上 下
1,985 / 2,808

新宿悪魔

しおりを挟む
 「なんだこりゃ」
 
 6月第二週の土曜日。
 新宿署の捜査一課の白瀬は、機動捜査隊(事件の連絡を受け、初動捜査を担う部署)の連絡を受け、事件現場に急行した。
 50代になっており、数々の陰惨な現場を経験してはいたが、今回はそのトップクラスにもなる壮絶な現場だった。
 若い警官の中には気分を害して隅で蹲っている者もいる。
 機動捜査隊の人間が白瀬に近づいて来た。

 「白瀬さん、大分酷いですね」
 「そうだな」

 逸早く現場周辺は封鎖され、ブルーシートで幕が作られつつある。
 その内側で、鑑識が恐らく総動員で検証作業に入っている。
 新宿都庁都議会議事堂前の広場。

 「まだ確認中ですが、8人の男女と思われます」
 「この状態は飛び降りか?」
 「遺体の損壊の状況から高所から落とされた可能性もありますが。でも、どれも引き裂かれた痕がありまして」
 「引き裂かれた?」
 「はい。それに、この周辺には都庁の建物がありますが、ここまで飛んで来るのはどうかと」
 「そうだなぁ」

 8人の男女の遺体はどれも潰れており、しかも身体の一部が散乱もしている。
 機動捜査隊の男が言う通り、高所から落とされたとしても、都庁までは結構な距離がある。
 都議会議事堂の上から落とされたにしては、損壊の状態が酷過ぎる。

 「身元は分かりそうか?」
 「まだですね。スマホが遺体の近くにあるガイシャもいますが、壊れているようです。財布なども半数は身に着けていません」
 「時代だなぁ。スマホが財布や身分証になってる人間も多いしな」
 「そうですね」

 白瀬は遺体の一つに近づいた。
 鑑識があれこれと記録を取っている。

 「白瀬さん、これを見て下さい。噛まれた痕のようなものが」

 顔見知りの鑑識の男が言った。

 「なんだと?」
 「しかも人間じゃないですよ。でかい肉食獣のようです」

 女性の遺体の首の後ろを白瀬に見せた。
 女性の後頭部が大きな肉食獣のようなものに喰われていた。

 「12年前に、稲城会の組長宅での事件で観たものに似てますね」
 「あのライオンに人間を喰わせてた奴か」
 「はい。牙の間隔と大きさが。今回はもっと大きそうですけどね」
 「ライオンよりもか!」
 「口のでかい動物は他にも。ワニなんかもそうですし」
 
 白瀬は思わず身震いした。
 肉食獣に食い殺される死に方はしたくはない。

 「だけどよ、8人も同時になんてあり得ないだろう」
 「はい。肉食獣の集団に襲われたのならばともかく。でも状況的にそれも無理がありますね」
 「ガイシャは同じ時間に殺されたってことか」
 「今見た限りでは。血液の凝固が大体同じ時間を示してます」
 「じゃあ、あいつらの出番かぁ」
 「「アドヴェロス」ですか」
 「そうだ。連絡しておくよ」
 「分かりました」

 鑑識の男は検証に戻り、白瀬は電話を取り出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「今日は磯良と当直だね!」

 愛鈴さんが嬉しそうな顔で、「アドヴェロス」に到着した俺を玄関で迎えてくれた。
 四谷の富久町にある建物は、土日は門を閉じている。
 常に何人かが当直・宿直をしているし、建物の中に住んでいる人間もいる。
 十河さんや愛鈴さんがそうだ。
 当直は午前の9時から午後8時まで。
 俺は中学生なので、土日のどちらか1回が当直になることが多い。
 法的に随分と特殊な扱いの部署で、中学生の俺が一員となっていることもその一つだ。
 労働基準法が関わらないようになっているが、それでも早乙女さんが俺の当直は平日を避けてくれていた。
 俺は別に構わないのだが。

