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橘弥生の帰宅

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 翌朝。
 朝食を食べて、橘弥生を家まで送った。
 昨夜俺に愛の告白をしたが、態度はいつも通りだった。
 むしろ、朝の食卓に橘弥生がいることが新鮮だった。
 アヴェンタドールを出した。
 ロールスロイスで送ろうとしたが、橘弥生がこれに乗りたがった。

 「随分と車高が低いのね」
 「そうですよ、大丈夫ですか?」
 「たまにはこういうのもいいわ」

 橘弥生は窓から景色を見ていた。
 そのまま俺に話し掛けた。

 「トラ、夕べ言ったことは忘れてちょうだい」
 「え! 忘れられませんよ!」

 無理言うな。

 「そう。なら覚えておいて頂戴」
 「はい!」

 橘弥生が微笑んでいた。

 「じゃー、ホテルでも寄って行きますか!」
 「バカ!」

 怖い顔で俺を睨む。

 「ちょっと! 冗談ですって!」
 「ばか」

 俺だってそういう関係になりたいわけではない。
 魅力的な女性だが。

 「ついでに門土の墓参りでもしますか」
 「そうね」

 橘弥生が家に電話をした。
 花の用意をしておくように話していた。

 一度橘弥生の家に寄り、荷物を置いて門土の墓のある寺へ行った。

 「ああ、そういえば、こないだはうちの桜花たちが大変お世話になりました」
 「いい子たちだったわ。門土のお墓へ行くのが夢だったなんて。本当にありがとう」
 「いえ、俺はただ門土の話をしただけで。あいつらがどうしても行きたいって言ってくれたんです」
 「そう」

 寺が近くなった。

 「そういえば橘さんは日本にいることが多くなりましたね?」
 「そうね。やっぱり日本が落ち着くわ」
 「そうですか」

 駐車場にアヴェンタドールを入れ、橘弥生が花を持ち、俺は掃除用具と水を張った桶を持った。
 門土の墓に着くと、随分と綺麗になっていた。
 黙っていたが、橘弥生がよく来ているのだろうと思った。
 簡単に墓を磨き、二人で花を活けた。
 線香を焚き、俺が般若心経を唱えた。

 「トラが来たらすぐに分かるわ」
 「そうですか?」
 「あなたの花の活け方が素敵だから。毎回綺麗な花を入れてくれてるわよね?」
 「好きに選んだものですけどね」
 「毎回青い花があるわよね?」
 「ああ、俺が好きな色なんで」
 「そうなの! あなたはてっきり赤が好きなんだと思っていたけど?」
 「ああ! 車なんかは何故かそうなっちゃうんですけどね。でも、本当は青が好きなんですよ」
 「知らなかったわ」

 俺は竜胆の花が一番好きなのだと話した。

 「そうなの。でもあなたは青よりも赤が似合うわよね?」
 「そうですか?」

 橘弥生は服の趣味もいい。
 この人が言うのならば、そうなのかもしれない。

 「時々ね、トラが火柱の中にいるように見えるの」
 「え!」
 「あなたが激しいのはそのせいでしょうね」
 「そうなんですか?」

 驚いた。
 この人にも見えるのか。

 「ドラマを夢中で観たわ。あなたは本当にとんでもないわね」
 「あれはフィクションですよ」
 「ウソ。私には分かるわ。だってサイヘーや門土のことがあれほど実際にあったことで描かれているんですもの。他のことも全部そうなのでしょう?」
 「まあ、実を言えばもっと酷いことを和らげてるくらいで」
 「ウフフフフフ」

