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橋 Ⅱ
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俺はゾーシャの手を引いて外に出た。
暗闇に黒い服に身を包んだ人間が、兵士たちを襲っていた。
信じられない光景だった。
黒い人間が兵士に触れると、その兵士の身体がバラバラに千切れて行った。
そして離れた位置からでも、手を動かしたその先で、兵士の身体が切れ、または霧になって消えて行った。
黒い人間たちが兵士を襲う姿は見えたが、時々その姿が消えるように見えた。
目で追えないほどに高速で移動しているのだと、やっと分かった。
軍隊のライトが、その恐ろしい光景をありあり見せていた。
やがて幾つもの家が燃え、村は一気に明るくなった。
「ゾーシャ!」
俺はイザ抱き締め、ゾーシャの手を引いて走った。
黒い人間が集会場に迫り、中から夥しい悲鳴が聞こえた。
俺はそれ無視してゾーシャと走った。
「婚礼の橋」の上に来た。
一人の黒い人間が追って来た。
その時、ゾーシャが俺の手を振り払った。
「ゾーシャ!」
俺が叫ぶと、ゾーシャが笑顔で俺を見た。
あの、いつも俺を幸せにしてくれた明るい笑顔で。
「マチェク! イザをお願い」
ゾーシャはそう言って橋の端を黒い人間に向かって走った。
黒い人間がゾーシャを襲う。
ゾーシャは逃げすに、逆に黒い人間を両手で捕まえた。
「ゾーシャ!」
そのままゾーシャは黒い人間と共に橋から飛び降りた。
ゾーシャのお腹に、黒い人間の腕がめり込んだ。
「ゾーシャー!」
俺は橋の欄干からその全てを見ていた。
あの日、ゾーシャと結ばれたこの「婚礼の橋」で、俺はゾーシャを喪ってしまった。
10メートル下の河原に落ちた黒い人間は、二本の足で立っていた。
まったく無傷で何のこともなかったように。
乱暴にゾーシャの身体を投げ捨てた。
そしてそのまま上に飛び跳ねた。
俺はゾーシャの最後の願い、そして俺の最後の希望のイザを背中に回した。
それだけしか出来なかった。
ゾーシャが死んでその数秒後に自分も後を追う。
俺の中で、涙と共に感謝のような感情すら浮かんできた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
9月中旬の火曜日の朝8時。
ターナー少将から連絡が来た。
「タイガー! 古い友人から今連絡があった!」
「どうした?」
「ポーランドの村が「カルマ」のバイオノイドに襲われている! 一個大隊が壊滅しそうだと!」
「なんだと!」
ターナー少将が詳細を説明した。
少将はEUとの連合のためにベルギーへ出かけていた。
その間に友人のポーランド陸軍のアイゼンシュタット将軍から連絡があったようだ。
アラスカへ戻ってからその伝言を知り、先ほど連絡したところ、既に戦闘が始まっていた。
「すぐに俺たちが飛ぶ! お前はポーランドから正式に「出動要請」を受けろ!」
「分かった!」
「アラスカからデュールゲリエを50体飛ばせ! 救護キットを出来るだけ持たせろ!」
「すぐに用意する!」
ターナー少将からポーランドの座標が送られ、俺は亜紀ちゃんを連れてすぐに飛んだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
橋の上に跳んできた黒い人間を見た。
俺を見ている。
その眼には、何も映っていないかのような冷たい光だった。
黒い人間が空中で何かの動作をした。
それが俺の最後になるだろうと思った。
その時、上空から光の槍のようなものが無数に降って来た。
空の上で怒号が聞こえた。
女性の声で知らない言葉だったが、物凄く怒っていることは分かった。
ひと際太い光の槍が空中の黒い人間を貫き、激しく燃え上がって落ちて行った。
白い戦闘服を着た長い黒髪の女性が、空から降りてきた。
東洋系の美しい女性だった。
何か叫んでいるが、俺には言葉が分からなかった。
その女性が泣いていた。
そして頭を俺に向かって下げて、叫んでいた。
女性が俺に何かを謝っていることは分かった。
女性は地面に両ひざを付け、前に手を置いてまた頭を下げた。
「アー・ユー・オーケイ?」
英語もよくは分からなかったが、なんとなく意味は分かった。
「オーケイ! サンキュー!」
美しい女性がやっと笑顔でうなずき、イザを抱き上げて俺に渡し、下の広場へ飛び降りた。
下では別な黒髪の大柄の男性が戦っていた。
黒い人間が、今度は男と女性によって粉砕されて行く。
男も美しい女性と同じく、白い特殊なスーツを着ていた。
そのうちに、ロボットのようなものが次々と舞い降り、倒れていた人間の救護を始めた。
俺はしばらく信じられない光景に呆然としていた。
黒い人間たちは、白い二人の黒髪の人間たちに、すべて鎮圧された。
一体のロボットが俺に近づいてきた。
ポーランド語で俺に話しかけた。
「お怪我はありませんか?」
「はい。でも妻が……」
ロボットは鏡のような光る顔をうつむかせた。
「それは残念なことです。我々が間に合わず、申し訳ありません」
その言葉は、真摯に俺の悲しみを分かってくれたと感じさせた。
俺はイザを抱き、ロボットについて行った。
「あの! この先の教会に神父様がいるはずなんです!」
ロボットが振り返り、俺に告げた。
「先ほど確認して来ました。教会は破壊され、神父様も亡くなられていました」
「え!」
「大勢の犠牲者が出てしまいました。本当に残念です」
「……」
ロボットたちが、遺体を集めていた。
兵士たちは広場に。
村の人間は集会場の中へ入れられた。
先ほど俺たちを助けてくれた美しい女性は、どこかへ飛んで行った。
「亜紀様は、もう一度周辺を見回るそうです」
ロボットが教えてくれた。
何か通信が入っているようだった。
「この村を襲った者を、絶対に許さないと仰っていました」
「そうですか」
村の人間は、俺たちの他に村長の息子と幾人かしか残っていなかった。
ポーランド軍の大勢の兵士たちも、20人も残っていない。
あの指揮官だった大佐も亡くなっていた。
大きな男が俺に近づいて来て言った。
ロボットが通訳してくれる。
「あなたとお子さんだけが助かりました。他の方々はほとんど」
「そうですか」
「聞きました。奥様がいらしたんですね」
「はい。俺とこの子を守るために犠牲になりました」
「そうですか」
男の顔が苦悶に歪んだ。
見も知らない俺たちのために、悲しんでくれていた。
「俺もついさっき、連絡を受けて飛んできたんです。でも間に合わなかった。本当に申し訳ない」
「いいえ。あなたたちが来なければ、俺たちも死んでいました」
男は「虎」の軍の人間だと言った。
「この村はすべて破壊されてしまいました」
「はい」
「良ければ、アラスカへいらっしゃいませんか?」
「アラスカ?」
「もしも国内で行き先があればお送りしますが。でも、アラスカでならあなた方の生活を保証しますよ」
「アラスカですか」
「はい。「虎」の軍の本部があります。併設して大きな街もありますので、そこで暮らしていただけます」
「では、安全な場所なのですね」
男が微笑んで言った。
「はい。世界で一番安全な場所です。あなたも、お子さんも守ることが出来ます」
「そうですか」
男は「イシガミ」と名乗った。
「まずは犠牲になられた方々を弔いましょう。手伝いますよ」
男はゾーシャの遺体を探すと言ってくれた。
俺にはここに残るように言ったが、俺が一緒に探しに行くと言った。
悲惨な遺体を俺に見せないように気遣ってくれたことは分かった。
でも、どんな姿でもいい。
ゾーシャにもう一度会いたかった。
橋の下の河原に、ゾーシャの身体があった。
奇跡的に、ゾーシャの美しい顔はそのままだった。
俺は髪についた砂を払い、ゾーシャを抱き締めた。
大声で泣いた。
先ほどまで喪っていた現実が一挙に甦った。
俺は声を限りにゾーシャの名を叫んだ。
ゾーシャの返事をいつまでも求め、叫び続けた。
黒髪の男は、何も言わずに、いつまでも俺を待っていてくれた。
暗闇に黒い服に身を包んだ人間が、兵士たちを襲っていた。
信じられない光景だった。
黒い人間が兵士に触れると、その兵士の身体がバラバラに千切れて行った。
そして離れた位置からでも、手を動かしたその先で、兵士の身体が切れ、または霧になって消えて行った。
黒い人間たちが兵士を襲う姿は見えたが、時々その姿が消えるように見えた。
目で追えないほどに高速で移動しているのだと、やっと分かった。
軍隊のライトが、その恐ろしい光景をありあり見せていた。
やがて幾つもの家が燃え、村は一気に明るくなった。
「ゾーシャ!」
俺はイザ抱き締め、ゾーシャの手を引いて走った。
黒い人間が集会場に迫り、中から夥しい悲鳴が聞こえた。
俺はそれ無視してゾーシャと走った。
「婚礼の橋」の上に来た。
一人の黒い人間が追って来た。
その時、ゾーシャが俺の手を振り払った。
「ゾーシャ!」
俺が叫ぶと、ゾーシャが笑顔で俺を見た。
あの、いつも俺を幸せにしてくれた明るい笑顔で。
「マチェク! イザをお願い」
ゾーシャはそう言って橋の端を黒い人間に向かって走った。
黒い人間がゾーシャを襲う。
ゾーシャは逃げすに、逆に黒い人間を両手で捕まえた。
「ゾーシャ!」
そのままゾーシャは黒い人間と共に橋から飛び降りた。
ゾーシャのお腹に、黒い人間の腕がめり込んだ。
「ゾーシャー!」
俺は橋の欄干からその全てを見ていた。
あの日、ゾーシャと結ばれたこの「婚礼の橋」で、俺はゾーシャを喪ってしまった。
10メートル下の河原に落ちた黒い人間は、二本の足で立っていた。
まったく無傷で何のこともなかったように。
乱暴にゾーシャの身体を投げ捨てた。
そしてそのまま上に飛び跳ねた。
俺はゾーシャの最後の願い、そして俺の最後の希望のイザを背中に回した。
それだけしか出来なかった。
ゾーシャが死んでその数秒後に自分も後を追う。
俺の中で、涙と共に感謝のような感情すら浮かんできた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
9月中旬の火曜日の朝8時。
ターナー少将から連絡が来た。
「タイガー! 古い友人から今連絡があった!」
「どうした?」
「ポーランドの村が「カルマ」のバイオノイドに襲われている! 一個大隊が壊滅しそうだと!」
「なんだと!」
ターナー少将が詳細を説明した。
少将はEUとの連合のためにベルギーへ出かけていた。
その間に友人のポーランド陸軍のアイゼンシュタット将軍から連絡があったようだ。
アラスカへ戻ってからその伝言を知り、先ほど連絡したところ、既に戦闘が始まっていた。
「すぐに俺たちが飛ぶ! お前はポーランドから正式に「出動要請」を受けろ!」
「分かった!」
「アラスカからデュールゲリエを50体飛ばせ! 救護キットを出来るだけ持たせろ!」
「すぐに用意する!」
ターナー少将からポーランドの座標が送られ、俺は亜紀ちゃんを連れてすぐに飛んだ。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
橋の上に跳んできた黒い人間を見た。
俺を見ている。
その眼には、何も映っていないかのような冷たい光だった。
黒い人間が空中で何かの動作をした。
それが俺の最後になるだろうと思った。
その時、上空から光の槍のようなものが無数に降って来た。
空の上で怒号が聞こえた。
女性の声で知らない言葉だったが、物凄く怒っていることは分かった。
ひと際太い光の槍が空中の黒い人間を貫き、激しく燃え上がって落ちて行った。
白い戦闘服を着た長い黒髪の女性が、空から降りてきた。
東洋系の美しい女性だった。
何か叫んでいるが、俺には言葉が分からなかった。
その女性が泣いていた。
そして頭を俺に向かって下げて、叫んでいた。
女性が俺に何かを謝っていることは分かった。
女性は地面に両ひざを付け、前に手を置いてまた頭を下げた。
「アー・ユー・オーケイ?」
英語もよくは分からなかったが、なんとなく意味は分かった。
「オーケイ! サンキュー!」
美しい女性がやっと笑顔でうなずき、イザを抱き上げて俺に渡し、下の広場へ飛び降りた。
下では別な黒髪の大柄の男性が戦っていた。
黒い人間が、今度は男と女性によって粉砕されて行く。
男も美しい女性と同じく、白い特殊なスーツを着ていた。
そのうちに、ロボットのようなものが次々と舞い降り、倒れていた人間の救護を始めた。
俺はしばらく信じられない光景に呆然としていた。
黒い人間たちは、白い二人の黒髪の人間たちに、すべて鎮圧された。
一体のロボットが俺に近づいてきた。
ポーランド語で俺に話しかけた。
「お怪我はありませんか?」
「はい。でも妻が……」
ロボットは鏡のような光る顔をうつむかせた。
「それは残念なことです。我々が間に合わず、申し訳ありません」
その言葉は、真摯に俺の悲しみを分かってくれたと感じさせた。
俺はイザを抱き、ロボットについて行った。
「あの! この先の教会に神父様がいるはずなんです!」
ロボットが振り返り、俺に告げた。
「先ほど確認して来ました。教会は破壊され、神父様も亡くなられていました」
「え!」
「大勢の犠牲者が出てしまいました。本当に残念です」
「……」
ロボットたちが、遺体を集めていた。
兵士たちは広場に。
村の人間は集会場の中へ入れられた。
先ほど俺たちを助けてくれた美しい女性は、どこかへ飛んで行った。
「亜紀様は、もう一度周辺を見回るそうです」
ロボットが教えてくれた。
何か通信が入っているようだった。
「この村を襲った者を、絶対に許さないと仰っていました」
「そうですか」
村の人間は、俺たちの他に村長の息子と幾人かしか残っていなかった。
ポーランド軍の大勢の兵士たちも、20人も残っていない。
あの指揮官だった大佐も亡くなっていた。
大きな男が俺に近づいて来て言った。
ロボットが通訳してくれる。
「あなたとお子さんだけが助かりました。他の方々はほとんど」
「そうですか」
「聞きました。奥様がいらしたんですね」
「はい。俺とこの子を守るために犠牲になりました」
「そうですか」
男の顔が苦悶に歪んだ。
見も知らない俺たちのために、悲しんでくれていた。
「俺もついさっき、連絡を受けて飛んできたんです。でも間に合わなかった。本当に申し訳ない」
「いいえ。あなたたちが来なければ、俺たちも死んでいました」
男は「虎」の軍の人間だと言った。
「この村はすべて破壊されてしまいました」
「はい」
「良ければ、アラスカへいらっしゃいませんか?」
「アラスカ?」
「もしも国内で行き先があればお送りしますが。でも、アラスカでならあなた方の生活を保証しますよ」
「アラスカですか」
「はい。「虎」の軍の本部があります。併設して大きな街もありますので、そこで暮らしていただけます」
「では、安全な場所なのですね」
男が微笑んで言った。
「はい。世界で一番安全な場所です。あなたも、お子さんも守ることが出来ます」
「そうですか」
男は「イシガミ」と名乗った。
「まずは犠牲になられた方々を弔いましょう。手伝いますよ」
男はゾーシャの遺体を探すと言ってくれた。
俺にはここに残るように言ったが、俺が一緒に探しに行くと言った。
悲惨な遺体を俺に見せないように気遣ってくれたことは分かった。
でも、どんな姿でもいい。
ゾーシャにもう一度会いたかった。
橋の下の河原に、ゾーシャの身体があった。
奇跡的に、ゾーシャの美しい顔はそのままだった。
俺は髪についた砂を払い、ゾーシャを抱き締めた。
大声で泣いた。
先ほどまで喪っていた現実が一挙に甦った。
俺は声を限りにゾーシャの名を叫んだ。
ゾーシャの返事をいつまでも求め、叫び続けた。
黒髪の男は、何も言わずに、いつまでも俺を待っていてくれた。
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