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あの日、あの時: 聖の優しさ Ⅱ
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聖が俺の所へ来た。
「おい! さっきトラに合格祝いを持って行ったんだ!」
「え?」
「あいつ、俺に顔を見せなかった! 一体何があったんだ!」
聖はでかい箱を持っていた。
中身が何だか分からないが、あいつなりに一生懸命に考えたものだったのだろう。
俺は聖の優しさを知っていた。
俺から、聖に一連の事情を話した。
「なんだと! あいつ、何も言ってくれなかったぞ!」
「俺たちにもだよ。あいつは自分で抱えるつもりだ」
「冗談じゃねぇ! お前ら何やってんだよ!」
俺は頭に来て、聖の胸倉を掴んだ。
「俺たちだってなぁ! トラを助けたいんだ! でも何も出来ねぇんだよ!」
「……」
聖が俺を睨んでいた。
突然、俺の鼻に額をぶつけてきた。
聖の本気の頭突きに、俺は思わず手を離した。
鼻から血が噴き出して来る。
「何も出来ねぇってかぁ! だったら引っ込んでろ!」
「おい、てめぇ!」
「俺は絶対に何とかする! 絶対だぁ!」
「何言ってんだ!」
「命だってくれてやる! トラのためだったら惜しくはねぇ!」
「お前……」
聖は飛び出していった。
持っていた箱を放り出して走って行った。
その後のことは、周りから少しずつ聞いた。
横浜の走り屋の乾さん、スナックの城戸さん、保奈美、その他のトラと親しかった人間。
話を聞いて行くうちに、トラの行方がなんとなく知られた。
聖はトラを誘ってアメリカへ渡った。
そして傭兵となって、金を稼ぐつもりだと。
聖はその間のトラのお袋さんの入院費を出したそうだ。
あいつが金持ちの子どもだと言うのは何となく知っていた。
入院費は長期間に渡り、相当な額だったと思う。
聖は本当に、トラを何とかした。
全てを擲って、命まで懸けて。
俺は恥じた。
あれだけトラの世話になっておきながら、命まで何度も助けてもらいながら、俺はトラの一番苦しかった時に何もしなかった。
あの後、聖が置いて行ったトラへの合格祝いを見た。
聖に返そうにも、あいつもアメリカへ行って居場所も知らない。
聖が用意したのは、50センチもの天使の大理石の像だった。
あいつがなんでこんなものを買ったのか分からない。
でも、綺麗な天使だった。
優しく微笑んでいる立像。
俺はその天使を見ていて、涙が込み上げてきた。
トラ以外に友達もいない聖。
そのあいつが、一生懸命に探し回り、一人で考え抜いたのだろう。
トラのために、トラの幸せを祈って、最高のものをトラに渡そうとしたのだろう。
こういうことを多分全然して来なかった聖が、どれほど悩んだことか。
それが、この微笑んでいる天使像から伝わって来た。
俺は自分の情けなさをトラに詫び、聖に詫びた。
聖に礼を言いたかった。
トラを助けてくれたことに感謝したかった。
トラが日本に戻ってきたら、渡さなければと思っていた。
だけど、いくら待ってもトラから連絡が来なかった。
俺はトラがどこかの戦場でまさかのことがあったのではないかと思っていた。
傭兵なんて、無茶苦茶すぎる。
トラは誰よりも強かったが、それでも戦場だなんて無茶だ。
俺は毎日、聖が置いて行った天使像に祈った。
ある日、武市から電話が来た。
トラから連絡があったのだと聞かされた。
「ほんとか!」
「はい! トラさん元気でしたよ。ああ、何でも港区のでかい病院で働いているらしいですよ」
「そうなのか!」
「いやぁ、びっくりしましたよ。以前と変わらない、あのトラさんでした! なんか親友の子どもを引き取ったとか」
「えぇ!」
「突然交通事故で亡くなったらしくて。そういうのもトラさんですよね!」
「そうだな!」
俺は嬉しくて電話で話しながら泣いてしまった。
「井上さん! トラさんに連絡して下さいよ!」
「いや、俺なんて今更」
「井上さんの会社が大変だって聞いてますけどね。でもトラさんも井上さんに会いたいと思うなー」
「俺はそんな資格ないよ」
「そんなこと! とにかくトラさんに一度連絡してみますね」
「ああ、機会があったらな」
その後、トラから電話をもらった。
トラの家に遊びに行き、あいつが立派な人間になったことを知った。
俺はやっとトラに謝ることが出来た。
