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怒貪虎(ドドンコ)さん Ⅳ

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 怒貪虎さんは疲れることなく、逆に俺たちが治療のために休憩をもらうという形だった。
 まともに動ける剣士がいなくなるので、一時休憩。
 怒貪虎さんはファンタを飲みながらカールを食べて俺たちを待っていた。
 それが朝方まで続いた。
 終わったのは、いい加減に石神家の体力バカもようやく尽きたということだ。
 もう誰一人立ち上がって鍛錬を続けることは出来なくなっている。
 最後の方は、俺が防衛システムが入った要塞の中に怪我人を運び込み、組み入れたオペ室で処置をしていった。
 随分とヤバい状態の人も多くなっていったためだ。
 もちろん虎白さんには断っている。
 まあ、基本は縫合と薬剤の処方なので、そう難しいことは無かった。
 衛生面でのことは、大分省略している。
 この人たちなら問題無いだろう。
 むしろ、病院へ運び込む時間が無いことが大きい。
 死に掛けた人間もいるが、全員が命を取り留め、後遺症も無い程度には処置して回復させたつもりだ。

 俺も当然限界で、外へ出てからは地面に倒れたまま動かずにいた。
 まだ虎白さんや数人の剣士が怒貪虎さんに挑んでいたからだ。
 まあ、実を言えばまだ動けるが、これ以上はもういい。
 双子はあちこちの怪我人を見て回って、いろいろやっている。
 
 虎白さんが怒貪虎さんに近づいた。

 「怒貪虎さん、今回も本当にありがとうございました」
 「ケロケロ」
 「はい! 今後も今日教えていただいたことを糧に精進いたします!」
 「ケロケロ」

 本当に終わったようだ。
 俺も立ち上がって、もう一度怪我人を見て回った。
 中で処置をした大半の剣士も外へ出て来た。
 虎白さんたちに、そろそろ終わると言われていた。

 「よし! じゃあ、最後に怒貪虎さんへのお礼を込めて、『ドドンコ音頭』をみんなで踊るぞ!」

 なんだー?

 虎白さんたちが座ったままの怒貪虎さんを囲んで輪になった。
 虎白さんが意外にいい声で歌い始める。

 ♪ ドドンコー ドドーンコォ ドンドコドン(どんどこどん) ドドンコー ドドーンコォ ドコドコドン(どこどこどん) ドドンコドドンコ ドーコドコドコドーン (どどんこどん どこんこどん) ♪

 「まじか!」
 「なんか、いろいろスゴイね」
 「だなー」
 
 まるで盆踊りのような振り付けだった。
 踊りながら回って行く。

 「タカさん! 一緒にやろうよ!」
 「お、おう」

 柳の気持ちがちょっと分かった。
 あの恥ずかしい、不気味な輪に入るのは勇気がいった。
 でも、俺たちが行くと、虎白さんが笑って自分の後ろに入れてくれた。
 簡単な振り付けなので、俺たちもすぐに覚える。

 ♪ ドドンコー ドドーンコォ ドンドコドン(どんどこどん) ドドンコー ドドーンコォ ドコドコドン(どこどこどん) ドドンコドドンコ ドーコドコドコドーン (どどんこどん どこんこどん) ♪

 怒貪虎さんは最初俺たちをじっと見詰めていたが、やがて自分も中心で踊り出し、テーブルを叩いてリズムをとった。
 楽しいらしい。
 まあ、カエルの気持ちは分からん。

 20分もやっていただろうか。
 俺もいつまでやるのか不安になっていた頃だった。
 怒貪虎さんが手を挙げた。
 それが合図だったか、虎白さんが一層大きな声で歌い、終了した。
 みんなで拍手し、怒貪虎さんもカエルの手をバチパチ鳴らしていた。

 「全員! 怒貪虎さんに礼!」

 みんなで頭を下げた。
 何人か、風呂敷にカールの袋をまとめ、怒貪虎さんがそれを背負った。
 怒貪虎さんが歩き出し、輪から出て行った。
 その時、俺は肩を叩かれた。

 ぺち

 「ケロケロ」
 「はい!」

 一層深く頭を下げた。
 全然、何を言われたか分からない。
 怒貪虎さんがゆっくりと走り出し、やがて物凄いスピードで山を駆け下りて行った。
 あいつ、どこ行くんだぁー?

