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妖魔と悪魔 Ⅱ

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 風呂を上がって、みんなで酒を飲んだ。
 タヌ吉はもう帰っている。
 俺に甘えて満足したようだ。

 蓮花がまたつまみを作ってくれた。
 ナスの甘味噌炒め。
 太刀魚の焼き物。
 厚揚げ出汁煮込み。
 ソラマメとチョリソーの炒め物。
 冷凍タコ焼き(双子推奨)。
 ハム焼き(獣用 自分で作れ)。

 俺と亜紀ちゃんは冷酒を飲み、俺が柳のためにミモザを作った。
 今日は柳が頑張った。
 あの強大な悪魔にも通用する技を練り上げたのだ。
 毎日の鍛錬が、ここまでの成果になった。
 柳の真面目さと情熱が実を結んだ。
 俺はそれが何よりも嬉しかった。

 「石神さん! 美味しいです!」

 嬉しそうに笑う柳がカワイイ。

 「亜紀ちゃん、大丈夫か?」
 「はい!」
 「そうか。俺はちょっとヘコんでるけどな。折角仲間になると思ったのによ」
 「アリちゃーん!」

 亜紀ちゃんが叫び、みんなが笑った。

 「でも、腹に蹴り入れたりしてたもんな」
 「亜紀ちゃんは優しい子ですよ!」
 「ワニがゲロ吐いてたじゃねぇか!」
 「あれはびっくりゲロです!」
 「まあ、もうちょっと蹴っときゃよかったなぁ」
 「そうですね!」

 まあ、亜紀ちゃんは大丈夫そうだ。
 シロクマの時にはちょっと落ち込んでいたのだが。

 「さっき石神さんがタヌ吉さんに、悪魔と妖魔の違いを聞いてたじゃないですか」
 
 柳が聞いて来た。

 「あー」
 「ちょっと聴いてて分からなかったんですよね」
 「そうだな。もうちょっと専門家に聞くか」
 「え?」

 俺は専門家を呼んだ

 「タマ!」

 「なんだ」

 タマが着物姿で現われた。

 「おい、一緒に飲もうぜ」
 「ああ、嬉しいぞ」

 口調はともかく、顔は本当に嬉しそうにした。
 亜紀ちゃんが俺の隣に席を用意する。
 全員が俺たちに顔を向けた。

 「さっきタヌ吉にも聞いたんだけどよ。ああ、言い難いことは言わなくて構わないからな」
 「なんだ」
 
 俺は聞きながらタマのグラスにデキャンタから注いだ。
 タマが嬉しそうに半分ほど飲む。

 「あのワニは悪魔だったわけだろ?」
 「そうだな」
 「悪魔と妖魔の違いってどういうものなんだよ? タヌ吉に悪魔が前に神に戦いを挑んだって聞いたけどさ」
 「そうだ。妖魔との違いは、その一点にあると言ってもいい」
 「ほう」

 タマはタヌ吉よりも喋れそうだった。

 「主が妖魔と呼んでいる者は、人間の目で捉えることが出来ない存在のことだ」
 「そういうことだな」

 タマの定義は分かりやすい。
 人間の精神に通じている分、俺たちに理解しやすいように話してくれる。

 「だが、確かに存在はしている。人間が認識していないだけでな」
 「そうか」
 「主にはそういうことの概念があるのではないのか?」
 「阿頼耶識のことか」
 「それだ」

 俺はみんなに説明した。

 「阿頼耶識というのは、人間は全ての現象を知覚しているという概念だ。しかし、捉えてはいても、それを認識出来るのは一部でしかないというな。修行によって認識の幅は拡がるが、それは遠く果てしない」
 
 全員がタマの話と阿頼耶識の概念を把握した。

 「人間と妖魔は存在する世界の違いだ。人間はこの世界にだけ存在している。まあ、実を言えばそうでもないのだがな」
 「それは肉体に限定した場合ということか」
 「そうだ。人間の生は肉体の生に縛られ過ぎている。だから他の世界に重なっている自分を認識出来ない」
 「なるほどな」
 「妖魔は違う。肉を持つ場合もあるが、それはあくまでもこの世界の人間に向けてのことだ」
 
 人間に関わるために、人間に認識出来るようにしているということだろう。
 一つタマに確認した。

 「あの悪魔は受肉していたと考えていいんだな」
 「そうだ。ただ、人間と同様に他の世界に重なって存在していることは同じだ。もちろんあいつは人間と違って、そのことは分かっていたがな」
 「俺に会う前は何かやっていたのか?」
 「人間を喰っていたようだ。そうやって力を溜めていた」
 
 やはり物騒な奴だった。

 「あれは数千の人間を喰っていた。そこそこの力はあったようだぞ」
 「どこにいたんだ?」
 「お前たちが言うアマゾンという地域だ」
 「そんなとこから来たのかよ!」
 「特別な存在が介在したようだな」

