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古伊万里の大皿

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 ロボの御飯皿事件が解決し、流石に俺は疲れた。
 風呂に入り軽くリヴィングで酒を飲もうとすると、子どもたちが風呂から上がって集まって来た。

 「すぐにおつまみを作りますね!」
 
 亜紀ちゃんが嬉しそうにキッチンに入り、柳も手伝いに入った。

 「おい、そんなに今日は飲むつもりは無いからな!」
 「「はーい!」」

 まあ、こいつらは夏休みだから気楽だ。
 茹でたソラマメがすぐに出て来て、俺の前に置かれた。
 巾着タマゴ、ベーコンとほうれん草炒め、ナスの生姜焼きなどが出て来る。
 双子も風呂から出て、自分たちで冷凍たこ焼きを温めた。
 誰も居ないので缶ビールを出して来る。
 ハーが皇紀を呼んで来た。
 皇紀も申し訳なさそうな顔をしてビールを飲んだ。

 「ああ、古伊万里の皿は捨てるなよ」
 「はい、とっておくんですか?」
 「いや、修理する」
 「え! 出来るんですか!」
 「本当ですか!」

 皇紀も顔を輝かせた。

 「まあな。でも美術修復なんで、実用には出来なくなる」
 「そうなんですかー」

 みんな残念がる。
 
 「実用に耐えるようにするには、金継ぎなどの手法だけどな。思い切り武骨なものになるんだ」

 多少、焼き物の修復の話をしてやった。

 「じゃあ、もうあのお皿は……」
 「いいさ。ああいうものも運命だ。大事に扱うことは大前提だけど、いつかは壊れてしまうものだよ」
 「タカさん、すみません」
 「皇紀、もう引きずるな。ちゃんと新しいものが手に入った」
 「はい」

 双子が皇紀の頭を両側からナデナデする。

 「タカさん、あのお皿はどこから買ったんですか?」
 「ああ、あれな」

 俺は懐かしく、思い出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が今の病院へ移って、第一外科部長に抜擢された頃。
 夏休みをどうしようかと思っていると、また九州大学の伊達教授に呼んで頂き、喜んで飛行機に乗った。
 伊達教授が歓迎してくれ、門下の方々も俺の到着を喜んでくれた。

 「伊達教授! またお世話になります!」
 「いや、折角の夏休みだったのに、呼んでしまって申し訳ない」
 「そんな! 伊達教授の所へ来れる以上に楽しいことはありませんよ!」

 本当にそうだった。
 新たに院長に就任した蓼科文学を最高に尊敬しているが、伊達教授はまた別な俺の尊敬して已まない人物だ。
 外部の俺なんかをいつも気に掛けてくれ、可愛がってくれる。
 門下のお弟子さんたちも、俺などに良くして下さる。
 俺にまた様々な新しい技術を惜しげもなく教えてくれ、更に伊達教授の物凄い経験談を伺うのは、本当に為になった。
 蓼科文学以外に、これほど俺に多大な影響を及ぼして下さった方はいない。

 到着した日から、早速オペ室に同席を許して下さり、俺を度々呼んで手元を示しながら術式を披露して下さった。
 穿孔術式のパイオニア的な人物であり、俺にまた様々な技術を伝授してくれた。

 「石神君はどんどん吸収してくれるね」
 「そんなことは! 伊達教授が分かりやすく教えて下さるからですよ」
 「いや、君はいつも考えている。教えてもらおうという姿勢ではない。僕が示すことから、ずっと先を見ようとしているよ」
 「そんな、俺なんかは凡庸な人間で、とても伊達教授のような立派な方にはなれませんよ」
 「ああ、君がこっちに来てくれたらなぁ」
 「辞めて下さいよ!」

 俺のことをいつも良く言って下さった。
 蓼科文学とは真逆なことで、俺も楽しかった。
 そういうことは無いが、もしも俺が伊達教授の下に来れば、きっと蓼科文学と同じ扱いになっただろう。
 厳しくあらねば、本当に人を導けない。
 それは他のお弟子さんを見ていれば分かった。
 みんな伊達教授を神の如くに尊敬し、崇拝し、同時に畏怖していた。
 蓼科文学のように怒鳴り散らすことは無かったが、厳しさは同じだった。

