1,955 / 2,840
橘弥生と『虎は孤高に』 Ⅱ
しおりを挟む
3時10分前に家に着くと、丁度橘弥生の乗ったタクシーが目の前に停まった。
今日は俺の家に泊まるので、いつもの運転手は置いて来たのだろう。
慌ててシボレー・コルベットを降りて門まで出迎えに行く。
「お待ちしてました!」
「あなた、今戻った所でしょう」
「はい!」
橘弥生が呆れた顔をする。
「今日はお世話になるわね」
「いいえ! 大したおもてなしも出来ませんが!」
「トラ」
「はい!」
「あなた、あんな車に乗っているの?」
「!」
しまった。
橘弥生はでかいスーパーチャージャーが飛び出て、虎縞のペイントのでかい虎顔のコルベットを眺めていた。
「まるで暴走族ね」
「あはははは」
急いで橘弥生の荷物を持って玄関に案内し、亜紀ちゃんとロボが駆け降りて来る。
ロボは意外にも橘弥生に懐いていた。
足元で身体をこすり付けて歓迎している。
橘弥生も優しい顔でロボを撫でていた。
二人に任せて、俺はコルベットを車庫に入れた。
2階に上がろうとすると、楽しそうに話す声が聞こえる。
まったく亜紀ちゃんは凄い。
俺は顔を出して着替えて来ると言った。
スーツを脱いで、白地のボーダーのパンツに履き替えた。
シャツとネクタイはそのままだ。
下に降りると、お茶の準備が出来ていた。
橘弥生が俺に手土産を渡して来た。
ラ・メゾン・デュ・ショコラの《アソルティモン メゾン》だった。
随分と高価なチョコレートだ。
「こんな高いものを」
「私はチョコレートは苦手なの。皆さんで食べてね」
「ありがとうございます!」
俺は亜紀ちゃんに最上等来客用に取っておけと言った。
「はい!」
まあ、そんな区分けはうちには無いのだが。
マックウッズの紅茶とグラマシーニューヨークの杏仁豆腐を出した。
「マックウッズのダージリンね」
「はい!」
「トラ、ありがとう」
「いいえ!」
「この杏仁豆腐も美味しいわ」
「はい!」
マックウッズはイギリスのロイヤルファミリーやローマ教皇も愛飲している老舗ブランドだ。
マクシミリアンが紅茶に詳しいので聞いておいた。
橘弥生もよく分かるものだ。
「あ! 美味しい!」
亜紀ちゃんが言う。
「おい! いつも飲んでるフリをしろ!」
「あ!」
橘弥生が笑っていた。
俺が聞いてみた。
橘弥生は毎日何時間もピアノの練習をするのが欠かせない日課だ。
「この後は、少し弾かれますか?」
「いいえ、今朝十分にやって来たわ」
「そうですか」
折角調律師を呼んだのにー。
「じゃあ、夕飯までゆっくりなさってください」
「あなたの演奏が聴きたいわ」
「いいですね!」
叫ぶ亜紀ちゃんを睨む。
「分かりましたー」
まあ、今日はなんでもサービスするつもりではいた。
橘弥生が亜紀ちゃんに『虎は孤高に』の話をした。
「面白いドラマだったわ」
「観ましたか!」
「ええ、全話観たわよ」
「凄いです!」
何がだよ。
「あれがトラの話だったとはね」
「そうなんですよ!」
亜紀ちゃんが南の話をした。
俺と小学生時代に一緒にクリスマスを過ごし、大人になって作家となり、俺の物語を書いたのだと。
「そうなの! トラが大好きだったのね」
「はい! 最初にタカさんが南さんとのクリスマスの話をしてくれて、感動してたんです。それで南さんに連絡を取って、そうしたらうちに来てくれて!」
「まあ! 再会したのね!」
「そうなんです! 南さんもタカさんも泣いちゃって!」
「俺は泣いてねぇ!」
みんなが笑った。
「南さんね、今はあまり書けなくなってたって。でもタカさんと再会してまた書き始めたんですよ!」
