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新宿悪魔 XⅠ

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 「真光の会」新宿総本山。
 関東地方に幾つもの支部を持つ「真光の会」の中でも、横浜大総本山に次ぐ規模の東京本部。
 昭和中期に始まる新興宗教団体だったが、勧誘活動に力を入れ、現在は4千人を超える信者を有している。
 新宿総本山は北新宿に広大な敷地を持ち、常に200人の信者が住み込みでいる。
 教義は現世との隔絶であり、信者は各地の本山(支部)で外界との接触を避けた生活をしていた。
 食糧は自給自足を旨としているが、一部の食品は外から購入もしている。
 新宿総本山は敷地内に畑と酪農もしているが、別な本山から定期的に食糧を輸送されていた。
 
 200人いた信者は、今は50人になっている。
 他の信者は全て、突然やってきた男に殺された。
 生き残った人間は全て全裸で鎖に繋がれて道場にいる。
 修行の一環で、定期的に断食を行なっており、その間に鎖で移動出来ないようにされていた。
 それが襲撃者によって利用されてしまった。
 既に3日がたち、水も食事も与えられず、全員が渇きと空腹に喘いでいた。
 排泄物も、その場に溜まっている。
 そしてもっとおぞましいものが積み上がっていた。

 「お願いします。水を飲ませて下さい」

 一人の女性が男に訴えた。
 女性の信者で、男が気に入った者は何度も犯されている。
 訴えた女性もその一人だった。

 「お願いします!」

 男が無言で積み上がっているものを女性の目の前に放り投げた。

 「!」

 男が笑って言った。
 腐敗が始まった遺体の一部だった。

 「食べろよ」
 「これは!」
 「なんだ、腹が減っているんじゃないのか?」
 「あなたは悪魔ですか!」
 「ああ、その通りだ」

 男が高らかに笑った。
 外界と接しない教義のため、電話は1本しか通じておらず、しかも固定電話だった。
 携帯電話を持っている信者は一人もいない。
 男に襲われた時にも、だから外部に助けを呼ぶことも出来なかった。
 
 「もうすぐ、他の本山から人が来ます!」
 「そうか」
 「こんなことをして、あなたはもう終わりですよ!」
 「そうかな」

 男がまた笑った。

 「まあ、誰が来ても同じだけどな」
 
 女性の傍に行き、男は首を捩じった。
 女性は床に倒れ、動かなくなった。
 そして男は積み上がった遺体を全員の目の前に投げて行った。

 「死にたく無ければ食べろ」

 そう言って、男はまた高らかに笑った。
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 木曜日の夜。
 俺は早乙女を家に呼んだ。

 「捜査は進まないようだな」
 「すまない。懸命に探しているんだが」
 「便利屋もまだ掴めないようだ。あいつもそろそろ限界だ」
 「ああ」
 「何度か気配は察知したんだがな。すぐに逃げられてしまう」
 「お前たちが顔認証をしてくれてるけど、どうも顔を隠しながら移動しているようだ」
 「まったく、サイコ野郎の癖に頭が回る奴だせ」

 頭にくる。
 
 「「食事」もやっているだろうな」
 「まだそっちは浮かんできていないが」
 「いや、あいつはやってる。必ずだ。そういう奴だよ」
 「そう思うか?」
 「ああ。あいつは自分を斃せる奴がいないと思い上がっているからな。自分は自由に何でも出来ると考えている。だから、欲望を抑えることは無いぜ」
 「そうか」
 
 俺は早乙女に提案した。

 「このままじゃ犠牲者が増える一方だ。だから強硬手段に出ようと思う」
 「強硬手段?」
 「そうだ。新宿から人間を追い出すぞ」
 「なんだと?」
 「強制的にだ。その中で出ようとしない奴が、あいつだ」
 「一体どうやるんだ?」

 俺は計画を早乙女に告げた。

 「無茶苦茶だよ!」
 「そうだろう!」
 「とてもじゃないが、現実的じゃない!」
 「そうでもないさ。「業」の大規模な攻撃に対する避難勧告だからな。「虎」の軍が大々的に出動するんだぜ?」
 「石神!」
 
 俺は笑って早乙女を落ち着かせた。

 「流石に広大な新宿区を一遍には無理だ。だから区域ごとに順番にやる。区域は警官隊が包囲できる規模で構成する。包囲してから住民を追い出して行く。顔を隠してる奴は気を付けて引っ剥がせ。避難勧告に応じない連中は索敵で強制捜査だ。恐らく、そういう連中の中に、片桐もいるだろうよ」
 「でも、石神!」
 「避難民に紛れることは難しいとあいつも分かっている。だから隠れようとする」
 「でも、便利屋さんだって分からないんだろう!」
 「片桐であることは分からなくても、人間が潜んでいることは簡単に分かるさ」
 「おい!」

 俺は早乙女の肩を掴んだ。

 「これしかねぇ。覚悟を決めて段取りを組め」
 「……」

 早乙女は考えていた。
 他に方法が浮かぶわけでもない。

 「分かった。上に掛け合うよ」
 「頼むぞ」

 新宿の各地で大規模な召喚魔法陣が発見された。
 「業」の軍勢が新宿に大規模な侵攻作戦を持っている情報を掴んだ。
 「虎」の軍が防衛のために出動し、住民の避難の後で侵攻軍に対して攻撃をする。
 「業」の軍は核兵器の使用の可能性もあり、逸早く避難が必要となる。
 そういうストーリーだ。
 御堂にも協力を依頼することになるだろう。

 実際にはデュールゲリエが操る「スズメバチ」の搭載カメラで避難民を全て走査する。
 同時に逃げない連中を片っ端から確認していく。
 それも多くは「スズメバチ」を使うことになるだろう。
 戦場になると言っても聴き入れないアホウがいつもいる。
 それに、人数が減れば「黒い波動」の奴も掴みやすい。
 俺たちも出来るだけ人数を割くが、恐らく逃げない連中は多いだろう。
 一体どれほどの時間が掛かることか。
 新宿区の人口は約35万人。
 だが、仕事や遊びでいる連中はもっと多い。
 100万人以上の人間を移動することになる。
 大変な作戦だ。
 土曜日に実行するつもりでいる。
 早朝から交通機関を止め、なるべく新宿に入れないようにする。
 その上での作戦だ。

 早乙女はすぐに公安と警察のトップと連絡を付けた。
 俺たちは作戦の説明と実施の段取りのために、すぐに出掛けた。
 
 悪魔を狩り出すために、動き出した。 
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