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竜胆丸譚 Ⅲ
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「虎星! やっと戻ったか!」
石神の里が襲われ、俺はその復讐で各地を回り、また武者修行をしてきた。
日本中に様々な剣技があり、また体術やその他の武術があった。
その多くは石神家が身に着けるべきほどのものは無かったが、確かな本物もあった。
特に「花岡」だ。
古来より練り上げてきた凄まじい武術の体系は、俺を熱中させた。
当主の斬牙とまみえ、俺は石神家の剣術の幾つかを指南し、斬牙は俺に「花岡」の技を伝授してくれた。
他にも神宮寺が求める拳法や、早霧家の剣術、葛葉家の拳法、道間家の妖術、百目鬼家の神術、病葉衆の地獄拳、円空寺家の暗殺拳なども、俺に新たな力を与えてくれた。
10年の歳月が掛かったが、それは各家の武術を学ぶには異常な速さであったと言ってもいいだろう。
石神家の「見切り」(技を見て解析する能力)と、中国大陸の放浪中に培われた特殊な状況によるものだ。
俺が大陸を渡っていた隙に、石神の里は壊滅的な損害を被った。
中心となった武田は既に滅したが、今後も石神家の戦力を恐れる者たちがまた里を襲うかもしれない。
その思いが、俺を武者修行の旅に出させた。
「虎竹、全国の武術を集めてきた」
「本当かよ!」
「これから皆に伝えていく」
「おし! 何とか剣士も10人くらいは残ってる。早速始めよう」
「うむ」
その日から里の剣士たちに俺が身に着けた技を教え、また虎竹とその返し技を研究していった。
そしてまた10年の歳月が流れた。
ある時、百家の巫女が来た。
百家が石神家にとっても特別な家であることは、みんな知っている。
百年に一度くらい石神家を訪れ、何かの託宣を述べて行く。
それは石神家の運命を左右することばかりで、石神家では百家を大事にし、何か頼まれれば率先して引き受けて行った。
人払いをし、俺だけが話した。
巫女は俺に神託を告げた。
百家の巫女が来た翌日の晩、俺の家に虎竹を呼んだ。
一緒に酒を飲む。
今日は鮎を釣って来たので、それを肴にした。
「虎星、お前が集めてきた武術は全部みんな覚えたぜ」
「そうだな。返し技もほぼ成り立った」
「おう! 俺たちはもうどんな連中が来ても喰い破ってやるぜ」
「頼もしいな」
時々虎竹とはこうやって酒を飲んだ。
もう俺と年回りが近いのは虎竹くらいだった。
若い剣士が育ってきている。
「俺は大陸を歩いて行く途中で、いろいろなものを見た」
「そうか」
「人の発想は凄い。思いもよらぬことを考え、それを実現する」
「へぇ」
虎竹には想像もつかないだろう。
実際にそういうものに触れなければ分からない。
「「花岡」や他の武術もそうやって発展してきた。長い年月、多くの人間の交わりで起こり、改良を続けてきたのだ」
「まあ、そうだろうな」
「これからもだ。今は俺たちが最強かもしれん。だが、今後もそうだとは分からぬ」
「そうしたらよ、また俺らもやればいい」
虎竹の言うことは正しい。
だが、俺の中でもう一つの考えがあった。
「虎竹。俺は今、人間の中の話をした」
「あ? ああ」
「俺たちは人間以外の化け物も相手にしている」
「そうだよな?」
「それは人間以上に恐ろしい。いずれ、俺たちにも相手にならない強大な妖魔が出てくるかもしれん」
「……」
虎竹が黙っていた。
こいつも石神家の剣士だ。
並大抵でないことが起きることは考えている。
「虎竹、俺はまた旅に出る」
「なんだと?」
「また大陸へ渡る」
「どうしてだよ! お前は十分にやったじゃないか! 石神家はこれまでにないほどに強くなった。人数は減っちまったよ。だから虎星も残って次の世代に教えなきゃだろう!」
「それはお前たちに任せる。俺は先へ行く。どのような妖魔が来ても倒せる石神家を築くためだ」
