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TORA コンサート Ⅱ

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 金曜日の夜。
 俺は中庭でギターを弾いていた。
 子どもたちは『虎は孤高に』を観ている。

 「タカさーん!」
 「あんだよ!」
 「今、CMなんで!」
 「いちいち来るな!」
 「すいませーん!」

 亜紀ちゃんが二重に大興奮だ。
 すぐに戻る。
 まったくウゼェ。

 明日はいろいろな人たちが来てくれる。
 みんなを歓待したいので、オークラの宴会場を押さえている。
 8時半から10時半まで。
 遅い時間になるので、割増料金だ。
 まあ、どうってこともない。

 アルたちはそのままオークラに泊まり、他にも千両たちやアラスカから来る連中、「紅六花」の面々なども同じだ。
 大阪の風花たちは六花のマンションに泊まる。
 絶怒たちは自分たちでもっと安いホテルを取ったようだ。
 六花が誘ったが、畏れ多いと言われた。
 蓮花たちは、そのまま帰るようだった。
 忙しいから仕方が無い。
 栞たちと聖たち、それに麗星たちはうちへ泊まってもらう。
 大分人数が多いが、子どもたちが部屋を準備している。
 エミーも一緒だ。
 
 10時になり、俺も練習を終えてリヴィングに上がった。
 電話が鳴った。

 「トラ、どう?」

 橘弥生からだった。
 毎日うちに電話していたようだが、俺とは話していなかった。

 「はい、大丈夫ですよ」
 「そう、良かったわ」

 それだけのために電話して来たのだろうか。
 俺が緊張などしないことは分かっているだろうに。

 「声を聴けて嬉しいです」
 「ほんとに!」
 「はい。橘さんのことは大好きですからね」
 「と、トラ!」

 俺は笑った。

 「からかうものじゃないわ」
 「すいません。でも本心ですよ?」
 「もういいわ。じゃあ、明日は頼むわね」
 「俺の方こそ。楽しみにしています」
 「ええ、おやすみなさい」
 「はい、おやすみなさい」

 電話を切ると、丁度亜紀ちゃんたちが上がって来た。

 「タカさーん! 今週も最高でしたよー!」

 井上さんたちが俺に黙ってヤクザと交渉をしようとした話らしい。
 俺も全然知らなくて、皇紀が井上さんから聞いて初めて知ったものだ。

 「それでですね! 来週は特別篇なんですよ!」
 「ほう」
 「あの赤い靴の女の子の美紗子ちゃんのお話ですよ!」
 「おお、そうか!」

 南が聞いて急遽脚本を立ち上げたらしい。
 それが二時間半の拡大枠で放映されるようだ。

 「いやぁー! 嬉しいことって続くものですね!」
 「そうだな!」

 まあ、明日は面倒なことだったのだが、聖たちやいろんな人間が来てくれて嬉しい。
 少し子どもたちと話して、俺は早めに寝た。
 
 「おい、明日の晩は留守番にして悪いな」
 「にゃー」
 「ランたちがいるからな。ご飯は大丈夫だ」
 「にゃ」

 大丈夫らしい。

 「橘さんがよー、何だかちょっと緊張してたみたいだぞ」
 「にゃー」
 「あの人がなー」

 まるで俺の声を聴きたかったような感じがした。





 土曜日、コンサート当日。
 俺は8時に起きていつも通り朝食を食べた。

 双子が俺のためにコッコ卵で出汁巻きを作ってくれた。
 食べ終わって、今日うちに泊まる人間たちの客室をチェックした。
 聖とアンジー、聖雅、クレアに一室。
 栞と士王で一室。
 麗星と天狼で一室。
 ジャンニーニ一家は裏の研究棟の広めの部屋にベッドを並べた。
 五平所とエミーにそれぞれ一室。
 
 「おい、ジャンニーニたちの部屋にテーブルセットを入れておいてくれ」
 「はーい! でも使います?」
 「ああ、親子で一緒になる機会は少ない連中だからな。いろいろ話したいこともあるかもしれない」
 「なるほど! じゃあ、ソファセットにしましょうか?」
 「いや、テーブルでいい。家族って感じだろ?」
 「はい!」

 亜紀ちゃんが手分けして倉庫からテーブルセットを運んで行った。

 「タカさーん! お昼はステーキ食べます?」
 「もっと消化のいいものにしてくれ。ああ、蕎麦でいいよ」
 「えー、もしかしてビビってます?」
 「あんだと!」

 そういう問題じゃないのだが。

 「こういう時はステーキをガンガン食べないと!」

 お前らと違うんだ。
 でも、肉食獣にバカにされるのは頭に来る。

 「す、ステーキ蕎麦にしろ!」
 「はーい!」

 ステーキ蕎麦を食べた。
 やっぱり美味くなかった。

 昼食後、俺は亜紀ちゃんと早めにサントリーホールに行った。
 3時までに入れば良いと言われていたが、前回CD録音で橘弥生と徳川さんよりも遅れて怒られた。
 それに俺も初めてのコンサートホールでの演奏で、確認しておきたいこともあった。