 オペが終わり、また食事に誘われた。
 俺が最初に感動したことで、いつもあの高級割烹の店に連れて行ってくれる。
 伊達教授が着替えている間に、俺はホテルにチェックインし、急いで病院へ戻った。
 伊達教授の部屋に行くと、丁度帰れるようになったタイミングだった。

 「お待たせしました!」
 「いいや、今丁度片付いたところだ」

 伊達教授の鞄を俺が持たせてもらい、二人で出掛けた。
 いつもはタクシーで行くのだが、歩いても20分ほどだ。
 伊達教授が歩いて腹を空かせて行こうとおっしゃるので、俺も笑って付き合った。

 5分程歩いたところで、着物姿の女性が前に立っているのが見えた。
 バス停だった。
 バスを待っているのだろうと思ったが、女性がそこから立ち去った。
 目の良い俺は、女性が歩き去った後に、何か風呂敷包がベンチに置いてあることに気付いた。

 「伊達教授、ちょっとすみません」

 俺は走ってベンチに行き、風呂敷包を確認した。
 女性の姿はもう見えない。
 走って、女性が去った方へ行ったが、もう姿は見えなかった。
 伊達教授の所へ風呂敷を抱えて戻った。

 「さっき、あそこにいた女性が忘れて行ったんだと思います」
 「女性?」
 「はい、あそこのバス停に立っていたのですが」
 「そうだったか。気づかなかったよ」

 伊達教授に断って、風呂敷を開いた。
 平たい大きな桐箱で、相当重みがある。

 「古伊万里の大皿だね」
 「え!」

 箱書を見て、伊達教授が言った。

 「弱ったなー」
 「石神君、警察へ届けよう」
 「そうですね。あ、伊達教授は先にお店に行って下さい。俺もすぐに行きますから」
 「いいよ、一緒に行こう」
 「そうですか」

 伊達教授が付き合って下さり、二人で警察署へ行った。
 俺が一通り状況を話し、伊達教授がどこのバス停なのかと詳しく助けてくれた。
 すぐに拾得物の書類が整い、俺は遠方にいるということで、伊達教授の名前をお借りした。
 何かあれば、近くにいる伊達教授の方がいろいろと良いだろうと思った。

 割烹のお店に行き、また豪勢な料理をご馳走になった。
 本当に九州は魚が美味い。
 その上に、伊達教授の顔で、店の人が一際美味いものを用意してくれる。
 申し訳ないので、今回は俺が支払いたいと申し出たが、いつものように許してくれない。

 「石神君は、第一外科部長になったのだろう?」
 「ええ、まあ」
 「じゃあ、そのお祝いをしなきゃいけないだろう!」
 「アハハハハハ!」

 もう、本当に申し訳ない。
 誘って頂き、貴重な技術を教えて頂き、その上に最高の料理をご馳走になってしまう。
 せめてものお返しにと、俺の下らない経験談を話し、伊達教授が大笑いしてくれた。

 「虎と喧嘩したことがあるんですよ!」
 「本当かね!」

 レイの話をすると、大いに笑い、感動してくれた。
 健啖な伊達教授は、長い時間飲み食いし、本当に楽しい時間を過ごす。
 3時間もそうやって、ようやく今日は帰ろうということになった。

 「ああ、そういえばさっきの古伊万里の大皿だけどね」
 「はい」
 「中身を見たけど、あれは相当なものだね」
 「そうなんですか」

 教養の高い伊達教授は、焼き物にも精通されていた。

 「うん。何しろ7色使っていた。あんな多色のものは僕も知らない」
 「へぇー」
 「18区画に区切ったものもね。底面は獅子だったね」
 「なるほどー」

 俺にはさっぱり分からないが、珍しいものだということは分かった。
 伊達教授は、一色ごとに焼き直すのだと教えてくれ、素人の俺にもその工程の高度さが多少は分かった。
 普通はせいぜい4色だそうだ。

 「あれほどのものになると、もう値段は付けられないね」
 「そうなんですか!」
 「うん、1億と言われても驚かないよ」
 「えぇー!」

 驚いた。




 その日はその話を最後に帰り、俺は更に3日間伊達教授に勉強させてもらった。
 一度だけ昼食を俺が支払わせてもらい、伊達教授に「ご馳走様」と言われて焦った。
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