 誰かが力を貸したということか。
 恐らくは俺たちの敵だ。
 「業」と関わっているのかは分からないが。

 「人間を喰うのは特別な意味があるのか?」
 「ある。人間はこの世界の中で特別な存在だ。まあ、お前たちも他の動物とは違っていることは分かるだろう」
 「神を志向することか」
 「そういうことだ。「理(ことわり)」の中で生きることは他の生命と同じだ。ただ、人間は唯一神を求める。神の概念を持つことが出来る。それは人間が一層神との繋がりが大きいことを示している」

 タマのグラスに酒を足してやった。
 タマが嬉しそうに微笑んで俺を見た。

 「それは人間を犠牲にして妖魔や神を呼び出すことにも関わっているんだな」
 「その通りだ。他の生命ではそういうことは出来ない。神と強く繋がっている人間だからこそ、サクリファイスが有効なのだ」
 「……」

 俺はタマの目を見て問うた。

 「タマ、これは答えなくてもいい。神に戦いを挑んだ者が悪魔だとすれば、そのことに何か意味はあるのか?」
 「……」
 「悪魔は神によって何かをされているのか?」
 「……」

 タマは目を閉じて黙っていた。

 「分かった、これは答えなくてもいいぞ」
 「そうではないのだ。今、主にどう説明すれば良いのか考えていた。そうだな、悪魔は他の妖魔とそこが違うと言えるな」
 「どういうことだ?」
 「「理」を変えられている。元々のその存在の核となる「理」と繋がってはいるが、神によって「使命」を与えられている」
 「神の罰か?」
 「人間から見て、そう見えることもあるだろう。だが、正確に言えば「使命」なのだ。役割と言い換えてもいい」
 「悪魔は人間にとって害悪であることも多いと思うが?」
 「それは多くの悪魔が戦ったのが下級神だからだ。下級神の中には人間を嫌う連中も多い」

 タマたち妖魔にとって、必ずしも「神」は敬う存在でも無いようだった。

 「下級神の「使命」によって、人間を苦しめるということか」
 「まあ、一概には言えないがな。苦難が生命を高めることも多い」
 「なるほどな」
 「しかし、確かに人間を滅ぼそうとすることもある」
 「……」
 「人間を嫌う下級神であれば、人間に一方的な害悪を悪魔にやらせることもある」

 俺は最も気になる質問をした。

 「タマ、「業」は悪魔なのだな」
 「そうだ。希代の大悪魔だ。過去に何度も人間を滅ぼそうとしてきた。人間を嫌う下級神と密接に繋がっている」
 「「業」は下級神に使役されているのか?」
 「もう、そういう存在ではない。下級神の多くを上回る存在となった」

 全員が黙っている。
 タマの語る内容に、呆然としていた。

 「下級神より上位の神もいるんだよな?」
 「そういうことだ、我が主」

 タマがニッコリと微笑んだ。
 タマが語らずに俺に伝わったことを喜んでいる。
 俺たちは上位の神と繋がっているのだ。
 
 「分かった。いろいろと教えてくれてありがとうな」
 「主のためならばな」
 
 最後に一つだけタマに聞いた。

 「上位の神が悪魔をまた変えることもあるのか?」
 「ある」
 「下級神に変えられたり奪われた力を与えることも?」」
 「そうだ。滅多には無いことだがな」
 「上位の神が下級神を管理しているのか?」
 「それは説明出来ない。人間の概念では語れないことだ」
 「そうか、分かった」

 タマがグラスを飲み干した。

 「もういいか?」
 「ああ、本当に助かった」
 「いつでも呼べ」
 「また頼むな」
 
 「美味い酒だった」
 「そうか」

 タマが消えた。




 「タカさん! 今のお話って、結構スゴイことだよね!」
 
 ルーが言った。
 ルーとハーは鼻血を出していた。
 無理をしながら聞き取ろうとしていたためだろう。

 「タカさん、時々タマさんの言葉が分からなくなりました」

 亜紀ちゃんだ。

 「そうか」
 
 俺以外に理解してはいけないことが入っていたのだろう。
 蓮花も苦しそうな顔をしている。
 同じだったのだろう。

 「柳はどうだった?」
 「私は大体理解出来ましたが」
 「そうかよ!」
 
 柳に付けたガーディアンのハスハのせいかもしれない。


 


 「ルー、ハー! 来週にロシアに行くぞ!」
 「「はい!」」
 「柳も付いて来い!」
 「は、はい!」

 「タカさん! 私も!」
 「亜紀ちゃんは留守番だ」
 「なんでぇー!」
 「金曜の夜に飛ぶからな」
 「え!」
 「『虎は孤高に』を観たいだろ?」
 「うーん!」

 勢いよく悩んでいた。

 「まあ、そんなに時間は掛からないと思うぞ」
 「でもー」
 「真夜とか早乙女とか呼んで一緒に観ろよ」
 「そうですね!」

 俺はロシアの住民の拉致を行なっていた軍事基地で出会った妖魔が気になっていた。
 俺に関りのある者に感じたためだ。
 見覚えも無く、何かがあったわけでもない。
 それでも、どこかで会った、関わった奴のような気がしてならなかった。

 それを確かめに行こう。
 
 亜紀ちゃんを外したのは、今のタマの話が理解出来なかったためだ。
 俺は、ロシアの妖魔がそういう存在なのではないかと予感していた。
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