 2時前に着いたのだが、今回のコンサートの総支配人の円城寺さんが出迎えてくれた。

 「今日はお世話になるます」
 「こちらこそ! TORAのコンサートを取り仕切れるなんて光栄です!」
 「アハハハハハ!」

 50代の女性だが、何度か打ち合わせをして非常に優秀な方だと分かっている。
 全面的にお任せし、俺は幾つかの希望だけ伝えた。

 「あの、御堂総理までいらっしゃると聞きましたが」
 「ああ、俺の親友なので」
 「はい! それで、本当に警備の方は宜しいのですか?」
 「ええ、何しろ「虎」の軍のダフニスとクロエが付いていますし。大丈夫ですよ」
 「なるほど」
 
 それに俺たちがいる。

 「あと、橘様が」
 「はい?」
 「あのですね、TORAさんには黙っているように言われているのですが」
 「どうかしたんですか?」
 「い、いいえ。あちらも優秀なボディガードを付けているとのことでしたので」
 「誰か来るんですか?」
 「いえ、何でもありません! 本当に秘密だと言われましたので」
 「はぁ」

 何を仕込んでやがるんだ、あの人は。
 まあ、俺も同じだけどな。

 「ちょっと音を出してみたいのですが」
 「ええ、どうぞ。もう機材は搬入してセッティングまで終わっていますので」
 「お手数をお掛けしました」
 「いいえ! 本当にピアノの搬入と、エレキギターの装置くらいですから。存分に試してください」
 「ありがとうございます」

 俺は円城寺さんに案内され、大ホールに入った。
 前に何度も入ったことはあるが、やはり大きい。
 俺はまずイグナシオ・フレタを調弦して、音を出してみた。
 亜紀ちゃんに最後部の通路に立たせて、演奏してみる。

 「タカさーん! ちゃんと聴こえますよー!」
 「おう!」

 俺は亜紀ちゃんを移動させながら、音量を確認させた。
 大ホールは四方からステージを囲むような造りになっている。
 亜紀ちゃんは様々な場所で俺の演奏を確認した。
 
 「バッチリです!」
 「流石はコンサート特化のギターだなぁ」
 「明瞭に聴こえましたよ!」
 「そっか!」

 次にエレキギターの音を確認する。
 ストラトキャスターを繋いで、アンプから音を出していく。
 幾つかのエフェクトを調整した。
 また亜紀ちゃんに周囲を回らせ、音量の調整をする。

 やっている間に、橘弥生と徳川さんが入って来た。
 俺は中断して挨拶する。

 「トラ、今日はやる気になっているわね」
 「ちょっとお腹痛いんで帰っていいですか?」
 「トラ!」

 徳川さんが笑っていた。

 「石神さん、今日も楽しみにしているわ」
 「わざわざすみません。終わったらホテルで打ち上げをしますので、是非いらしてください」
 「まあ、是非伺うわ」

 橘弥生が音のチェックをするので、俺たちは黙って見ていた。
 いつものファツィオリF308だ。
 これだけの大ホールで、本来の性能が発揮されるピアノだ。
 俺も亜紀ちゃんも、橘弥生の本領の演奏に圧倒されていた。

 「俺、帰っていいよな?」
 「タカさん!」

 4時になり、円城寺さんが俺たちを応接室へ案内してくれた。
 みんなでお茶を飲む。

 「この後、幾つか演出の確認をしたいのですが」
 「はい、分かりました」

 俺の希望で、御堂や聖などをステージに上げることになっている。
 最初に俺の三人の子どもたちを、それぞれの母親に抱かせてステージに上げる。
 次いで聖、御堂、早乙女の三人も同様にステージで椅子に座らせる。
 『父から捧げる』と、『聖』『御堂』、そして今日のために作曲した『早乙女』を順に演奏するためだ。
 そして響子だ。
 ステージの演目をスムーズに進めるために、係員の誘導や椅子の設置、はけなどの動きを確認する。

 「それと、TORAさんに言われてはいたのですが」
 「はい」
 「あの、花輪と生花が異常に多くてですね」
 「ワハハハハハハ!」

 やっぱりそうだった。
 自由党の政治家たちや、御堂帝国に繋がる各企業が大量に送ってきている。
 その他にも各国大使館から、大統領などの国家主席たちからのものも多い。
 もちろん俺の関係者のものも少なくはない。

 「朝からその整理で大混乱です」
 「大変ですね」
 「しかし、どうしてアメリカ大統領始め、各国の大統領なんかから」
 「さー」
 「TORAさんって、一体何者なんですか?」
 「それは今日発表しますよ」
 「はい?」






 まあ、俺をこんな舞台に引きずり出しやがったんだ。
 覚えてやがれ。
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