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TORA コンサート Ⅲ

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 5時半の開場時間まで、俺と橘弥生、そして円城寺さんで打ち合わせをし、確認していった。
 5時を過ぎると、橘弥生がいなくなった。
 徳川さんは、また集中しているのだと言った。
 俺のコンサートなのだが。

 俺は5時半から控室に入ってのんびりしていた。
 亜紀ちゃんが飛び込んで来る。

 「た、た、た、タカさん!」
 「おい、どうした?」

 「ロ、ローマ教皇!」
 「あんだと!」

 慌てて飛び出した。
 橘弥生から、来場者とは接触するなと言われていた。
 しかし、そうは行かない。
 俺が行くと、橘弥生のチケット席に、ローマ教皇とガスパリ大司教、それに護衛だろうがマクシミリアンがいた。
 俺を見て、三人が笑って手を振っている。

 「あの! どうしてここへ!」
 「石神様のコンサートの話を聞きまして、是非と思っておりました。でも、予約が取れませんで、いろいろ伝手を辿りましたら橘様が手配して下さって」
 「あの人ぉー!」
 「楽しみにしておりました」
 「!」

 亜紀ちゃんが俺の横で言った。

 「あの、コンサートが終わりましたら、ホテル・オークラで打ち上げをする予定なんです。宜しければ是非」
 「おい!」
 「それはそれは。是非伺わせて頂きます」
 「!」

 この娘はぁー!

 周囲の人間が法衣をまとったローマ教皇に気付き、慄いていた。
 その時一際高い歓声が挙がり、御堂が入って来た。
 やはり御堂は大人気だ。
 ダフニスとクロエが落ち着くように言いながら、御堂を席に案内しようとしていた。
 俺は手招いて、御堂にローマ教皇へ挨拶させた。
 御堂も流石に驚いていた。
 そして円城寺さんが俺を呼びに来て、俺は控室へ戻った。

 「びっくりしたー」
 「そうですよね」
 「もう、演奏できないよ」
 「TORAさん!」

 冗談だと笑うと、円城寺さんが睨んでいた。

 「あれが橘さんの仕込みですか」
 「はぁ、すいません。黙っているように言われまして」
 「俺が驚くと思ったんでしょうね」
 「はい、サプライズだと。なんでもTORAさんには散々苦労させられたとか」
 「何言ってんですか! こっちこそですよ!」
 「まあ、そのような……」

 俺はニヤリと笑った。

 「俺も仕込んでますけどね」
 「はい?」

 開演になった。




 最初に今回のコンサートの企画者である橘弥生がステージで挨拶した。
 俺と門土との友情を語り、俺が西平貢の最後の弟子であったことを語った。

 「私はギタリストにはならないと言うTORAを門土から離しました。今でもそのことを後悔しております。門土が亡くなり、久し振りにTORAのギターを聴き、そのことを一層悔やみました。TORAのギターは最高でした。私は無理矢理TORAに……」

 俺にCDを出させ、今日のコンサートを説得したと言った。

 「私はTORAに嫌われても、TORAの音楽をみなさんに聴いて欲しかった。そしてTORAは引き受けてくれたばかりでなく、この置物を私にくれました。皆様のプログラムにも印刷させていただきました」

 俺が先日渡した、橘弥生と門土、それに俺がいるフィギュアだ。
 今、ステージの中心の台に置かれている。

 「私の宝物です。私の最愛のものがここに。今日はその中の一つ、TORAの演奏を心行くまでお楽しみ下さい」

 会場に拍手が湧いた。
 橘弥生に導かれて、俺はステージに上がった。

 シューベルトの『水の上で歌う』から始めた。




 幾つかの曲を弾き、会場から栞、麗星、六花が上がって来る。
 栞と六花はドレスで、麗星は着物だ。
 それぞれ、士王、天狼、吹雪を抱いている。
 説明はされない。
 知っている人間も多いのだが。
 『父から捧げる』を演奏した。
 子どもたちは騒ぐことなく、ジッと俺を見詰めて演奏を聴いていた。

 次に聖、御堂、早乙女が上がって来て、子どもたちと交代する。
 聖が照れ臭そうにしていた。
 でも、この日のためにタキシードを着て来てくれている。
 『聖』『御堂』を演奏した。