 「ねえ、お腹空いてない?」
 「大丈夫ですよ。早霧さんに誘われてますし」
 「えぇ! なんでよ! 私と一緒にいようよ!」
 「まあ、昼になったら」
 「じゃあ、私も行くよ!」

 いつも大体そういうことになる。
 愛鈴さんは俺を可愛がってくれている。
 俺が子どもなのにこんな仕事に就いていることを気に掛けている。
 現場でもすぐに俺を守ろうとし、俺の前で強靭な防御力を持った両腕で敵の攻撃を防ごうとする。
 早乙女さんも愛鈴さんのそういう気持ちを理解し、俺と一緒に行動させることが多くなった。

 「磯良は絶対に私が護るから」と愛鈴さんはいつも言う。
 有難く思うが、それは俺も同じだ。
 俺も愛鈴さんや他のメンバーを守りたい。




 いつもの訓練場に行くと、早霧さんが既に始めていた。

 「磯良! 来たか!」
 「はい!」
 「なんだ、愛鈴もやるか?」
 「早霧さん! 磯良は当直なんだから!」
 「別にいいじゃねぇか。この建物の中にいりゃいいんだろ?」
 「そうだけど!」

 俺は笑って木刀を手にして早霧さんの所へ行った。
 互いにすぐに打ち合う。
 愛鈴さんは離れて笑顔で俺たちを見ていた。
 
 しかしすぐに召集を告げるサイレンが鳴った。
 愛鈴さんが俺たちの端末を持って走って来る。

 「事件か!」
 「はい、新宿都庁前に出動です」
 「今日の本部の当直は十河さんですね」
 「一度作戦本部に行くぞ」
 「「はい!」」

 俺たちは急いで建物の中へ入った。

 「今、新宿署の捜査一課からの連絡で、男女8人の変死体が都庁の都議会議事堂前で見つかったということだ」

 十河さんが俺たちに説明した。

 「バラバラに引き裂かれ、全員が脳髄を食べられているらしい」
 「ライカンスロープか」
 「まだ判断は早いかと。でもその可能性は高いと思いますよ」
 「8人も襲うなんて、大食いだな」
 「だからです。ライカンスロープは1か月に一度程度しか脳髄を食しません。それで十分なはずなんです」
 「複数いるということか?」
 「分かりません。襲ったのは現場以外だろうという鑑識課や機動捜査隊の見解です。監視カメラにも、上空から落ちて来た遺体しか映っていないそうです」
 「「食堂」はまだ分かって無いのか?」
 「調査中です。もうじき詳細な報告があるはずですが、大体4時間前の犯行と思われます」
 「朝の8時頃か」
 「はい。被害者の身元が3人程分かっていますが、歌舞伎町のホスト、近所の住民が2名です。その二人は散歩に出掛けた所を襲われたようです。他の5人のうち3名はジョギング途中だったようで、どうも近辺にいた人間が攫われたと思われます」
 「特定の誰かを狙っての犯行じゃないんだな」
 「恐らくは。現在周辺の監視カメラの映像を洗っています。また分かり次第報告が上がるはずです」

 俺たちは打ち合わせをしながら装備に着替えていた。
 「虎」の軍から貸与された「Ωコンバットスーツ」の改良型だ。
 俺の隣で下着姿になった愛鈴さんを早霧さんがニコニコ見ていて、殴られていた。
 
 「今、早乙女さん、成瀬さん、それに「便利屋」さんに連絡をしている。まずはあなたたち3人で現場へ向かって下さい」
 「分かった。愛鈴、磯良、出掛けるぞ」
 「「はい!」」

 俺たちは「アドヴェロス」の専用高機動装甲車「ザンザス」に乗り込んだ。
 半年前に、これも「虎」の軍から貸与されたもので、向こうでは「ファブニール」と呼ばれているものらしい。
 量子AIが組み込まれ、秘匿されてはいるが強力な武装まであるそうだ。
 武装は早乙女さんにしか解放出来ない。
 早霧さんの運転で出発する。
 
 俺たちの「新宿悪魔」との邂逅だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...