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赤い靴の女の子 Ⅱ

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 ゴールデンウィークに入り、また乾さんが呼んでくれた。
 城戸さんのお店もまとめて休むのだと言ったら、数日アルバイトに来ないかと誘われた。
 乾さんはゴールデンウィーク期間中も、いつも通りに店を開くらしい。
 真面目な人だった。
 俺は朝の11時から夕方の6時までという時間で働かせてもらった。
 4日間の予定だ。
 素人の俺なんかが何の役にも立つわけでは無いが、乾さんは呼んでくれた。
 俺に金を渡すためだ。
 そういう理由を付けないと、俺は小遣いだのを絶対に受け取らないからだ。
 乾さんの優しさが分かっていたので、俺も精一杯頑張ろうと思っていた。

 遅れては申し訳ないので、早めに家を出てまた山下公園で時間を潰した。
 遠くから犬の鳴き声が聞こえた。
 振り向くと、美紗子がゴンと一緒に近づいて来た。

 「もしかして、トラさんですか!」
 「おう! 美紗子か! 偶然だな!」
 「はい! ゴンが教えてくれました!」
 「ほんと、スゴイ犬だな!」

 俺は美紗子をベンチに座らせた。
 ゴンの頭を撫でてやると喜んで小さく鳴いた。

 「いつもこの時間に散歩してるんです!」
 「そうだったか。ああ、こないだもこんな時間だったな」
 「はい! まさかまたトラさんにお会い出来るなんて!」
 「俺も嬉しいよ! ああ、喉乾いてないか?」
 「はい、ちょっと」
 「待ってろ、ジュースを買って来るよ」

 俺は急いで走って自動販売機でオレンジジュースを買って美紗子に渡した。

 「俺、お金があんましないんだけどさ。今日から乾さんのお店でアルバイトさせてもらえるんだ」
 「そうなんですか!」

 俺たちはまた楽しく話した。
 小学生の頃のミユキの話などをすると、感動してくれた。

 「今日も綺麗な赤い靴だな!」
 「はい! こないだトラさんに褒めてもらったってお母さんに話したら、喜んでくれました」
 「そうか。美紗子が大事にされてるのがよく分かるよなー。本当に綺麗な赤だよ」
 「そうですか!」

 美紗子が突然『予科練の歌』を歌い出した。
 俺がたった一度しか聴かせていないのに、完全にメロディも歌詞も覚えていた。

 「おい、スゴイな!」
 「エヘヘヘヘ」

 一度聴いた曲はすぐに覚えるのだと言った。
 耳が鋭いことと、音と匂いの世界で生きているせいだろう。
 それに、恐らく音楽を沢山聴いている。
 それもご両親の愛情だろうと思った。

 「お母さんに聞かせたらびっくりしてました」
 「あー、軍歌だからちょっと嫌いな人もいるかなー」
 「でも喜んでましたよ?」
 「そう?」

 俺は今度ギターを持って来ると約束した。
 美紗子の散歩の時間が分かったから、明日も会えるだろう。

 「まあ、お互い無理しないでな」
 「はい!」
 
 俺は乾さんの店に行き、一日頑張った。
 乾さんから様々な指示を貰い、帳簿の手伝いやバイクの移動、接客のコーヒー、修理の手伝いも少しやった。
 空いた時間は店の掃除をやった。

 「おい、少しは休め!」
 「はい!」

 俺は笑って箒を持って店の前を掃いた。
 休んでなどいられない。





 翌日も早めに行って山下公園のベンチにいた。
 その日はもう俺の方で美紗子を見つけて呼んだ。
 ゴンを連れてニコニコして近づいて来た。
 俺は買っておいたジュースを美紗子に渡し、約束していたギターを弾いた。

 「バッハの『シャコンヌ』!」
 「ベートーヴェン『月光』!」

 俺が弾くクラシック曲は、全部美紗子も知っていた。
 やはり、相当聴き込んでいるようだ。

 「美紗子は詳しいな!」
 「トラさんこそ! 素晴らしいギターですね!」
 「貢さんに教わってな」
 「ミツグさん?」
 
 俺は西平貢だと言った。
 美紗子も知っていて驚いていた。

 「有名な方ですよね! 凄いじゃないですか!」
 「凄くはないよ。貢さんは最高の人だけどな。俺なんかは全然だ」
 「トラさんのギターもいいですよ!」

 俺は笑って貢さんとの日々を話し、美紗子が笑い、感動していた。

 「じゃあ、また明日な! ああ、無理して来るなよな」
 「はい! 今日は本当にありがとうございました!」
 「おう!」

 乾さんの店に行くと驚かれた。

 「トラ、なんでギターなんか持ってんだ?」
 「なんかカッコイイじゃないですか!」
 「あ?」
 「ほら! 風来坊みたいで!」
 「お前はフーテンだからなぁ」
 「アハハハハハハ!」

 俺はその後の二日間、美紗子と山下公園で待ち合わせてギターを弾いた。
 俺はクラシック曲の他にも歌謡曲なども弾いて歌った。
 井上陽水の『闇夜の国から』を歌うと、美紗子が一番気に入った。
 
 ♪ 闇夜の国から二人で舟を出すんだ 海図も磁石もコンパスもない旅へと ♪

 美紗子がうっとりと聴き、この曲を歌うとゴンが美紗子の膝に頭を乗せて寛いだ。




 俺は乾さんに呼ばれると、あの時間に山下公園に寄るようになった。
 毎回ギターを抱えて行った。
 よく美紗子に会え、二人でいつも再会を喜んだ。
 毎回美紗子は『闇夜の国から』を聴きたがった。

 「レコードも買ってもらったんです」
 「そうか。そんなに気に入ったか」
 「でも、トラさんの歌が一番好き」
 「井上陽水に怒られちゃうよ」
 「ウフフフフ」

 美紗子が水筒を持って来るようになり、俺に紅茶を飲ませてくれた。
 俺に金が無いというのを気に掛けてくれたのだと思う。
 いつも美紗子にジュースは買っても、自分の分は買っていなかった。
 見えないから気付かないと思っていたが、美紗子は鋭い子どもだった。
 そして優しい子だった。

 しかし、8月を過ぎると、美紗子と会えなくなっていた。
 暑くなったから、散歩の時間を変えてしまったのかもしれない。
 俺は山下公園で独りでギターを弾いて、乾さんの店に行くようになった。
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