 「終わったんですか?」
 「ああ、全員生き残ったな!」
 「大変でしたよね」
 「まあ、高虎がいてくれて助かったぞ。お前が処置してくれたから、死人もいないし剣士を辞めなきゃって怪我も無かった」
 「いや、俺なんて」
 
 虎白さんが俺の肩を叩いて喜んでくれていた。

 「じゃあ、山を下りて何か口に入れるか」
 「「わーい!」」
 
 双子が喜んだ。
 こいつら、ずっとソーセージやハムなどを喰っていたのだが。
 俺には一口も寄越さなかったのだが。
 そればかりか、俺のカールを両脇からボリボリ喰っていたのだが。
 
 まあいい。
 終われば俺も上機嫌だ。
 みんなで刀を手入れして仕舞い、山を下りた。

 下では朝食が用意されていた。
 普通の朝食だ。
 焼き鮭と海苔、卵が大量にある。
 それに米も物凄い量を炊いていたようだ。
 みんなでかい丼に山盛りの御飯を持って、ガンガン食べて行く。
 俺も双子も同じように食べた。
 腹が空いていることもあるが、米が何しろ美味かった。
 本当に海苔だけで幾らでも喰える。
 
 虎白さんが俺の隣に座っていた。

 「怒貪虎さんって、最後までどういう人か分からなかったんですけど」
 「ああ、10年に一度は来て貰うって感じかな」
 「そうなんですか」
 「今回は特別に呼んだ。前回は3年前だったか」
 「へぇ」

 俺の予想以上に来ている。
 数十年単位かと思っていた。

 「いつも厳しいんだけどよ。今回は一層気合を入れて欲しいって頼んだ」
 「へぇ」

 やめろよ!

 「だから死人も出ると覚悟してたんだけどな。まあ、高虎のお陰だな」
 「そんな!」
 「橋田の病院も腕はいいんだ。でも、離れてるから、途中で死んじゃうんだよなー」
 「そうですか」
 
 ヤバ過ぎだろう!

 「高虎、お前橋田の病院で働けよ」
 「冗談じゃないですよ!」
 「そうか?」
 「はい!」

 絶対嫌だ。

 「でも、毎日俺らと一緒にいられっぞ?」
 「それが嫌なんですよ!」
 「てめぇ、はっきり言いやがるな」

 虎白さんが笑った。

 「ところで虎白さん、怒貪虎さんは元は人間だって言ってましたよね?」
 「そうだよ。だから「虎」の字が入ってんじゃねぇか」
 「え?」

 虎白さんに頭を引っぱたかれた。

 「お前! そんなことも知らずに当主になってたのかぁ!」
 「だって虎白さん、全然何も教えてくれないじゃないですかぁ!」

 俺たちが大声で言い合っているので、他の剣士たちも笑って見ていた。

 「お前なぁ。剣士になって初めて石神家では「虎」の字が使えんだよ」
 「そうだったんですか!」

 初めて聞いた。

 「それまでは他の名前でな。剣士昇格で「虎」の名が付く」
 「へぇー!」

 あれ?

 「あの、俺って生まれた時から「高虎」でしたけど?」
 「お前は虎影の息子だからな。当然だ」
 「そうなんですか?」

 虎白さんが笑って俺の頭に手を置いた。

 「てめぇは生まれながらに、俺たちの当主になることが決まってたんだよ」
 「明日から高ネコにしますね?」

 引っぱたかれた。

 「怒貪虎さんはよ、石神家の剣士になって、その先を考えた方なんだよ」
 「カエルになりたかった?」
 「バカ! 石神家の剣士が世界最強であるために、尋常でない修行をしたんだよ! 人間の身体まで捨てて、あらゆる武術を学んで、しかも不老不死までな」
 「それ、カエルの必要あったんです?」
 
 引っぱたかれた。

 「石神家のために身も心も捧げた偉大な方なんだ。お前もちょっとは敬え」
 「はい!」

 もちろん、そういう気はある。

 「お前に最後に言ってたよな?」
 「あー、ケロケロ」

 引っぱたかれた。

 「お前は見所があるってよ。あんなこと言われたのは、多分お前が初めてだぞ」
 「そうですか」
 「高虎もいずれ、怒貪虎さんの域になるのかもな」
 「カエルなんてやですよー!」

 みんなが「頑張れ」と言った。

 「まあ、お前はやりたいようにやれよ。俺らが精一杯手伝ってやるからよ!」
 「虎白さん……」

 本当に有難い人たちだった。
 涙が出そうになった。

 「じゃあ、来月はまた吉野に行くからな!」
 「!」

 「もう大丈夫だ。また楽しくやれっぞ!」
 「……」





 涙が引っ込んだ。
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