上 下
2,081 / 2,806

橋 Ⅲ

しおりを挟む
 ポーランド政府と今回の襲撃事件のことで何度も話し合った。
 ポーランドだけでなく、ヨーロッパの各国がこの襲撃を知り大混乱になった。
 たった10名のバイオノイドが、一個大隊を難なく撃破したのだ。
 通常兵力が意味を為さないという事実に驚嘆した。
 ポーランド政府も、EUやヨーロッパ各国に、戦闘データの供出を積極的に行なった。
 もはや自国のみで対応出来るものではなく、「業」の軍に対して一丸となって対抗する必要性を全ての国が感じていた。

 EUやNATO軍が「虎」の軍との共闘を真剣に願い始めた。
 今、「業」の戦力に対抗出来るのは俺たちしかいない。
 そのことが痛感された襲撃だった。
 今度、「虎」の軍は本格的に国際社会で容認され、表舞台に出て行くことになるだろう。
 そして俺たちの戦力と共に、武器兵器やレーダーその他の戦略的技術を求められる。
 特に「花岡」は各国が求めることになるだろうが、俺はその提供は断るつもりだった。
 国際社会との軋轢を生みかねないが、「花岡」は威力の次元が違い過ぎる。
 「虎」の軍で管理するしかない。

 ポーランド政府やヨーロッパ各国と話し合っている間に、マチェクたちの村の葬儀があった。
 村人60名のうち55人もの犠牲者。
 平和に暮らしていた人々が、突然の悲劇に見舞われた。
 ポーランド中にそれが報道され、国民の悲しみを誘った。
 政府が葬儀を取仕切り、「虎」の軍の代表として俺とターナー少将が参列した。
 陸軍の葬儀も同時に行われた。
 そちらは別な人間を派遣した。
 盛大な葬儀ではあったが、参列したのはポーランド政府や各国の政府の人間と軍の関係者。
 本当の悲しみに覆われているのは、マチェクたち5人の生き残った村人だけだった。
 大勢の遺体を埋葬する墓地を準備する必要があり、それがまた悲しみを誘った。
 元々あった村の墓地は小さく、周辺にまた墓地を拡げるしかなかった。
 もう誰も訪れることの無い墓地。
 でも、俺たちにはそれしかしてやれない。

 マテェクが棺を埋める時に、また大声で泣いた。
 俺たちはそれを見ていることしか出来なかった。
 埋葬には時間が掛かった。
 俺はターナー少将と後ろへ下がって話した。

 「ターナー、亜紀ちゃんがマチェクの奥さんが死ぬ所を上から見たそうだ」
 「そうだったか」
 「悔しがっていたよ。怒り狂ってなぁ。もう数秒早ければ助けられたのにって」
 「そうか」

 ターナー少将も辛いだろう。
 自分がもっと早く俺に連絡をしていればと思っている。
 でも、それは口には出さない。
 
 「アキはどうしている?」
 「猛訓練だよ。いまだに自分を許せないんだろうな。まあ、まだ戦場の冷酷さが身に染みてねぇ。でも、あれでいいだろうよ」
 「そうだな」

 俺もターナー少将もこういう経験は嫌と言うほどに重ねている。

 「今回の襲撃な。どうにも情報の出所がおかしい」
 「ああ、「カルマ」が確実に咬んでいるな」
 「そうだ。ポーランド軍に枝が伸びているだろう。これから共闘することになるが、そっちを排除する必要がある」
 「分かっている」
 「他の国もな。恐らくNATOもヤバい」
 「ああ」

 今回の異常な襲撃は、「業」のバイオノイドが完成したということを示している。
 だから実戦で戦力を観測したかったのだろう。
 一個大隊を10体のバイオノイドで撃破する。
 以前よりも、恐ろしく強くなっている。
 完成バイオノイドがどれほどの数になっているのかも分からない。
 やはり「業」は妖魔やライカンスロープの開発だけではなかった。
 着実に、あらゆる方法で世界を滅ぼそうと画策している。

 


 葬儀が一通り終わった。
 午前中から始めたが、もう3時を回っていた。
 マチェクたち村人は、全員アラスカへ移住することが決まっている。
 今日の葬儀の後で、「タイガーファング」で移動することになっていた。
 荷物の積み込みは既に終わっている。
 村人たちも、参列者たちも移動を始めた。

 「イシガミさん。少し待って頂けませんか?」

 マチェクが娘を抱いて俺の所へ来た。

 「ああ、構わないよ」
 
 マチェクが微笑み、娘を抱いて村の橋の上に登った。
 俺も一緒に行った。

 「いい橋だな」
 「はい! 「婚礼の橋」と言うんです。この橋を通ってみんな、あっちの教会で結婚式を挙げるんですよ」
 「そうか」

 村の先祖が年月をかけてこの橋を作ったらしい。
 石組みの立派な橋だった。
 マチェクは娘を抱いて、橋の上から遠くを見詰めていた。
 きっと、奥さんとの思い出がある場所なのだと分かった。

 長い時間、マチェクはそうやって立っていた。
 娘はマチェクの腕の中で眠った。

 「タイガー! そろそろ出発するぞ」

 ターナー少将が呼びに来た。

 「イシガミさん、すいませんでした」
 「いや、もうちょっといろよ」
 「え?」
 「まだ足りないだろう」
 「!」

 俺はターナー少将に、出発を待つように言った。
 何度かマチェクがもう結構ですと言った。
 俺はその度に「まだいろ」と言った。




 夕暮れになった。
 美しい夕焼けが辺りを染めて行った。

 「ああ!」

 マチェクが叫んだ。
 きっと、この時間に大事な思い出があったのだと分かった。
 マチェクが涙を流しながら、俺に振り向いた。

 「イシガミさん! ありがとうございました!」
 「もういいのか?」
 「はい! これで十分です!」
 「そうか。美しい夕焼けだな」
 「はい!」

 本当に美しい夕暮れの橋の景色だった。
 マチェクが動き出すと、娘が目を覚ました。
 娘も美しい夕焼けを見た。




 マチェクの腕の中で、娘が輝くような笑顔で笑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...