上 下
1,968 / 2,806

ロクザン

しおりを挟む
 5月下旬の金曜の夜。
 柳と双子を連れて、ロシアへ飛んだ。

 以前に壊滅させたロシア軍の基地であり、住民を拉致していた外道の集団を殲滅した。
 聖やミユキたちも一緒だったが、比較的簡単に基地の破壊は終わった。
 原子炉の処理で手間取ったが、その他に一つ懸念を残していた。
 基地を防衛していたと思われる妖魔だ。
 その妖魔は俺たちを攻撃しようとせずに、黙って俺たちのやることを見ていた。
 俺も聖も敵意を感じなかったので、放置していた。
 そのまま帰って来たのだが、どうも気になっていた。
 気にはなっていて早く確認したかったが、いろいろと重なってなかなか出向けなかった。
 ようやく俺も本腰を上げて、柳と双子を連れて行こうと決意した次第だ。

 「ヘンな妖魔だったよね?」
 「敵じゃない感じもしたよね?」

 ルーとハーも俺と同じ印象のようだった。

 「俺もそうなんだがな。それに、俺はあいつを知っているような気がしたんだよ」
 「なにそれ?」
 「分かんねー」
 「ふーん」

 双子もそれ以上は聞いて来なかった。

 基地跡には直接飛んで行った。
 前回は基地の警戒を避けるために離れた場所から侵入したが、もう基地は破壊されているので、そのまま上空から降りた。

 基地跡は俺たちが破壊したままだった。
 幾つか後から検証に来た形跡はあったが、新たに何かを作ったり建てたりはしていない。
 拉致任務の連中はすべて死んだのだが、とにかく重要な連中でもなかったのだろう。
 基地自体もお粗末な警備防衛体制で、半分見捨てられていたとも思われる。
 もしかすると、軍人ですらなかったのかもしれない。
 俺たちが手に入れたデータは人体実験のものがほとんどで、組織そのもののデータはなかった。
 死んでいった敵兵がどこの誰かも分からん。
 管轄している人間も、軍の中のどの部隊なのかも分からなかった。
 
 「何もねぇな。周辺を探ってくれ」
 「「はーい!」」

 俺には何のプレッシャーも無かった。
 俺たちを狙う者はいない。
 双子に妖魔の気配を探知してもらった。
 俺も「虎王」を抜いて探ってみる。

 「「「あ!」」」

 三人同時に見つけた。
 というか、目の前に立っていた。

 《またお目に掛かれるとは思いませんでした》

 テレパシーだった。
 俺たちはもう慣れたものだ。

 「お前、ずっとここにいたのか?」
 《はい。他に行く場所もなく》
 「何をやってたんだ?」
 《死んでいった者たちに祈りを捧げていました》

 「なんだと?」

 一瞬何を言っているのか、耳が理解を拒んでいた。
 妖魔が人間の死に祈りを捧げているだと?

 「見せてくれよ」
 《はい、こちらです》

 半信半疑で妖魔の案内に付いて行った。
 破壊された跡地から少し離れた場所で、いくつかの建屋が残っていた。
 その向こう側に鉄骨がたくさん地面に突き立てられていた。
 鉄には赤錆が浮いており、それが如何にも死者を悼む様相を増しているように見えた。
 墓石や何かを用意することは出来なかったのだろう。
 だからどこかにあった鉄材で墓標を建てたのか。
 「墓」の概念があることに、俺は驚いていた。
 それ以上に、この妖魔が真心を込めて死者を悼んでいたことが伝わって来た。
 こいつは妖魔ではないと感じた。

 「お前はどうして墓を建てようと思ったんだ?」
 《すいません。まともなものは用意できなかったのですが、せめて何か供養をしてやりたくて》
 「あいつらはろくでもない連中だったぞ」
 《知っています。連れてきた人間を酷い実験や用向きで殺していました。でも罪人とはいえ、死んでそのままにするのは忍び難く》
 「そうか」

 俺たちも手を合わせた。
 ロシア人の弔い方は知らない。
 宗教を持っていない連中も多いはずだった。

 《ありがとうございます》

 妖魔が礼を言った。

 「お前は妖魔なのか?」
 《はい。それは間違いありませんが》
 「妖魔がどうして人間を弔うんだ?」
 《元は人間でした。いいえ、そういう記憶があるだけですが》
 「どういう記憶だ?」
 《家族がいました。もう顔も思い出せませんが。そして私もここにいた連中に攫われて何かと合体させられました》
 「何か?」
 《はい、もうそれ自体は消えてしまいましたが。でも私の中にほんの一部が残っています。私も一緒に消えるつもりでしたが、それが私を最後の力で分離し、この地上に残ったのです》

 妖魔の記憶も曖昧なようで、俺にも想像は付かなかった。

 《恐らく、ここから離れた地でそうなったのだと思いますが、ここに呼び出されました。すいません、私にもよくは分からないのです》

 この基地の多くの人間を使って召喚されたのだ。
 それは俺たちも知っている。

 「そうか。召喚されたのは知っている。でも、どうして俺たちを襲わなかったんだ?」
 《あなたのお姿を見てそのような気持ちは抱けませんでした。むしろ呼び出されるのを待っていたような気がいたします》
 「待っていた?」
 《はい、それはあなたのことだと思うのです》
 「俺を待っていただと?」

 妖魔の語る飛躍した話に、また俺も戸惑っていた。

 《あなたとは何かの縁を感じるのです。いえ、私と融合していた者との縁だと思いますが》
 「消滅した奴か?」
 《はい》
 「そいつの名は覚えていないのか?」
 《すみません。ただ、それを消滅させた存在の名は》
 「教えてくれ」
 《はい。「アザゼル」と》
 「なんだと!」