トラはやっぱり笑って何でもないと言ってくれた。
そしてまた、トラに助けられてしまった。
会社を閉じるしかないと思っていたが、トラが途轍もない仕事を任せてくれた。
俺はもうトラを絶対に見捨てない。
世界中がトラの敵になっても、俺は最後までトラの味方でいる。
そして今度こそ、トラとトラの大事な人間を守ろう。
トラの家に行った時、聖の天使像の話をトラにした。
「あいつ、そんなものを」
「ああ、今度送るよ。まあ、悪いんだけど、すっかりうちで預かってるうちに、愛着が湧いちゃってな」
「じゃあ、そのまま井上さんが持ってて下さいよ」
「え?」
俺は驚いた。
「聖ももう覚えてないでしょう。井上さんが大事にしてくれてたんなら、どうかそのまま。天使もそれが喜ぶんじゃないですかね」
「でもトラ、それじゃ聖にも悪いよ」
「俺からそのうちに話しておきますよ。あいつもきっと恥ずかしいだろうし。井上さんが大事にしてたって聞けば、俺と同じことを言いますって」
「そうかな」
俺にはよく分からなかった。
その後、トラから聖と話したという連絡が来た。
「聖がね、やっぱり井上さんに持ってて欲しいって」
「え、何故だよ!」
「あの日、「井上さんに酷いことを言ってしまったって謝ってましたよ。自分だって大したことも出来なかったのにって」
「おい、聖はトラと一緒に……」
トラが笑っていた。
「あいつにとってはね。俺とあいつは親友ですから、一緒にいるのは何より嬉しいんですよ」
「トラ、お前……」
「聖が言ってました。酷いことを言って勝手に置いてったのに、今日まで大事にしてくれて感謝するって。井上さんはやっぱり優しい人間だってね」
「聖がそう言ったのか!」
「そうですよ、当たり前じゃないですか。井上さんが優しいって、みんな知ってるんですから」
「……」
「トラ」
「はい」
「俺は聖になりたかった! お前のために何もかも捨てて、命を捨てて、お前のために!」
「井上さん、それは重過ぎですよ」
「でも、俺は聖のようになりたかったんだぁー!」
トラは黙って聞いてくれた。
そして俺に言った。
「井上さん、聖は最高の奴ですよ」
「そうだな」
「あんな奴は滅多にいない。俺、ヘンな話なんですけど、あいつって天使なんじゃないかってずっと思ってて」
「え?」
「人間じゃ、あの優しさは無理ですって。戦場じゃ鬼ですけどね。そういうとこも人間離れしてる」
「そうか」
「あいつのことを本当に知れば、誰だってあいつが好きになります。まあ、なかなか自分を見せないんでまだ知られてませんけどね」
「俺は知ってるぞ! あいつは本当に最高だ!」
「ですよね!」
トラが笑っていた。
ずっと後に、聖とやっと話す機会があった。
俺が聖を尊敬し、トラを救ってくれたことに感謝した。
天使像のことも話した。
聖も恥ずかしそうに俺に教えてくれた。
「俺って、誰かにお祝いとかって渡したことがなくって」
「そうか」
「だからさ、横浜の店を一軒一軒全部回ってさ」
「え?」
「何の店かも考えなくて。とにかく全部回って、一番いいものをトラにあげようって」
「聖、お前……」
聖は本当に最高に優しい奴だ。
「何百件目かな。なんかいろいろ古い物を置いてる店でさ、あれを見つけた」
「そうだったのか」
本当に横浜の店を回って歩いたのだ。
一番いいものをトラに渡そうと思って。
だからトラに会いに行くのも遅くなったのだろう。
「あの天使ってさ、なんかトラの優しさが感じられてな」
「ああ、なるほど」
何となく聖が言いたいことが分かった。
俺もそう思っていた。
「前にさ、トラが俺にクリスマスの時に天使の像をプレゼントしてくれたんだ」
「え?」
「嬉しかったんだよー! 本当にさ! トラが俺に天使をくれたんだぜ?」
「アハハハハ!」
「俺もトラに上げようとしてたじゃん。だからな。なんか気持ちが通じ合ってんだよな!」
「そうだな!」
俺は聖にトラが天使だと話していたことを伝えた。
「ほんとかよ! おい、最高じゃないか!」
「そうだよな!」
「やっぱトラっていい奴だな!」
「まったくだ!」
聖とは御堂さんの街の建設中に会った。
聖が街の防衛の視察に来たのだ。
俺たちはたちまち親しくなり、一緒に酒を飲んだ。
聖の所の傭兵たちは、みんないい奴らだった。
そいつらとも親しくなり、その後も聖たちと会うと嬉しい。
トラのお陰で、また最高の連中と知り合えた。
俺は本当にもうこれでいい。
