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あの日、あの時: 聖の優しさ

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 俺の負傷を心配している亜紀ちゃんは俺にべったりくっついたままだったが、俺もいろいろと動かなければならない。
 まず、ターナー少将から詳細な戦闘の報告を受けた。
 中隊を3つに分割し、政府軍、反政府軍と麻薬ギャングの3か所を同時攻撃した。
 どちらも武器兵器が意外と豊富だったが、聖の所のソルジャーはものともせずに一掃したそうだ。

 「あれだけ動きの速い軍隊組織はそうはないぞ」
 「そうか」
 「戦況によって柔軟に対応する点では、マリーンを上回っている」
 「組織的な連中じゃないからな」
 「どういうことだ?」
 「「個人」なんだよ。あくまでも一人ひとりの個人が戦闘を担っている。個人が連携しているんだ」
 「よく分からんな」
 
 俺は笑って説明した。
 ターナー少将は組織的に構築された「軍隊」しか知らない。

 「軍隊は上官の命令で動く。それが基本で、それが軍隊の強さだ」
 「そうだな」
 「だけど傭兵、特に聖のソルジャーは少し違う。命令は基本的に忠実だが、そこから個人としての資質で行動する」
 「そこが分からん」
 「軍隊は、指揮官の命令が間違ったら、途端に崩れる。上手く嵌っている時には最強だが、一旦歯車がずれると脆い。傭兵は個人が戦っているので、誰かが失敗しても何とかしようとする」
 「それが強みなのか?」
 「そうだ。個人の能力が最大限に発揮される。勝利して生き残るためにな。軍隊では組織が個人を守るので、なかなか能力の向上が上手く行かない。組織的な動きは訓練で強まるがな」
 
 ターナー少将は考えていた。

 「でも、大抵の傭兵団は軍隊よりも弱いぞ」
 「だが、個人的な能力では上回ることが多い」
 「ではなぜ軍隊に劣るんだ?」
 「まあ、ワガママだからだよ」
 「そうだろう?」
 「だけどな、もしも能力の高い傭兵たちが軍隊的に組織力も高めたらどうなる?」
 「そういうことか」

 ターナー少将は軍人なので、傭兵を下に見ていた。
 実際に、危なくなれば上官をぶっ殺して逃げる連中もいる。
 しかし、実際に聖の「セイントPMC」の高い能力を見て考え直していた。

 「聖は天才なんだよ。自分の戦闘力ももちろんだが、戦争に関してのあらゆることでな。訓練もそうだし、軍事行動に関わることなら誰にも負けない最高だ」
 「それはあの戦闘でよく分かった。一般の傭兵のように下品でもないしな」
 「まあ、そこは何とも言えないけどな。でも、「セイントPMC」というのは、他の傭兵会社と違う点がある」
 「それはなんだ?」
 「みんな聖が大好きだということだよ」
 「!」

 ターナー少将が驚いている。

 「マリーンの連中はあんたのことが好きだ。同じように、「セイントPMC」の連中はみんな聖のことが好きで、だから世界最強の傭兵団になっているんだ」
 「そういうことがあるんだな」
 「聖は愛される人間なんだよ。日本にいるとほとんどの人間が分からなかったけどな」
 「そうか」

 俺は「ルート20」総長の井上さんから聞いた話をターナー少将にした。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 トラが大変なことになったと知った。
 あいつは俺たちとは違って頭のいいインテリだった。
 最高の進学校に通い、そこで常にトップの成績。
 全国模試でも、受ければトップになっていた。
 なんであんなに頭のいい奴が暴走族なんかやってるのかとも思う。
 でも、みんな分かっていた。
 トラは俺たち仲間が大好きで、喧嘩が大好きで、そしてそれが何かあいつの運命のようだった。
 そのために死に掛けることもあったし、悲しい目にもたくさん遭った。
 トラは傷だらけになって、尚笑っていた。

 俺などが「ルート20」の総長としてやって来れたのは、全部トラのお陰だ。
 あいつがチームを強くし、大きくし、俺を立ててくれた。
 トラが中心のチームだった。
 俺はあいつのお陰で総長なんて言ってられた。
 
 トラが東大医学部に受かったと聞いて、チームの全員が本当に喜んだ。
 もうチームは抜けていたが、全員が集まってトラの合格を祝った。
 あいつももちろん嬉しそうだった。
 子どもの頃に、病気で20歳まで生きられないと言われたそうだ。
 だから、せめて死ぬまでの間、お袋さんが尊敬していた医者を目指すと決めた。
 誰にも治せない病気だったから、あいつはそれを捨てた。
 あいつはただひたすらに医者を目指し、あいつに優しくしてくれる人間を愛し、必死に守ろうとした。
 俺なんかを立ててくれたのも、俺が時々気まぐれで缶ジュースなどを奢ってやってたからだ。
 たったそれだけのことで、トラは俺を大事にしてくれていた。
 そういう奴だった。

 そのトラが何故か身体は丈夫になり、東大へも合格した。
 これからトラが本当に幸せになってくれるのだと、全員が思っていた。
 みんながトラに世話になっていて、トラのことが大好きだった。
 だから本当にトラの幸福を願っていた。
 あいつのツレと言ってもいい保奈美も看護婦になることを決めた。
 きっとあいつらは結婚して、子どもも生まれるのだろう。
 みんなそう思っていた。

 しかし、トラの親父さんが失踪し、家の貯金全てを持ち出したばかりか、家も勝手に売られてしまっていた。
 トラが東大に入学金を払おうとして、そのことを知ったそうだ。
 みんなが集まった。
 何とかトラを助けたかった。
 でも、トラのお袋さんがショックで寝込み、入院の費用も必要になった。
 入学金の他、トラには大金が必要だった。
 俺たちにはその金は無い。
 それでも何とかしようとしたが、トラが断った。
 そんな大金はもらうわけには行かないと。
 
 あの、優しく綺麗なトラのお袋さんが倒れたと知って、俺も一層ショックだった。
 トラはお袋さんが大好きだった。
 あいつはどれほど苦しんでいることか。
 
 でも、トラは諦めていた。
 俺が再度電話し、金を掻き集めると言ったが、トラに断られた。

 「もうチームの人間じゃないし、とてもじゃないけど受け取れませんよ」
 
 もう3月中に家も出なければならないと言っていた。
 トラは誰にも会おうとしなかった。
 電話にも出ようとしなかった。





 俺は何も出来なかった。
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