 唐突に出てきたアザゼルの名に、俺はまた驚いた。
 双子も同様で、俺の両手を掴んでくる。
 柳も無論驚いている。
 自分の父親のガーディアンの名だからだ。
 話が随分と大きなものになっていた。

 《もはや自分の名も、一体になっていた者の名も思い出せません。ですが、アザゼルという名だけははっきりと覚えています》
 「……」
 《アザゼルも最後に力を貸してくれたように思います。そのお陰で、私は地上に残ることが出来ました》
 「そうか……」

 俺の予感は当たっていた。
 やはりこいつとは繋がっていたのだ。
 ただし、俺自身との直接の縁では無かった。
 アザゼルとの縁。
 俺の中でやっと線が結ばれた。
 目の前の妖魔は恐らく、あの御堂を襲ったケムエルと同化した少年のことだろう。
 ケムエルと共に滅したはずの少年は、多分アザゼルとケムエルの力によってこの世に残った。
 だが、人間としての存在ではなく、妖魔としての存在になって。
 それがギリギリのことだったのだと思う。
 
 「腹が減ったな。ルー、ハー! 何か獲物を狩って来い!」
 「「はーい!」」

 二人が走って森の中へ消えた。

 「ハスハ!」

 柳が昏倒した。
 俺が支えて地面に横たえた。





 目の前に美しい少女の姿のハスハが現われる。
 柳はまだ姿を観ることは出来ないのだろう。
 だからハスハが現われると同時に意識を喪った。
 妖魔がハスハを見て跪いた。

 「どうしたんだ?」

 俺が妖魔に問うた。

 「この方を存じている気が致します」
 「そうなのか?」

 ハスハを見ると、微笑んでいた。

 「ハスハ、この者を知っているか?」
 「はい。もう既に消えた者ではありますが」
 「こいつは、その消えた者に関わっているのか」
 「はい。消えたのは名であり、存在はこの者に繋がっております」
 「そうか」

 ハスハは俺に伝えようとはしているが、概念の違いがあるらしく難解だった。
 俺は質問を変えた。

 「アザゼルが消した者か」
 「はい、その通りです」
 「やはりな」

 以前に御堂を襲ったケムエルのことだろう。
 ケムエルを受肉させるために、どこかの少年を生贄に使ったと聞いている。
 そしてその少年もケムエルと共に消えることを願った。
 しかしケムエルとアザゼルが少年の「実在」を残した。
 多くの記憶を喪ってはいるが、それは無くなったのではないのかもしれない。
 だから、意識には無くとも意志を持って行動している。

 「名はもう無いのだな?」
 「はい、ございません」
 「そうか」

 アザゼルやハスハと共に、かつて神に戦いを挑んだ者なのだろう。
 そう気付くと、俺の中に何かが流れ込んで来た。
 それは言葉には出来ないが、俺の考えていた通りだと示すものだった。
 俺は妖魔に向かって言った。

 「お前はこれからどうするのだ?」
 《特にはございません》
 「何か求めるものは無いのか?」
 《一つだけございます》
 「言ってみろ」

 《守りたい》

 「なんだと?」

 《その方と共に、あなたの戦う者たちから人々を守りたい》
 「それは俺たちと共に戦ってくれるということか?」
 《はい》
 「お前には守る力があるのか?」
 《分かりません。ですが、あなたに問われ、今どうしようもなく欲していることです》
 「そうか」

 俺は妖魔に言った。

 「ありがとう。ならばお前に名を付けても良いか?」
 《はい、お願い致します》

 「ロクザン(roxane)。輝くという意味だ」
 《!》
 「お前の優しく気高い心で、俺たちの大事な人間を守ってくれ」

 「かしこまりました!」

 ロクザンが初めて「声」を発した。
 硬い革に覆われていた身体が変化し、大きく横に拡がる翼を持つ姿になった。
 ハスハと同じ竿頭衣に身を包んでいる。

 ロクザンがニッコリと微笑んだ。

 「宜しくな、ロクザン」
 「はい。幾久しくお仕え致します」

 ハスハが俺に頭を下げ、ロクザンと一緒に消えた。

 「「タカさーん!」」

 双子が鹿を狩って来た。
 2頭もいる。

 「おい、1頭で良かっただろう!」
 「うん、お腹空いちゃった」
 「まあ、そうだな!」
 「柳ちゃん、どうしたの?」
 「腹が減り過ぎたんだろうよ。起こしてやれ」
 「はーい!」

 柳が揺り起こされる。

 「あれ?」
 「おう、起きたかよ?」
 「あれ、私、なんで……」
 「腹が減っただろう。すぐに食事だ」
 「え、あ、はい」
 
 双子が笑いながら鹿を捌いて行く。
 俺は柳に薪を拾って来いと言った。
 柳が慌てて森に入って行く。

 「タカさん、妖魔とお話出来た?」
 「ああ、味方になったぞ」
 「「やったぁー!」」

 双子には分かっていたようだ。
 あの妖魔が特別な奴だということも、俺が子どもたちに話せないことがあることも。
 双子はあの時、タマの言葉を必死に聴こうとしていた。
 今の自分たちには無理でも、いつか俺が理解することを一緒に共有しようとしていた。
 今回双子を連れて来たのも、そういうことの第一歩だ。
 近づくことで何かを進める。
 全てを欲しがっても無理なのだ。
 
 柳がたくさんの枯れ枝を抱えて戻って来た。
 四人で一緒に肉を焼いて食べた。




 柳も双子も、嬉しそうに笑って肉にかぶりついていた。
 風が吹いて、俺たちの笑い声をどこかへ運んで行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...