これからは、トラと聖のような仲間のために生きたい。
そう思っている。
「おい! さっきトラに合格祝いを持って行ったんだ!」
「え?」
「あいつ、俺に顔を見せなかった! 一体何があったんだ!」
聖はでかい箱を持っていた。
中身が何だか分からないが、あいつなりに一生懸命に考えたものだったのだろう。
俺は聖の優しさを知っていた。
俺から、聖に一連の事情を話した。
「なんだと! あいつ、何も言ってくれなかったぞ!」
「俺たちにもだよ。あいつは自分で抱えるつもりだ」
「冗談じゃねぇ! お前ら何やってんだよ!」
俺は頭に来て、聖の胸倉を掴んだ。
「俺たちだってなぁ! トラを助けたいんだ! でも何も出来ねぇんだよ!」
「……」
聖が俺を睨んでいた。
突然、俺の鼻に額をぶつけてきた。
聖の本気の頭突きに、俺は思わず手を離した。
鼻から血が噴き出して来る。
「何も出来ねぇってかぁ! だったら引っ込んでろ!」
「おい、てめぇ!」
「俺は絶対に何とかする! 絶対だぁ!」
「何言ってんだ!」
「命だってくれてやる! トラのためだったら惜しくはねぇ!」
「お前……」
聖は飛び出していった。
持っていた箱を放り出して走って行った。
その後のことは、周りから少しずつ聞いた。
横浜の走り屋の乾さん、スナックの城戸さん、保奈美、その他のトラと親しかった人間。
話を聞いて行くうちに、トラの行方がなんとなく知られた。
聖はトラを誘ってアメリカへ渡った。
そして傭兵となって、金を稼ぐつもりだと。
聖はその間のトラのお袋さんの入院費を出したそうだ。
あいつが金持ちの子どもだと言うのは何となく知っていた。
入院費は長期間に渡り、相当な額だったと思う。
聖は本当に、トラを何とかした。
全てを擲って、命まで懸けて。
俺は恥じた。
あれだけトラの世話になっておきながら、命まで何度も助けてもらいながら、俺はトラの一番苦しかった時に何もしなかった。
あの後、聖が置いて行ったトラへの合格祝いを見た。
聖に返そうにも、あいつもアメリカへ行って居場所も知らない。
聖が用意したのは、50センチもの天使の大理石の像だった。
あいつがなんでこんなものを買ったのか分からない。
でも、綺麗な天使だった。
優しく微笑んでいる立像。
俺はその天使を見ていて、涙が込み上げてきた。
トラ以外に友達もいない聖。
そのあいつが、一生懸命に探し回り、一人で考え抜いたのだろう。
トラのために、トラの幸せを祈って、最高のものをトラに渡そうとしたのだろう。
こういうことを多分全然して来なかった聖が、どれほど悩んだことか。
それが、この微笑んでいる天使像から伝わって来た。
俺は自分の情けなさをトラに詫び、聖に詫びた。
聖に礼を言いたかった。
トラを助けてくれたことに感謝したかった。
トラが日本に戻ってきたら、渡さなければと思っていた。
だけど、いくら待ってもトラから連絡が来なかった。
俺はトラがどこかの戦場でまさかのことがあったのではないかと思っていた。
傭兵なんて、無茶苦茶すぎる。
トラは誰よりも強かったが、それでも戦場だなんて無茶だ。
俺は毎日、聖が置いて行った天使像に祈った。
ある日、武市から電話が来た。
トラから連絡があったのだと聞かされた。
「ほんとか!」
「はい! トラさん元気でしたよ。ああ、何でも港区のでかい病院で働いているらしいですよ」
「そうなのか!」
「いやぁ、びっくりしましたよ。以前と変わらない、あのトラさんでした! なんか親友の子どもを引き取ったとか」
「えぇ!」
「突然交通事故で亡くなったらしくて。そういうのもトラさんですよね!」
「そうだな!」
俺は嬉しくて電話で話しながら泣いてしまった。
「井上さん! トラさんに連絡して下さいよ!」
「いや、俺なんて今更」
「井上さんの会社が大変だって聞いてますけどね。でもトラさんも井上さんに会いたいと思うなー」
「俺はそんな資格ないよ」
「そんなこと! とにかくトラさんに一度連絡してみますね」
「ああ、機会があったらな」
その後、トラから電話をもらった。
トラの家に遊びに行き、あいつが立派な人間になったことを知った。
俺はやっとトラに謝ることが出来た。
トラはやっぱり笑って何でもないと言ってくれた。
そしてまた、トラに助けられてしまった。
会社を閉じるしかないと思っていたが、トラが途轍もない仕事を任せてくれた。
俺はもうトラを絶対に見捨てない。