 俺たちは駐車場に戻った。

 「じゃあ、ホテルに行きましょうか」
 「勘弁して下さい!」
 「あなたが誘ったのじゃない」
 「すいませんでしたー!」

 橘弥生が俺の身体に腕を回して来た。

 「いいわ、許してあげる」
 「ちょ、ちょっと」
 「でもキスをして」
 「……」

 目を閉じた橘弥生の唇に、そっと重ねた。

 「ありがとう」
 「いいえ」

 橘弥生を家まで送った。
 ずっと黙って前を向いていた。




 一江のマンションへ寄った。

 「あれ? 部長、どうしたんですか!」
 「いいから入れろ! お前の顔が見たいんだ!」
 「えぇ!」

 オートロックを外してもらい、一江の部屋へ上がった。
 玄関を開けて待っていた。

 「おう!」
 「部長!」
 「いやぁー、これで落ち着いたぜぇ!」
 「なんですか!」

 とにかく中へ入れてもらった。

 「お前の顔はいいなぁ!」
 「なんですよ!」

 一江がコーヒーを淹れて来る。
 こいつは優雅さは皆無なのでインスタントだ。

 「このコーヒーも落ち着くな!」
 「もう! どうしたんですか!」
 「もうちょっとその顔で落ち着くまで待ってくれ」
 「なんなんですかぁ!」

 俺はコーヒーを飲み終えて、夕べからの橘弥生とのことを話した。
 もちろん告白されたこともだ。

 「なんですってぇ!」
 「な! 驚くよな!」
 「もう! 一体どうなってるんですか!」
 「俺だって知らねぇよ!」

 やっぱり大事だった。
 一江の驚きで、俺もやっと実感が湧いた。

 「キスまでしちゃった」
 「あんた! 頭どうかしてんですかぁ!」
 「なんだ、上司に向かって!」
 「ばーか!」
 「てめぇ!」

 まあ、その通りなので手は出さなかった。

 「おい、どうするよ」
 「私に分かるわけないでしょう!」
 「いや、なんか考えてくれよ!」
 「考えなしにキスまでしたんですか!」
 「舌は入れてねぇよ?」
 「ばか!」
 「てめぇ!」

 俺も一江に相談するつもりはなかった。
 単に一江の顔面で落ち着きたかったのと、一応何でも話す奴なので知らせただけだ。

 「御堂になんて言おうかなー」
 「そのまま言うしかないでしょう」
 「あいつに説教されちゃうかな?」
 「知りませんよ! でも御堂さんなら笑ってくれるんじゃないですか?」
 「やっぱそうだよな!」
 「どうでもいいですけどね」
 「いちえー」

 俺もようやく落ち着いてきた。

 「なあ、ここから御堂に電話していい?」
 「もう! 早く帰って下さい!」

 無視して電話した。
 御堂に笑われた。

 「石神、お前も変わらないなぁ」
 「俺は親友のお母さんと付き合ったことはねぇ!」
 「アハハハハハハ!」

 「菊子さんに告白されたら、お前どうする?」
 「まあ、石神ならいいかな」
 「おい!」

 御堂が近いうちに会いたいと言ってくれた。
 
 「おう! いつでも言ってくれ」
 「じゃあ、また連絡するよ」
 「柳は元気だぞ!」
 「うん、宜しく頼むね」
 「任せろ!」

 帰ったら柳の頭を撫でてやろう。
 電話を切って大森を呼べと一江に言った。
 冷蔵庫を勝手に開けて、野菜炒めを作った。
 三人で食べた。

 「お前、もっといいものを作ってやりたかったのによ」
 「すいませんね!」
 「部長! 美味いですよ!」
 「そうか! 大森! ボーナスは期待しろ!」
 「はい!」

 一江が笑って俺たちを見ていた。

 「大森、あとで爆笑の話をしてやる」
 「なんだ?」

 俺は一江の頭を軽くはたき、俺が帰ってからにしろと言った。




 
 一江のマンションを出て、アヴェンタドールで家に向かった。
 
 「門土、ヘンなことになっちゃったぞ」

 俺は独りで喋っていた。

 「お前よー、上手く説得してくれないか?」

 「お前のお袋さんだからよ。俺も冷たくは出来ないんだよ。それに魅力的だしなぁ」

 「悪く言いたくないんだけどさ。ちょっと恋愛経験が少ないだろ? 弱ったよなぁ」

 「ああ、それと、貢さんのことちゃんと聞いたぞ! やっぱそうだったんだってさ!」

 「貢さん、俺にはいろいろ言ってたけどさ。あの人もヤることヤってたんだな!」

 「俺と同じじゃんか! ああ、そっちでもう会ってるか? 貢さん、そっちでもギターばっかだろうけどよ!」

 「まあ、だからこっちのことは俺たちに任せてくれ。お前に恥ずかしいようなことはしないからな!」

 「橘さんは、何にしても大事にするよ。俺も大好きな人だからな!」

 俺はずっと喋りながら車を走らせた。
 門土に話し掛けながら、俺の心は晴れて行った。

 「じゃあな。たまには会いに来てくれよ。夢の中とかさ。お前に会いたいよ」

 家に着いた。
 ガレージにアヴェンタドールを入れ、庭で鍛錬をしていた柳の所へ行った。

 「石神さん! お帰りなさい!」
 「おう!」

 柳を抱き寄せて頭をナデナデしてやった。

 「なんですか!」
 「さっき御堂にお前を宜しくって言われたからな!」
 「もう! まあ嬉しいですけど」
 「そうか!」

 柳が嬉しそうに笑って俺に抱き着いて来た。

 「もっと撫でて下さい!」
 「おう!」



 柳が嬉しそうにニコニコしていた。
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