 「次の曲は今度のCDには入っていません。俺の親友たちの曲を創ったのですが、早乙女のは忘れちゃって」
 「いしがみぃー!」

 会場が笑いで沸いた。

 「夕べ作ったから。まあ、聴いてくれ」

 『早乙女』を演奏した。
 あいつの底抜けの優しさと深い愛情を思って作った。
 拍手が湧く。

 「響子!」

 俺は響子を手招いた。
 今日は赤のシルクのドレスを着ている。
 ステージの椅子が取り除かれ、広めのソファが置かれる。
 
 「俺の最愛の女性! 響子です!」

 会場から大きな拍手が湧く。
 響子が嬉しそうに笑っている。
 円城寺さんが来て、響子にマイクを向ける。

 「私がTORAのヨメの響子です!」

 大きな笑いと声援が湧いた。
 響子と並んでソファに座り、『KYOKO』演奏した。
 演奏が終わると、響子が俺の頬にキスをした。
 また会場が湧き、響子がステージを降りる。

 ストラトキャスターで『ツィゴイネルワイゼン』を弾き、またイグナシオ・フレタで幾つか演奏した。
 最後に橘弥生とのセッションだ。

 「門土との縁で橘さんとは繋がっていました。厳しい人で、俺がこの世で最もコワイ三人のうちの一人です」

 会場が笑い、橘弥生が恥ずかしそうに俺を見た。

 「でも、先日愛を告白されて。まあ、今後は恋人として付き合っていくと思います」
 「トラ!」

 橘弥生が流石に焦っていた。
 会場がどよめく。

 「愛していますよ、橘さん。今後ともよろしくお願いいたします」
 「あなた! 何を言うの!」

 御堂と一江以外には誰にも話していなかったので、会場が最高に湧いた。
 みんなが拍手をし、歓声を送ってくれた。

 「じゃあ、幸せな俺たちの演奏を。橘さん、お願いします」
 「あなたはほんとうに!」

 小声で俺を罵り、それでもピアノの前に座った。
 俺から始める。
 ブルーノートだ。

 俺は橘弥生への愛を歌い上げ、最初は少しだけ寄り添う演奏の橘弥生だったが、次第に自分を曝け出して来た。
 俺たちの音楽が舞い、奏でられていく。
 俺たちの愛はこれだ。
 男女の肉体的な愛とは違う。
 互いに音楽によって寄り添い愛し合う関係なのだ。
 そしてそれはどんな男女の愛にも負けない。
 崇高で美しい愛だ。

 俺たちは精一杯に愛し合い、それを奏でた。
 演奏が終わり、会場が総立ちになって拍手を受けた。
 俺たちの「恋人」は、きっと会場にも伝わっただろう。

 アンコールを受け、俺は橘弥生をピアノの前に座らせ、『門土へ捧げる』を演奏した。

 全てを終え、俺はステージで最後の挨拶をした。

 「門土! 来ているか! 俺の親友! 永遠の親友! 橘弥生の宝物の門土! 聴いてくれたか! お前に一番聴いてほしかった! 俺は今日、お前のためにやった! 20年前、お前は俺に呼び掛けてくれた! 今度は俺の番だ! お前に、永遠の親友に!」

 会場に割れんばかりの拍手と歓声が沸いた。
 橘弥生が泣いていた。
 俺は橘弥生を抱き締め、ステージを去った。




 「TORAさん、最高のステージでした」
 「ありがとうございます」

 円城寺さんが泣いていた。

 「本当にありがとうございました」
 「いえ、俺も楽しかったですよ」
 「是非また、お願いします」
 「絶対イヤ」

 顔を見合わせて笑った。
 橘弥生も泣きながら笑っていた。

 「あなた、本当に覚えていなさいよ」
 「アハハハハハ!」
 「お前は本当に……」
 「いい告白だったでしょ?」
 「あなた!」
 「これからもお願いします」
 「もう絶対に離さないから」
 「はい。俺もですよ」

 



 俺は控室でタキシードを脱いだ。
 知らない間に汗だくになっていた。

 「なんだ、結構緊張してたんだ」

 俺は笑って着替えた。
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