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橘弥生と『虎は孤高に』 Ⅱ
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3時10分前に家に着くと、丁度橘弥生の乗ったタクシーが目の前に停まった。
今日は俺の家に泊まるので、いつもの運転手は置いて来たのだろう。
慌ててシボレー・コルベットを降りて門まで出迎えに行く。
「お待ちしてました!」
「あなた、今戻った所でしょう」
「はい!」
橘弥生が呆れた顔をする。
「今日はお世話になるわね」
「いいえ! 大したおもてなしも出来ませんが!」
「トラ」
「はい!」
「あなた、あんな車に乗っているの?」
「!」
しまった。
橘弥生はでかいスーパーチャージャーが飛び出て、虎縞のペイントのでかい虎顔のコルベットを眺めていた。
「まるで暴走族ね」
「あはははは」
急いで橘弥生の荷物を持って玄関に案内し、亜紀ちゃんとロボが駆け降りて来る。
ロボは意外にも橘弥生に懐いていた。
足元で身体をこすり付けて歓迎している。
橘弥生も優しい顔でロボを撫でていた。
二人に任せて、俺はコルベットを車庫に入れた。
2階に上がろうとすると、楽しそうに話す声が聞こえる。
まったく亜紀ちゃんは凄い。
俺は顔を出して着替えて来ると言った。
スーツを脱いで、白地のボーダーのパンツに履き替えた。
シャツとネクタイはそのままだ。
下に降りると、お茶の準備が出来ていた。
橘弥生が俺に手土産を渡して来た。
ラ・メゾン・デュ・ショコラの《アソルティモン メゾン》だった。
随分と高価なチョコレートだ。
「こんな高いものを」
「私はチョコレートは苦手なの。皆さんで食べてね」
「ありがとうございます!」
俺は亜紀ちゃんに最上等来客用に取っておけと言った。
「はい!」
まあ、そんな区分けはうちには無いのだが。
マックウッズの紅茶とグラマシーニューヨークの杏仁豆腐を出した。
「マックウッズのダージリンね」
「はい!」
「トラ、ありがとう」
「いいえ!」
「この杏仁豆腐も美味しいわ」
「はい!」
マックウッズはイギリスのロイヤルファミリーやローマ教皇も愛飲している老舗ブランドだ。
マクシミリアンが紅茶に詳しいので聞いておいた。
橘弥生もよく分かるものだ。
「あ! 美味しい!」
亜紀ちゃんが言う。
「おい! いつも飲んでるフリをしろ!」
「あ!」
橘弥生が笑っていた。
俺が聞いてみた。
橘弥生は毎日何時間もピアノの練習をするのが欠かせない日課だ。
「この後は、少し弾かれますか?」
「いいえ、今朝十分にやって来たわ」
「そうですか」
折角調律師を呼んだのにー。
「じゃあ、夕飯までゆっくりなさってください」
「あなたの演奏が聴きたいわ」
「いいですね!」
叫ぶ亜紀ちゃんを睨む。
「分かりましたー」
まあ、今日はなんでもサービスするつもりではいた。
橘弥生が亜紀ちゃんに『虎は孤高に』の話をした。
「面白いドラマだったわ」
「観ましたか!」
「ええ、全話観たわよ」
「凄いです!」
何がだよ。
「あれがトラの話だったとはね」
「そうなんですよ!」
亜紀ちゃんが南の話をした。
俺と小学生時代に一緒にクリスマスを過ごし、大人になって作家となり、俺の物語を書いたのだと。
「そうなの! トラが大好きだったのね」
「はい! 最初にタカさんが南さんとのクリスマスの話をしてくれて、感動してたんです。それで南さんに連絡を取って、そうしたらうちに来てくれて!」
「まあ! 再会したのね!」
「そうなんです! 南さんもタカさんも泣いちゃって!」