「おい、虎星! いい加減にしろって! 人の身じゃ届かないことだってあるだろうが!」
俺は笑った。
「まったくお前の言う通りだ」
「だったらよ!」
「だからだ。俺は人を辞めるよ」
「お前、何言ってんだ?」
「大陸で知り合った一族がいる。俺に非常に良くしてくれた。道教の一族で、俺たちが知らない知識や技があった」
「おい!」
「俺はまたあの一族に会いに行く」
「待てよ!」
虎竹が俺の肩を掴んだ。
「一緒に旅をする中で聴いたのだ。あの一族は仙人になる法を知っていると」
「なんだ?」
「俺ももう年だ。この先は衰えるばかりで、幾らも生きられないだろう」
「だから仙人なんかになるってかよ!」
「そうだ。なれるかは分からん。でも、やってみる価値はある」
「虎星よ! そんなたわけた賭けなんかしなくてもよ、確かな道があるじゃねぇか」
「虎竹、俺は必ず仙人になるよ」
「おい、虎星……」
虎竹が俺の肩を掴んだままうなだれた。
「お前、また行っちまうのかよ。なんでお前は……」
「この10年、本当に楽しかった」
「お前、息子の赤虎はどうすんだ」
「お前に託す。お前が思うように育ててくれ」
「あいつ、結構強いぜ」
「そうか」
「お前に言われてよ、俺の子だってことにしてっけど。そろそろ親子の名乗りをと思ってたんだぞ」
「お前の子どものままにしてくれ。俺は親らしいことは何もできなかった」
「そんなことねぇよ。あいつ、お前のことを本当に尊敬してんだぜ?」
思わず目を押さえた。
虎竹は正直な男だ。
赤虎は本当に俺をそう思ってくれているのだろう。
「さすがは虎星の子だよ。まだガキのくせに、もう俺たちと一端に戦いやがる。お前が鍛えりゃさ、ずっとずっと強くなんぜ?」
「お前に託す。俺には俺の役目がある」
「人間を辞めてまでかよぅ」
俺は笑った。
「そうだな。帰ってきても、俺と気付かないかもな」
「なんだよ、それ」
笑って虎竹の肩を叩いた。
虎竹も分かってくれた。
俺たちは、思うままに生きる一族だ。
そうして俺はまた旅立った。
石神の里が襲われ、俺はその復讐で各地を回り、また武者修行をしてきた。
日本中に様々な剣技があり、また体術やその他の武術があった。
その多くは石神家が身に着けるべきほどのものは無かったが、確かな本物もあった。
特に「花岡」だ。
古来より練り上げてきた凄まじい武術の体系は、俺を熱中させた。
当主の斬牙とまみえ、俺は石神家の剣術の幾つかを指南し、斬牙は俺に「花岡」の技を伝授してくれた。
他にも神宮寺が求める拳法や、早霧家の剣術、葛葉家の拳法、道間家の妖術、百目鬼家の神術、病葉衆の地獄拳、円空寺家の暗殺拳なども、俺に新たな力を与えてくれた。
10年の歳月が掛かったが、それは各家の武術を学ぶには異常な速さであったと言ってもいいだろう。
石神家の「見切り」(技を見て解析する能力)と、中国大陸の放浪中に培われた特殊な状況によるものだ。
俺が大陸を渡っていた隙に、石神の里は壊滅的な損害を被った。
中心となった武田は既に滅したが、今後も石神家の戦力を恐れる者たちがまた里を襲うかもしれない。
その思いが、俺を武者修行の旅に出させた。
「虎竹、全国の武術を集めてきた」
「本当かよ!」
「これから皆に伝えていく」
「おし! 何とか剣士も10人くらいは残ってる。早速始めよう」
「うむ」
その日から里の剣士たちに俺が身に着けた技を教え、また虎竹とその返し技を研究していった。
そしてまた10年の歳月が流れた。
ある時、百家の巫女が来た。
百家が石神家にとっても特別な家であることは、みんな知っている。
百年に一度くらい石神家を訪れ、何かの託宣を述べて行く。
それは石神家の運命を左右することばかりで、石神家では百家を大事にし、何か頼まれれば率先して引き受けて行った。
人払いをし、俺だけが話した。
巫女は俺に神託を告げた。
百家の巫女が来た翌日の晩、俺の家に虎竹を呼んだ。
一緒に酒を飲む。