「トラ! 良かったわね!」
「はい、まあ」
南が書き始めたのは良かったのだが。
「ヤマトテレビで南さんにドラマ化の話を持って行ったんです。もう毎週スゴイ視聴率なんですよ!」
「ええ、私は知らなかったけど、話題になっているそうね」
「はい!」
俺は恥ずかしかったが辞めろとは言えなかった。
橘弥生が楽しそうに話しているからだ。
「橘さん、クリスマスの回も観ました?」
「ええ、もちろん」
柳も加わった。
「あの時の「クリスマスツリー」にした木を、南さんが今でも大切にしているそうですよ」
「ほんとに!」
橘弥生が俺を見ていた。
「まあ、うちは御存知の通りとんでもない貧乏でしたからね。あんなクリスマスしか出来なくて」
「いいクリスマスだったわ。あなたと南さんの友情が美しかった」
「そうですか」
橘弥生もミユキとの話や杉本との話が良かったと言っていた。
「トラの周りの人間はみんな幸せね」
「そんなことは」
口には出さなかったが、門土を思い出しただろう。
あいつも俺のすぐ傍にずっといてくれた大事な友達だったのだから。
そして、門土の回が良かったとも口にしなかった。
そんなことは当たり前だ。
子どもたちも話さない。
お茶を終えて、俺は橘弥生を連れて地下へ行った。
亜紀ちゃんも付いて来る。
《イグナシオ・フレタ》を調弦する。
「何かリクエストはありますか?」
「ブロード・ハーヴェイでやる曲を聴きたいわ。もう出来ているのでしょう?」
「分かりました」
俺は弾き始めた。
亜紀ちゃんがソニーの録音機をそっと置いた。
橘弥生が微笑んで亜紀ちゃんに頭を下げた。
橘弥生が目を閉じて俺の演奏を聴いている。
俺はずっと弾き続けた。
俺が止めるものではない。
橘弥生が決めればいい。
俺はいつまでも弾き続けた。
今日は俺の家に泊まるので、いつもの運転手は置いて来たのだろう。
慌ててシボレー・コルベットを降りて門まで出迎えに行く。
「お待ちしてました!」
「あなた、今戻った所でしょう」
「はい!」
橘弥生が呆れた顔をする。
「今日はお世話になるわね」
「いいえ! 大したおもてなしも出来ませんが!」
「トラ」
「はい!」
「あなた、あんな車に乗っているの?」
「!」
しまった。
橘弥生はでかいスーパーチャージャーが飛び出て、虎縞のペイントのでかい虎顔のコルベットを眺めていた。
「まるで暴走族ね」
「あはははは」
急いで橘弥生の荷物を持って玄関に案内し、亜紀ちゃんとロボが駆け降りて来る。
ロボは意外にも橘弥生に懐いていた。
足元で身体をこすり付けて歓迎している。
橘弥生も優しい顔でロボを撫でていた。
二人に任せて、俺はコルベットを車庫に入れた。
2階に上がろうとすると、楽しそうに話す声が聞こえる。
まったく亜紀ちゃんは凄い。
俺は顔を出して着替えて来ると言った。
スーツを脱いで、白地のボーダーのパンツに履き替えた。
シャツとネクタイはそのままだ。
下に降りると、お茶の準備が出来ていた。
橘弥生が俺に手土産を渡して来た。
ラ・メゾン・デュ・ショコラの《アソルティモン メゾン》だった。
随分と高価なチョコレートだ。
「こんな高いものを」
「私はチョコレートは苦手なの。皆さんで食べてね」
「ありがとうございます!」
俺は亜紀ちゃんに最上等来客用に取っておけと言った。
「はい!」
まあ、そんな区分けはうちには無いのだが。
マックウッズの紅茶とグラマシーニューヨークの杏仁豆腐を出した。
「マックウッズのダージリンね」
「はい!」
「トラ、ありがとう」
「いいえ!」
「この杏仁豆腐も美味しいわ」
