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橘弥生と『虎は孤高に』

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 5月12日の金曜日。
 昨日から出勤しているが、まだオペは入れていない。
 第一外科部の他の人間も順次交代で休みを取っており、それが落ち着くまでに今週一杯掛かる。
 俺は部長なので目一杯取った。
 申し訳ない。

 オペが入っていなくとも、俺もちゃんと仕事がある。
 響子の部屋へ遊びに行こうとした。

 「部長! 来週のオペの割り振りがまだ来てませんけど!」
 「後でやるよ!」

 一江が不満そうな顔をしている。

 「あんだよ!」
 「もう! 私も仕事が溜まってるのに!」
 「うるせぇ!」

 一江も大森と鷹とで青森旅行を満喫してきた。
 俺と同じく昨日から出勤しており、溜まった書類仕事を片付けている。
 他の部下からの報告書などに目を通し、他部署からのオペの依頼書を確認している。
 俺が全部一江に投げている。
 大森と斎木も一江を手伝っている。
 斎木を呼んだ。

 「うちの士王がオッパイが大好きでよ」
 「いいですね!」

 院長の奥さんの静子さんのも一生懸命に触ってたと言うと、斎木が喜んだ。

 「今度、お前の奥さんのオッパイを触らせに行ってもいいか?」
 「いつでもどうぞ!」
 「おう!」

 一江が睨んでいる。
 俺は斎木を戻し、響子の部屋へ行った。

 「タカトラー!」
 「おう! すげぇ忙しいけどお前の顔が見たくて来ちゃった」
 「嬉しいよ!」

 六花がニコニコしている。
 響子はセグウェイの巡回を終えて帰った所だ。

 「今日は『虎は孤高に』だね!」
 「そうだな」
 
 響子も毎週楽しみにしている。
 夜の9時からの放映だが、特別にその時間も起きて観ていいと俺が許可を出した。
 大体六花も申請を出して一緒に観ている。
 他の患者ではあり得ないが、まあ響子と六花は特別だ。

 「今週は乾さんのお話だよね!」
 「そうらしいな」
 「私、出ないよね?」
 「そうだな」

 俺の話なので、響子も出たいらしいがしょうがねぇ。

 「もう「大学生編」の撮影が始まったらしいぞ」
 「え! 楽しみ!」
 「そうか」
 「奈津江さん役の人って似てる?」
 「いや、奈津江の方が全然カワイイ」
 「アハハハハハハ!」

 響子の部屋を出て、鷹と昼食をオークラの「山里」へ食べに行った。
 鮨のランチ会席を頼む。
 俺は別途、牛肉の網焼きを追加し、鷹は胡麻豆腐の焼き物を頼んだ。
 また『虎は孤高に』の話になった。 

 「今日も楽しみです!」
 「そうかよ」

 俺は笑った。
 まあ、南のドラマをみんなが楽しんでくれているのは嬉しい。

 「とにかくうちじゃ亜紀ちゃんが夢中でなぁ。時間があると観てるんだよ」
 「分かりますよ。亜紀ちゃん、石神先生が大好きですものね」
 「まあ、それはともかくなぁ。あまりにもうるさくて、ストーリーがよく分からなくなるんだ」
 「アハハハハハハ!」

 「柳なんかもしょっちゅう誘われて一緒に録画を見させられるしさ。ああ、ロボも毎回ついてくんだよ」
 「アハハハハハハ!」

 ロボも大好きだ。

 「それで先週は出掛けてて観れなかったじゃん」
 「ああ、ニューヨークとアラスカでしたよね?」
 「それで帰ってからみんなで観ようとしてたのな」
 「はい」
 「そうしたら橘弥生が突然来てさ!」
 「えぇ!」
 
 俺は強制的にコンサートが決まった話をし、鷹が驚いていた。

 「素敵ですね!」
 「俺は全然だよ! 何で医者の俺がコンサートなんかやるんだよ!」
 「それは石神先生ですから」
 「意味が分かんねぇよ!」
 「アハハハハハハ!」

 俺たちが楽しく話しているので、他の客が見て微笑んでいた。

 「それでさ、亜紀ちゃんがあの橘弥生に「一緒に『虎は孤高に』を観ませんか?」って言うんだよ」
 「亜紀ちゃん、スゴイですね」
 「そうだよなー。でも、そうしたら「観る」って言うんだ。俺も慌てたぜ」
 「そうなんですか!」

 鷹が可笑しそうに笑っている。

 「それでな。あのテーマソングなんだけど」
 「ああ、素敵な曲ですよね!」
 「あれさ、実は俺の作詞作曲とギター演奏なんだよ」
 「エェー!」

 鷹がやっぱり驚いていた。

 「黙ってたんだ。誰にも話してねぇ。まあ、亜紀ちゃんが知ったら本当にめんどくさいからさ」
 「まあ、そうでしょうね」
 「そしたらな、橘弥生が「トラの演奏ね」って言っちゃうんだよ!」
 「まあ!」
 「あの人は分かるんだ。凄い人だからな。でも、作曲も俺だって言い当てちゃって」
 「本当にスゴイ人ですね!」
 「だよな! 作詞もそうじゃないかって、こっちは単に予想だけど」
 「はい!」
 「それで亜紀ちゃんがさ!」
 「大変ですね!」
 「うん!」

 二人で大笑いした。

 「それでまた大問題が起きてよ」
 「なんですか!」
 「今日、橘弥生がうちに泊りに来るんだよ!」
 「エェー!」
 「な? 大変だろ?」
 「どうしてそうなったんですか?」
 「亜紀ちゃんだよ! あいつが橘弥生を誘ったの!」
 「亜紀ちゃん、大物ですね!」
 「でか過ぎだよ! 前にローマ教皇が来た時も「トイレでヤキ入れて来ます」とか言うんだぜ」
 「はぁー」

 鷹に今晩泊りに来いよと言うと、遠慮すると言われた。

 「普通はそうだよなー」
 「まあ、緊張しますよね」
 「俺、鷹のうちに行っていい?」
 「ダメですよ!」
 「はぁー」

 牛肉の網焼きと胡麻豆腐を一切れずつ交換する。

 「俺も鷹とか響子と観たいぜー」
 「ウフフフ、いつでもどうぞ」
 「ほんとに?」
 「はい!」

 食事を終えて、一緒に病院へ帰った。



 一江にオペの割り振り表を渡し、2時半に俺は帰ることにした。

 「じゃあ、後は頼むな!」
 「部長、今日は何もしてませんよね?」
 「ちゃんと楽しかったよ!」
 「もう!」

 一江が亜紀ちゃんから電話が来たと俺に言った。

 「橘さんが3時には来るということでした」
 「げぇー」

 俺がゲンナリした顔をすると、一江が笑った。

 「ザマァ!」
 「てめぇ!」

 仕方が無いので、急いで家に帰った。
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