今日は鮎を釣って来たので、それを肴にした。
「虎星、お前が集めてきた武術は全部みんな覚えたぜ」
「そうだな。返し技もほぼ成り立った」
「おう! 俺たちはもうどんな連中が来ても喰い破ってやるぜ」
「頼もしいな」
時々虎竹とはこうやって酒を飲んだ。
もう俺と年回りが近いのは虎竹くらいだった。
若い剣士が育ってきている。
「俺は大陸を歩いて行く途中で、いろいろなものを見た」
「そうか」
「人の発想は凄い。思いもよらぬことを考え、それを実現する」
「へぇ」
虎竹には想像もつかないだろう。
実際にそういうものに触れなければ分からない。
「「花岡」や他の武術もそうやって発展してきた。長い年月、多くの人間の交わりで起こり、改良を続けてきたのだ」
「まあ、そうだろうな」
「これからもだ。今は俺たちが最強かもしれん。だが、今後もそうだとは分からぬ」
「そうしたらよ、また俺らもやればいい」
虎竹の言うことは正しい。
だが、俺の中でもう一つの考えがあった。
「虎竹。俺は今、人間の中の話をした」
「あ? ああ」
「俺たちは人間以外の化け物も相手にしている」
「そうだよな?」
「それは人間以上に恐ろしい。いずれ、俺たちにも相手にならない強大な妖魔が出てくるかもしれん」
「……」
虎竹が黙っていた。
こいつも石神家の剣士だ。
並大抵でないことが起きることは考えている。
「虎竹、俺はまた旅に出る」
「なんだと?」
「また大陸へ渡る」
「どうしてだよ! お前は十分にやったじゃないか! 石神家はこれまでにないほどに強くなった。人数は減っちまったよ。だから虎星も残って次の世代に教えなきゃだろう!」
「それはお前たちに任せる。俺は先へ行く。どのような妖魔が来ても倒せる石神家を築くためだ」
「おい、虎星! いい加減にしろって! 人の身じゃ届かないことだってあるだろうが!」
俺は笑った。
「まったくお前の言う通りだ」
「だったらよ!」
「だからだ。俺は人を辞めるよ」
「お前、何言ってんだ?」
「大陸で知り合った一族がいる。俺に非常に良くしてくれた。道教の一族で、俺たちが知らない知識や技があった」
「おい!」
「俺はまたあの一族に会いに行く」
「待てよ!」
虎竹が俺の肩を掴んだ。
「一緒に旅をする中で聴いたのだ。あの一族は仙人になる法を知っていると」
「なんだ?」
「俺ももう年だ。この先は衰えるばかりで、幾らも生きられないだろう」
「だから仙人なんかになるってかよ!」
「そうだ。なれるかは分からん。でも、やってみる価値はある」
「虎星よ! そんなたわけた賭けなんかしなくてもよ、確かな道があるじゃねぇか」
「虎竹、俺は必ず仙人になるよ」
「おい、虎星……」
虎竹が俺の肩を掴んだままうなだれた。
「お前、また行っちまうのかよ。なんでお前は……」
「この10年、本当に楽しかった」
「お前、息子の赤虎はどうすんだ」
「お前に託す。お前が思うように育ててくれ」
「あいつ、結構強いぜ」
「そうか」
「お前に言われてよ、俺の子だってことにしてっけど。そろそろ親子の名乗りをと思ってたんだぞ」
「お前の子どものままにしてくれ。俺は親らしいことは何もできなかった」
「そんなことねぇよ。あいつ、お前のことを本当に尊敬してんだぜ?」
思わず目を押さえた。
虎竹は正直な男だ。
赤虎は本当に俺をそう思ってくれているのだろう。
「さすがは虎星の子だよ。まだガキのくせに、もう俺たちと一端に戦いやがる。お前が鍛えりゃさ、ずっとずっと強くなんぜ?」
「お前に託す。俺には俺の役目がある」
「人間を辞めてまでかよぅ」
俺は笑った。
「そうだな。帰ってきても、俺と気付かないかもな」
「なんだよ、それ」
笑って虎竹の肩を叩いた。
虎竹も分かってくれた。
俺たちは、思うままに生きる一族だ。
そうして俺はまた旅立った。
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