「はい!」
マックウッズはイギリスのロイヤルファミリーやローマ教皇も愛飲している老舗ブランドだ。
マクシミリアンが紅茶に詳しいので聞いておいた。
橘弥生もよく分かるものだ。
「あ! 美味しい!」
亜紀ちゃんが言う。
「おい! いつも飲んでるフリをしろ!」
「あ!」
橘弥生が笑っていた。
俺が聞いてみた。
橘弥生は毎日何時間もピアノの練習をするのが欠かせない日課だ。
「この後は、少し弾かれますか?」
「いいえ、今朝十分にやって来たわ」
「そうですか」
折角調律師を呼んだのにー。
「じゃあ、夕飯までゆっくりなさってください」
「あなたの演奏が聴きたいわ」
「いいですね!」
叫ぶ亜紀ちゃんを睨む。
「分かりましたー」
まあ、今日はなんでもサービスするつもりではいた。
橘弥生が亜紀ちゃんに『虎は孤高に』の話をした。
「面白いドラマだったわ」
「観ましたか!」
「ええ、全話観たわよ」
「凄いです!」
何がだよ。
「あれがトラの話だったとはね」
「そうなんですよ!」
亜紀ちゃんが南の話をした。
俺と小学生時代に一緒にクリスマスを過ごし、大人になって作家となり、俺の物語を書いたのだと。
「そうなの! トラが大好きだったのね」
「はい! 最初にタカさんが南さんとのクリスマスの話をしてくれて、感動してたんです。それで南さんに連絡を取って、そうしたらうちに来てくれて!」
「まあ! 再会したのね!」
「そうなんです! 南さんもタカさんも泣いちゃって!」
「俺は泣いてねぇ!」
みんなが笑った。
「南さんね、今はあまり書けなくなってたって。でもタカさんと再会してまた書き始めたんですよ!」
「トラ! 良かったわね!」
「はい、まあ」
南が書き始めたのは良かったのだが。
「ヤマトテレビで南さんにドラマ化の話を持って行ったんです。もう毎週スゴイ視聴率なんですよ!」
「ええ、私は知らなかったけど、話題になっているそうね」
「はい!」
俺は恥ずかしかったが辞めろとは言えなかった。
橘弥生が楽しそうに話しているからだ。
「橘さん、クリスマスの回も観ました?」
「ええ、もちろん」
柳も加わった。
「あの時の「クリスマスツリー」にした木を、南さんが今でも大切にしているそうですよ」
「ほんとに!」
橘弥生が俺を見ていた。
「まあ、うちは御存知の通りとんでもない貧乏でしたからね。あんなクリスマスしか出来なくて」
「いいクリスマスだったわ。あなたと南さんの友情が美しかった」
「そうですか」
橘弥生もミユキとの話や杉本との話が良かったと言っていた。
「トラの周りの人間はみんな幸せね」
「そんなことは」
口には出さなかったが、門土を思い出しただろう。
あいつも俺のすぐ傍にずっといてくれた大事な友達だったのだから。
そして、門土の回が良かったとも口にしなかった。
そんなことは当たり前だ。
子どもたちも話さない。
お茶を終えて、俺は橘弥生を連れて地下へ行った。
亜紀ちゃんも付いて来る。
《イグナシオ・フレタ》を調弦する。
「何かリクエストはありますか?」
「ブロード・ハーヴェイでやる曲を聴きたいわ。もう出来ているのでしょう?」
「分かりました」
俺は弾き始めた。
亜紀ちゃんがソニーの録音機をそっと置いた。
橘弥生が微笑んで亜紀ちゃんに頭を下げた。
橘弥生が目を閉じて俺の演奏を聴いている。
俺はずっと弾き続けた。
俺が止めるものではない。
橘弥生が決めればいい。
俺はいつまでも弾き続けた。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる