ちゃんの頭の上に突き刺さった。
 そのショックで目が覚め、自分の体勢の恐ろしさに気付いた。

 もう寝ないぞー。
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