「俺は泣いてねぇ!」
みんなが笑った。
「南さんね、今はあまり書けなくなってたって。でもタカさんと再会してまた書き始めたんですよ!」
「トラ! 良かったわね!」
「はい、まあ」
南が書き始めたのは良かったのだが。
「ヤマトテレビで南さんにドラマ化の話を持って行ったんです。もう毎週スゴイ視聴率なんですよ!」
「ええ、私は知らなかったけど、話題になっているそうね」
「はい!」
俺は恥ずかしかったが辞めろとは言えなかった。
橘弥生が楽しそうに話しているからだ。
「橘さん、クリスマスの回も観ました?」
「ええ、もちろん」
柳も加わった。
「あの時の「クリスマスツリー」にした木を、南さんが今でも大切にしているそうですよ」
「ほんとに!」
橘弥生が俺を見ていた。
「まあ、うちは御存知の通りとんでもない貧乏でしたからね。あんなクリスマスしか出来なくて」
「いいクリスマスだったわ。あなたと南さんの友情が美しかった」
「そうですか」
橘弥生もミユキとの話や杉本との話が良かったと言っていた。
「トラの周りの人間はみんな幸せね」
「そんなことは」
口には出さなかったが、門土を思い出しただろう。
あいつも俺のすぐ傍にずっといてくれた大事な友達だったのだから。
そして、門土の回が良かったとも口にしなかった。
そんなことは当たり前だ。
子どもたちも話さない。
お茶を終えて、俺は橘弥生を連れて地下へ行った。
亜紀ちゃんも付いて来る。
《イグナシオ・フレタ》を調弦する。
「何かリクエストはありますか?」
「ブロード・ハーヴェイでやる曲を聴きたいわ。もう出来ているのでしょう?」
「分かりました」
俺は弾き始めた。
亜紀ちゃんがソニーの録音機をそっと置いた。
橘弥生が微笑んで亜紀ちゃんに頭を下げた。
橘弥生が目を閉じて俺の演奏を聴いている。
俺はずっと弾き続けた。
俺が止めるものではない。
橘弥生が決めればいい。
俺はいつまでも弾き続けた。
今日は俺の家に泊まるので、いつもの運転手は置いて来たのだろう。
慌ててシボレー・コルベットを降りて門まで出迎えに行く。
「お待ちしてました!」
「あなた、今戻った所でしょう」
「はい!」
橘弥生が呆れた顔をする。
「今日はお世話になるわね」
「いいえ! 大したおもてなしも出来ませんが!」
「トラ」
「はい!」
「あなた、あんな車に乗っているの?」
「!」
しまった。
橘弥生はでかいスーパーチャージャーが飛び出て、虎縞のペイントのでかい虎顔のコルベットを眺めていた。
「まるで暴走族ね」
「あはははは」
急いで橘弥生の荷物を持って玄関に案内し、亜紀ちゃんとロボが駆け降りて来る。
ロボは意外にも橘弥生に懐いていた。
足元で身体をこすり付けて歓迎している。
橘弥生も優しい顔でロボを撫でていた。
二人に任せて、俺はコルベットを車庫に入れた。
2階に上がろうとすると、楽しそうに話す声が聞こえる。
まったく亜紀ちゃんは凄い。
俺は顔を出して着替えて来ると言った。
スーツを脱いで、白地のボーダーのパンツに履き替えた。
シャツとネクタイはそのままだ。
下に降りると、お茶の準備が出来ていた。
橘弥生が俺に手土産を渡して来た。
ラ・メゾン・デュ・ショコラの《アソルティモン メゾン》だった。
随分と高価なチョコレートだ。
「こんな高いものを」
「私はチョコレートは苦手なの。皆さんで食べてね」
「ありがとうございます!」
俺は亜紀ちゃんに最上等来客用に取っておけと言った。
「はい!」
まあ、そんな区分けはうちには無いのだが。
マックウッズの紅茶とグラマシーニューヨークの杏仁豆腐を出した。
「マックウッズのダージリンね」
「はい!」