世界中がトラの敵になっても、俺は最後までトラの味方でいる。
そして今度こそ、トラとトラの大事な人間を守ろう。
トラの家に行った時、聖の天使像の話をトラにした。
「あいつ、そんなものを」
「ああ、今度送るよ。まあ、悪いんだけど、すっかりうちで預かってるうちに、愛着が湧いちゃってな」
「じゃあ、そのまま井上さんが持ってて下さいよ」
「え?」
俺は驚いた。
「聖ももう覚えてないでしょう。井上さんが大事にしてくれてたんなら、どうかそのまま。天使もそれが喜ぶんじゃないですかね」
「でもトラ、それじゃ聖にも悪いよ」
「俺からそのうちに話しておきますよ。あいつもきっと恥ずかしいだろうし。井上さんが大事にしてたって聞けば、俺と同じことを言いますって」
「そうかな」
俺にはよく分からなかった。
その後、トラから聖と話したという連絡が来た。
「聖がね、やっぱり井上さんに持ってて欲しいって」
「え、何故だよ!」
「あの日、「井上さんに酷いことを言ってしまったって謝ってましたよ。自分だって大したことも出来なかったのにって」
「おい、聖はトラと一緒に……」
トラが笑っていた。
「あいつにとってはね。俺とあいつは親友ですから、一緒にいるのは何より嬉しいんですよ」
「トラ、お前……」
「聖が言ってました。酷いことを言って勝手に置いてったのに、今日まで大事にしてくれて感謝するって。井上さんはやっぱり優しい人間だってね」
「聖がそう言ったのか!」
「そうですよ、当たり前じゃないですか。井上さんが優しいって、みんな知ってるんですから」
「……」
「トラ」
「はい」
「俺は聖になりたかった! お前のために何もかも捨てて、命を捨てて、お前のために!」
「井上さん、それは重過ぎですよ」
「でも、俺は聖のようになりたかったんだぁー!」
トラは黙って聞いてくれた。
そして俺に言った。
「井上さん、聖は最高の奴ですよ」
「そうだな」
「あんな奴は滅多にいない。俺、ヘンな話なんですけど、あいつって天使なんじゃないかってずっと思ってて」
「え?」
「人間じゃ、あの優しさは無理ですって。戦場じゃ鬼ですけどね。そういうとこも人間離れしてる」
「そうか」
「あいつのことを本当に知れば、誰だってあいつが好きになります。まあ、なかなか自分を見せないんでまだ知られてませんけどね」
「俺は知ってるぞ! あいつは本当に最高だ!」
「ですよね!」
トラが笑っていた。
ずっと後に、聖とやっと話す機会があった。
俺が聖を尊敬し、トラを救ってくれたことに感謝した。
天使像のことも話した。
聖も恥ずかしそうに俺に教えてくれた。
「俺って、誰かにお祝いとかって渡したことがなくって」
「そうか」
「だからさ、横浜の店を一軒一軒全部回ってさ」
「え?」
「何の店かも考えなくて。とにかく全部回って、一番いいものをトラにあげようって」
「聖、お前……」
聖は本当に最高に優しい奴だ。
「何百件目かな。なんかいろいろ古い物を置いてる店でさ、あれを見つけた」
「そうだったのか」
本当に横浜の店を回って歩いたのだ。
一番いいものをトラに渡そうと思って。
だからトラに会いに行くのも遅くなったのだろう。
「あの天使ってさ、なんかトラの優しさが感じられてな」
「ああ、なるほど」
何となく聖が言いたいことが分かった。
俺もそう思っていた。
「前にさ、トラが俺にクリスマスの時に天使の像をプレゼントしてくれたんだ」
「え?」
「嬉しかったんだよー! 本当にさ! トラが俺に天使をくれたんだぜ?」
「アハハハハ!」
「俺もトラに上げようとしてたじゃん。だからな。なんか気持ちが通じ合ってんだよな!」
「そうだな!」
俺は聖にトラが天使だと話していたことを伝えた。
「ほんとかよ! おい、最高じゃないか!」
「そうだよな!」
「やっぱトラっていい奴だな!」
「まったくだ!」
聖とは御堂さんの街の建設中に会った。
聖が街の防衛の視察に来たのだ。
俺たちはたちまち親しくなり、一緒に酒を飲んだ。
聖の所の傭兵たちは、みんないい奴らだった。
そいつらとも親しくなり、その後も聖たちと会うと嬉しい。
トラのお陰で、また最高の連中と知り合えた。
俺は本当にもうこれでいい。
これからは、トラと聖のような仲間のために生きたい。
そう思っている。
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