「トラ、ありがとう」
「いいえ!」
「この杏仁豆腐も美味しいわ」
「はい!」
マックウッズはイギリスのロイヤルファミリーやローマ教皇も愛飲している老舗ブランドだ。
マクシミリアンが紅茶に詳しいので聞いておいた。
橘弥生もよく分かるものだ。
「あ! 美味しい!」
亜紀ちゃんが言う。
「おい! いつも飲んでるフリをしろ!」
「あ!」
橘弥生が笑っていた。
俺が聞いてみた。
橘弥生は毎日何時間もピアノの練習をするのが欠かせない日課だ。
「この後は、少し弾かれますか?」
「いいえ、今朝十分にやって来たわ」
「そうですか」
折角調律師を呼んだのにー。
「じゃあ、夕飯までゆっくりなさってください」
「あなたの演奏が聴きたいわ」
「いいですね!」
叫ぶ亜紀ちゃんを睨む。
「分かりましたー」
まあ、今日はなんでもサービスするつもりではいた。
橘弥生が亜紀ちゃんに『虎は孤高に』の話をした。
「面白いドラマだったわ」
「観ましたか!」
「ええ、全話観たわよ」
「凄いです!」
何がだよ。
「あれがトラの話だったとはね」
「そうなんですよ!」
亜紀ちゃんが南の話をした。
俺と小学生時代に一緒にクリスマスを過ごし、大人になって作家となり、俺の物語を書いたのだと。
「そうなの! トラが大好きだったのね」
「はい! 最初にタカさんが南さんとのクリスマスの話をしてくれて、感動してたんです。それで南さんに連絡を取って、そうしたらうちに来てくれて!」
「まあ! 再会したのね!」
「そうなんです! 南さんもタカさんも泣いちゃって!」
「俺は泣いてねぇ!」
みんなが笑った。
「南さんね、今はあまり書けなくなってたって。でもタカさんと再会してまた書き始めたんですよ!」
「トラ! 良かったわね!」
「はい、まあ」
南が書き始めたのは良かったのだが。
「ヤマトテレビで南さんにドラマ化の話を持って行ったんです。もう毎週スゴイ視聴率なんですよ!」
「ええ、私は知らなかったけど、話題になっているそうね」
「はい!」
俺は恥ずかしかったが辞めろとは言えなかった。
橘弥生が楽しそうに話しているからだ。
「橘さん、クリスマスの回も観ました?」
「ええ、もちろん」
柳も加わった。
「あの時の「クリスマスツリー」にした木を、南さんが今でも大切にしているそうですよ」
「ほんとに!」
橘弥生が俺を見ていた。
「まあ、うちは御存知の通りとんでもない貧乏でしたからね。あんなクリスマスしか出来なくて」
「いいクリスマスだったわ。あなたと南さんの友情が美しかった」
「そうですか」
橘弥生もミユキとの話や杉本との話が良かったと言っていた。
「トラの周りの人間はみんな幸せね」
「そんなことは」
口には出さなかったが、門土を思い出しただろう。
あいつも俺のすぐ傍にずっといてくれた大事な友達だったのだから。
そして、門土の回が良かったとも口にしなかった。
そんなことは当たり前だ。
子どもたちも話さない。
お茶を終えて、俺は橘弥生を連れて地下へ行った。
亜紀ちゃんも付いて来る。
《イグナシオ・フレタ》を調弦する。
「何かリクエストはありますか?」
「ブロード・ハーヴェイでやる曲を聴きたいわ。もう出来ているのでしょう?」
「分かりました」
俺は弾き始めた。
亜紀ちゃんがソニーの録音機をそっと置いた。
橘弥生が微笑んで亜紀ちゃんに頭を下げた。
橘弥生が目を閉じて俺の演奏を聴いている。
俺はずっと弾き続けた。
俺が止めるものではない。
橘弥生が決めればいい。
俺はいつまでも弾き続けた。
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